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恐怖体験のプロデュース (全8記事)

お化け屋敷で「楽しい」が生まれるのはなぜか? プロが恐怖の中で変化する“ある意識”を解説

各業界の第一線で活躍するプロデューサーを招いて行われるセミナー講座「PRODUCERS CAMP TOKYO」で1月28日、お化け屋敷プロデューサーの五味弘文氏が登壇しました。主催はリクルートホールディングスの「Media Technology Lab.」。本パートでは、五味氏がお化け屋敷と漫才に共通する「主観と客観の構造」について解説。そこには、お化け屋敷から出てきた人々がなぜ笑っているのかという不思議を解明するヒントがありました。

「しょせん作り物」→「なにかいるかも……?」への変化

古川央士氏(以下、古川):もう1つ、変化のメカニズムの中で「主観と客観の往復運動」というのをご紹介いただきたいんですけど。これは、具体的にどういうことを指しているんでしょうか?

五味弘文氏(以下、五味):先ほど「緊張が緩和するときに楽しさが生まれる」という話をしたんですけれども、それとはまた別の側面の話です。もしかしたら、今回の話のテーマの1つになるんじゃないかと思うんですが。

お化け屋敷はすごく特殊なエンターテインメントで、通常なら体験したくない恐怖をまず体験しないと、その向こう側にある楽しさを得られないです。だから、みなさん、「お化け屋敷と自分との距離をなるべくとりたい」って思うんですね。

お化け屋敷に入る前は「本当にそこにお化けがいるわけじゃないし、お化けの人形があったり、お化け役の役者さんがいたりするんでしょ」ということを冷静に考えていて。

それで入っていくんですけど、いざ足を踏み入れていくと、想像力が働いて。闇があったり物陰があったり、道がくねっていたりすると、「あそこになにかが潜んでるんじゃないか」「なにかが現れるんじゃないか」って、どんどん怖くなっていくわけですよね。そうするとさっきまで、「こんなものはしょせん作り物だろう」と……。

古川:「大丈夫だろう」と。

五味:「大丈夫だ、全部作り物で嘘だから」と思ってた自分が、だんだんそうじゃなくなっている。「なにか怖い、本当にお化けが出てくるんじゃないかな」という自分になっていくわけです。どんどん視野が狭まって、主観的な自分になっていくんですよね。

最初にお話ししましたけど、「怖い」はすごいネガティブな情動なので、体験したくない。一歩足を踏み入れたら、「どうやったら怖がらずに済むかな」と、常に考えてるわけです。

古川:自分でお化け屋敷を選んで来てるのに、怖がりたくない(笑)。

五味:みなさんわかると思うんですけど、お化け屋敷に入る時、「どうやったら悲鳴を上げずに済むかな」ということを考えるんですよね。でも、お化け屋敷は本質的に怖がるところですから、怖がらないようにする、ということは楽しまないようにする、に繋がっていきます。

つまり、「楽しまないためにはどうしたらいいか」と考えるんです。それはエンターテインメントとしては不思議なことで、そこに特殊性があるんですよね。

お客さんは常に「怖がりたくない」「怖がらずに進みたい」っていうベクトルを抱えながら歩いてるわけです。その怖がらずに済む最大の方法が客観性ですよね。冷静でいる。

「しょせん作りものなんだから、そんなので悲鳴上げるわけがない」という自分を、常にキープできていれば、怖くないわけです。つまり、常に「客観的になりたい、客観的になりたい」と思ってるわけです。

でも、先ほど言ったように想像力が働いてしまって、本来ただの作り物だと思っているその人形が、どんどん恐ろしいものに見えてきてしまう。これが、主観的な意識です。客観的になりたいと思いながら、どんどん想像力が膨らんでいく。つまり主観のほうが客観を押しのけて、前に出てしまう。

お化け屋敷と漫才に共通する、主観と客観の構造

そういうことをやっていきながら、さっき緊張と緩和の話をしましたが、どこかのタイミングでお化け……。自分が「怖いものが現れるんじゃないかな」と思っているその対象が、ばんっと目の前に現れたときに、緊張が最高潮に達し、その直後に一気に緩和します。

緩和するということは、客観的な自分に引き戻されるわけですね。常に、その意識に「戻りたい」と思っていますから、引き戻される。

主観的な自分、つまり怖がって悲鳴を上げた自分を客観的に見ると、すごくバカバカしい存在ですよね。「なんでこんな作り物に、こんな偽物に悲鳴を上げてんだよ」と思うわけですよ。これが楽しいんですよね。主観から客観に引き戻されることが、楽しい。

たびたびお笑いの話をしちゃいますけれども、漫才も同じような構造を持っています。

「ボケ」という主観と、「ツッコミ」という客観がいて。ボケがどんどんどんどんおかしなこと、思い込みみたいな話をずっとしゃべるわけですよ。それに対して、お客さんと同じ立場の人間が、「それはそうじゃないだろ、お前なに見てんだよ」「なにしゃべってんだよ」とか、客観的にツッコむんですよね。

ボケの話を一生懸命に聞いていると、自分もだんだん主観的になってきます。そういうときに、ツッコミが客観のほうにぱーんっと戻してくれると、「なんでそんなバカバカしいことに一生懸命になってるんだ」と笑いが起こる。まさに「主観と客観の往復運動」がそのまま漫才の構造です。

ボケというのは本当に、恐怖の対象ですからね。おかしなことをずっとしゃべっている、そんな人間が電車の中で自分の隣にいたら、本当に怖い人以外の何者でもない。でもそれがステージの上にいて、「そういう人間だ」と思って聞くから怖くない。そう考えると、お笑いの漫才と、お化け屋敷の主観と客観の構造が似ているという話は、わりと納得しやすいかもしれません。

古川:テーマは恐怖なんだけど、その中で楽しさとか笑いが生まれてくるっていうことですよね。

五味:そうですね。「怖いのにどうして楽しいんだ」といわれたら、その楽しさはまさにこういうことから生まれてくるんじゃないかなって思います。

古川:たしかに、お化け屋敷に入るときに「俺は怖がらないぞ」と思いながら入ってみて、でもどっかでちょっと怖くなってきて。実際にびっくりしたら、そのときに「びっくりしちゃった」「ちょっと楽しいじゃん」って思ったりしますよね。

五味:自分だけの話じゃなくて、一緒に行ってる相手が「うわーっ」と悲鳴を上げて、腰を抜かしたりする。それを見て「なにやってんの」って笑ったりする。それも同じことですからね。

お化け屋敷は「プロデュースして終わり」ではない

古川:「恐怖を楽しさに変えるメカニズム」をうかがったところで、これから具体的にお化け屋敷を変革していった手法についてです。ここは特にプロデュースのお話と繋がるかと思います。

事前に会話させていただいた中で、「プロデュースとして捉えてはやってないです」と。単に「お化け屋敷を作ろう」と思ってやってきたと。「あえて『プロデュース』という視点を作るなら、こういうことをやってる」と教えていただいたのが、演出・制作・宣伝・運営なんですよね。これは、それぞれどういうことをやられているんですか?

五味:演出は、わかりやすいですよね。「どうやったらお客さんが怖がるか」という視点で、ストーリーを作ったり、プランを作ったり、図面を書いたり。実際的なクリエイティブの部分が、演出の作業になりますね。

次に、制作です。お化け屋敷を作るのはとても僕1人じゃできないので、造形の人間、音楽の人間、衣装の人間、いろんなスタッフの協力が必要です。そういうスタッフのみなさんと上手くコミュニケーションをとりながら、自分が行いたい演出を具体的に伝え、そのことによって自分が思っている以上に素晴らしくレベルの高いものを作ってもらう。このような作業とか、当然ながら予算管理とか、スケジュール管理とか。そういった仕事が制作にあたるんじゃないかと思います。

宣伝は、見ての通り宣伝ですよね。

古川:PR。

五味:PRですね。運営に関しては、実際にスタッフとかキャストとかを使って運営していく仕事です。

お化け屋敷プロデューサーであることの最大のポイントは、この4つを見るということ。それまでのお化け屋敷は、1人の人間がこの4つ、特に演出と運営を見ることは、まずなかったんです。

古川:そうなんですね。

五味:お化け屋敷を作る人は作る人で「こんなの作りました」と、それを運営する人に渡します。運営側は、それを使って「どうやったら演出どおりにお客さんを驚かすことができるか」「どうやったらお客様を効率良く入れることができるか」を考えていく。

つまり、この2つは分離していたんですよね、昔は。今も分離しているところはたくさんあると思うんです。

「こういうことがやりたいな」と1つの演出のプランを考えたときに、自分が運営のノウハウを持っていないと、それを提案しても運営側に、「それは運営できないです」「不可能です」と、簡単に言われちゃうんですね。

逆に運営しか知らないと、「こんなことを企画としてやったほうがおもしろいんじゃないかな」って演出側に上げたとしても、「そんなのは素人考えだよ、実際にできっこないよ」と言われたり。

分断されてると、演出のメリットを運営に持ってくる、または運営のメリットを演出に持ってくることができないんですよね。この2つを両方とも見ること……僕の作ってるお化け屋敷が今までにないものになっていった理由は、そこにあったんじゃないかって気はしますね。

古川:先ほど「お芝居のような演出じゃないよ」とおっしゃっていましたが、実際にお客さんの反応を見て決めるというのは、まさにここを行ったり来たり、企画を開催されてるときにずっとやってるということですよね。

五味:そういうことです。

古川:そこが他のエンターテインメントにない……あるものもあると思うんですけど、「仕立てて終わりっていうプロデュースじゃないよ」というところですよね。

五味:そうですね。特にお化け屋敷は時間がかかるし、専門的な部分が多いので、どうしても、演出が硬直化しがちなんですよ。経験上「こんなことやってもダメだよ」「こんなことやったら壊れちゃうよ」と言いがちなところがあります。

古川:諦めるのが早いというか、なんていうんでしょうね。

五味:(笑)。

古川:「やってもこうなっちゃうよ」と思っちゃうってことですかね。

五味:そうですね、シビアな世界っていうか、実際ものが壊れたりしがちな世界なので。そこに対する用心も強いと思います。警戒するっていうか。

古川:お金もかかっちゃいますもんね。

五味:お金もかかる、そうそう。

時代に逆行してアナログにこだわる理由

古川:そんな中で、実際に演出と運営をくり返しながら、生きたものとして演出していくと思うんですけど。具体的に、変えていったポイントがいくつかあると思っていて。1つが「キャストを復活させた」ことだと思うんです。この「キャストが復活」は「また人が出るようになった」という意味で捉えて大丈夫ですか?

五味:そうですね、1992年当時のお化け屋敷は、キャストのいるお化け屋敷はほとんどなかったですね。今のイメージですと「キャストがいて当たり前」みたいな感じですけど、当時はほとんどなかった。

1992年というと、バブルがもう終わってるんですけど、終わってるからといって世の中が急に不景気になったり、お祭り気分が急速に消えていったかっていうと、そんなことはなくって。まだそんなに「バブルはじけた」という現実感がないんですね。

バブルの浮かれた気分はそのまま残っていて。まだまだ新しいエンターテインメントの施設ができていってた。みんな未来志向で、「新しいテクノロジーが生まれたから、こんな見たこともないような施設ができます」「エンターテインメントができます」というところを志向して。それに多くのマスコミは注目していた。

そういう中で、僕はそういう流れとはまったく別のところ、演劇っていう畑にいたので。関係ないんですよ、テクノロジーとかに関してもね。そういうまったく無関係のところからお化け屋敷を見たときに、「なにが一番怖いかな」って思ったら、それはキャストだったんです。

後楽園ゆうえんちは数少ないキャストのいるお化け屋敷の1つで。当時、都内ではほとんどそこしかなかったんじゃないかな。

後楽園ゆうえんちのお化け屋敷を体験したときに、大したことないというか、機械が古臭くて。でも、井戸からキャストのお化けが出てくるのが、ものすごく怖かったんですよ。何度行っても怖くって。「なんでこんなに怖いんだろうな」と思ったんですよね。

それで最初に「お化け屋敷を作ろう」と考えたときは、「そもそもこれだけ怖いと思っているキャスト(お化け)が井戸からだけじゃなくて、あそこからもここからもそこからも出たら、さぞかし怖いだろう」と思って。

それで先ほどの話ですけど、麿さんという方にお願いしたんです。白塗りをして眉毛もない人が、ただ単にいるだけでも怖いじゃないですか(笑)。

(会場笑)

五味:そういうことを素朴に考えてスタートしたんです。今にして思うと素朴なスタートですけど、実はそれがお化け屋敷の本質の部分だったんです。キャストがいることが、他のエンターテインメントにはない1つの大きな魅力を作っている。

特に、今のような時代になればなるほど、当時の「テクノロジーがどうのこうの」と言ってたよりもなお一層キャストの存在が求められています。テクノロジーが飛躍的に発展していく時代と完全に逆行して、ぜんぜんアナログで昔ながらのものをやる。

でもそれでこそ、他のものでは体験できない喜びが体験できるエンターテインメントになる。そこが、お化け屋敷がこういう時代においても大勢の方に楽しんでもらえてる理由の1つだと思うんです。

たぶん、このことはこれから先もほとんど変わらないと思うんですよね。だから、どんなにテクノロジーが発達しても、お化け屋敷はずっと続いていくだろうなと思う。キャストがいるということがお化け屋敷の本質の1つだと思うんです。

古川:テーマとしてはあれですよね……これ(スライド)ですか?

五味:これはすいません、次の話です。キャストを復活させたのは、最初にポスターがありました「パノラマ怪奇館」ですね。あれが最初です。

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