「セカオワ」と「進撃」をプロデュースする2人が登場

佐藤詳悟氏(以下、佐藤):お2人にいろいろとお話をうかがいながら、“マスに作品を届ける”というテーマの話ができればいいなと思っています。(スライドを指して)お2人は、今日これを初めて見ると思いますが、基本的にはここに書いてあることを、いろいろと聞いていくつもりです。

まず経歴のところで、お2人の自己紹介を。

宍戸亮太氏(以下、宍戸):僕から。

佐藤:はい、宍戸さんからお願いします。

宍戸:TOKYO FANTASYの宍戸と申します。よろしくお願いします。

SEKAI NO OWARIというバンドのマネージャーをやっています。デビュー前に彼らと出会って、そこからずっと一緒にやってきました。今、出会ってから9年目かな? といった、宍戸です。よろしくお願いします。

佐藤:すみません、川窪さんもお願いします。

川窪慎太郎氏(以下、川窪):週刊少年マガジン編集部の川窪と申します。講談社という出版社がありまして、そこの社員です。1年目から週刊少年マガジン編集部という部に配属されまして、今、12年目ですね。ずーっと同じ部署にいます。

経歴としては、みなさんがご存知ない作品もたくさん担当しているのですが、ご存知かなと思うものでいうと『進撃の巨人』という作品を担当しています。

佐藤:お2人とも、今日はお願いします。

宍戸:お願いします。

川窪:よろしくお願いします。

世界に飛び出した末に出会った「SEKAI NO OWARI」

佐藤:もうちょっと経歴についておうかがいしたいのですが。宍戸さんは、今、セカオワさん……セカオワさんと言ってもいいのでしょうか?

宍戸:セカオワで大丈夫です。

佐藤:セカオワさんのマネージャーに至るまでは、どのようなご経歴だったのですか?

宍戸:至るまでは……どこから言おうかな……。

佐藤:かなり昔の話が面白いので、せっかくなので全部。

宍戸:もともと音楽が好きでTOWER RECORDSで働いていたんです。でも20歳くらいのときに、「このまま社員になって、ここでずっと働くのもなにか違うな」と感じて。

北海道出身なのですが、まだ行ったことがないところ、札幌から沖縄まで行ってみようと思いました。しかもその頃はすごく原チャ(原付バイク)が好きだったので、それで行こうと思いました。

札幌から沖縄までは北と南なので、それならこれ全県を通れば行けるんじゃないかと思ってやってみたら、実際に行けましたね。けっこう辛かったのですが、まずそれをやりました。

その後、原チャを置いて船で中国に行って、モンゴルに行って帰ってきました。そのときにいろんな国の人に会ったのですが、ぜんぜん英語ができなくて。英語を勉強することによって、いろんな人と話せるし、いろんなものをより吸収できるんじゃないかと思ったので、工場で(働いて)お金を貯めて、オーストラリアに留学をしました。

戻ってきたところでいい年齢になったので、働こうと思い、英語もできるし、いろんなところに行けるからっていうので、旅行会社を受けました。

そこの面接で答えられなかった質問がありました。「社会というフィールドで、人生をかけて、なにを実現したいんだ」と言われ、「それはなんだろうな?」と思いながら答えられなかったのに、(その会社に)入れてくれてので、それを考えていました。

あるとき、それは「人と音楽をつなぐ仕事」なのではないかと、自分にとってはそうなのではないかと思ったんです。そしてその会社を辞めて、そこからは無職になるのですが、その日からレコードショップに行って、いろんな試聴できるものを片っ端から聴いて、気になった人がいるところの社長宛に履歴書をバーッと送ったら、ラストラムという僕が前いた会社の社長が拾ってくれました。

他にはなにもできないのだから、とにかく新人を探してこいというので一生懸命探していたらSEKAI NO OWARIに出会いました。それから今です。

師匠は矢沢永吉の元マネージャー

佐藤:すっごい(笑)。ちょっと、やっぱり変ですよね(笑)。

宍戸:君に言われたくない(笑)。

佐藤:ああ(笑)。原付で旅をして……大学などは行っていないのですよね?

宍戸:音楽が好きだったので、音楽の専門学校に行きまして、その後にタワレコで働いていました。

佐藤:へー。それで、その音楽の事務所に履歴書を送って、連絡してきてくれたのは前の事務所というか……。

宍戸:僕の師匠にラストラムの村田(積治)さんという、矢沢(永吉)さんのマネージャーだったり、ブルーハーツの事務所を作ったなど、業界でいうレジェンドのような人がいるのです。なぜ僕を採ってくれたのかわかりませんが、あのとき採用してくれました。

佐藤:(笑)。それ、何社くらい受けたの?

宍戸:受けたというか、ひたすら履歴書を送っていたんです。あのとき……どのぐらい受けたかな。宛もなく社長に、30から40くらい送っていました。

佐藤:へー。

宍戸:返事がきたのが村田さんだけなのですが。

それも、旅行会社時代に……1ヶ月くらいしか僕はいなかったのですが、その中での僕の仕事の1つが郵便物の仕分けだったのですが、届いた郵便物の封筒を開けて、いろんな人の机に置いていく。でも、社長宛のものだけは開けるな、そのまま渡しなさいと言われたことが残っていて。

これ(履歴書)を人事部に送っても募集していなかったり、そもそも求められていないと話が通らないし、社長宛にこの気持ちを届けられたら物事が動くんじゃないかと思ってやってみたらうまくいった。

入社してすぐの仕事が「新人を探してこい」

佐藤:それで入社して、セカオワさんに辿り着くまではどのくらいの期間なのですか?

宍戸:2ヶ月くらい。

佐藤:それまで、いろんなアーティストに会いに行っている?

宍戸:入ったら「新人を探してこい」と言ってくれて、それをやりたかったので一生懸命探していました。そのころは毎日ライブハウスのスケジュールを見て、気になった名前の子たちをMyspaceやYouTubeで聴いて、さらに気になった子がいたら見に行っていました。

ただ、見に行って気になったからとすぐ声をかけると、彼らもデビューできると思っちゃう。それは違うなと思って、ずっと見ているだけでいました。SEKAI NO OWARIのときだけ、すぐにわっと声かけました。

佐藤:なるほど。その先の話はあとでいっぱい聞かせてもらいますね。

入社して初めて受けた持ち込み電話が『進撃の巨人』

佐藤:川窪さんは、講談社に新卒で入られたのですか?

川窪:そうですね。そこはもう普通に、企業に就職をしました。

佐藤:そこから、今に至るまではどういった……?

川窪:4月に会社に入って……うちの場合は4月5月が研修期間で、6月が配属なのです。それでいうと宍戸君と同じで、編集部に入ってから2ヶ月後ですかね。7月か8月の初めくらいに『進撃の巨人』の諫山(創)さんが漫画を持ち込まれたんです。

持ち込みといっても、おわかりになる方はいらっしゃらないかもしれませんが、新人漫画家さんがプロの漫画家になる道は、大きくいうと2つあるのです。1つは漫画賞。各雑誌が主催している漫画賞に作品を応募して、いい賞をとれば、デビューできるといった道があるのです。

そしてもう1つは、もうちょっと地道な作業ですが各出版社や各雑誌に自分の作品を持ち込みます。それはたぶん音楽業界でも……。

宍戸:うん、デモテープね。

川窪:デモテープを送るのと同じように、書いた描いた原稿をそのまま持ってくるというのがあって。それを諫山さんが、7月か8月に僕のところに持ってきてくれたのが出会いというか……ですね。

佐藤:持ってきてくれたというのは、偶然出会ったのですか?

川窪:うちの部署は、持ち込みの電話に出た人間が、その漫画を見ることができるというシステムになっているのです。

佐藤:えっ!?

川窪:ですから、今も、もうみんな、目の色を変えてというか(笑)。余談なのですが……。