ヤフーが患った“大企業病”

鶴田浩之氏(以下、鶴田):ロールモデルみたいな人はいましたか? 孫さんとか社長は別としても。

村上臣氏(以下、村上):当時は組織もそんなに大きくなかったし、あまりなかったかな。

鶴田:じゃあ、2011年です。ようやく振り返れるぐらい、記憶もまだ鮮明な時期です。社会的には震災3.11があった年。

村上:そうね。3.11があった年。

鶴田:そういう理由でここに書いたのと、ヤフーさんの取り組みもあるんですが、臣さん的にも。

村上:そうですね。僕がヤフーを退社した年ですね。

鶴田:実は1回辞められている。

村上:本当は僕、3月末に辞める予定で人事と調整していたけど、3.11が起こって、いろいろニュースの対応をしなくちゃいけないので、1回出した退職届けを人事に返してもらった。プラス1してまた戻して、僕は4月末に退社をしている。

この時はちょうどヤフー的に、かなり大企業病みたいな感じになっていた。僕は当時、部長だったんです。フロントエンド開発本部の部長だった。部下が50人ぐらいいて、とにかく仕事の8割ぐらいが調整だった。

鶴田:調整?

村上:そう。当時はビジネス部門と開発部門の大きく2つに分かれていて、社内受託みたいな感じだった。なので、ビジネス部門が「こういうサービス・企画やります」と出してきて、それに対して「何人でやります」という見積もりを返す感じ。それの対面に立っているから、「なんだろう。俺?」みたいな感じになって、ぜんぜんインターネット企業のかけらもなかった時期でもある。

当時、僕は当然モバイルとか、いろんなことをやっていたけど、もうちょっとモバイルに踏み込んでほしかった。もうiPhoneが世の中に出ていたし。

鶴田:そうですよね。

村上:iPhone 3Gが日本で発売されたのは2008年7月11日。なので、もうけっこう来ていて。自分的には「もっとやらなくちゃ」と思っていたけど、なかなかリソースがもらえなかった。当然、僕の説得が悪かったのもあるけど、いろんな葛藤があった。

世の中は思ったりより早く進んで、震災があって、いろいろ日本が変わっていくので、1回やっぱり自分もリセットしたいと思って辞めた。自分でもう1回、スマートフォン向けのサービスをがっちり作ることをやりたいと思って、1回離れた。

鶴田:ちなみに、僕の会社ができたのがこの2011年です。なんとか今まで続いて、やってこられております。

村上:当時はソフトバンクアカデミアには通ってたね。

鶴田:なるほど。

村上:今もやっているけどね、孫正義の後継。

鶴田:僕の友人も2人行っています。

村上:俺、0期生。

鶴田:0期生?

村上:もともと外でやる前に1年、内部で回しいてるんだよね。なので、グループ会社から選考を募って、0期生がいた。そのあと、第1期生をその次の年に外部から集めてやった。なので、0期生で1期生なんだよ、俺。

「村上は爆速Tシャツを着てテレビに出るべきである」

鶴田:なるほど。2012年に戻られたということですが、時間と僕のMacのバッテリーがあれなので……。

村上:爆速?

鶴田:爆速の話。

村上:そうだ、そうだ。爆速と言っていましたね。Yahoo! JAPAN。

鶴田:復帰のエピソードからこのスマホ時代の爆速。これもう、みんなわかりますよね?

村上:けっこう知っている人が多いですね。この時、俺、このTシャツを着るのが本当に嫌で。

(会場笑)

嫌だったね。いや、わかりやすいけど、俺、意外とファッションに気を使うタイプなんですよ。わりと見た目を気にするタイプで、ちょっと「not for me……」という感じで。

(会場笑)

でも、ちょうどテレビの密着取材で、当時、スマホへの変革みたいなかたちで、アイコンみたいになっちゃった。

役割だからやるけど、ただTシャツを着るのが嫌だった。その時に「テレビが来るならアピールしないと。Tシャツ着ないと」みたいになった。この時、忘れもしないのが、執行役員会議で決議されたんだよ。「村上は爆速Tシャツを着てテレビに出るべきである」。

(会場笑)

鶴田:会議で?

村上:そうそう。「よーし、決を採ろう」みたいになって。

今もやっているけど、毎朝30分、みんなで集まっていろんな軽い決めごとをするという朝会があった。多数決で決まって。「着たほうがいいと思う人?」「はーい」みたいになって、「ええ?」みたいな。「これ決議?」みたいな感じだった。それで、しょうがないから着た。

鶴田:いじられキャラだったんですか?(笑)。

村上:いじられキャラなのかもしれないね。でも、すごい効果があって、みんなが言うことは正しかった。おかげでヤフー=爆速みたいになった。

「ヤフー=爆速」が生んだ効果

社員もけっこう見ていて。このメッセージって、どっちかというと社員向けだった。大企業ってすごく遅い。でも、「インターネットはスピードが一番大事だ」と、とにかく動くようになった。これ、プロトタイプ00と書いている。

鶴田:本当だ。

村上:何個かバージョンがあるんです、爆速Tシャツも。プロトタイプ01とか02とか。そうやりながらどんどん改善していく。

鶴田:ヤフーさんのこの爆速のおかげで、取り巻くスタートアップがより「ヤフーが爆速なら、俺らはなんだ?」みたいになった。

村上:なんか「超速」だとか。

鶴田:そうなっていましたよ、実際。

村上:そうなっていたね。インパクトもあったし、社員もお客さんから言われていた。メールで「爆速でお願いします」とか(笑)。

鶴田:(笑)。

村上:言われて、すごい緊張した。「やばい。うちらなんか期待されてる」みたいになって(笑)。そういうわかりやすい言葉はやっぱり重要だなと、この時学びました。

そしてヤフーはスマホカンパニーへ

鶴田:なるほど。そんなこんなで。スマホの時代を。

村上:ああ、これね。

鶴田:このChief Mobile Officerとしてやってきたのが、2012年からCMOに。

村上:そう。ちょうど5年経ちましたね。

鶴田:5年経った。(スライドを指して)この「1億超」っていう、みなさん、なんの数字かわかりますか? 

参加者:わからないです。

村上:(笑)。

鶴田:こちらはなんでしょうか?

村上:これはアプリの総ダウンロード数ですね。Yahoo! JAPANの。

鶴田:1億2,000万ぐらい?

村上:1億2,000万ぐらいだったと思います。毎年App Annieのダウンロードランキングで1位になっているけど、たぶんそのぐらいですね。なので、総ダウンロード数としてはたぶん日本1位なのかな。

鶴田:Yahoo!のアプリとして、テレビCMまでやるアプリというのは?

村上:そういう意味だと、Yahoo! JAPANアプリとか。

鶴田:Yahoo! JAPANアプリがテレビCM?

村上:やっているね。あとはニュースは地方でもやったり。

鶴田:スマホのシフトが完了した感じですね。

村上:そうそう。この前の決算でいうと、もうユーザー数の65パーセントがスマホ経由になって、広告売上もようやく50パーセントを超えたんです。スマホ経由の売上が。

なので、名実ともにスマホカンパニーになんとかなったのが、今の感じですね。もうちょい早くなる予定だったけど。まあ、でかい会社だなとは思います。

鶴田:その立役者ですね、臣さんは。

村上氏が注力している24時間モノ作りコンテスト「Hack Day」

(スライドを指して)最近の取り組みで、臣さんがこれをやられている。

村上:そうですね。僕がずっと力を入れています。

鶴田:Hack Day。

村上:そう。要はうちのクリエイターとか、社内外含めて、いわゆるハッカソンが最近ありますけど。24時間で自分たちで作りたいもの、プロトタイプを実際に動くものを作って、プレゼンをするコンテスト。これにずっと僕は力を入れている。

とくに大きい会社だと、要はパーツを作っていることが多い。なので、イチから企画して、ものを作って、人に問うプロセスを経験できないまま終わる人が多い。

ただ、こういうのはやっぱりどんどんやっていかないとわからないし、やっていておもしろい。それで、こういうイベントをいつも冬ぐらいにやっています。

鶴田:企画、プロデューサーみたいな感じ。

村上:そうですね。企画、プロデューサー。

鶴田:来年ぜひ出たいな。

村上:ぜひ出てください。

鶴田:24時間?

村上:24時間で、徹夜で開発ですから。

鶴田:楽しそう。

村上:前回の2月のHack Dayは、最近ではニコ生も連携して、ニコ生の延べ来場者数が5万人を超えました。

鶴田:5万人? 参加者はどれくらいいるんですか?

村上:参加者は、300人ちょいぐらい。チーム数でいうと80チームぐらいかな。

鶴田:そして今2017年、この本が発売されましたと。

村上:そうですね。