小さい頃こそ「好き」が原動力になる

早野龍五氏(以下、早野):小さい頃になにか特定のものに打ち込むというのは、「なににおいてもそれが好きだ」ということがないと、やれといわれてもやりませんよね。

佐藤康光氏(以下、佐藤):そうですね。私も将棋以外の記憶があまりないですね。バイオリンも習っていましたが、やっぱり将棋のほうが圧倒的に時間を費やしたという感じですね。

好きなことを仕事にできたという意味では、非常に幸せというのはあるのかなと思います。しかし、将棋というのははっきり勝負がつきまして非常に残酷なところがあります。そういう点での厳しさを感じながら戦ってはいますね。

好きでないとなかなか上手くなれないということはあるのでしょうが、最初はどうかなと思っていても、突然興味を持って好きになるということは、物事にはあると思いますけどね。

自分は将棋を覚えた時からずっと好きで、今もそうですね。負けが込んだりすることも多いですが、それでも嫌いになるということはありません。やっぱりそれだけ好きなのかなということは思います。

明るいニュースが期待できる女性棋界

早野:将棋には女流棋士というのがあって、男女でそもそも差があるのかということに関してはどうなのですか?

佐藤:現状は棋士のシステムで三段に2人、女性の奨励会員がおります。その1人が里見香奈さんですね。女流棋界の第1人者です。あと1名が西山朋佳さん。その2人が四段を目指しているんです。

今三段ですから、四段になったら、これまた藤井四段並の大ニュースになるかなと期待しております。女性もだいぶ強くなってきています。

現状はやはり男性棋士に強い棋士が多いですが、これは歴史的な部分が大きいかなという気がしますね。女流のプロが誕生してまだ40数年しか経っておりませんので、そういう点で歴史的に、また人数的な部分で少なかったということもあります。

ただ、年々強くなって差は縮まっています。なので、将来女性の方で初めて棋士のシステムのタイトルを取る方が出てもぜんぜん不思議じゃないと思います。

また、今年初めて外国人のポーランドのカロリーナ(・ステチェンスカ)さんが女流棋士になりましたので、国際化の面でも非常に女性のほうが先をいける部分も実はあるのですね。

「考え続ける力」が取捨選択での判断力になる

早野:今日、この対談をするので今朝慌てて勉強して……といいますか、将棋連盟のホームページを見たのです。そこに「考え続ける力を身につけることは将棋以外にも役に立つ」というブログ記事が書いてありました。

佐藤:ありがとうございます。

早野:その「将棋以外にも役に立つ」ということについて、会長としてはどう思っておられるのですか? 量は別ですよ。子どもたちが将棋に熱中するということの、人生にとっての意味。

佐藤:なぜ考え続けるかといいますと「わからないから」というのが1つ大きな理由としてあると思うのです。「わからないから止めてしまう」のではなくて、「わからないけど考え続けられる」というのは、これはやっぱり1つ大事なことかなと思うのです。

そうすることによって当然、最初はなにを考えていいのかわからない。どうすればいいのか右往左往しながら、問い、立ち止まりながら最初は考えるわけです。

なにか1つ、そうやっているうちに1人1つヒントを掴むことによって徐々になんとなく自分の中で答えが出てくるということがあると思うのです。ひたすらわからないなら、わからないなりに読む。技術的な部分もそうでしょうが、精神的な面でも大事にはなってくるかなということを感じます。

あきらめない、また根気よく続けられるということが非常に大事なのかなというように、とくに若いときはそういうことが必要なのかなと。

もちろん、自分なりにパッと見てパッと切り捨てられるようになるのが一番の理想です。「これはダメでこれはこうだ」というのをまず取捨選択してそれから読みに入る。良さそうなものだけ読みに入ることができれば一番いいと思うのですが、最初はその取捨選択ができません。だから、なんでもとにかく読むしかないですよね。

わからないなりに、自分なりに読んでみる。それが最初は9割方間違っているわけです。しかし、ただそれを根気よく続けることによって、その蓄積で読むことを繰り返し、逆に読まない力が身についてくるといいますかね。切り捨てるということになってくるのかなと思います。

試行錯誤するからこそたどり着く「答え」

早野:スズキ・メソードは子どもたちに音楽を教え、楽器でもって弾けるようにする。やっぱりそれも1曲ちゃんと弾けるようにするまでには、きちんと練習ができるようになるまでやるのはかなりハードルがあるわけです。そうしたことになにか共通点はお感じになりました?

佐藤:私も子どもの頃にバイオリンを習っていましたが、1曲を仕上げることの難しさといいますか、それは幼いながらに感じていました。

やっぱり同じ練習をしても、どうしてもこの音がなかなか出ない。そういうことを自分の中でも覚えておりました。それはなにか自分なりにひたすら訓練といいますかね、試行錯誤をしていかないとなかなかこれだというものに辿り着かないと思うのです。

小さい頃はもちろん先生などのアドバイスがあると思いますが、それでも自分の中で試行錯誤をしてようやく辿り着くことがあるのかなと思います。そうした点が共通項というか、影響を受けている部分はあるのかなと思います。

「将棋は奇跡的なゲーム」

早野:僕は大学におりまして、最近はもっと役に立つことをやれといろいろプレッシャーを受けていまして。自分はあまり役に立たない物理学をやっていたので困っていますが。でも将棋というのも、そうした意味では役に立ちませんよね。産業界という意味では。

佐藤:そういう部分もあると感じます(苦笑)。

早野:でも、価値があるという。どういうところに将棋をやる。あるいは今、藤井四段の活躍で、子どもたちが将棋を学ぶようになる。必ずしも全員がプロ棋士になるわけではないかもしれないけれども、それで一芸に秀でた子どもたちが育つ。中には、次の将棋連盟を背負っていく子どもが出てくる。

だけど、将棋はそういう意味で産業界の役には立たないですよね。どこに将棋の価値があると思われますか?

佐藤:将棋は現在のかたちになって500〜600年ぐらいと言われています。しかし、実は最初の原形を誰がつくったかというのはわかっていないのですよ。わかっていないまま数百年も続いて、現代になっても未だにプロ棋士が「うーんうーん」と唸りながら考えているわけですね。

コンピュータソフトが出てきていますが、ソフトもまだまだ強くなれると言われています。ということは、将棋はまだまだ奥が深いんだよと言っていただいているということです。

そういう意味では奇跡的なゲームなのかなと私は思っていまして、将棋は未だに答えがわからない。

そもそも答えがあるのかないのかわからないですが、それに向かってとにかくひたすらもがきながら、少しでも真理に近づくために努力を重ねると言いますかね、一歩一歩進んでいくことが棋士の中でも将棋の中でも存在意義の1つだと思っています。

だから、私はまったく役に立たないとは思っていないのです、実は(笑)。

「将棋は計算のゲームですよね」と言われることがあります。最後に玉を詰まして勝つということは、必ず計算の要素が必要なのだけれどもそれだけではない。

最初はどういう作戦でいこうかなとか、自分なりに新しいアイデアが相当な部分で必要ですし、戦いが始まる前にいつどこで仕掛けるかという決断の部分など、細かく分析してどう指せばいいのかという要素も必要です。精神的な部分でも、いいときでも悪いときでも、油断しないようにとか諦めないようにとかあります。

本当に精神的な部分や知的な部分を含めてもさまざまな要素が詰まっておりますので、こんなに要素が詰まっているゲームはなかなかむしろないのではないかと私は自負しております。なので、どんどん世の中に役立てたいと思っていますが(笑)。

みなさまにはぜひ楽しんで指していただいて、苦しむのはプロ棋士でいいかなと思っています。ふだんからはもちろんですが、苦しい時でもベストを尽くしていい勝負をお見せするのがプロ棋士の努めではないかと思っています。