なぜ眠るかは不明だが、眠らないと死ぬ

ハンク・グリーン氏:睡眠。私たちは人生の3分の1を寝て過ごし、それなしでは生きていけません。非常に複雑な現象で、何百年も研究されていますが、なぜ眠るかはいまだに解明されていません。しかしながら研究者はすばらしい発見をしています。睡眠は記憶にとって重要で、眠らなければ痛みが増し回復しにくいことがわかったのです。生物学者の睡眠に対する考えかたを変える9つの発見を紹介します。

人間は夜更かしします。パーティーやテストの勉強などですね。でも眠らなすぎたら死にます。あるイタリアの家族によってわかったことがあります。1800年、ベネチアのジャコモという男性は謎の病に侵されていました。認知症と眠れない症状に苦しみ、死にました。症状はその家系に受けつがれ、今でもそれらの症状に苦しんでいます。

1970代に研究者は原因を突き止めました。極めて稀な遺伝性疾患であることが判明しました。致死性家族性不眠症というものでした。主な症状は進行性の不眠症で、幻覚や精神錯乱を引き起こします。最終的には死に至ります。非常に珍しいものですが、どの遺伝変異がその病気を引き起こすかはわかっています。

研究者は異変が視床と呼ばれる部分にダメージを与えるということがわかっています。睡眠と意識を司る部位です。進行性の不眠は死に至ります。なぜなら体が休めないからです。代謝が機能しっぱなしで内臓が壊れ始めます。致死性家族性不眠症の患者が睡眠不足以外で死ぬことも考えられます。しかし1980年のネズミを用いた研究で、睡眠不足事態が死因にもなるということがわかっています。

睡眠を妨げられたネズミにはあらゆる代謝の問題が見られました。体重減少、代謝増加、体温変化といったものです。そして2~3週間で、睡眠を妨げられたネズミはすべて死にました。なぜ眠るのはわからなくても、眠らないと死ぬということは明確なのです。

睡眠が記憶を強化することは知られています。テストの前によく寝ろと先生はいったものです。しかし生物学者は100年前まで睡眠が記憶に重要なことを知りませんでした。1920年代、研究者のグループは無作為の言葉のリストを使った実験をしました。よく寝た人は、よく寝なかった人よりもよく思い出すというものでした。この実験は睡眠と記憶に関する研究を加速させました。

記憶には種類があり、それぞれ別の脳の部位に関係しています。陳述記憶は出来事や事実の記憶で、海馬という部分に関係しています。非陳述記憶はそれとは別です。ピアノを弾くといったような習慣や運動スキルを構築するものです。

睡眠はとくに陳述記憶にとって重要だということがわかっています。先生の言っていることは間違いではありません。事実や数字の記憶に重要なことなのです。このプロセスにとって重要なもう1つのことはノンレム睡眠と呼ばれます。眼球活動がない睡眠です。夢の中で安心していても、脳は記憶構築のために激しく活動しています。

脳は睡眠中はとても活発です。今では知られていますが、生物医学者も1920年の頃までは知りませんでした。電極を人の頭に貼り、睡眠を妨げることなく記録して初めてわかったのです。睡眠中は脳はシャットダウンしているような感じで、基本的には静かになりました。しかし脳をモニタリングするとまったく違う事実が判明したのです。

彼らはEEGと呼ばれる新たな手法を取り入れました。脳の神経活動の電気信号を記録するものです。 

睡眠中の脳を調べたところ、静寂ではなく大きくゆっくりとした波が記録されたのです。睡眠の段階によってどの波が関係しているかを調べ、レム睡眠とノンレム睡眠の違いを明確にする助けとなりました。睡眠中の活発な脳と睡眠の種類によって脳波が違うということは生物学者の睡眠に関する考え方を変え、将来の睡眠研究の助けになったのです。

睡眠不足だと痛みを感じやすくなる

科学者が睡眠中の脳波を発見したちょうどその頃、コンスタンティン・ボン・エコノモという博士は嗜眠性脳炎を患った患者を治療していました。

炎症や不可逆的昏睡といった症状でした。脳炎の位置と睡眠障害とを点と線をつなげたところ、特定の脳の部位が睡眠と起床の関係しているということに気づきました。

脳幹が目覚めの機能の中心で、起床信号を前脳に送るということを正しく提案したのです。さらに視床下部が重要な睡眠の中心部で睡眠と起床の変換機能を補佐するということをも推測しました。

睡眠と起床を切り替えることを知るというのは、あらゆる領域の研究で重要なことでした。ナルコレプシーというようなさまざまな睡眠障害です。この障害に関するエコノモの研究と脳がどのようにして睡眠をコントロールしているかという仮説が将来の研究者が回路や信号を研究する際の基礎になったのです。

不眠症と慢性的な痛みがお互いに関係しているということを研究者は知っています。常に痛みがある状態では睡眠は困難です。しかし実際には睡眠不足が痛みの感度を高めることがわかっています。睡眠中に足をぶつけるとより痛みます。

1970年代に研究者達はネズミのレム睡眠を妨げると、そうでないネズミより痛みの刺激に敏感になるということを発見しました。ほかの研究者は、睡眠が妨げられると筋肉痛が悪化することも発見しました。さらに2000年代には、不眠症患者が痛みに敏感であるということも報告されています。つまり、慢性的な痛みのある人にとって、不眠症はよりつらいものなのです。

睡眠と痛みのシステムは脳のいくつかの部分を共有していることがわかっています。片方に問題があればもう片方にも問題が起こりえます。この発見は慢性的な痛みの処置にとって重要なものです。線維筋痛症などです。衰弱し、人生にも影響のあるようなものです。

スマホの光が睡眠サイクルを狂わせる

病気だと疲れるのはなぜか。睡眠は生きるためだけに必要なのではなく、回復にも重要なのです。

1990年代、研究者はネズミが睡眠を奪われると免疫システムが異常活動することを発見しました。それは炎症を起こす物質を血液中に生み出します。

過剰に活動する免疫システムは慢性的な炎症や免疫異常などの問題を引き起こします。システムが自分の体を攻撃してしまうのです。2000年の研究では、ネズミが睡眠不足の時はやけどの回復が遅くなることがわかっています。これにより、免疫システムが適切に機能するためには睡眠が必要ということがわかっています。回復したいなら、寝ることです。

テクノロジーはここ数十年でとても発達しましたが、それが私たちの健康にどう影響しているかはまだはっきり解明されていません。1990年代に研究が始まり、テクノロジーが睡眠に影響を与えているというふうに考えています。

ラップトップやスマートフォンから発せられる主な光の波長であるブルーライトは睡眠ホルモンであるメラトニンに強い影響があります。その影響力は自然光をしのぎます。メラトニンが乱れると概日リズムの睡眠パターンも乱れ、それが健康面であらゆる影響を与えるということがわかっています。

これは計測可能なもので、就寝前に数時間ブルーライトを見ると睡眠サイクルを狂わせます。2014年の研究では、就寝前に、本ではなく光を発するeリーダーを読む人は睡眠が難しくなり、翌朝にやや注意散漫になることがわかっています。長期的な影響はまだわかっていませんが、睡眠というテーマで考える場合はおそらく良くないでしょう。携帯やラップトップの光を暖色トーンにするアプリがたくさんあるので、夜中に猫のビデオを見る時にはやや影響を和らげることができそうですね。

近年もっとも興味深い睡眠の発見は2013年の研究にあります。ネズミの睡眠中にアストロサイトが脳で60パーセントも拡大したというものです。

これにより脳の割れ目により多くの脳脊髄液(CSF)が染み渡ります。脳脊髄液とは透明の液体で脊髄と脳のクッションの役割があります。血漿によく似ており、脳内の化学物質のバランスを保つ重要な役割を担っています。

脳脊髄液は睡眠中に流れ、その日に溜まったゴミを流す役割もあります。ベータアミロイドのようなタンパク質の老廃物を流し出します。こうしたゴミが多すぎるとアルツハイマーを引き起こすと考えられることからも脳の健康には重要なものと言えます。この脳内洗浄機能をよりよく理解することが研究者が神経変性疾患のより良い治療法を見つけるのに役立ちます。

私たちの祖先がどれだけ睡眠していたかと考えてみたとき、きっと私たちより多いと想像するでしょう。夜に活動するための電気もないですしね。しかしそれは真実ではありません。

狩猟採集民を研究している研究者の発表によると、西洋社会より睡眠が少ないとされています。行動のモニタリングのために部族の活動追跡をしたところ、睡眠は6~7時間で産業社会の人間よりも多く移動したことがわかっています。

祖先の生活は多くの面で彼らの生活に似ています。これにより、祖先は彼らと同じくらいしか寝ておらず、十分な休息ではなかったかもしれないのです。寝袋は健康にとっては最善ではないかもしれませんね。

これらの発見のすべては、研究者の理解と睡眠の研究に大きく影響しています。眠らないと死に、睡眠不足はあらゆる健康問題を引き起こします。しかしまだ多くの謎があります。しかし将来、これらの謎がすべてパズルのように繋がり、なぜ眠るのかが解明されるかもしれません。