自己責任の伴う航海

ラウラ・デッカー氏:(壊れたボートの)整備は自分自身で行いました。ボートのことだけではなく、毎日のことも自分の面倒を見なければなりません。料理や洗濯など。最初はぜんぜんできなかったのですが、結構上手になれたと思います。

パンケーキとパスタをたくさん作ることができました。料理ってすごく大変なんです。ボートでどうやって料理するのってよく聞かれるんですけど、料理をそんなにする、と言うよりも、1日の中でしなきゃいけないことになるんです。通常の1日が普通じゃなくなるんです。

例えば、料理でも、食べることでも、トイレに行くことでも、普通ではあまり時間のかかることではないことが、ボートではすごく大変なことになるのです。

例えばトイレは船の1番前にあるんのですが、そこに行くには猿みたいに上っていかなければならないし、最終的にトイレにたどり着いても、まず、トイレに座ると言うこと、そこにいるということがすごく大変なんです。料理もそうです。すべてがとても複雑化するんです。すごく時間がかかるんです。

オーストラリアから真っすぐ南アフリカに行ったのですが、それが48日間という1番長い航海でした。最初は良かったんです。ぜんぜん風もなかったし、2週間、私はただ甲板に座っているだけ。風がないと、波の動きでただ右に左に動くだけなんですね。これはすごくイライラするんです。ベッドから投げ落とされてしまうし。

風がないと、ただ波に乗って船が動いているだけなんです。寝れないし、全部壊れてしまうし。でも前には進めないので、けっこうストレスがたまります。その時は私の中で、ある結論が出たんです。「無風はイヤだ」「嵐の方がまだマシ」。なので最初の嵐が来たとき、すごくうれしくなったのです。

嵐の影響で全く逆の方向に行ってしまって。でも、最低でもどこかには向かって動いている。何かが起こっている。そのことでワクワクできたんです。海だとそんな感じなんですよ。イカレてますね。嵐が来て、無風が来て、また嵐が来て、のような。これは本当に最高の旅だ、と心のなかでどうにかこうにか思うことができたのです。

2週間経つ頃には時間の感覚はなくなっていました。何日かなんてどうでもいいし、何月か、何年かももう関係ない。ここにいるのは私だけなんだ、と思えたのです。そして、人生から余分なものが削ぎ落されたんです。簡単になったのではありませんが、余計なものがなくなっていったのです。

そこで気にしなければいけないことは、自分自身が生きてゆくこと、ボートを進めること、そして、正しい方向へ行く、というたったの3つのことだけだったのですから。考えるべきことはそれだけだったのです。それは私にとってすごく簡単で、すごく良いことだったのです。

それから私は自然と一体になることができたのです。それ以前の私は、風や波と戦ったりの日々。それが私の思い通りでなかったら、嫌いだと思ったり、私はもっと早く行きたいのに、だとか、「こっちに行きたいのに」「あっちに行きたいのに」なんて思ったりしていたのですが、私は知ったのです。自分が本当に小さな存在だと。小さな魚みたいなものだと。グッピーみたいなものだと。

自分はすごく小さな存在で、取るに足らないんだって気付いたんです。そしたら、波も風も潮も、私よりも断然強いもの。巨大な力を私が行きたい方向に使えるというのは、恵みなんだ。だから、それに対して戦うべきじゃない、怒るべきじゃない、と思ったんです。だって、恵みなのですから、と思ったのです。

海にいる時の特別な気持ち

例え正しくない方向へ向かっていたとしても、遅くても、天候が悪くて良いじゃないかって。だってほとんどの日は天候も良くて、行くべき方向へ向かって行けているのだから。別に良いじゃないかって思ったんです。そしたら、穏やかな心になれたのです。

そしたら、こんな鳥が現れたんです。メッシ−っていう鳥なんですけど。旅出った後に名付けました。数日間の滞在でしたが、すごく感じの悪い鳥でした。ぜんぜん仲良くなれませんでした。いつもしかめっ面で、怒っているような鳥でした。パンをあげようとしたり、水をあげたり、魚をあげたりしたんだけど、ぜんぜんいらなって感じで。

彼が去った後、こんな置き土産をしていってくれました。これですね。これがメッシーなんですけど、ぜんぜんうれしいプレゼントでも何でもないですよ。2日間、何で充電ができないんだろうって思ってたんです。ソーラーパネルはぜんぜん壊れないのに。

2日かかって、やっとわかったんです。メッシーが糞を置き土産にしてくれたおかげで、パネルが覆われてしまってぜんぜん充電できないのだ、と。そんなこんなでこの鳥と私は友達になれなかったのです。

48日後、ついに南アフリカに辿り着きました。そんなにうれしくはなかったです。陸地に着いても、海がすごく楽しかったので「あ、そう」なんていう感じでした。特別な気持ちなので、こういう感覚を説明するのはいつも難しいんですよね。

でも、私にとっては海の上にいるときが1番心の平穏を感じることができます。海の上にいると、とても満ち足りているんです。

世界を旅する時でもそうですが、海にいる時に達成したいと思っていたことはすべて成し遂げられたのです。いろいろな場所を見て、たくさんの人々に出会って、嵐の時があって、風のないときがあって、いろいろなことを成し遂げられたのですから。

どんなことがあっても、私は前に進みたかったんです。南アフリカで1番大きな嵐に遭遇したのですが、潮がとても高くて。逆風の時というのは、ものすごい高い波が来てしまうんですね。そんな中、ケープタウンにむかったのですが、その間、2、3日はすごく大変でした。

最初の日に天気予報でこう言っていたんです。もしかしたら2日後に(風速)30ノットマイルくらいになる、と。ほとんどのボートの姿はその時点でありませんでした。次の日、さらにこう言っていたんです。明日40ノットになります、と。私のボートと、もう1隻以外はほとんどのボートの姿はなくなっていたんです。

嵐の中での航海

40ノットなんて、なんてことない、と思っていたのです。そしたら、結局65ノットにまでになって。すごい風量です。目を開けていることすらできなくなってしまいました。水はすごく冷たい。冷たい水のおかげで、すごく疲れました。

最初の1時間くらいが1番厳しかったです。寒かったし、疲れていたし、お腹も空いていたし。本当に、もうこれ以上は無理っておもいました。でも。投げ出すという選択肢はありませんでした。

ボートでとにかくどこかへ行かないといけない。ここを通り抜けなければならなかったのです。進む以外に道はなかったのです。それで、そのまま進み続けました。そうこうしているうちに、あるとき私は次の波にだけ気を張ろう、と考えたのです。最悪の嵐のことは覚えてはいないのですが、人には正気の沙汰ではないと言われました。

航海後に別の人がスクリーンで天候のシステムを見て、ひどい有様だったと伝えてくれましたが、私はそのことを覚えていないんです。私が覚えているのはとにかく操縦桿を持って、次の波、次の波、そしてまた次の波と、それだけしか見てなかったものですから。

1日頑張ってケープタウンまで行くことができました。私の父がケープタウンに到着していて、ボートで待っていてくれていました。そして、私を船から連れ出して、レストランに連れて行ってくれたのです。

私が本当にケープタウンに着いたということに実感したのは到着の1時間くらい後でしょうか。「やっと着いた、ケープタウンに着いた」「ボートがここにある、ついに辿り着いたんだ」。実感が湧いてきたのは、本当に1、2時間ほど経った後だったのです。

本当に疲れてて、本当に寒くて、本当にお腹がすいてて、正気の沙汰じゃないと思って。生き延びる体制に入っていたからこそ、成し遂げられたということなのでしょう。1日、2日前はもう無理かもしれないと思っていました。でも、それを乗り越えられたのです。しなければならないことがあるとき、そこに不可能はないのでしょう。本当にすごい経験でした。

私は、南アフリカからカリブ海に戻りました。41日間ものかなり長い航海でした。航海中、夜にはもちろん私は眠らなければならなかったのですが、でも、ボートは進めないといけません。1時間寝たら大丈夫かどうかを確認して、全て大丈夫だったらもう1度1時間寝て。それが昼だろうが夜だろうが、そんな具合に1時間寝たら確認、という方法を取っていましたね。この方法は功を制したのです。

それに、大西洋は順風ですごくいい天気でした。すごく悪天候なところがあるんですけど、個人的に1番怖かったのは、旅の終わりです。カリブ海に辿り着く頃ですね。赤道が交わっているところがありますよね。

旅の終わりに去来したもの

怖いと思ったのは、突然、何年も何年も待ち望んでいた夢が終わってしまうことに対する感情だったのです。それは本当に奇妙な感じでした。私自身、自分への使命を果たし、到達すべきところへ到達した。そして、みんながそれを見ていた。それがもう終わってしまう。

ついにはオランダには戻りたくありませんでした。「このままニュージーランドに航海し続けようか」なんて思ったのです。なので、世界一周が終わった後、航海を続けたんです。

世界一周の旅は、最終的には私にとってそんなに特別なものではありませんでした。私に取って、それがすべての終わりではありませんでしたから。私のしたかったことはやり遂げましたが、それはインド洋辺りでもやり遂げていたのですから。

人は私が特別なことをした、って言いますが、それは私にとっては単なる布石にしか過ぎないのです。素晴らしい最後ではなかったのですから。

セントマーチン島に2日ほど留まって、そしてまた航海し始めたんです。その旅のお供の中にはキウイっていうネコも居ましたし、招かれざる客も居ました。ミスター・シーライオン(アシカ)です。ちょっと怖かったですが。

ある晩に、私のボートに心地良さそうに乗り込んで来たんです。夜に見回りをしていると、この黒いでっかいのがゴロンと私の甲板に居て、アー、なんて鳴き出したりして。気にしないで、気にしないで、居てもいいからって言って、そのままにしておいたんです。そしたら、そこで一晩中寝てたんですよ。かわいかったですよ。

私が旅した全てのことは、この中にあります。カリブ島からぐるっと回ってカリブに戻って、という感じですね。2012年に旅の到達をして、そしてニュージーランドに住みました。私は本を書いたのです。旅のこと全てを書いています。それから、素敵な男性と出会って、2年前に結婚もしました。

2012年に彼とニュージーランドで出会って、そして車を買って、ニュージーランド全域をドライブしました。そしてアメリカへ行き、そこでも車を買って旅をしました。砂漠を見たり、水浸しの街を見たりして。いろんな経験をしました。

陸地をずっと旅してきましたが、やっぱり水の上が1番良いな、と私は思うのです。私が心穏やかで居られるのは水の上なのですから。だから、航海はし続けようと思うのです。

今、私は新しい計画を立ち上げようと思っているところです。こどもたち、生徒たちをボートに乗せて、私が経験してきたことをみんなに経験させたいなと思っているのです。それは素晴らしい贈り物になるんじゃないかっておもうのです。それが私の新しい計画で、いま始まったところなのです。そんな感じでしょうか。

聞いて下さって本当にありがとうございました。

(会場拍手)