「クールでいようとしないこと」 女流詩人が教える、子どもの自己表現を助けるためのヒント

私に娘がいるとしたら・・・ #1/2

「スポークンワード」という詩の朗読パフォーマンスで有名な女流詩人サラ・ケイが、自己表現をするためのポイントをTEDで語りました。子どもが「私は詩に書くほど面白いことなんて何もない」と言い出した時、どうすればいいでしょう。世の中に対してクールでいようとしないこと、理解し、受け入れ学ぶ姿勢を持つことが大事だと、サラは語ります。(TED2011 より)

まずは詩の朗読から

パフォーマンス「B」

私にいるのがママでなく 娘であるなら その子は私を「B地点」と呼ぶであろう そう覚えていれば 何が起こっても 彼女は私にたどり着くことができるから 私はその子の手の甲に 太陽系を描いてあげる そしたらその子は 自分の手の甲みたいに良く知っているという前に 宇宙全体のことを 学ぶことができる なぜなら 人生は辛くて彼女の顔を強くぶつこともあるから 立ち直る前にお腹に蹴りを入れることもあるから でも息を詰まらせるから、空気の味がどんなにすばらしいか 肺に思い出させることができるけれども 絆創膏でも 詩でも 治せない傷がある 困った時に ワンダーウーマンは来てくれないと 彼女が初めて気づくときに知ってほしいことがある マントを着なくてもよいのだと だって手のひらをどんなに広げようとも 癒したい痛みをすべて受け止めるには あなたの手は小さすぎるのだから それから私は言う 鼻をそんなに上に向けていないで その手はもう使えない もう何百万回もやったもの ただ煙の臭いがかげるだけでしょう だから燃えている家で 火事ですべてをなくした男の子を見つけ 救えるかを考えてもだめ あるいは そもそも火をつけた男の子を見つけ その子を変えることができるかを考えてもだめ でも彼女はどうせやるのでしょう だから代わりにチョコレートと雨靴を 余分に持たせる チョコレートで癒せない心の傷はないもの まぁ、チョコレートでも癒せない傷だってあるとは思う だからそのために雨靴があるの 雨はすべてを洗い流してくれる あなたがそう望むならね 私は彼女に ガラス底ボートの下を通して世界を見てほしい 人の精神の中の ほんの小さなとこにある銀河を 顕微鏡で覗いてほしい なぜんら、私のママがそう教えてくれたから そんな日もあるって そんな日もあるってママが言っていた それを捕まえようと手のひらを広げても 水ぶくれとアザが残るだけ 電話ボックスを飛び出して 救おうと思った人たちが マントを踏んでいることもある あなたの雨靴が雨で満たされるとき あなたは絶望に崩折れるかもしれない そういう時こそ ありがとうと言うべきなの 何度押し返されようとも 海が岸辺にキスするのを やめようとしないように それほど美しいものはないのだから 風を起こし 何かを手にして 何かをなくす お星さまをみつける 繰り返し 繰り返し それを続ける 1分間に地雷が何個爆発しようとも この人生という おかしいけども美しい場所に あなたはたどり着く 1から信頼しすぎまで目盛りがあるのなら 私はすごく騙されやすい方よ でもこの世界が お砂糖でできていることを知ってほしい すごく壊れやすいけど 舌を出して味わうのを恐れてはいけない 私は彼女にこう言う あなたのお母さんは心配性だけど あなたのお父さんは戦士なの あなたはその小さな手と 大きな目で 望むことをやめない女の子なの もし良いことが3つ一緒にやってくるのなら 悪いこともそうなるの 間違ったことをしたときあなたは謝らなければいけないけど でも絶対謝らないでほしい時もある それは あなたが目の輝きを失うとき あなたの声は小さいけれど 歌うのをやめてはいけないの そして彼らがあなたの心を傷つけ 戦いや憎しみをドアの隙間から押し込み 皮肉や敗北のパンフレットを 街角で渡そうとするなら その時あなたは、あなたたち私のママに会うべきだって言うのよ 

(会場 拍手) ありがとうございます

ありがとうございました。では、ここで少し時間を取るので、皆さん自分が本当だと思っていることを3つ考えてください。何でも構いません。テクノロジーやエンターテインメント、デザイン、家族、朝食に食べたもの……。難しく考えすぎないでくださいね。

私が本当だと知っている3つのことは、これです。

まず1つ目は、ジャン=リュック・ゴダールが 「良いストーリーには、始まり ・中間・終わりがある。しかしこれらは必ずしもこの順序通りではなくてもよいのだ」と言ったのは正しいということです。

2つ目は、私は今ここ(会場)にいてすごく緊張し、興奮していること。そして私はさっきから失敗しないように、失敗しないようにと必死になっていることです(会場 笑)。

3つ目は、私がこのジョークを言おうと 1週間ずっと待ち構えていたこと……それは、「かかしはなぜTEDに招かれたのか。それは、彼は彼の畑の外で立っている(傑出している)から」 (「out standing 外で立っている」と「outstanding 傑出している」をかけたジョーク)(会場 笑)。

ジョークをいってごめんなさいね。

詩を書くことで、世の中の不確かな事実が理解できるようになる

これらが、私が本当だと知っている3つのことです。つまり、私にはこのように少しは本当だと分かっている事実があるのですが、それ以外に、世の中には不確かな事実がたくさんあります。私は詩を書くことによって、その不確かな事実を理解しようとします。詩を書くことが、私にとって何かを克服する方法となっていることもあるのです。そういう時に、詩の最後まで書いて、その詩を振り返ってみると「ああ こういうことだったのか」と理解できることもあります。またある時には、詩の最後まで書いても何も解決しないこともありますけれども。しかし少なくとも、そこから新しい詩が1つ生まれるのです。

私の行っている活動、スポークンワードとは、パフォーマンスとしての詩です。 このパフォーマンスは、紙の上に詩を書くということから抜けだし、声として発生し、直接的に人々に体験されることを求める人々が行うパフォーマンスです。

私が中学1年の頃は、緊張ホルモンの塊みたいな女の子でした。成熟不足で興奮過剰で……。しかしそんな長く見つめられることへの怖れがあったにもかかわらず、スポークンワードの考えにとても魅了されていました。私は密かに詩と演劇に憧れていたのですが、それらが1つになったものがスポークンワードなのです。それで、勇気をもってそのパフォーマンスを試してみることにしたのです。

私は14歳の時、最初のスポークンワードに挑戦しました。14歳なりの知恵をしぼって考えたテーマは、「女の子らしくないと見られることの不当さについて」でした。その詩は怒りに満ち、今から考えれば誇張されていましたが……。それは、それまで私が触れることがあった詩が、義憤の詩ばかりだったので詩とはそういうものだと思ったからでした。

そして初めてパフォーマンスした時、10代の聴衆からヤジや共感の声が上がりました。ステージから降りたときには私は震えていました。その時、誰かに肩を叩かれて振り向いたのです。そこにはフード付きのスウェットを着た、とてもとても体の大きな女の子がいました。背が2メートルくらいもあったと思います。 私なんか片手で叩きのめされそうでした。私がビクビクしていると、その彼女は、うなずきながら私に言ったのです。「私も同じように考えていた。あなたの詩をきけてよかった、ありがとう」と。私は雷に打たれたような衝撃をうけ、それからスポークンワードに夢中になったのです。

マンハッタンのロウアーイーストサイドにあるバーでは、毎週詩の発表会が行われていました。娘の行動に戸惑いながらも、理解のあった私の両親は、私をその発表会に連れて行ってくれました。私はそこで少なくともそれから10年くらいは最年少の発表者でしたけども、そこに参加している人たちは14歳がうろついていても気にかけず、むしろとても歓迎してくれました。

そこでの詩人たちとの交流を通し、スポークンワードは怒りを表さなくでも良いことを知りました。楽しいもの、辛いもの、真剣なもの、面白いもの、なんでもいいのです。そこでの詩の会合は、私の教室となり、私の家となりました。そこにいた詩人たちは私が14歳であることなど問題にせず、むしろ 14歳らしいものが書ければいいと言ってくれ、私の活動を積極的に後押ししてくれました。ここで出会った素晴らしい大人の詩人たちが、毎週子供の私の話を聞いては、共感し、喝采、あの女の子のように「私も同じように感じていた」と言うのに毎回驚きを感じていました。

詩が苦手な人は「リスト」作りから始めてみよう

私のスポークンワードの成長の鍵は、3つの段階に分けられます。1つ目は「自分にはこれができる」と思えたことです。これはあのフードの女の子のお陰です。2つ目は「私は続けることができる。スポークンワードが好きだから。そして毎週ここに戻ってくる」と思えたことです。3つ目は、自分の気持ちを、自分の表現方法で表すことができることがわかったことです。怒りでなくでもよいのです。

そして、私に人と違う着眼点があり、それに集中すればするほど私の詩は変わったものになりましたが。しかしそうすることでより詩が自分のものだと感じられるようになりました。私は、これまでに集めてきた知識と経験のすべてをまとめ、不確かなものに立ち向かいます。詩で、そのような未知の分野を乗り越えるのです。私がいたあらゆる場所や経験の情報が詰まったリュックを背負い、新しい詩に出会うのです。

大学に入ってこのすばらしいスポークンワードの魔法に対する考えを共有できる仲間に出会うことができました。それがフィル・ケイで、たまたま私と名字が一緒でした。私は高校生のとき 「Project V.O.I.C.E.」という団体を作り、一緒にスポークンワードができる友達を誘っていました。しかしフィルと私はこの「Project V.O.I.C.E.」を改め、スポークンワードにエンターテイメントの要素を混ぜ込んで、教育を通して刺激を与えることを目標にしたのです。私たちは学生でしたが、授業の合間にいろいろな場所に旅をしてスポークンワードのパフォーマンスを行い、それを広めて行きました。9歳児から大学院生まで、カリフォルニアからインディアナまで、公立高校や街角や大学にて。さまざまな人を対象にさまざまな場所で活動しました。 

そうやってスポークンワードが根付いていくのを見てきましたが、時には詩を書いてもらうことを難しく感じることもありました。10歳の子に詩を書かせるには、何か仕掛けが必要なこともわかりました。それでリストを使うようになったのです、リストならだれでも書けますからね。最初に書いてもらうリストは「私が本当だと知っている10のこと」です。そして皆で互いにそのリストを共有するのです。そうすると、いろいろなことが見えてくるのです。

誰か他の人が、自分のリストにあるのと同じか、かなり近いものであったり、あるいはまったく逆であったり。自分が今まで聞いたことがないようなものを思っている人もいます。または、自分が知っていることでも、他人はまったく新しい視点からそれを捕らえていることもあります。ここが素晴らしいストーリーの始まるところなのです。自分が情熱を持っていることと、他の人が投じてくれたものが交わるのです。

クールであるための条件とは?

多くの人はこの課題に快く応じてくれます。でも生徒の1人、シャーロットという女の子はそうでありませんでした。シャーロットはリストならとても良く書けるのですが詩を書くことを拒んでいました。私は詩に書くほど面白いことなんて何もない、と言うのです。それでもいくつもリストを書かせ続けていました。ある時、「私が学ぶべきだった10のこと」 というのを書いてもらうと、シャーロットのリストの3番目に「年齢が3倍も上の人に恋すべきではなかった」とありました。

どういうことか聞いてみたら、彼女は 「長い話になるんですけど……」と言うのです。私は「シャーロット、それはすごく興味深いものになるから」と言い、それで彼女は初めて詩を書いてくれたのです。それは私がこれまで聞いたこともないような恋愛の詩なのです。その詩はこう始まります「アンダーソン・クーパーはとてもゴージャスな男性だ」 (会場 笑)(アンダーソン・クーパーはアメリカのジャーナリスト)。

そしてこう続きます「彼がマイケル・フェルプスとプールで競争したのを見ただろうか? 水泳パンツで水に飛び込み、水の王者を打ち負かそうとしたのだ。ゴールした後、雲みたいに白い濡れた髪をかき上げながら 彼はフェルプスに“あんたすごいよ”と言ったけれども、すごいのはあなたの方よ アンダーソン・クーパー」 (会場 笑)。

クールであるための条件は、動じないこととか、何事にも恐れないで感心も示さず、興奮しないかのように装うこと、と思っている人もいるかもしれません。このようになると、人生の予期しない悲嘆や傷心からいつも身を守ろうと構えて人生を歩んでいることになります。でも私は、構えるのではなく受け入れる姿勢で人生を歩もうとしています。

そうすると、あらゆる悲嘆や傷心も受け止めることになりますが、同時に美しく素晴らしいものが空から降ってきたときにつかまえられるからです。教師として、生徒たちがスポークンワードを使って好奇心を再発見する手助けをしていますが、それもクールで動ぜずにいるというよりは、まわりで起きていることに関わり、理解し、受け入れ、そこから何かを学んでほしいのです。

スポークンワードだけが理想の表現形態とは限りません。そのストーリーの表現形態に一番ふさわしい方法はいろいろあります。なので、私はミュージカルを書き、短編映画を作ることもあります。

しかし私がスポークンワードを教えているのは、それが誰にでもできるからです。楽譜を読めない人やカメラを持っていない人でもできるのです。誰でも何らかの形ではコミュニケーションをとることができ、ストーリーを持っています。また、スポークンワードは即座に人々の繋がりを生み出してくれます。孤独だとか誰も理解してくれないと、感じている人は少なくありません。

スポークンワードならば、自分を表現することを通して、自分のストーリーや意見を示し仲間や耳を傾けてくれる人々と共有することができるのです。共感し、通じ合えることはとてもすばらしいことです。今ではさらにYouTubeがありますので、それらの繋がりはその場だけに留まりません。私たちはそれらを通して繋がりを持てる仲間や詩を見つけ出す、より多くのチャンスに恵まれているのです。

自分を自分たらしめている要素を「作品」にしてみよう

一度やり方がわかっても、繰り返し同じような詩を書き、同じストーリーを語るようになりがちです。つまり、それにとどまらず、成長し、探索し、時にはリスクを負うことも必要になります。自分に挑戦する必要があるのです。それが3つ目の成長の鍵です。自分を自分たらしめている要素を、自分の作品に表現するのです。それは常に変わってもいいのです。この3つ目の要素は、尽きることのない要素なのです。

スポークンワードを教えているとき、旅をたくさんします。出会う生徒が3つ目の成功の鍵にいつも達することができるのではありません。

シャーロットのときは、彼女の成長が展開していくのをよく見られたと思います。自分が本当だと知っていることを作品に込めることによって、自分だけが書ける詩を作れることに彼女が気づくのを目の当たりにしました。 「目玉」に「エレベーター」に 「ドーラといっしょに大冒険」……。 私は自分だけが語れるストーリーを語ろうと考えています。このストーリーのように。私はこのストーリーを皆さんに語る一番いい方法は何かとずっと考えてきました。PowerPointだろうか、短編映画だろうか、始まりと中間と終わりはどうしようか……。この講演の最後まで行ったらすべてわかるようになるのか、ならないのか。

TEDの準備をしているとき、私がスポークンワードに打ち込むようになったのは先ほど話した14歳の時だと思っていましたが、もっと早い時期だったのかもしれないと気がつきました。古い日記のページを見つけたのです。

再び、詩の朗読を

12月54日というのは24日の間違いだと思いますけど……。こう書いてあります。「日記さんへ クリスマスの夜 くらやみに 虹があった」 私は子どもの頃から すでにスポークンワードの世界を歩んでいたのです。私だけでなく、誰しも踏み込んでいるのだと思います。私は、子供達が、いろいろな人が好奇心を再発見する手助けをし、それに関わって、共に学びたいと思っています。そして、彼らが本当であるのを見つけたことを共有していきたいのです。

では、詩で締めくくりたいと思います。「ヒロシマ」。

ヒロシマに爆弾が落とされたとき 爆発は小さな超新星となって 動物も人も植物も その太陽からの光に直接触れたものはみな 一瞬にして灰となった 残されたものも すぐにそうなった 放射能のダメージは 都市の全体とその住民を粉へと変えた ママが言うには 私が生まれたとき 病室を見回す私の眼差しは 「これなら前にもやったことあるわ」とでも言っているようであったと 私は大人の目をしていたのだと おじいちゃんが亡くなったとき 私はまだ5歳だった 私は母の手を取って言った 「大丈夫 おじいちゃんは赤ちゃんになって戻ってくる」 もう誰かステージを経験をしているみたいだけど 私はまだ何も分かっていない 今でもステージに上がると 膝が震える 私の自信は ティースプーンで量れるくらい少なく 詩と混ぜ合わすと いつも口の中で妙な味がする でもヒロシマでは 人々は払拭され 腕時計と日記のページだけが残された だからポケットを満たすのがどんなに大変でも 私は努力し続け いつか誇れるような詩を書きたい 博物館に展示され 私の存在した唯一の証拠となるように 両親は私をサラと名付けた 聖書に出てくる名前 聖書では神がサラに「おまえには不可能なことができる」と言った そのとき彼女は笑った なぜならサラは 不可能なことをどうできるのか分からなかったから 私にも分からない でも不可能を毎日感じている それはこの世界で繋がろうとすること まわりの共存すること 私が話している間に 相手は自分の番を待つだけでなく 聞いているのだと知ること 彼らはあなたが感じるのと同じ事を感じる 私が口を開くときにいつも努力していること それはこの不可能な繋がり ヒロシマにある壁があって 放射線で真っ黒に焼け焦げている 階段に座っていた人がいて 光線が石に当たるのを防いでいた 今残されているのは その影 光の永遠の影だけ 原子爆弾の後 放射能で損なわれたヒロシマの土に再び植物が生えるには75年かかるだろうと言われた しかし次の春には 地面から新しい芽が生えだした 私があなた方と会うこ瞬間 私はもうあなた方の未来にはいない 私は速やかに過去になる しかしこの瞬間 あなた方と現在を共有している そしてあなた方も 私の現在を共有している これがあらゆるものの中で 最大の贈り物 だから私に不可能ができると言うなら 私はたぶん笑うだろう 私は世界を変えられない 何もわからない 生まれ変われるかどうかも でも私ひどく笑ったのなら 時に自分のいる世紀さえ忘れてしまう 私がここにいるのは これが最初ではない 私がここにいるのは これが最後ではない これは私の伝える最後の言葉ではない でも 万一のため 今この瞬間を精一杯乗り越えようとしている

ご清聴ありがとうございました。

<続きは近日公開>

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