いかにして一気に緊張を緩和させるか

古川央士氏(以下、古川):そのメカニズムのところを深掘りしていきたいんです。先ほどから「怖い」「恐怖」を、「楽しい」と捉え直してお化け屋敷を展開していくお話をされてたと思うんですけど。そもそも「怖い」に関して、どういう要素があるのか。「怖い」を「楽しく」していくにあたって、どういうポイントがあるのか。そういうところをお話しいただけたら。

最初のトピックが「緊張と緩和」なんですけど、これはどういうことなんですかね?

五味弘文氏(以下、五味):緊張と緩和によって、「怖い」が「楽しい」に変わるんです。いったんお化け屋敷の中に足を踏み込んで、暗い中を歩き始める。物陰があると「そこになにかが潜んでるんじゃないか」とか、扉を開けると「その先になにかがいるんじゃないか」「角を曲がると何かが現れるんじゃないか」と思いながら、恐る恐る進んでいきますよね。その状態が“緊張”の状態ですよね。

この緊張の状態がどんどん高まっていきます。高まったとき「なにか出るんじゃないかな」と予想していたものが現れるわけじゃないですか。お化けとか、現れるわけですよね。

それが現れた瞬間は、恐怖の絶頂にいる。でも現れたということは、「なにが現れるんじゃないか」という不安や緊張感から、その瞬間に解放されてるわけですよね。現れちゃっているわけですから。ゴールが来たわけです。そこで一気に“緩和”されるわけです。

そうすると、わーって高まってきた緊張が、一気に緩和された。この緊張が一気に緩和された瞬間に、「楽しい」という感じが起こるんですよね。

ポイントは「いかにして一気に緊張を緩和させるか」にあります。それは僕の本の中に書いたんですけども、「いないいないばあ」っていう遊びを子供らにやりますよね。それをやると、赤ちゃんは笑うんですよね。

それとまったく同じことなんです。「いないいない」というお母さんの声は聞こえるけど、顔は見えない。それはすごい不安な状態ですよね。

「あれ、どこにいるんだろう」「なんでこんな状況なの?」という状態から、一気に手をどけて「ばあっ」てやった瞬間に、お母さんのいつもの顔、しかも笑顔で現れる。そういう瞬間に、緊張が緩和されるわけです。そうすると、赤ちゃんは笑う。

それをやるときのポイントは、溜めてから一気に「ばあっ」とやること。溜めを置かずにゆっくり「ばあーっ」とやっても、赤ちゃんは笑わないと思うんです。

古川:そうですよね(笑)。

五味:だから「緊張をどれだけ高めて、そしていかにそれを断ち切るか」が、「緊張を緩和させて楽しさに変えるか」のポイントです。なるべく高いところまで緊張を持っていって、一気に緩和させるのがポイントですね。「楽しい」って感じさせるかなり多くの構造は、この緊張と緩和によって成り立っていると思います。

恐怖演出のドンデン・謎解き・へん・合わせ

古川:「落語もそうだ」というお話があると思うんですけど、(スライドの)次のページです。“落語の落ちの4分類と恐怖演出の4分類”と書いていただいてるかと思います。これはそれぞれどういうことか、ご説明をいただいてもいいですか?

五味:今の話の続きです。そもそも桂枝雀さんという落語家さんが言っていて。亡くなってる落語家さんなんですけど、落語を深く分析した方でした。その方が「緊張と緩和」の話をされていて。枝雀さんは「緊緩の法則」と呼んでいます。「笑いは、この緊張が緩和することによって生まれるんだ」と、まったく同じことをおっしゃっているんです。

その枝雀さんが、落語の「サゲ」……落ちですよね。それには「4つの分類があります」とお話をされていて。それがここに書いてあるドンデン・謎解き・へん・合わせという4つの分類です。

1つずつ説明していきましょう。まず、ドンデンです。ドンデンは、これこれこういう話があって、という流れから生まれる結末の予想をひっくり返すんですね。「こうありました、それでこう落ちるかなって思ったら、ひっくり返ってぜんぜん別のところに落ち着きます」というのが、ドンデン。

古川:予想を裏切る。

五味:予想を裏切るんですね。謎解きは、いろんな要素がそのお話にあって、最後の最後に……小説もそうですけれども、謎が1つのところにシュっと収斂されて、「こういうことだったんだ」って納得するようなかたちで終わる。

へんは、最も脈絡がないパターンですね。ドンデンとも謎解きともまったく関係ないところでポンと、おもしろいことを1つ言って落とすやり方。合わせは、予想通りっていうことですよね。「こうなるだろうな」とお客さんが思っていたところにすっと収めて、気持ちよく終わる。

これが、オチの4つの分類です。こういう話を、枝雀さんはおっしゃっている。これを読んでいろいろ考えていく中で、それに同じようなことが、お化け屋敷の怖さの演出の中にもあるんじゃないかなって思ったんですね。

古川:(スクリーンの)下の方に書いてあるやつですね。

五味:そうです。それが恐怖の演出の、4つの分類ですよね。言葉は変えてますけど、まさに同じことで。ドンデンが「意外」にあたり、謎解きが「気づき」にあたり、へんが「唐突」にあたり、そして合わせが「的中」にあたります。

落語もそうですけどお化け屋敷も、お客さんは常に「次はこういう展開がくるだろうな」って予想しながら体験していくんですね。そういう中で、その予想を裏切っていく。それが意外ですね。例えば、「この扉を開けたらなにかが現れるだろう」と思っていたら……。

古川:「隅っこになにかがいそうだな」みたいな。

五味:そういうときとか。でも実際には隅っこにいるわけじゃなくて、全然違うところからなにかが現れる。これが、意外です。

それから気づきは、例えば「なにかをしなければならない」と。よくわからないんだけれども、そうですね……。あまり喋っちゃうとネタばらしになっちゃう(笑)。

古川:そうですね(笑)。大丈夫ですか?

(会場笑)

五味:「なにかをしろ」という指示がお客さんにあって、なにかわかんないけどこれをさせられたと。これをすることによって、なにかの怖い演出が起こる。「ああなるほど、これをやったからこれが起こるんだ」と、気づくことです。

唐突は、例えば長い廊下という、いつどこから出ても怖い状況があったとします。どこから出ても不思議ではないし、脈絡はないんです。でも、「今ここからぽんと出ます」みたいな。理由はないです。

的中は、「扉を開けたらそこにいるだろう」と、そう思って扉を開けたら、やっぱりそこにいて襲いかかってくるような演出です。そのときはもちろん、的中はするんだけれども、「自分が予想していたよりもより大きい」「自分が予想していたよりもよりより怖い」とか。そういう予想を乗り越えるものであることが重要です。

落語の合わせも、「こうだろうな」という予想通りの落とし方をするんだけども、予想していたよりも美しかったり、より魅力的だったり。そういう予想の乗り越え方をすることで納得をうむ。このようなことから、枝雀さんのおっしゃっている「落語のサゲの4分類」と「お化け屋敷の演出の4分類」が、比較的似ているのではないかと思っているんです。

最適な怖いタイミングは、合わせ・間・隙・唐突

古川:お話を聞いていて思ったのは、落語の場合は、話し始めてだんだん落ちに向かって、時間をかけていくと思うんです。お化け屋敷だと、けっこうな頻度でこれを仕掛けていかないといけないのが、違いというか。そうすることで、より興奮が高まるというか。楽しさを提供できるポイントがたくさんあるのかなと思って。

次はタイミングのお話をうかがいます。先ほどの話と繋がっている部分もあると思うんですけど、「タイミングにも4つの演出の仕方がある」といろんなところでおっしゃられてます。これは具体的にどういうことなんですかね?

五味:これは先ほどの演出の話とすごく似通うんです。お化け屋敷ですごく大事なのは、タイミング。「どのタイミングで怖い現象を起こすか」が重要なんですよね。そのために、4つのタイミングがあります。それが合わせ・間・隙・唐突です。

まず、合わせから話しますね。合わせは、「このタイミングで動くだろうな」って思った瞬間に動く。予想通りに動く。

古川:先ほどの4つの分類の、最後のところですよね。

五味:間は、例えばここの目の前に怖い人形があります。「近づいていったら動くのかな」と思っていたのに、動かない。「あれ? 動かないのかな」と思ったら、ぱっと動くという。

古川:ちょうど、ちょっとホッとした瞬間くらいに、ってことですよね。

五味:そういうことですね。隙は、今の「ホッとした」に似通うんです。「こいつがこう動くのかな」って思ったら動かない。「なんだ、動かないのか」って思った時に、ちょっと隙が生まれる。あるいは、大して怖くないものがこっち側からポッと出だした。「なんだこんなことかよ」って、安心しますよね、1回。そこに、隙が生まれる。

古川:「大したことないじゃん」と(笑)。

五味:この安心した隙をついて、本当に怖いものがばんっと出てくる。だから間と隙はちょっと似てるんですけど、間の場合は安心はさせてない。隙の場合は、1回安心をさせて、そこに隙を作って、その隙を突いておどかす。似てるんですけど、微妙に違う。

そして唐突は、先ほどの変に似通ったところで。これはまさに、いつでもいいんですよ。いきなり出るっていうことです。予想とは関係なしに出る。この4つのタイミングがあります。

その時々のお客さんに合わせて演出を変える

古川:先ほど演出の方法と、このタイミングの方法をかけ合わせて、たくさんのシーンを作っていくんですよね。

五味:そうですね。それ以外にも演技、スピード、距離など、いろんな要素があるんです。そういったものをかけ合わせながら作っていく。

古川:一つひとつ具体的に、現場で細かく指示されてるんですかね。

五味:指示はしていますね。指示はしているんですけれども、お芝居とは違っていて、1つの演出の方法……。なんて言うんですかね、型をしっかり作れるわけではなくって。というのも、お客さんはいろいろで、毎度違うお客さんがいらっしゃるわけですよね。

そうしたときに、「このお客さんにはこのタイミング」「このお客さんにはこの出方」みたいなのがあって。それを固定化することができないんですよね。そういった意味で、普通の演出っていう考え方とはだいぶ違う演出の仕方、指示の仕方はしていますね。

古川:じゃあそのお客さんを見て、どういうふうに出るのか、どういうふうに驚かすのかを現場で決めてるんですか?

五味:決めてるというか、「さっきはあのお客さんに対してこうやったけれども、ちょっとタイミング早かったね」「あのときはお客さんは他のことを考えてたよね」という。だから「もうちょっとこうして溜めといたほうがいい」とか、随時そういう話をしたりします。