市場創造に「テクノロジー」は必要か?

本田哲也氏(以下、本田):どうもみなさんおはようございます。ブルーカレントの本田でございます。こんなに満員で、入っていただいてうれしい限りです。

今日はテーマとしてここに出てますが「市場をつくる戦略PR」ということで、市場創造という中で戦略PRというやり方が、どのように機能するのかという話しをしていきたいと思います。簡単に自己紹介から始めさせていただきたいと思います。

改めまして、ブルーカレントの本田でございます。私はこの戦略PRという領域でお仕事させていただいてまして、PRという領域に入ってからもう20年ぐらいやっております。

今日は音部さんと一緒に事例なども出してご説明しますけども、だいたい2009年ぐらいですから、もう7〜8年経つんですけど、マーケティングにおけるPR。

つまり戦略PRという考え方を提唱させていただいて、いろいろと仕事をしてきてます。実は音部さんともいろいろ仕事をしてきているんですけど、現場的な話しも含めて、マーケティングにおける戦略PRという話をさせていただければと思いますので、どうぞよろしくお願いします。じゃあ音部さんお願いいたします。

音部大輔氏(以下、音部):ありがとうございます、本田さん。みなさんおはようございます。音部と申します。今、資生堂におりますが、もともとP&Gからずっとブランドマネージメントをやってきております。途中、ダノンだったりユニリーバだったりで、ずっと本田さんとはお仕事をする機会に恵まれてきました。

マーケティングがはぜ市場創造の話をするんだというというふうに思われるかもしれませんが。日本マーケティング協会の定義の中では、市場を作るというのがマーケティングの仕事だというふうに示されています。

ということで少し市場創造の話をさせていただきます。市場創造に「テクノロジー」は必要なのかというテーマから入ってますが、もちろん「テクノロジー」はあったほうがいいですし、テクノロジーで市場創造というのは発生します。それ以外で市場創造が発生することがあります。

そのテクノロジーに完全に依存しきれない市場創造をするときに重要になってくるのが、「属性順位の転換」という考え方です。これを考えるにあたっては、市場創造、つまり「市場を創る」というのは、いったい具体的にどういうことかというところからディスカッションを始めていきたいと思います。

基本的には全く新しいカテゴリーを作るということですね。例えば、今やあまり目新しいものではないかもしれませんが、セグウェイだったりとか、最初に出てきた電気自動車あるいはハイブリッドカーだったりとか、最初に出てきたときのスマホだったり。

なんならファブリーズみたいなものであったにしても、ものすごいテクノロジー感はないですが、実は人類4000年ぐらいこれなしで生きてます。出てきてから今1,000億円を超える市場になってます。あるいは売上を作ってます。

こんなのも一応イノベーション。あるいはサービスとしてはAmazonも、20年前だったら使っていませんでした。ここら辺、全部新しい製品カテゴリーを作ったという意味では市場創造をしました。

モノの再定義で市場が変わる

私もイノベーションに携わることが多かったですが、イノベーションのプロジェクトをやってると、素晴らしいイノベーションを作ると、それも売上がプラスオンで乗ってくる的な印象を持ってしまいます。

必ずしもすごいイノベーションが出たからといって、人が消費金額を上げるわけじゃありませんね。給料が上がらないのに、素晴らしいイノベーションが発生したからといって、たくさんのお金を使うようになるわけではありません。

これなにかと入れ替わっているんですよね。なので例えばセグウェイは移動手段であるし、ファブリーズはなにと入れ替わったかというと、これとてもわかりにくいんですけど、実は消臭剤と入れ替わったりしてます。

ファブリーズを使うから置型の消臭剤ありますよね。あれ要らないなと判断をするのではなく、ファブリーズを使い始めると部屋の臭いがなくなっていくので自然に使わなくなるんです。

意識的に入れ替えるというよりは、ベネフィットを共有しているので、勝手に入れ替わっていくということが起きます。EVやハイブリットは当然、普通の自動車と入れ替わりました。

スマホもガラケーとの両方持ちという人もたまにいますけどあまり一般的ではありません。Amazonは小売と入れ替わりました。なので新しいイノベーションで新しい製品カテゴリー、サービスカテゴリーができると言っても、これはまったく新しいものがOn Topで乗ってくるわけではなくて、既存のなにかと見えるところと見えないところで競合する。

となると市場を創ることとはどういうことか。「新しいマーケットができましたよ」と言う時には、大概これが起きてます。いい移動手段の再定義。いい消臭剤の再定義。いい自動車の再定義。モノの再定義が起きた時に、市場の創造あるいは再創造が発生します。

見栄え→快適さ→広さ→コスパ、と変化した「いい車」の定義

ちょっと自動車の例を出します。1980年代にどんな車があったかって覚えている方はどれくらいいらっしゃいますか? 1980年代に車の運転免許を持っていたか、車に興味があった。意外に少なめですね。

1980年代にはみなさん、こんな車に乗られてました。レパードだったり、初代デートカーのソアラだったり。あるいはスープラみたいな2ドアで大きめのエンジンを積んでる車でしたね。

1990年代にかけて、バブルが盛り上がってきますが、アリストが出てきたり、レクサスが始まったり、あるいは日産はグロリア、セドリックがたくさん乗られていたり、あるいはこの年1996年のカーオブザイヤーはS15の頃のクラウンが取ってたり。

今ではなかなか考え難いですけども、そんな感じの車がよく乗られてました。それまで車というのはだいたい凸型をしてましたけど、2000年代になると、幼稚園児がと真四角の車の絵を描き始めるようになるのですが、その真四角がこれです。

セレナだったり、あるいはAピラーを立てて頭上の高さに余裕を持たせて室内空間が広い感じがするキューブみたいな車だったり、あるいは最初のハイブリッドがここら辺に出てきます。2010年頃になってくると、完全な電気自動車が出てきたり。

あるいはハイブリッドでもプリウスがちょっと大きいからと言って小さいアクアが出てきたり、あるいは軽自動車がものすごく売れたり。これは安いだけじゃなくて、燃費だったり環境負荷が小さいっていう側面もすごく大きいですよね。

ここに出てきたのはいろんな種類の車にですが、全部いい車です。それぞれの時代でみんながいいなと思った車です。なにが違うかというとそれぞれの「いい車」の定義がずいぶん違うんですね。

これを消費者の趣味が変わったとか、マーケットが動いているとか、トレンドについていかなくちゃという目で見るマーケッターと、これは誰かが動かしていると考えるマーケッターとどちらが有利かはご想像の通りです。ニーズが変わっているのかというと、たぶんニーズは変わってないです。どの車も「ドライブに行くいい車が欲しい!」です。

決してこれは農作業する車でもないし、運送する車でもないし、仕事する車じゃないですよね。ドライブに行く。いやウチは買い物に行くんだけど。買い物に行くというのもそれはドライブです。

仕事ではない消費者がドライブとして、移動手段かもしれないけども、車に乗る=ドライブに行く。このドライブに行く車が欲しい時に、「だったら見栄えのいいハイパワーなクーペで行きましょうよ。」というソアラみたいな、先ほど80年代の考え方ですよね。

それに対して「ドライブに行くんだったら、快適な乗り心地のラグジュアリーセダンで行きましょう」というのが90年代。「ドライブに行くんだったら子どもたちも一緒に行くんだから広い居住空間が絶対必要でしょ」というのが2000年代。「いやいやドライブに行くんだったら環境とか家計への負荷もちゃんと考えたほうがいいでしょ。家族で行くんだから」でアクア、みたいな。

この大きいくくりの部分、「私はドライブに行きたいんで」すっていう人たちに対して、「いやいやあなたはこの車を仕事に使いたいはずだ」というふうに入れ換えたりするのは非常に難しいです。ここはむしろ入れ換えないほうがいい。

いいもの=いい経験や気分に変換される

ですが、じゃあどういう属性が大事ですよと言う部分はけっこう動きます。いい車の定義をここでは変えてるんですね。もちろん時代にそぐわないものは無理強いはできません。できるのは提案です。

本当にそれが欲しいかどうか決めるのは、あくまで消費者のみなさんなので、メーカーやマーケッター側ができるのは、こういうことがあり得ますよと提案することです。これは素敵だと思いますよという提案しかできませんけども、提案はできます。受け入れてもらえれば、それが具体的な新しい属性ということになっていく。

大きく言ってなにが欲しいんだということは変えにくいです。ただ下の方は変えやすいです。この元々こういう車がいい車だったなと思ったのが、段々こういう車がいい車に変わってくる。これが属性順位の転換です。

一番上の車を選んだ理由と、一番下の車を選んだ理由ってまず違いますよね。だけどそれぞれにいい車というふうに認識されてます。このなにを持っていい車とするか、この順番を変えていったんですね。

本田:音部さん。ここはみなさんにとっても大事なポイントだと思うのですけど、この1から4にあるものが属性ということでいいですね。自動車で言うと。

音部:自動車で言うと、この「ハイパワーで見栄えがいい」とか。「快適な乗り心地」「広い居住空間」「家計への低負荷、環境への低負荷」これが属性ですよね。あらゆるカテゴリが、この属性が優先順位順に縦に連なってなにを優先するかというのが時代時代で変わります。

本田:そうすると、みなさんに代わって質問じゃないですけど、ここ大事なポイントだと思うので。この属性っていうものはいわゆる商品のスペックとか見た目とか物性的なものっていうふうに考えられてもいいんですかね。必ずしも物性的なものではない?

音部:そうですね。物性的なもので例えば車みたいなものは示しやすいですが、「広い居住空間があるとなにがいいの?」「子供たちと出掛けて楽しいですよ」っていう繋がり方をしているんで、ゆくゆくこの物性のものは全部経験とかどういう気分かというところで変換されうるかなと思います。

本田:はい。わかりました。ありがとうございます。続きをどうぞ。

除菌力を証明するために登場した「雨の日の部屋干し」の表現

音部:じゃ、続けます。これは車みたいなものもそうですけど、実は洗剤みたいなものでも十分に発生する話で、洗剤というのは基本的には「きれいに洗い上がるものが欲しい」とうのが大きなくくりです。

この大きいくくりの中で、小さいくくりとしての属性順位を転換して、市場の再創造みたいなことが果たしてできるのか。これ、意外にできるんです。80年代の頃は「スプーン一杯で驚きの白さに」ってアタックが言っていたり、あるいは「一番白く洗い上がる洗剤」ってアリエールが言ってみたり、「酵素パワーのトップ」と、トップが言ってました。この頃に「キレイに洗い上がるってどういうことですか?」と聞けば、「キレイに洗い上がるということは襟袖汚れがキレイに落ちることですよ」「しつこい靴下汚れがキレイに落ちますよ」が定義でした。

途中で、これ本田さんのお話でも出てきますが、アリエールというブランドは「洗浄力に、除菌力」と言い始めました。この時は今でこそ洗剤とか住居洗剤に除菌や殺菌の能力が付いているのが普通になってきましたけど、当時まだ普通ではなかったのです。

このアリエールを出す時に30人ぐらいの主婦のみなさんに、フォーカスグループインタビューをやりました。8人掛ける4グループで合計32人やったんですけど、「これ欲しいですか?」 って聞いて「欲しい!」って言った人は、32人いて1人だけでした。この1人は除菌さんなんです。お家にあるものは全部除菌アイテム。

なので「ようやく私の欲しい洗剤が出てきたわ」なんておっしゃってましたが、じゃあそれ以外の人はどうだったか。全然要らないと。なぜなら除菌なんか必要だと思わないし、菌がいることすら認識してない。

ここで後で本田さんが具体的なプランをお話ししてくれますけども、「いやいや除菌力はあったほうがいいでしょ」っていうご提案をしてるんですね。

なにを持ってそれを確信できたかと言うと、ここにTシャツが、あるいは下着が2枚あります。1つは1平方センチメートルあたり百万個の菌がついてます。ただこの菌は全く人畜無害なので、なんの心配もする必要のない菌。常在菌。

もう1つのTシャツは1平方センチメートルあたりに、一万個その同じ菌がついてます。百万個と一万個。全然どちらとも意味はないんだけども、「どっちが欲しいですか?」って言うと、これは一万個のほうが欲しいですよね。

なのでそこにニーズはある。じゃあどうやったら菌がいたり、いなかったりということを提示できるか。そこで出てきたのが「雨の日に部屋干しをするとちょっと臭う」。

これは臭いをとりたいというよりも、もちろんあるんですけども、あれはなにを示しているかというと、そこにちょっとばい菌いるかもしれないですよと。菌がいるかもしれませんよという説明に使ってるんですね。

そうすることにより除菌力はまああったほうがいいんじゃないかと。臭わなくなるし。これ10年ぐらい経って今どういう洗剤がキレイに洗い上がる洗剤かというと、先ほどの車の流れにも近いですけども、「節水・時短」だったりします。

洗濯機が節水・時短になってきているので、それと相互に相乗し合って、アタックもアリエールも「節水・時短」、これがいい洗剤だと定義換えをしてます。

だいたい車もそうでしたが、購入サイクルのもっと短いはずの洗剤も、10年ぐらいでこういう属性の順位が転換してきているので、ひょっとしたら10年ごとに変わるというのは、なにがしか意味のあることかもしれません。

まだ明確な結論づけはできてないですけども。というところで、ここからどうやって属性の順位転換をおこすんだというお話を。