サイコパシーには“程度”がある

――著書『サイコパス』の売れ行きが絶好調だそうですね。いまどれくらい売れてるんですか?

中野信子氏(以下、中野):20万部です。

サイコパス (文春新書)

――20万! 最近の文春新書のなかでも一番売れてるぐらいじゃないですか?

中野:そうですね。だいぶ文春さんも力入れてくださって。わりといい感じで売れているようです。

いい意味で予想を裏切ったのは、本を書いた前後にサイコパシーの高そうな人が想像をはるかに超える頻度で続々とニュースなどで取り上げられたということです。それでおそらく興味を持ってみなさん買ってくださったんだと思うんです。

この本を読んでご感想として多いのが、「自分の身の回りにもいる」というもの。例えば、上司や、同僚のあの人、先輩のあの人、という具合に。「どうして私の考えてることがわかったんですか?」と、けっこう興奮気味に感想を言ってくださるので、「みんな、こういうのを言語化できなくてもやもやしてたんだな」ということを改めて感じましたね。

――私自身は、実はサイコパスという言葉だけは知ってて、意味はぜんぜん知らなかったんですけど。

中野:そういうご感想も多かったですね。

――でも、本を書かれる前の時期から、サイコパスって言葉を普通に女子高生が口にしていたりとか。いつのまにこの言葉って出てきたんだろう? って思ったんですけど。

中野:確かに。そうですね、人口に膾炙(かいしゃ)してきたのはずいぶんあとになってからじゃないでしょうかね。私たちや、私たちの母くらいの世代では、やっぱり『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士のイメージがすごくあると思うんですけど。

残虐で、普通の人はやらない……普通の人は殺人すらやらないけれども(笑)、ちょっと猟奇的な殺人を犯してしまうような、そういうタイプの人のことをサイコパスと呼ぶイメージがあったと思うんですね。

ただ、実際にはそうとは限らない。そういう人も確かにサイコパシーの高い人だけども、ただ猟奇的な殺人をするという行為が分類の基準というわけではないのです。その内面に立ち入ってみると、残酷なだけではなくて、人に対する共感性が極めて薄いという特徴がある。

その尺度を作って、度合いを測れるようにしましょうという流れで出てきたような概念と言っていいかと思います。ただ、DSM-5にはサイコパス、という分類では載っていないんですよね。

――DSM-5?

中野:アメリカ精神医学会の診断マニュアルのことです。

――たしかサイコパスって、0か100かじゃなくて、程度があるというふうに本で書かれてましたよね?

中野:スペクトラムです。その度合いが濃厚である人のことを、サイコパシーが高い、と表現します。

「共感性」のある人・ない人

――改めて、じゃあどういう特徴がサイコパスにはあるのか教えていただけますか?

中野:最も顕著なのは、良心と共感性の欠如です。

――それがいちばん特徴的?

中野:はい。脳機能の特徴として見られます。普通は悲しい人を見たときに自分も悲しい気持ちになったり、笑っている人を見れば自分も楽しい気持ちになったりという反応が自然に起きます。そういうことをする機能がない。

――機能がない?

中野:うん。むしろ、以前に川原崎さんにご質問いただいたとおり、共感性というのはとても不思議な機能ですよね。持ってるほうが、実はよくよく考えてると不思議なぐらい。だけども、持ってる人のほうがなぜか人類ではマジョリティで、持っていない人のほうがマイノリティなんですよね。

――持っていない人のほうがマイノリティ。なるほど。

中野:ちょっと変な集団なんです。「生物としては共感性なんて本当はなくたって生きていけるはずなのに、なんであるの?」と思いますよね。

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