人間の脳は変わる。だから行動も感情も思考パターンも変わる

唐木明子氏(以下、唐木):日本は少子化で、ある意味、消費者の数が減るよりも早く、働く人の数が減っていくという意味では、AIと上手に付き合っていく。あるいはそれをもって新しい産業を創っていく話は大変心強いというか、明るくワクワクしますよね。

最後に先生がおっしゃてくださったAIが発展した後、コミュニケーション能力であったり、人と触れ合ったりする能力が大事になる。これ、女性もそうですけれども、ある意味人間の生々しい脳みそ自体がすごく大事だと言えるのかなと思います。

青砥さんは先ほど、熱く脳のことを語ってくださったのですが、こういったAI時代に人間の脳もすごく大事。では、脳ってすごく面白くてここら辺にもっとおもしろい未知の領域があるんだろうなというはどういった事になりましょうか。

青砥瑞人氏(以下、青砥):まず1つ、先ほどのユニリーバの島田(由香)さんの話にあったように、「マインドセット」がキーワードになってくると思っています。マインドセットを神経科学がどう読み解くかというと、神経回路がそのままの状態で定着することだと思います。

確かに人間って、行動だったり感情の発露パターンだったり思考パターンは変わり辛い。それは確かな事実なのです。ここでのポイントは、まったく変わらないというわけではなく、変わり辛いということなのです。

人間の脳は変わるのです。それは科学されていて、専門用語で「ニューロパースティスリ」といい、神経可塑性という言い方をします。その可塑性はなにかというと、可変性があるんですよ」と言われてきている。

これが神経科学が発見した1つの大きなポイントだと思っていて、それはミクロレベルでの話です。細胞分子レベルでの変化が実際に観察されています。

脳にある細胞のことをニューロンというのですが、これを包んでいるミエリン鞘が太くなることによって、電気の伝導性が高まる。あるいは、神経伝達物質というのを投げると、神経細胞同士がコミュニケーションをするんですが、それを受け取るリセプター達が流動モザイクモデルを使って移動してキャッチする効率を高める。

そんな変化がミクロレベルで観察されていて、人間の脳は実際に変わるということが解ってきている。これは大きな変化だと思っていますし、このことを知ると、人間は行動であったり感情であったり、思考パターンも変化するということが言われてきている。

シナプスが最も多いのは生後8ヶ月

唐木:私は昔、理解したことが正しいかどうか確認したのですが、赤ちゃんの時はものすごく脳が発達するけれども、ある年を境に人間の脳はどんどん固くなっていって、新しいものを覚えられず年とって苦労するわけです。そうではあっても、脳は何歳になっても変われるということでしょうか?

青砥:脳は何歳になっても変われるというのが答えです。確かに生後8ヶ月ぐらいまでと、それ以降というのはだいぶ違います。8ヶ月ぐらいまでになにが行われるかというと、人間の神経細胞どうしの結びつきであるをシナプスが、約8ヶ月ぐらいまではどんどんどん増えていくのです。

なのでその時期が、一番シナプスが多いんです。いろいろな学習をする時にそのシナプスが使われれば、神経細胞どうしの結びつきは強固になっていくのです。しかし、多くの場合、脳は適応的な行動をとります。

どういうことかというと、使っていない神経シナプスを刈り込み、あるいはプルーニングという言い方するのですが。刈り込まれてどんどんどんなくなっていくのです。

なぜなくなるのかというと、脳に神経シナプスを持っておくこと自体がエネルギーの無駄遣いになってしまうので「使ってなければその回路をなくしていこう」という適応的な反応が生物学的な脳では行われます。

なので大人になってからと、子供のときのなにが違うのか。子供の場合は、もともとあるシナプスを強固にすればいいのです。ただ、大人が学習しようとしたとき、なくなったシナプスを新たに結合する、作っていくという作業が必要になる。

ここはかなりエネルギーを使うので、小さい子供が学習するよりも時間が掛かるというのが、最近の神経科学では解ってきている。

脳科学的に「変われる」と信じない人は変われない

唐木:ありがとうございます。

次にうかがいたいのが「HeForShe(ヒーフォーシー)」のコンテキストから。He、For、Sheなので、あえてHeとSheを固定化させていただくと、「HeがSheと働く環境を一緒に作っていきましょう」と今までの日本は言ってはいたが、現実はそうではなかった。

社会的な分業では、男性は働いて女性は家で家事育児をします。「男子厨房に入らず」という言葉が昔あって、台所に入ることすら恥ずかしかった人も、実は神経の可塑性をきちんと学んで使っていきさえすれば、変わるということですね?

青砥:そうです。もう1つ重要なポイントとして、「変われる」と信じることが実はすごい重要です。これがプラセボ効果というかたちだし、最近では神経科学でも証明されているんです。

これ、科学的な研究があるわけではないですが、宗教活動とか見てみると面白いんです。お寺に行って棒を振ったりする人がいますが、「なんのためにこの棒を振っているのか?」「なんの意味があるのか?」。最初は不思議に思ったりした。ある人はそれをやった後に、心が落ち着いたみたいなことを言うのです。

不思議だなと思っていたんですが、最近サイエンスされ始めていて。今言ったような単調行動というものが、どうもセロトニンという分泌物を脳内で分泌させてくれる。そのセロトニンというのは、人間のストレス的なものを和らげる効果があると言われている。

例えば、みなさんイライラした時にどんな行動とりますか? よくあるパターンが貧乏ゆすりしますよね。あれは人間の適応的な行動なんです。

これはまさに単調行動であって、そうすることでセロトニンの分泌が促される。それとメジャーリーガーがガムを噛む、あの単調行動もおそらく、セロトニンを多少なりとも分泌し、リラックスさせるような効果があるのではないかと言われている。

なので、そういった側面において、科学的見地から言われている。先ほど言ったように、宗教的な「信じる者は救われる」。なぜそれが正しいかというと、信じてない人はその単調行動に集中できないんです。

疑っているとき、前頭前皮質のところを使っているので、セロトニンの分泌を促す神経回路の部分を使わないことになってしまう。そうするとその人は、セロトニンが出ないので救われた感がぜんぜんないはずなんです。

ただ真剣にその単調行動に意識を向けて注力してやっていれば、おそらくセロトニンの分泌される量は多いだろうと。そうするとリラックスする確率は高いだろうと、そんなふうに言われている。

なので信じることって、「自分を信じろよ」「自信を持て」と言いますよね。それが科学される時代がもう少ししたら必ず来るだろうな、とそんなふうに思います。

AIは目的を決めることはできない

唐木:今のお話おうかがいすると、AIでこれからいろいろな人の生き方が変わろうとする中、人間が「適応できるぞ」と思うところから始めれば十分いけるのではないかと。あるいはもっといい世界にいけるのではないかという感じがしました。

ここからは、お2人の専門分野と「HeForShe」との関係についてお話をおうかがいできればと思います。まず松尾先生から、AIと「HeForShe」を関連づけたとき、どう解きますか?

松尾豊氏(以下、松尾):AIと「HeForShe」というのは困るんですが、AIがこの社会の中でたくさん使われていくなかで、そもそも論点は「AI対人間」みたいな話になっていて、「人間の中の細かい話はもういいじゃん」という気がします。

それは乱暴な言い方ですが、もう少し丁寧に言うと、今までの科学技術なり、社会の文明の発展は、人間にいろんな自由を与えてきたと思うんです。それまでは役割を固定化し、すごく制約された中で生きるしかなかった人々が、科学技術によって社会が豊かになり、いろいろな生き方や自由を手に入れてきたということだと思っています。

それでもいまだに、今の社会の中では不自由なところはたくさんあるが、今後、AIによってどんどん解放されてくると思います。そうなると、今までの生き方に縛られず、それぞれが一番能力を発揮できるような生き方を選べるようになってくると思います。

これまでの高度経済成長期から続く労働集約的な産業の中では、ある程度の役割分担を明確にして、みんなで力を合わせてということが重要だったかもしれません。しかし、そういった単調労働もどんどんAIができるようになってくると、いろんなアイデアなり創造性なり、「人間らしさ」で勝負していかないといけない。

そのときにそれぞれの人が違っているのは素晴らしい。違いを上手く活かしながら新しい付加価値に繋げていくことが、企業競争力にとっても、不可欠になってくるのではないかと思います。

唐木:例えばアイデアとか創造性がこれからより人間の側に求められてきて、いろいろな個性を持った人がいるということが大事になってくる。それはAIが進化していけばいくほど、大事になってくるのでしょうか?

松尾:AIでできることは、目的を決めるとそれをミスなくやるとかいうことなのです。例えば囲碁でプロ棋士に勝つようになってきました。囲碁のように目的がはっきりしたゲームというのはルールが決まっていて、世界が限定されているものはAIが非常に強いんです。

ところが目的を決めるというのはAIはできない。だから、これは人間がやらないといけない。人間がいろいろな価値判断なり善悪の判断をし、こういう目的でやろうというのを決めないといけない。

それが人間にとってすごく重要な仕事です。それからいくら自動化されたとしても、今でもカフェに行く人はたくさんいます。カフェとかレストランとかホテルとか、高い価格のところほど人がたくさん来るんですよね。安い価格のところほど自動化されて、来る人が少ない。

これはどういうことかというと、人は人に料理や飲み物を提供されるのがうれしいんです。人間は人になにかやってもらうのがうれしい生き物です。これは長い進化の過程の中で身に付いたものなので、そんなにすぐには変わらない。

そう考えると、人とコミュニケーションすることはすごく付加価値の高いものになっていくはず。そういった変化も起こってくるんじゃないかと思います。

男性と女性では遺伝子情報が違う

唐木:ありがとうございます。青砥さん、脳と「HeForShe」というもとを解きましょうか。

青砥:脳と「HeForShe」という観点から見ると、人間のDNAレベルの話になりますが、染色体というDNA遺伝情報を持っているものがあり、性染色体というところで大きくその構造が違うんですね。

ということはおそらく、男性と女性における発言の仕方や変わってくることは当然なんです。これが良い悪いではなくて、違いは当然出てくるはずなんです。実際に最近の神経科学では、男性と女性ではだいぶ違うと、見てとられるようになっている。

例えばコーパスカロッサムという右脳と左脳を繋ぐ脳梁という部分があるのですが、全体の脳の割り合いからいうと女性の方が大きいんです。

「それもしかしたらこれ説明できるかな」と思うのが、テレビを見ながら・電話しながらを料理する自分の母親の姿。僕はまず無理です。これはマルチタスクと言われたりしますが、女性の方が、そういうことを得意な人が多いと思います。

家庭は女の人で、仕事は男性……とずっと言われてきたと思うんですが、おそらくそうやって子供を見ながらいろいろなことをやっていかなければいけない状況の中で、それに適応するような遺伝情報が組み込まれている。それも事実だと思うんです。

ただその遺伝情報が必要だったのは太古昔の話だと思っており、これは原始的な脳がやってくれている適応的な取捨選択になったんだろうなと思っています。

今の世の中は、周囲が常に危険な状態ではない。人間がほかの哺乳動物と一番違うところは前頭然皮質なのですが、そこの発達があり、さらにこれからの時代は、人工知能が当たり前にある環境になってくるので、その強みを活かしたい。

女性、男性それぞれの強みを活かさない手はない

先ほど松尾先生からコミュニケーションみたいなことが、これからの人間の価値であり、人工知能がなかなかまかなえない部分という話があったかと思うのですが、僕もその通りだと思うんです。

人工知能が当たり前にある時代において、コミュニケーションみたいなことが重要な時代が来ると思うんです。僕も医学文脈にいた関連もあって、おそらく内科医さんなんかも今後はあまりいらなくなってくると思う。診察におけるいろいろなファクターを整理し、パターンを計算して、なにが適切な処方かというは判断は、おそらく人工知能が得意になってきます。

ただ、医者の役割が変わるだけだと思うんです。人間は人間の必要性というのがあって、温かく患者さんと接してあげると、人工知能の役割とは別のところで、回復率は変わるということも言われている。

これが1つのプラセボ効果にもなる。冷たくされたり、癌を告知されて不安になり過ぎた状態だと、病状は悪化する。そういうことがあるので、コミュニケーションスキルは非常に重要です。

女性はオキシトシンという性ホルモンが、男性よりも圧倒的に多いんです。オキシトシンはどのような分泌物かというと、人と人とのアタッチメント、つまりソーシャルインタラクションみたいなことを司っているホルモンなんですね。

このオキシトシンが圧倒的に多いので、女性の方がコミュニケーション能力とか、人への温かみとか、そういったものを伝える上で非常に強い。悔しいんですけど。そいういったものが言われています。

なので女性は女性ならではの強さがあるので、そういったものがこれからおそらく科学で証明されてくると、その強みを活かさない手はないだろうなと思います。

男女どちらがというわけではなく、どっちにも良い点あると思います。悪い点も弱い部分も出てくると思います。それは補い合えばいいですし、強みをお互い認め合っていける関係がいいのではないかということが、脳神経科学の観点からだと、もしかしたら言えるかなと思います。