「人をワクワクさせたい」という気持ちを開放するチーム作り

嶋浩一郎氏(以下、嶋):今のお話を引き続き聞きたいんですけれど。寺尾さんはアートや体験……食べた感じなど、おいしいトーストやその瞬間みたいなものを実現したいと思われていますよね。一方で、技術者の多くがどちらかというとスペックでものを作ったりすると思うんです。

バルミューダの社員のみなさんは、アートとテクノロジーをちゃんと結びつけている人がいっぱい集まっているということなんですか?

寺尾玄氏(以下、寺尾):そういう者しかいないです。

ちょっと説明をしたいんですけれど。エンジニアのほとんどは、技術で世の中に立つ手法です。ですが、「世の中で役に立てるとしたら、なにをしたいの?」と聞くと、だいたいの人が「人をワクワクさせたい」と言うんですよ。

ほとんどのエンジニアが、やはり最後は感覚的なところを目的にしていると私は思っています。むしろ、それを忘れているのは経営陣じゃないかなと思いますけどね。

:ではどちらかというと、エンジニアの人たちがそもそも持っていた「人をワクワクさせたい」という気持ちを開放してあげるようなチーム作りをされているということですかね?

寺尾:そうですね。よく思っているのが、会社は従業員と社会のパイプ役でしかない。

例えば、ソフトウェアエンジニアはプログラムのコードを書きます。しかし、コードセットを何万行も書いたところで、なんの役にも立たないんですよ。それには動く機械が必要だし、動かせる電子基板が必要だからです。

回路の人間がいて、ハードウェアの人間がいて、そもそもの企画の人がいて。アイデア、ソフトが必要になります。コミュニケーションをやる人間がいて、セールスの人間がいて。そしてやっと、お客さんに届くんですよね。

一人ひとりの力を統合してなるべく大きなメリットにして社会に届ける。これが会社の役割だと思っているんです。

私は従業員にいつもこの話をしているんです。会社も従業員がいなかったらなにもできない。要するに、助け合いの関係にあるってことですかね。

:たぶん大きい会社になればなるほど、自分の部署のやってる仕事とか役割、担当のことだけをガーッて考えちゃって、今みたいに「全体的に自分がどこの役割を果たしてるか」が見えなくなっちゃうケースが多いと思うんですけど。そこはけっこうチームで見れるようなかたちでやれてる、っていう。

寺尾:まだ小さいですかね、はい。

:なんか、うらやましいですね。

寺尾:なるべくやろうとしている、っていうのが現状ですかね。

一膳のごはんじゃなくて、一食のごはん

:今日のタイトルにもしたんですけど。(バルミューダの)最新商品がこちらの炊飯器ということで。トースターの次は炊飯器。これはなぜですか?

寺尾:「日本人だからな」「次は米じゃないの」っていう、自然な流れで作ったんですけれども。

:はい。

寺尾:この商品で私たちがすごく気にしたのは、「お米だけのごはんってないな」でした。お米がおいしいのはもちろんいいことです。でも「今日の夜ごはんはなに?」と聞くと、生姜焼きとかカレーとか、ごはん=おかずを言うじゃないですか。

そしてテーブルに座った時、ワクワクできるのはおかずの力強さじゃないかなと思っています。あとは、気持ちよさとか。それを引き立てるべきなんじゃないかなと思ったんですよね。

お米だけの味を出そうとか、香りを出そうとする。それはそれで可能です。しかし、いかにカレーソース混じり合うか。要するに、おかずと一緒に食べた時に、ミックスとか混じり合いがどれだけすばらしい具合になるのか、それがむしろ一番大事なんじゃないかなと思って開発した商品ですね。

なので、一膳のすばらしいごはんじゃなくて、一食のすばらしいごはん。食事をおいしくするごはんを目指して作ってきました。

:この炊き方の特徴っていうのを、ちょっとご説明していただいてもいいですか?

寺尾:普通はお米と水を入れた釜をそのまま電気の力で熱していくんですけれども、この商品は釜が二重になっていて、外の釜には水だけを入れます。内釜にお米と水を入れるんですね。トースターと少し考え方が近いんですけれども、外釜だけを加熱して水をすべて蒸気にする。蒸気の力だけでごはんを炊いていく、という商品です。

こうすることで、お米をなるべく動かさずに、それぞれの米粒が持ってるエネルギーを中に閉じ込めたまま、ハリ、ツヤを持ったおいしいしゃっきりしたごはんを炊きあげるという考え方の商品です。

:僕も1回食べさせていただいたんですけど。それこそさっきおっしゃったように、汁物とかがあったりとか、チャーハンみたいにするとすごくおいしくなったりとか。あと不思議なのは、冷えたごはん、すごいおいしいんですよね。

寺尾:あれ、なぜだかわかんないです(笑)。

:なぜだかわかんない(笑)。

寺尾:わかんない(笑)。すっごい香ばしくて、もう信じられないぐらいすばらしい冷やごはんなんですよ。冷やしただけなんですけど。偶然ですね。なんの狙いもなかったですね、あれは。

:最初は二重にして水蒸気でごはんを炊くと、米が動かなくて、米自体の味がしっかり残るというところでこのやり方をやったんだけども、お冷やがおいしくなるのはぜんぜん計算外というか(笑)。

寺尾:計算外ですね。

:本当にあれはおいしいですよね。卵かけごはんとか、お冷やのごはんで食べてもおいしかったです。

寺尾:醤油の味とか、食べ物が持ってるおいしい脂分とか。それをいかに吸い込まないで周りに付けて、きれいなまま口の中に入れてくれるかというのが、私が思うすばらしいごはんなので。それを実現しました。

最初に着手した「冷凍ご飯の開発」、でも……?

:これもなにか開発する時に、「この味を目指せ」「あの時に食べたトーストを目指せ」みたいな感じの、目標にしたものとかはあったんでしょうか?

寺尾:この商品の開発は、ちょっと違うんですけれども。ものすごく紆余曲折をしまして、「お客さんがおいしいすばらしいお米を食べれればいいんですよね」ということで実験をいろいろやっていたら、炊飯方法よりもお米そのものを変えるほうが変化のインパクトが大きいということに気づいた。当たり前のことなんですけど、それがわかってしまったんですね。

「炊飯方法じゃありません。高いお米です」とエンジニアが私のところに駆け込んできて、「なに? そうか」ということになって(笑)。

(会場笑)

:「まあ、そうだよな」って思うけど、やっぱりそういう。

寺尾:「やっぱりそうか」っていうことになって。

:エンジニアの人は、じゃあ、いっぱいいろんなのをいじったりしたけど、結局……。

寺尾:そうですね。土鍋で炊いたり、羽釜で炊いたり、他の炊飯器でやった結果、「いや、高い米はとにかくうまい」と。

:「魚沼産コシヒカリはやっぱりうまい」みたいな(笑)。

寺尾:そういう話ですね。そこで行ったのが、冷凍ご飯の開発だったんですよ。「冷凍ごはんをパッケージにして売って、専用の小さい電子レンジで作って。それをセットで売る」というプロジェクトを1回ガーッと3ヶ月くらい追いかけましたね。

「瞬間冷凍の装置を購入しようか」と言って見に行ったり、液体窒素を使って社内で冷凍実験をやったり。「瞬間冷凍の装置購入しようか」とか言って見に行ったり。あと、液体窒素で社内で冷凍実験をやったり。

そして「これ以上はいかないんじゃないですか」っていう冷凍ごはんができて。電子レンジでチンして温めた時に、「炊きたてのほうがうまくねーか? これ」っていう話になって(笑)。

(会場笑)

:「究極の冷凍のおいしいごはん」を目指したのに(笑)。

寺尾:それを目指したら、炊きたてのほうがおいしかったんです。

:それも体験ですよね。

寺尾:体験ですね(笑)。

:炊くっていう行為の後に食べるごはんがおいしい、っていう。

寺尾:そう。お釜をバッと開けて、ごはんの香りがガッと来て、それをしゃもじですくって食べちゃうのが一番おいしいんじゃないの、っていう話になって。そして結局、一番おいしい電気炊飯器を作ろうと戻って、3ヶ月か4ヶ月ぐらい。

:相当あっちこっち行きましたね。

寺尾:はい。

おいしい冷凍ご飯の開発から方向転換してできた炊飯器

:商品開発までしちゃったってことですよね?

寺尾:そうです、そうです。企画もやって、もうその段階でうちの場合はコミュニケーションとか走り始めるんですよ。Webページとか、コミュニケーションどうやってやるとか、キャッチコピーとか、メインのビジュアルとかの仮撮影が始まって。そこで、「こういうコミュニケーションでこの商品いきましょう」というのが。

:冷凍ごはん、もう作っちゃったんですよね?

寺尾:冷凍ごはん、ある程度までいきましたね。

:それ、全部戻ってきて、中止?

寺尾:中止。

:そこから、この炊飯器ができたわけですね。

寺尾:そんなことばっかりやってます(笑)。

:やっぱり、それこそお釜を開けた時にごはんがあって。フワッとしたお米のにおいとか、そこからしゃもじで。

寺尾:そうです。きれいに粒立ちがそろっていて、立っている。傷ついてなくて、きれいな色で光っている。というのが、それはそれで喜びなんですよね。冷凍ごはんでは絶対に提供できない喜びです。

:戻ってらっしゃったという感じですよね。

「共感の最大化」のために人生を捧げている

バルミューダで今後、寺尾さんが目指したいことややりたいことがあったりしますか?

寺尾:先ほども申したように、「共感の最大化」をやるために、私はこの会社に人生を捧げていますので。自分にとってもう、ロックバンドみたいなものです。

このロックバンドが「もう世界に向けて歌えよ!」と思ってるんですけど。でも、物事には順序があり「いきなりそれはできない」という途中段階を今、一生懸命に走っているというのが私の認識です。

こうやって「物より体験」と言って、今たまたまそれが受け入れられていて事業としてはうまくいっています。この流れでキッチンの世界でいくつかの商品を出していきます。今年もあと2つ、来年も1つ用意しています。ほかにも空調など、環境に対しても商品を今開発が走っています。

:そのキッチンの商品というのは、先ほどおっしゃられたように体験を重視するから、音もデザイン、見た目もすべて五感を使った電気製品になっているという?

寺尾:ええとね、電気製品でもないものもあります。

:あっ、そうなんですか!

寺尾:はい。

:あらっ!

寺尾:「あらっ!」なんですけど(笑)。

:えっ、すごい……、なんですか?

寺尾:それが来月早々にも発売されますので。

:楽しみですね。

寺尾:はい。

:なんですか?(笑)。ちょっと教えてください。

寺尾:うん……、来月早々に(笑)。

:はい(笑)。

(会場笑)

:じゃあ、みなさん楽しみにしていただきたいと思います。

全人類に共通する「いい価値」とはなにか

最後に3分ぐらい時間あるんで、会場のみなさんに質問とかしてもらっていいですか?

寺尾:はい。

:寺尾さんになにか質問がある方とかいらっしゃいます? せっかくなんで。……いませんか?

寺尾:あれ、人気ないな(笑)。

:あ、(質問どうぞ)。

質問者:今日はありがとうございます。

寺尾:ありがとうございます。

質問者:開発する中で、バルミューダらしさというか、寺尾さんだけでなくていろんな社員の方からアイデアが出たり、デザイン案が出るのかなって想像するんですけど。「これがバルミューダらしさ」「これはちょっとバルミューダらしくない」という基準とかって言語化されたりしてるんですか? どういうプロセスで研究されてるのか、教えていただければと思います。

寺尾:今私たちは「人々がほしいものってもう1つしかないんじゃないかな」「多様性の時代で、いろんな人種や考え方の持ち主がいる中で唯一これだけは全員がほしいんじゃないかなと思っているもの」を仮説として持っています。

それが、すばらしい人生です。これだけはほしくないですか? 私はほしいんですよね。

たぶんこれを得るためにみんな活動しているし、唯一の全人類がアグリーできるいい価値をひと言で表すならそれだろうなと思っているんです。

バルミューダが目指す「1つの体験を少しでも良くすること」

人生は、体験の積み重ねです。我々は道具屋ですから、人にすばらしい人生なんて提供できるわけがない。でも、ただ1つの体験を少しでも良くすることで「じゃあ、いい体験が積み上がったら、いい人生になるかもしれないでしょうね」ということしかできないという価値観として持っているんです。

すべての商品企画やサービス企画の時に、キャッチコピーに「すばらしい◯◯」と付けるんですよ。そのキャッチコピーの下に商品のグラフィックがどんってあった時に合うか遭わないかをすごく重視しているんですね。

そして「すばらしい◯◯を」は、時間軸を入れた言葉しか入れちゃダメなんです。だから「すばらしい朝を」「すばらしい1日を」「すばらしい夏を」みたいに、時間軸を持った言葉ではめる。その下に、例えばライカのカメラ、自転車、バイク、使い古したギターがあったらはまるじゃないですか。

「そのグラフィックで、今言ってた企画はまる?」っていうのが、バルミューダらしさと今定義してます。なかなかはまるものが大変ですよ。

質問者:ありがとうございます。

:その考え方は、「すばらしい」にくっつけて全部考えていくのは、ブレなくていいですね。

寺尾:もう簡単ですよ。

:はい。素敵です。

寺尾:はい(笑)。

:今日はそろそろ時間なので。

このセッションでは人々の1日なにかの体験をちょっとずつ良くしようっていう。そういう体験を提供する、それを今キッチン家電を通じて世の中に広げていく、寺尾社長のお話をうかがってまいりました。

どうもありがとうございました。

寺尾:ありがとうございました。

(会場拍手)