金を持つか、『嫌われる勇気』を買うか

乙君氏(以下、乙君):とりあえずまだ読んでない人に、軽く宣伝というか、どういう本かっていう。

柿内芳文(以下、柿内):そうですね、一番わかりやすく言うとアドラー心理学っていう、100年前にできた思想なんですね。アルフレッド・アドラーっていうオーストリアの精神科医の方が心理学者の人が、立ち上げた哲学というか、心理学なんですけどこの本ではそれを哲学として提示しているって感じですね。

乙君:これを読めばどうなるわけなんですか?

柿内:これを読めば幸せになるんです。

乙君:幸せになる。

柿内:そう、だからモテのルートからいくか、『嫌われる勇気』のルートからいくかですね。

乙君:ん? モテのルート?

柿内:いや結局モテたら幸せになるじゃないですか。

山田玲司氏(以下、山田):(笑)。

乙君:ゴールは幸せになることで。

柿内:人間幸せになりたいじゃないですか。

乙君:幸せになりたいですね。ここに行くための手段として、金持つか、『嫌われる勇気』を買うか。どっちか。

柿内:2択ですね。

乙君:それか死ぬか。

柿内:2択なので。どっちか。

乙君:(笑)。それくらいすごい影響力のある本だと。

柿内:そうですね。実際に読者のはがきとかものすごく多いですし、これだけ反応が多い本ってなかなかないなっていう。で、今絶賛ドラマ放映中なんで。

乙君:あの刑事ドラマ。

柿内:そうです、刑事ドラマ。大胆アレンジっていう。

乙君:すごいですね。いわゆる哲学書じゃないけど、自己啓発系じゃないですか。

柿内:そうですね、もともと心理学の棚に置かれていて、数多く出ているんですね。ここで改めて『嫌われる勇気』って本で提示して、どちらかというと心理学の文脈じゃなくて、ビジネス書であったり自己啓発って文脈で広まったっていう感じですね。

乙君:あーなるほど。

山田:これって哲人といわれる人に、悩みのある青年とかが訪ねて来て、対話形式でずっと話がすすんでいく。

乙君:『ソフィーの世界』みたいな。

山田:1人の悩み相談をずっと読んでいるって感じで。そこで使われるのがアドラー心理学の哲学、ものの考え方みたいなもので、その青年がものすごく現代的な悩みを言うわけ、それに対する回答というのが、アドラー的な回答で返ってくるから、これが意外と今までのパターンではなかったものの考え方だよね。

柿内:そうですね。中身が全部こういう感じで対話篇なんですよね。

柿内:2人、哲人と青年という2人が延々と議論をするという、ちょっと独特の形式で、これが最初受け入れられるかどうかはけっこうリスク……、リスクというか予想がつかなかったんですけど。

マーク・トウェインの『人間とは何か』を参考に

山田:このアイデアは誰が?

柿内:これは、共著者が2人いて、岸見さんはアドラー心理学の専門家なんですね。古賀さんはライターさんで、この2人の共著というかたちをとっていて、アイデアとしては古賀さんのアイデアですね。

山田:だよね。あのユダヤ人大富豪の本がけっこう昔に大ヒットしてるじゃん。あれってこのパターンだよね。

柿内:ユダヤ人大富豪も、一応、物語形式ですね。物語形式っていうのは、いろいろあるんですけど、いわゆる2人の対話篇は、基本的には実は参考にしているのはもっと古くて、マーク・トウェインなんですよ。マーク・トウェインとかプラトンとか、要するに古典的な対話篇。哲学ってもともと対話から来ているわけですよね。それを弟子が書き留めて本にしたりしている。

乙君:ソクラテスとか。

柿内:まさにソクラテスとか、プラトンとかそこらへんとか。あとマーク・トウェインは岩波で文庫で出てる『人間とは何か』をぜひ読んでほしいんですけど、めっちゃおもしろいですよ。けっこう言ってるんですけど、みんな読まないです。

山田:マーク・トウェイン。

乙君:マーク・トウェインって『トム・ソーヤ』とか書いた。

柿内:そうですね。昔『トム・ソーヤ』を書いていて、そのあと『不思議な少年』とか書いていたんですけど、若い時に『トム・ソーヤ』書いてるのに、晩年すごくぺシミスティックな思想になっていって、それで最後に書いたのが『人間とは何か』っていう。

乙君:あれ最後だった?

柿内:そうなんです。最後のほうに書いて。死後だから、家族が見てあまりに過激な内容だったんで「あれは発表できない」って、確か死後しばらくたってから刊行したんじゃなかったかな。あまりにセンセーショナルでペシミスティックで。あれは、「人間とは機械である」って話ですからね。

人間は、僕が今こうやってコーヒーを飲むって意思決定をして、コーヒーを飲んでるって思われるかもしれないけど、マーク・トウェインいわく、これは実はロボットと一緒で、飲まされているというか、人間の自由意思なんてないよっていう話ですけどね。

乙君:すげえ。19世紀に。

柿内:川に人が溺れていたとしたら、飛び込んで助けるじゃないですか。助けなきゃって思って、自分の意志から飛び込むんだけど、実は飛び込んで助けるっていうのは、実は飛び込まされているっていう、なにもそこには人間の自由意思はないんだって。

乙君:アメリカのスピリットを文学で作った人が最終的にそこにいった(笑)。

柿内:そうなんですよ。ものすごくペシミスティックな話をいきなりしだしてるんですよ。始まると、もう前段ないんですよ、いきなり議論始まってるんです。議論の途中から入っていくんですね。で、その時は老人と青年なんですけど、まったく同じスタイルです。それを参考にしたというか、それをオマージュみたいな。

乙君:ああ。そうなんだ。

山田:乙君ちょっと(本を)とってくれる?

柿内:青年はその老人に対して、「お前はなにを言ってるんだ」って。「人間は機械である」って暴論じゃないですか。「あなたのそんなペシミスティックな暴論は看過できない」みたいに言うんですよ。そうするとその老人は常に「いやそういうけど、こういうケースのことを考えてみな」ってどんどん解きほぐしていくんですね。

何回か議論があるんです。5回くらい議論があるんですけど、最終的には青年は老人の意見をアグリーするんですよ。どうやらいろいろ考えてきたけど、あなたの考えはどうやら正しいらしいということがわかったっていうふうに。

山田:じゃあ読者も同時に説得されちゃう。

柿内:そうですね。結局、読者も最初は暴論だと思うわけですよね。なんだけど、いろいろな議論をやっていくと自分が疑問に思っていたことが1個づつ解消されて、気づいたらなにも疑問がなくなっているっていうような話なんです。で、実はこれ(『嫌われる勇気』)もそうなんです。

『嫌われる勇気』誕生秘話

山田:よくできてるんだ、またこれが。

柿内:最初の1ページ目からいきなり背中に噛みつきますよね。「人生はすごくシンプルで人は誰でもこの瞬間から幸せになれる」って言われる。

山田:これ有名なやつだけど「トラウマってものは存在しない」って言いきるの。アドラーがそうだった。

柿内:そうです。

山田:それで「そんなことないですよ、トラウマありますよ僕にも」みたいなところから。だんだん話が進んでいくにしたがって、みたいな。

柿内:そうです。悩める中2病的なね。

山田:まさにそうです。それで最後「特別な存在でありたい人が進む2つの道」みたいな、「普通であることの勇気」みたいなところになっていくから、まさにさっき言っていた平凡の話で、これも実は予告編として、けっこうあったなって。

だから今ちょうど「平凡って悪くねえよな」という時代がきてる、みたいな。この本はまさにそうだよね。それを言ってた。

柿内:あとはこれが売れた背景としては、アドラー心理学っていうのがものすごくすばらしい、っていうのがもともとあるんですけど、とくに対人関係の所にフィーチャーしてるんで、もう言い切ってるんですよね。「すべての悩みっていうのは対人関係の悩みである、対人関係の悩みじゃない悩みってこの世に存在しない」っていうことを言いきって、結局これを読むと対人関係が楽になるんですよ。

山田:そうだね。「人生は他者との競争ではない」とか言われるとさ、楽じゃん。とっても。

柿内:だから『嫌われる勇気』って言葉にどうしても最初はフィーチャーする。まあタイトルにしているくらいですからね。

乙君:これどうやって決めたの? 『嫌われる勇気』というのをタイトルにしようって。

柿内:『嫌われる勇気』自体は、タイトルはけっこう散々悩んだんですけど、最終的にはもともと本の中にある言葉を拾ったって感じですね。

山田:これカッキーが拾ってるの。だから、カッキーがつけてるの。『さおだけ屋』の時もそうだし。

柿内:タイトルは平均的に編集者が付けることが多いんですけど。

山田:これはすごい、本当に。

柿内:ただ、タイトルは悩みましたよね。

乙君:ほかはなにがあったんですか?

柿内:この直前まで、ひどいタイトルだったのがあって、仮にデザインまで組んだぐらいのものがあるんですね。それが『無意味な人生に意味を与えよ』みたいなタイトルだった。

山田:こっちのほうが強いね。

柿内:「よかったな、タイトルにしなくて」って思ったんですけどね。

山田:本当に紙一重だね、出版って。

乙君:タイトルって顔ですからね、人間でいうと。

山田:顔っちゃ顔か。

乙君:うん、それ見てなんか惹かれるなっていう。

柿内:だから一言で言えば『アドラー心理学入門』でもあるんですけれど、『アドラー心理学入門』だと、こんなにすばらしい思想で、世の中にもう本も出てるわけですよね。ただ(みんな)知らない。というか、僕自身知らなかったです。

山田:アドラーはね、これ以前はまったく知らないマイナーな心理学者だったよね。みんなユングまでで終わってて。

柿内:そうですね。フロイトと共同研究者だったんです。そのフロイトから袂を分かって独自にやった、まったく同時代人なんですけど。だから最初の起点としてタイトル付けとか考える時に、「なぜ今まで広まってなかったんだ」ってところからスタートしました。すばらしいものが素材としてあるわけですよね。

乙君:だけど、それに日が当たってなかった。

柿内:すばらしいものなのに、なんで広まっていないんだっていうギャップがあるわけですよね。そのギャップをどうやったら解消するかっていうことをかなり考えましたね、編集としては。

乙君:はー。