最後に「死」が待つ人生、どう生きるべきか

ロバート・ウォルター氏:ありがとうございます。ここに来られて本当にうれしいです。

みなさんは、これまでに何回も、「人生とは何か、そして私たちの選択は何か」という課題について真剣に議論されてきたと思います。

今回私は、みなさんのお役に立てるよう人生について少し違う視点から話してみようと思います。人生とはどうあるべきか、ということについてです。

さて、人生で一番不公平なのは、それが終わるということです。生きるって大変なことなんです。時間がたくさんかかるくせに、最終的には何が待っていますか? 「死」ですよね。どうしてでしょう? ライフサイクルは、本当は逆であるべきなんです。最初に「死」があるべきで、そうすれば「死」はもう終わったことです。その後に、目が覚めて、1日がはじまるんです。

それで、一番年寄りから始まって、だんだんいい気分になって若返っていく、と。入社初日に、金の時計とか身に着けちゃったりして。40年間働いて、リタイアする時も人生をまだまだ楽しめる年齢です。アルコールを飲んで、パーティーをしたりして。数年間遊びほうけても、なんの問題もありません。だって、あと死ぬしかないんだから、なにしたって良いじゃん? それで、そろそろ高校に入る準備ができる。それから小学校になるんですね。そして子どもに戻るんです。

それで、遊びまくって、なんの責任も負わされることもない。そして最終的に赤ちゃんになる。最後のこの期間は、温泉に行ったり、ルームサービスもあってなんでも全部やってもらえる。毎日豪華な部屋にいて、贅沢をしながらそれでオーガズムを感じながら最後を迎える。

笑っていいんですよ、笑うところです。……ちょっと通訳が難しくて曖昧になっちゃったかな。ジョークがちょっと通じにくかったかも。

でもとにかく、「人生はそうはいかない」と。毎日、自分の人生はどうなんだろうと悩む。そして、ヒーローズジャーニーなどの話を聞くわけですよね。アメリカの、1人のある新人が、こういうふうに言ったんです。「ずっと子どもたちと緒にいて感じたのは、最初に彼らが見たものこそが彼らの人生になる」と。最初に見たものが自分の一部になる。そしてそれが徐々に、1日だったり、何年かの年月をかけて、自分の人生の細部にまで溜まっていく、と。

子どもにとっては、そうやって前に行く力こそが、ヒーローへの道のりになっていくのです。そして、そこまでの道のりがある人もいるけれども、それが1つの場所にしかないという人もいますよね。つまりそれは小さな村のようなものです。他の人は同じ人生を生きている。自分はそのなかにしかいない。そして、そこでちょっと周りを見るわけですよね。

この村って、ちょっともうだめじゃない? 何かが欠けていると思うよ。何かが変わらなければいけない。そうして、その問いかけが頭に浮かんだときこそ、それがヒーローへの道のりの始まりなのです。この、「ヒーローズジャーニー」という言葉は、これは神話学からできたものですね。つまり、これからは神話でいうヒーローに話が移っていきます。

神話とは、現実と私たちとを繋ぐネットワーク

もう何回も同じ言葉を使ったので、今日はこの言葉に聞きあきてしまっているかもしれません。神話で語り継がれたり、神話学で定義される「ヒーロー」というものについて。

まず、英雄、ヒーローという言葉から始めましょう。ジョーゼフ・キャンベルは、ヒーローを素晴らしい力と勇気を持ち、神に愛された神聖で、神格化された存在だと定義しています。

さて、この神話的ヒーローとは、どんなものなのでしょう。その謎を解くには、ヒーローという存在は無意識に生み出されたのではないこと、人間の意識の底から生み出されたものだと理解しなければなりません。

それは、ある意味精神的なものなんです。人間の歴史のなかに、ずっと続いてきたものです。それは私たちの脳内、神経の中にもうすでに組み込まれているんです。それらは私たちの奥底に収納されていて、いずれ表面に浮き出てくる。これが、人間として普通のことなんです。

人によっては、ちょっとずつ変化はあるかもしれませんが、これは普遍的で変わらないものなんです。なので、結果としては、実際にこのヒーローかどうとか、あのヒーローがどうとかとそんなの関係ないんです。実際に現れたかどうかではないんです。彼らが実在していたかどうか、それはさほど重要ではなく、それを追求していくと物語の大切な部分を見失ってしまいます。物語の本質は何なのか。神話は物語なのですが、これらは必ずしも、言葉だけで伝えられたものだけではないのです。

神話というのは、神話学という学問もあるように特別なストーリーです。では、神話学とはいったい何なのでしょうか。それは、ある意味現実と私たちとを繋ぐネットワークなんです。私たちが現実を理解するために持っている、ネットワークの1つなんです。神話学というのは、私たちに道を示してくれます。

ジョーゼフ・キャンベルはよく、神話学には4つの機能があると言っていました。それは私たちが、ジョーゼフ・キャンベル財団をはじめた時によくそういった話をしました。4つの機能というのはなんだろう? それは神話的、宇宙学的、そして社会学的、心理学的という4つの側面のことです。

神話学の4つの機能

1つ目は神話学的、これは神話学の最初の部分です。それは私たち個々の、生き方や在り方みたいなものを、目覚めさせてそれを維持するためのものです。それは宇宙の中にある神秘の一部なわけですね。ミケランジェロが最初に原理として理解したように、宇宙というものをどういうふうに考えるか。それは、分子の動きを理解することから始まっている、と。宇宙学的にみて、神秘的なもの、そして世界の不思議がそれを理解することから始まるというのです。

2つ目に神話学が意味するのは、宇宙学的なものです。それは、まさに「奇跡」とは何かということ。それは魔法であったり、とても神秘的なもので、人生のどこでも、あるいは土地のどこでも、それは転がっているんですよ。

3つ目は、私たちがどういうふうに社会の中で行動するかという社会学的なものです。どうやって髪のヘアスタイルを決めるのか、どんな洋服を着るか、どんな物を食べるか、ということを示してくれるものです。社会の中でどんな行動をするべきか、というルールですね。

そして、最後に、心理学的なものだとジョーゼフ・キャンベルは言っています。それが子供時代から自我が目映え、自立していく過程でどのように個々に影響を与えるのか、ということです。そして成人して老化していくなかで、人がどういうふうに行動していくのか、ということを表現していると。これは、結構的を射る意見なのではと思っています。

例えば、すごく豊かな日本や、また豪華なルネッサンス時代に生きていることと、孤立したアマゾンの奥地で生きているのとでは状況が違いますが、私たちは、世界は色々な文化、色々な考え方、そして色々な神話の断片がたくさん存在する世界の中で生きています。

そういったことを踏まえながら、物事を反対側から見てみましょう。それは、あなた個人の内面を見ることです。「あなたは人生のいまこの場で、いったい何者なのか?」という疑問です。

そう、私たちがいる現代では、女性は何をすべきなのか、男性は何をすべきなのか、また14歳の子は何をすべきなのか、という考えが全く違うのです。14歳で世界を航海しちゃった、なんていうこともあるわけですね。

いまこの時に、何が適切なのかということを知るということです。例えば、急に外で踊りだすことが果たしてが適切なのか、だとか色々な考えがあるわけです。

あなただけの神話を持つこと

当然、衝突が生まれます。顔をベールで隠して、生きていかなくてはいけない女性もいます。ですから個人個人が、自分がいま生きているこの場所、この場面で、あなたはどういった役割を担っているのかを理解しないといけません。そして、成長しながらあなたはどうなっていくのかを知る必要があります。

そうすると、まずは社会から見たあなた自身を知る必要があります。自分についてどういうふうに語るのか、自分の中身に何を語るか。誰でも、自分が属するべきグループを見つける必要があります。それは、必ずしもいつもそばにいる人じゃないかもしれません。もしかしたら、世界の反対側にいる人かもしれない。あなたの個人的な、もっと内面の奥深い部分で、安心できる自分が所属できる場所を見つける必要があるのです。

あなたは、自分が作った自分だけの世界で生きています。他の人には理解できない、あなた自身の世界の中で。そこから、徐々に社会との繋がりを見つけて、外へ外へと広がっていくのです。そうすると、いろいろなものが変わっていきます。

私たちが今理解している社会は、100年前、1,000年前の社会とは全く違います。2,000年前は、神秘や神話というものが、社会の中では中心的でもっと絶対的な存在でした。

すごく古いスロットマシーン、ピンボールマシンというパチンコみたいな、それを想像してみてください。コインを入れてレバーを引くと、リールが回る。3つ同じ絵が揃って、そうしたらゴールドコインや、金貨が出てきます。ご褒美がもらえるわけですね。

もし、あなたが心理学的、社会学的、そして宇宙学的にも、あなたと世界との関わりを理解できたなら、このスロットマシーンのように、すべてが合致すれば、あなたがこの世界でどう在るべきかが見えてくるのです。

そこが神話学に繋がっていくのですが、それによると、あなた自身の物語を生きていくための、あなただけの神話を持つことができます。一個人の物語としてそれを理解することができるのです。