とある家族の食卓

高地清美氏:みなさん、こんにちは。午前中の最後のプレゼンになりますので、お昼のちょっと前ということでちょっとお腹もそろそろ空いてくる頃だと思いますけれども、もうしばらくお付き合いいただきたいと思います。

私、お嫁に来て初めて、日の出を見ておにぎりを握らせていただきました。地元の雑穀で40グラム、150個のおにぎりを朝握ってきました。すごい気持ちが良くて、ここに本当にありがたく今日お話しさせていただきたいと思います。これからまず、はじめにお話しするのはある内田家という一家のお話です。ちょっと資料を見ながらお話をさせていただきたいと思います。まず、最初に内田家の家族ですね。

内田家の家族、内田良美、主婦35歳。会社員の夫と小学6年生の長男と3人暮らし、共稼ぎ。いたって平凡な家族です。ある朝夫は、早出のため午前7時に栄養ドリンクを飲んで出勤。寝るのが遅かった長男は今日も朝食を食べずに登校。良美はトーストと牛乳で済ませ職場に向かった。

「朝はまず、3人が食卓に揃うことはめったにない」と夫。お昼、良美は会社近くのお弁当屋ですき焼き弁当を購入。夫はコンビニで唐揚げ弁当と烏龍茶を。どちらも500円でお釣りが来た。長男は給食。みんなで楽しいし家庭より美味しい。午後4時過ぎ、帰宅した長男はカップラーメンを食べ、スポーツドリンクのペットボトルを片手に学習塾に言った。良美は週一のママさんバレーの練習日とあって、定時に職場を出ると、デパ地下で鳥の唐揚げ、ポテトサラダ、きんぴらごぼうを選んだ。

便利な世の中で、大事なものを捨ててしまっているような気がする

6時に帰宅。買ってきた惣菜をパックのまま食卓に並べ、練習場に急いだ。7時半、長男はジャーからご飯をよそい、一人で食事。インスタントのスープに湯を注ぎ、テレビを見ながら、嫌いな野菜は避けて唐揚げを食べた。良美から「今夜は食べてきて」と言われた夫。同僚と居酒屋で枝豆、焼きナス、焼き鳥をつまみにビールを飲み、締めのラーメン。10時に帰宅。

3人でスポーツニュースを見ながら夫が買ってきたハンバーガーを食べた。夫はついついハンバーガーショップに寄ってしまう癖がある。日曜日の夜は決まって外食。良美は今週夕飯で台所に立ったのは3回。炒めものや長男が喜ぶ焼きそばを手早く調理。冷凍食品をチンして添えた。残業のあった2日間は惣菜を買った。

夫が家事を手伝わないので料理にかける時間はできるだけ省きたいというのが良美の本音。良美は夜中に突然息が苦しくなり、慌てて病院に運ばれたことがある。過呼吸症候群。原因はストレスと言われた。時々カラオケで気晴らしをする。夫は肥満気味で、会社の健康診断で中性脂肪が多いと言われている。長男は今年2回、朝礼の時気分が悪くなった。担任から「寝るのが遅く、朝食が食べられない悪循環になっているのでは」と注意された。

もう少し子どもにかまってあげたい、良美は思う。でも、家のローンや学資、夫も私もいつリストラされるかわからない。そんな不安もあり、このレールから外れられない。みなさんいかがでしょうか? 内田家のこんな日常。たぶんこんな日常は本当に今の日本ではざらにある光景だと思います。

日本の私たちの食生活は昭和30年代を境に簡単で便利な食品が次々と販売され、スーパーマーケットに行けば一年中どんなものでも揃う。ファミレスやコンビニ、ファーストフード等、24時間開いてるところも珍しくありません。そんな飽食の時代と言われる中で、本当に飽食だとみなさん思いますか? 何か簡単で便利な世の中の中で、自分たちが大事なものを捨ててしまってるようなそんな気がする最近の私です。

現代は「飽食」の時代?それとも「(阿)呆食」の時代?

飽食の時代、飽きる飽食のこの「飽食」が、実はある方が阿呆の「呆食」と言った方がいらっしゃいました。食べるものを選ぶ力、そういうものも含めて、もうちょっとお勉強しなくちゃいけないのかなと思いながら、私も「う~ん、納得」と思いながら聞いていました。

私の生まれたのが昭和33年です。両親が共稼ぎで鍵っ子でした。今鍵っ子という言葉もなかなか聞かなくなってきた言葉ですけれども、両親が勤めて、母がたまたま残業がある時に「これを食べてね」とインスタントラーメン。その頃は本当に珍しい、私はすごい嬉しかった覚えがあります。

でも、友だちたちは自宅のお母さんがハンバーガーを作ってくれたり、スパゲッティというような本当にハイカラな名前が出てくると、すごい私食いしん坊なのですっごく羨ましかったですね。母に言っても、私もう中学生になっていましたので、母が忙しいのは十分わかっているし、家のローンもあるし、良美の家と本当に同じなんですね。

母は必死で働きながら私たちを育ててくれた、今はそんな思いがありますけれども、そんな中で自分自身が母ができないんだったら「じゃあ私が作ろう、作っちゃえ」って感じで私が実は中学生の時に通信講座で料理の基本を学びました。そんな私が実は31年前、小諸のりんごと桃の農家の長男のところにお嫁に来ました。

家族で食卓を囲むことが元気の源になる

私自身も働く女性として、決していいものというか、全て手作りとか絵に描いたような食事をしてきたわけでは実はありません。でも、うちの高地家は温かいご飯と味噌汁を1日3回食べるんです。

具沢山の味噌汁ですね。こんな具沢山の味噌汁。母が作ってくれた野菜をたっぷり入れた季節の味噌汁を飲む。そこで主菜、副菜。うち実はカレーの時も味噌汁です。みなさん結構「え!?」って言う方がいらっしゃるんですがみなさんどうですかね(笑)。カレーの時も味噌汁です。

そんな食卓を家族で囲んだこの30年間が本当に家族の輪をつなぎ、元気でいる源になったということが、この30年かけてやっと私がわかったことなんですね。10年前だとまだわかってないですね。本当に88歳、本当にもう、こんな元気な父親と母親がいていいのかくらい本当に元気で、とにかく元気で長生きしてほしいと私は思っています。

そんな中で、働く女性としてそんな食事もしながら働いてきた中で、何かみなさんに一つ提案させていただけるとしたら、食卓を囲んで、一つの大きな食卓を囲んで、家族みんなで同じものを……あ、すみません(マイクを)取っちゃいました。

聞こえますか? 大丈夫ですか? (マイクが)落っこちちゃって申し訳ありません。そんな私、食卓を囲んで家族みんなが笑顔で語り合う、こんな一家団らん、今一家団らんって言葉も何か失われてる言葉なのかなって感じがしています。

そんな中で、できれば和食。今日本の和食が世界から注目されてることはみなさんも、たぶんご存知だと思います。そんな和食、温かいご飯と味噌汁、主菜があり、お魚があり、煮物があり、そういうもの、こういう和食があれば最高の食事だと思います。

子どもから食卓を変えるという試み

でもなかなかそうはいかないので、まず囲むことから、まず一歩でも、半歩でも、進めていただけたらありがたいと思います。阿呆の「呆食」から本当に豊かで家族が幸せ、楽しな「豊食」の日本に是非なってもらいたいかなと今思っています。たまたま私の、今ちょっときれいな手が(スライドに)載っていますが、これ高校生です。

今子どもたちに私の食ママの活動の中で、子どもたちに今「おにぎりの会」といって、おにぎりを握ってもらう活動を少しずつ始めています。おにぎりの白いご飯の美味しさ、味噌汁の美味しさ、そういうものを知ってもらうためにこういう会をしているわけなんですけれども、実はその中で一人の子ども、お母さんが忙しい共稼ぎのボクだったんですけれども、そのボクに「ボク、お母さん忙しいから、うちに帰ってお母さんにおにぎり握ってあげて」って私が言ったんですね。

そうしたらそのボク、うちに帰って本当におにぎり握ってくれたんですよ。それでそのことがきっかけとなって、そのお母さんは実は朝食を作ってくれないお母さんだったんですね、そのボクは本当にお腹が空いてお昼まで待てないくらい給食大好きなボクで、「ボクお母さんに作ってね」って言った言葉でしっかり作ってくれて、その後でお母さんが朝食を作るようになったそうです。

このように子どもから食卓を変えることもできます。大人だけではなくて子どもから食卓を変えよう、今そんな活動も少しずつしています。みなさんも地域のお子さんとか、自分のお子さんもちろんなんですけれども、あとお孫さん、今孫育てもすごく大切だと思っています。

畑に子どもを連れ出す、いろんな場面で子どもたちにいろんな食の体験を是非させてあげていただきたいと思います。私も食ママ倶楽部の一応代表なので、若いお母さんたちと一緒にこれからもそんな取り込みを一つずつ重ねていきたいと思っています。本当にお腹の空く時期、お話聞いていただいてありがとうございました。