弱いプレイヤーほど信じてしまう、ある情報

中野信子氏(以下、中野):ゲームという限られたシチュエーションの中ではあるけど、実戦というか、現実世界にも役立つかもしれないことの1つとして、今のお話があるわけです。

現実の世界だと、コミットしているかしていないかは、相手の顔色や、「心拍上がってそうかしら?」とか、そういうところで見ちゃったりするわけです。

それを木原さんは「コストのかかっていない情報である」として、ブラフ(=ハッタリ)である可能性があるので信用しない。「弱いプレイヤーがそういう情報を信用するんだ」ということを見切っているのが、おもしろいなと感じました。

木原直哉氏(以下、木原):実際に強いプレイヤーでも、間違えて本当に出てしまっている情報は癖がある。できれば参考にしたいけど、それは裏をかかれているかもしれない。

一般的によくあるのが、例えばカードを見る時に、共通カードを出す。共通カードがパッと3枚出た時に、パッとつい視線をそらしちゃう。これは一般的に強い(ハンドの時にやる)、癖の傾向があるんですね。

でも、みんな知っているんですよ。ここで中野さんとポーカーをやっているとします。パッと共通カードが開きました。自分が目をそらしました。……自分の手、強いですかね?

もしかしたら、いきなりフラッシュができているとか、ツーペアができているとか、いきなり強い可能性があるんですけど、パッと視線をそらしたら強いと一般的に言われる。そこで、自分がパッと目をそらしたら、強いと読みますか? 弱いと読みますか?

中野:相手が木原さんだったら、「あ、これはもしかしたら嘘かしら」と思うかもしれない。

木原:でも、本当にそういう癖かもしれないですよね。

中野:そこは、確率だからわからないですね。

木原:わからないですよね。なので、そういう情報って、見てもしょうがないんです。例えば、相手がコミットしているかどうかも、月に毎日10時間、あることに専念して時間を使っていたら、それはコミットしていますよね。

中野:そうですね(笑)。

最初から情報の裏をかかれていることが前提

木原:ある商品やなにかに、それだけ時間を使っていたらコミットしていると言えます。なんとなく口だけで言っているだけで、ぜんぜん行動していなかったら、ブラフかもしれない。それはポーカーと違って、なかなか見抜くことは難しい。

中野:おっしゃる通りです。信用できる情報と信用できない情報の見分け方も、木原さんらしく、ポーカープレイヤーらしい感じで、非常におもしろかったです。全部数字に置き換えて考える。

木原:もう、コストがかかっているかどうか、ですね。コストがかかっていると、向こうはブラフだとしても、けっこう必死にブラフしているので、なんとかそれなりに信用するかもしれない。けれど、コストがかかっていない情報は鵜呑みにしない。それは本当かもしれないけど、嘘かもしれないので。

中野:よく麻雀でリーチをかけた時に捨て牌を目で追っちゃう人がいる。数えるためにね(笑)。そうすると、それを避けていけば当てずにすむ(笑)。逆手に取って、違う牌を目で追って振り込まさせる。

木原:実際、自分もよく麻雀をやりますけど、そんなレベルでは、みんな見ていないですよね(笑)。

(会場笑)

でも、一般的に裏をかくとか、麻雀マンガでは描きやすいんです。ただ、最初から裏をかかれることを前提で、全部心から信用してしまうこと自体が間違いだと思います。

某プロ麻雀団体が……(笑)。2年ぐらい前のトラブルで「三味線した(=イカサマをした)、しない」ともめた。コストがかかっていない情報に対して、そこで問題があーだこーだ言うこと自体、自分としては……。

中野:ナンセンスであると。

木原:それで「引っかかった」と言っている時点で、「うーん」って思っちゃいます。例えば、誰かがリーチに入っているところに危険牌を置く、それはコストがかかっていますね。

例えば、リーチ棒を「リーチ」と出して、その後、自分はもう「ツモ」、イヤな牌を持ってきても切らざるを得ないなど、その後のリスクというかたちでコストを払っている。コストを払っているものは、やっぱり信用します。ブラフかもしれないことも含めて、いろいろ考慮に値します。そういうリスクを負っていない情報や、コストがかかっていない情報は、もう本当に話半分です。

中野:考慮に入れない?

木原:本当にあるかもしれないけど、基本的にはあまり考えないほうがいいと思います。

中野:ネグリジブル(=無視してよい)である、と。

木原氏と勝間氏は「ゲシュタルト知覚が苦手な人」

ここまでお聞きになって、なんとなくみなさんはお気付きかなと思います。非常に勝間さんと似ている感じがしませんか? 私はとても似てらっしゃると思いました。というのは、すべてを数字に置き換えましょうというところ。

それから、これは木原さんの事前情報はないかもしれませんが、人の顔を覚えるのが苦手なところ。勝間さんがそうでしたから(笑)。

木原:「相貌失認(そうぼうしつにん)」かもしれない。

中野:そうかも。たぶんゲシュタルト知覚も苦手なんじゃないかという話をさっきしました。

木原:ポーカーの場で、8時間とか10時間、一緒にテーブルで打つんです。それで、次の日に「ねえ、あの時、なに持ってたの?」と話しかけられる。けれど、「え……、誰?」っていう感じになるんです(笑)。

(会場笑)

人の顔を覚えていない。10時間一緒にやっていて、次の日に、まったくわからなくなる。とくに髪型、服装とか変わりますよね。変わるとわからなくなるんですよ。

中野:変わるとわからなくなる部分が特徴的ですよね。もう1つは、過集中ですね。過剰に集中して、他のことがあまり目に入らなくなる。そろばんをしてる時の集中の度合いのエピソードが書いてありましたけど、あれも非常に特徴的です。

計算が得意でゲシュタルト知覚が苦手な人というカテゴリーがあるとすれば、そうなんでしょうね。

木原:その可能性が高いんですか?

中野:ゲシュタルト知覚というのは、私たちは完全に情報がなくても、例えばこんなふうに手を出されたら、点だけも三角形を想像してしまいますよね。これがゲシュタルト知覚です。

木原:その他の線ですね。

中野:補完してしまうという機能は、実は私たちが日常生活を送るうえで非常に便利なんですけど、本当は三角形なんかないんです。そういう情報を、彼は信用しないわけです。ゲシュタルト知覚をあまり使わないんです。

木原:極力信用しないように心がけている感じです。基本的には自分自身の記憶もあまり信用しない。自分自身すら信用できないんですよ。

中野:おもしろいですね。

木原:そもそもあまり記憶力がない。記憶力がないことを「逆手に取る」という言い方をしたらあれですけど、最初から自分自身のことを信用しない。なので、他人がなにか言ったことに対しても、やっぱりそこまで信用しないですね。

公式を覚える中野氏、公式を覚えすらしない木原氏の違い

勝間和代氏(以下、勝間):中野さん、そのお話、私は当たり前の考え方だと思っていたんですけど。

中野:だいぶ特徴的だと思います(笑)。

木原:でも、それって普通じゃないですか?

勝間:普通ですよね?

木原:そのほうが得というか、正しいというか。自分を信用しないので、他人も信用しないんです。

中野:本当に勝間さんと似ていますね。『踊る!さんま御殿!!』に出た時も思っていたんですよ。受験の攻略法も、私と木原さんではまったく違います。私の場合は、フォトメモリーを使って片っ端から覚えるやり方をしましたけど、木原さんは、公式を覚えすらしない。試験中に導いたりするんですね、1から。

木原:覚えられない。ほとんどの公式を覚えられないし、なおかつ覚えたところで、プラスマイナスが入れ替わって間違えて覚えていたら、むしろマイナスですよね。それだったら、最初から計算したほうが早い。

(客席に座る勝間氏に向かって)それ、たぶん同じですよね?

勝間:同じですね。答えが書いてある問題が大好きなんですよ。物理とか統計とか。

中野:そうそう。得意な分野もかぶっていると思います。

勝間:歴史とか生物、大っ嫌いだったんですよ(笑)。

(会場笑)

木原:自分は歴史自体は好きで、『三国志』をすごく読んではいたんですけど、テストになるとできない。

中野:登場人物が増えてくるから?

木原:そうなんですよ! 登場人物が増えると、誰が誰かわからなくなる。とくにテレビドラマとか。

中野:(笑)。

木原:複数の人間が入り混じる。しかも、芸能人、女優さん、みなさん美人なので、顔の区別がつかないんです。

中野&勝間:(笑)。

木原:しかも、話の最中で当然、日付が変わると、服装も変わるじゃないですか。すると、同一人物かわからない。

中野:ちょっと難しいですね(笑)。

木原:大変です。

思春期にかけて失われていくフォトメモリーの能力

中野:ミステリーものだと、誰が犯人かわからない?

木原:でも、本であれば戻って見られます。映像だと、それがつらい。ただ、なんとなくやり過ごす技術も見つけました。なんとなく、その人物かわからないけど、「なんかこれ、こういうこと言う人は、さっきの人っぽいな」とか。

中野:こういうフォトメモリーが苦手な人のタイプの特徴なんですけど、計算と抽象化する能力が優れています。私のようなフォトメモリー派とは、トレードオフなのかわからないけれども、両方備えている人ってめずらしい。

木原:トレードオフじゃないですか。

中野:両方ある人って、あまり見たことはないですよね。

木原:だって、基本的にはどんな能力でも、もともとあってもトレーニングしないと意味がない。覚えられる人は覚えるのが早いから努力する側、計算する側と違って、あまり努力しないですか?

中野:私、暗算が超苦手なんです。致命的なほど苦手です(笑)。木原さんが記憶が苦手なレベル。

木原:たぶん、トレードオフじゃないかと思います。

中野:そういうことを示す実験があります。フォトメモリーの能力って、実は子どもの頃に4人に1人ぐらいは持ってるんです。けれど、だんだん失っていく。

失っていくのは小学校高学年、思春期にかけて失っていくんです。けれども、私は20歳ぐらいまで使えました。どう失われていくかというと、言語を運用できる能力、抽象化する能力が発達すると失われていくと考えられています。

つまり、フォトメモリーだと容量がめちゃめちゃになるんです。ずっと写メを撮り続けているみたいなものです。けれども、それをテキストベースで保存すれば、すごく容量が小さくてすみます。

「認知負荷」といって、脳にかかる負荷は抽象化したほうがよりコンパクトに忘れにくくなる。けれど、落ちる情報が多いから、再生する時に間違うこともあります。そうすると、顔が思い出しにくくなる(笑)。どうも人間らしいということは覚えているけど、どんな顔かはわからなくなる。再生する時に問題はあるけど、運用する時には楽なんです。

これは、進化的な話もあって、チンパンジーの子どもと人間の大人にフォトメモリーのテストをやらせるんです。数字と色がどこに表示されたかを当てるゲームです。それをやるとチンパンジーの子どものほうが圧勝しちゃうことがあるんです。

おそらく、抽象化して記憶する能力が発達するとともに、フォトメモリーの能力が人間から失われていくとのだ考えられています。となると、木原さんのほうが人間寄りで、私のほうがチンパンジーなんです(笑)。

木原:いえいえ、そんな(笑)。

中野:東大入試ぐらいの水準のテストだったら、どっちの攻略法でもなんとかなりますね。

大学受験はコストの高いギャンブル

木原:さっきもちょっと話していたんですけど、なにか世界のトップを極めようとするには、努力だけじゃ絶対に無理なんですよ。才能、適性、プラス、努力の両方がないと世界のトップは、どんな分野でもトップをとれないんです。

ただし、東大の合格率は上位1パーセントぐらいなんですね。日本人の1学年100万人のうち3,000人が東大生なんです。東大へ行かなくても医学部や京大に行くので、上位1パーセントぐらいの学力が東大です。上位1パーセントって、年収で言う1,500万円ですよね?

中野:もうちょっと下ですかね。

木原:下ですか。でも、上位1パーセントは、努力でなんとかなる範囲。いわゆる一般的な成功は、努力でなんとでもなる範囲だと僕は思うんです。ただ、世界のトップという話だとまったく違ってくる。努力と適性の両方が必要。せっかく世界のトップを目指すなら、自分に適性があるほうが得だと自分は常々言っています。

中野:ただ、東大に入った人で「努力で入った」という人はあまり見なかったんです。もちろん、努力で入った人もいますけど。

木原:いや、みんな努力しているんですよ。

中野:なるほど。努力を努力と思っていないのかもしれませんね。努力も楽しかったと。つまり、あれは苦行ではない。苦行のような努力をして入ると思っている人もたくさんいるけど、実はそういう努力をしてる人はあまりいない。楽しい努力。

木原:そうですね。勉強もゲームと思えば。

中野:みんなゲームと言いますよね、本当に(笑)。示し合わせたかのように、「受験はゲームだった。楽しかった」と。

木原:苦しかったけど、楽しかった。両方あるんですよね。

中野:そうですね。あれも頭脳ゲームというカテゴリーで言えば、ポーカーと一緒かもしれない。

木原:ポーカーより受験のほうがぜんぜん分散が大きいですけどね。コストもかかりますし。落ちて、1年間浪人するとしたらコストっていくらですか?

中野:そうか。木原さんは北海道出身でいらっしゃいますよね。

木原:浪人しているんです、1年間。

中野:東京で勉強されたんですよね。

木原:東京で1年間浪人して。1年間浪人するコストって、社会人になった後の、1年間分の収入です。しかも、たぶん一番年収が高くなった時の1年間分の収入です。プラス、その時期、実際にかかるコストと両方かかるので、どれだけギャンブルなんだろうと思っています。

中野:なるほど。そういう部分は確かにありますね。負けるとコストが高いかもしれない。

木原:すごいコストが高いギャンブル。

中野:その分、ちょっとおもしろくないですか?

木原:おもしろくないと、やってもダメですね。