衛星から電線を引っ張ってくるのは、現時点では不可能

田中孝治氏:今、自然エネルギー、太陽光を代表とする自然エネルギーの導入量がなかなか増えません。太陽光発電が商業電力網に接続されるようになってきているのですが、予測がなかなかむずかしい発電システムがここに加わると、中の系統が不安定になってしまい、導入量が制限されています。

じゃあどうしたらいいんだろう。太陽光の利点は、資源量は無尽蔵、環境負荷が少ないという点です。しかし、発電量が変動してその予測が困難、夜は発電できないため、電力グリッドの中にたくさんの電力をいれることができません。それをなんとか解決する方法がないかということで、新しく宇宙環境の応用ということを考えています。

そもそも、最初にご説明しましたように、すでに宇宙環境では太陽光をエネルギーとして使う仕組みは、初期の人工衛星から搭載されています。なんとか軌道上で作られた電気を地上で使うことができないか、ということが太陽発電衛星の発想になるわけです。

地上では、発電所で作られた電気を、電線で運んでいます。しかし、衛星軌道上にある衛星から電線で引っ張ってくるということは、非常にむずかしい課題があります。静止軌道にもしあれば、いつも真上にありますので電線で引くということは可能かもしれないんですけど、非常に強い遠心力が働きますので、軌道エレベーターがなかなか実現できないというのと同じで、電線で結ぶというのは今の技術だとまだできません。

電線を使わずにエネルギーを送ることができれば、衛星軌道上に発電所を作れるのではないか、ということで、太陽発電衛星が検討されています。これが概念図ですね。衛星軌道上に、太陽発電衛星、地上にはそこからのエネルギーを受ける設備がありますが、この間を電線を使わずに、無線でエネルギーを送ってあげます。

地上ではエネルギーを受け取って、ここは直流電力が作られますので、それを変電所を介して商用グリッドに接続します。これが実現すると、太陽光を利用した発電所で大電力のシステムを、この商用電力網の中に組み込んでいくことができる、ということになります。

太陽発電衛星のシステム

じゃあどんなステムなのかということをご紹介していきたいと思います。太陽発電衛星のシステムとしましては、2つのパーツからなります。1つは衛星軌道上に作る発電所、もう1つはそこから送られてくるエネルギーを受ける地上設備です。

軌道上の設備としましては、1つは大きな太陽電池パネル、無線でエネルギー送るための変換装置、この例ではマイクロ波を使いますので、マイクロ波という電波に変換する装置が必要になります。大きなアンテナからマイクロ波を放射してあげて、地上設備でそのマイクロ波を受け取ります。「レクテナ」と私たちは呼んでるんですけど、これは造語でして、rectifyingとantennaをくっつけた造語です。rectifyingというのは整流、antennaというのはアンテナですね。

そして、直流電力が発生しますのでそれを交流に変換して、電力網に接続するということになります。このとき、エネルギーの使い方をちょっと比較しますと、軌道上の太陽光のエネルギーは先ほど申しましたように、平米1.4キロワットです。それが地上の太陽光になるとどうなるかというと、だいたい1年を平均すると140ワット/平米です。なぜ、10分の1になってしまうかというと、まず夜に発電ができないということと、あとは天候によって日照量が変わりますので、その合わせで10分の1になります。

ですから、衛星軌道上で太陽光を利用してあげれば、10倍太陽光を利用することができます。ただし、ここで作った電気を地上に送ってあげる設備が必要になりますので、ここでの損失をなるべく少なくする必要があります。今私たちの目標は、50パーセントくらいです。50パーセントが実現できれば、このシステムの優位性といいますか、地上のシステムと比べると数倍くらいの効率で太陽光を使うことができます。

太陽発電衛星のアイデアは50年前に生まれた

もう1つの特徴は、衛星軌道上には雲がありませんので、天候の影響を受けることがありません。だから、太陽光を使って発電して送られてくるエネルギーをきちんと予測できるという、大きな利点があります。ただし、一定の電力を送れるかどうかというのは、衛星作り方によります。

お金をかければ一定の電力にもできますし、簡易なシステムにすれば、電力は時間によって変化しますが、それはコスト次第ということになると思います。その他の特徴ですが、クリーンで大規模なエネルギーシステムが可能です。当然太陽光を使うので、取得可能エネルギーは無制限です。

じゃあ、こういうアイデアはいつ頃なされたかと言うことなんですが、いまから約50年も前に、アメリカのピーター・グレーザー博士が『サイエンス』の論文に発表したのが、一番最初になります。この方は、1973年に特許化しております。このアイデアを受けて、1970年代の後半にアメリカのエネルギー省と航空宇宙局が共同で大規模な調査研究を行いました。

この時描かれた絵が、今でもよく使われております。だけど、1980年代のレーガン政権になった時、あまりにも巨大なシステムだったので、アメリカでは研究を中断しました。

日本は、80年代になって宇宙研で太陽発電衛星に関するワーキンググループが発足して、もうちょっと小ぶりで、実現性の高いシステムの検討がされたりしています。あと、90年代になりますと、NEDOの委託事業で三菱総研が調査研究を行ったりと。この辺が大きな研究です。

あと、アメリカは1990年代半ばくらいからまた研究を再開しています。2000年くらいから旧NASDA、今は一緒になりましたけど、現JAXAで調査研究が2000年頃からスタートして、継続的に進められており、あと、経産系の宇宙機関としてUSEFというところが、今は名前が変わってJ-Spacesystemsですが、ここでも研究が続いて今に至っています。

NASAのリファレンスモデル

ここ(スライド)に今、たくさん絵が描かれていますが、今までいろんなところで研究された太陽発電衛星の概念図になります。この絵が、最初にピーター・グレーザーさんが特許広告で用いた絵です。いまも検討しているものと、構成要素がほとんど同じですね。大きな太陽発電パネルがあって、マイクロ波に変換して、大きなアンテナで地球に向かってエネルギーを送ってあげる仕組みは現在と同じです。

ただし、いろんな検討でところどころ工夫があって、形が少しずつ変わっています。

一例として、リファレンスモデルの紹介をさせていただきます。この衛星1基で出力が5ギガワットです。5ギガワットってどれくらいかといいますと、通常の原子力発電所の原子炉1基の出力が1ギガワットくらいです。ですから、原子炉5個分と言いますか、原子力発電所の1ヶ所分くらいですね。

それを5万トンくらいの質量で作ることが検討されました。大きさは、長手方向が10キロメートル、短い方で5キロメートル、厚さが500メートルです。このアンテナが1キロメートルという非常に巨大なものです。これを60基、衛星軌道上に展開して、全米の電力をすべてまかなおうという壮大な計画だったんですが、あまりにも壮大すぎました。

これが衛星の部分で、これは受電システムのほうなんですけど、ここがまた大きいんですね。なんとこの受電設備、10キロメートル×13キロメートルという、非常に広大な用地を必要とするので、アメリカじゃないとなかなかむずかしいかなというシステムです。

それに対して、これは日本で検討されたSPS2000です。先ほどと比べると、非常に小ぶりな、パイロットプラント的な発電所になります。1辺の長さが300メートルくらいです。高度も、先ほどのリファレンスシステムは静止軌道に作るんですけど、静止軌道に物を運ぶのは非常に大変ですので、赤道上空の1,100キロくらいのところで建設します。そのかわり、同じところにエネルギーを供給し続けることはできませんので、間欠的にエネルギーを送るシステムになります。

太陽発電衛星を実現するために必要な技術とは

地上の受電電力が、だいたい10,000キロワットです。これですと、アリアン5という大型ロケットで16回くらい打ち上げをすると作れます。

これが最近のアメリカのシステムですね。最新の技術を使うとこんなふうになりますとアメリカが検討したもので、軽量なリフレクターですとか、高効率の太陽電池を使っています。出力は1.2ギガワットで、先ほどの5ギガワットよりは小ぶりになってますが、原子力炉1基分くらいのシステムになっています。

いま説明したような太陽発電衛星を実現するために必要な技術は大きく4つです。大規模宇宙発電、衛星軌道上から地上へエネルギーを送る技術、大きな宇宙インフラを作るための構造・建設技術、大量輸送技術です。こういう技術開発が、太陽発電衛星実現に必要です。

必要な課題に関して、現在のレベルと目標レベルとの差を表しているのがこのスライドです。発電に関しましては、今、国際宇宙ステーションで100キロワットくらいのシステムが実現されています。それに対して、太陽発電衛星ではギガワットが要求されますので、差は1万倍ということになります。

あと、マイクロ波送電に関しましては、地上では数十キロワットくらいの送電実験がすでに行われています。あと宇宙では、似たような電波を出す衛星として合成開口レーダー用の衛星システム等があります。あるいは大型の通信衛星等でも1キロワットくらいの技術が使われています。それに対して、要求がギガワットですから、差が10万くらいになります。

大型構造物に関しましては、国際宇宙ステーションで100メートルくらいのサイズに対して、SPSは数キロメートルですから、これはファクター10くらいですね。あと輸送コスト。いま、1キログラムを輸送するのに100万~200万かかっています。これをなんとか数十分の一から100分の1が価格競争力のためには必要だと言われています。

日本が作り出したテザー型SPSのモデル

これが最近の日本のモデルですね。こちらが先ほど説明した、J-Spacesystemsが中心になり、宇宙研、大学の研究者が参加したテザー型SPSです。非常に簡単な構造なんです。見てわかるとおり、大きな1枚板を紐でつってあるだけのシステムです。非常に簡単でロバストな構造で、実現性が高いと考えています。

これはJAXAで検討したモデルです。テザー型SPSは、時間によって発電量が変わってしまいます。それを一定にするために、大型の反射鏡を付け加えているアドバンストモデルです。まずは、テザー型SPSを目指し、その次に技術を蓄積してこちらに移るんじゃないのかなと考えています。

テザー型SPSを紹介します。このシステムは、地上で1ギガワットくらいのエネルギーを受け取ることを想定してデザインされています。重さは約26,000トンです。特徴としましては、テザーですね。紐で吊って、重力傾斜を利用して、受動的に姿勢を安定させます。非常に簡単なシステムというのが特徴です。

パネルの寸法は2.5キロメートル×2.45キロメートルくらいになるんですけど、それを一度に運ぶことはできませんので、展開すると100メートルくらいになるようなパネルを打ち上げて、それを集積して、大きなパネルにしていくことが考えられています。

100メートルくらいのパネルを625枚使うと、このサイズが実現されます。さらに、100メートルのパネルは950枚の同じ規格のパネルで構成されます。同じ仕様で大量生産を行うという思想で設計されています。さらに、このパネル間はなるべくケーブルを使いません。信号は無線でやり取りをして、電気的な機能はすべてこの10メートル×1メートルで閉じて機能します。そういうような設計思想で考えられているところが特徴になります。