じわじわと人気が広がる『この世界の片隅に』

乙君:じゃあ次いきます! 今日のメインですね。

乙君:「『この世界の片隅に』上映館、大幅拡大!」ということで、ついに3週に渡ってですけども、先週もちょっとミソジニーというか、男と女の問題に絡めてもちょっと話したんですけども『この世界の片隅に』。

最初70館くらいの予定だったのが今やもう200館越えということでどんどん上映館も増えて、もう立ち見。俺の近くの辻堂の映画館はぜんぜん大丈夫だったんですけど、そろそろやばいのかなと。

山田:テレビ局が関係してないもんだから、テレビ局が取り上げないんだよ。この状況の中で、ぽつぽつと取り上げつつあるっていうのがまたおもしろくない?  NHKでも取り上げてたし。

乙君:そうそう、巧妙に能年玲奈のことはちょっと隠しつつね。

山田:本当まさに、この世界の片隅からの流れっつうのが、映画自体に本当希望を与えてるっていうか。みなさんおっしゃってましたよね、ここ1ヶ月みんなこの話ばっかしてて。だいたいどんな話してるか一言で言うと、みんながこの映画について言ってることね。説明する?  軽く言う?

乙君:え、みんなもう観たよね。相当話題だしもう観た体で話しても良いんじゃないかなと思って。

山田:もうけっこう経つからね。ネタバレはしないで言いますけど。

乙君:ネタバレは後半にもうちょっと深く話すときでも良いんですけど、ちょっとざっくりいきますか。

山田:『この世界の片隅に』。いまさらながらめっちゃざっくりに言うと、広島の戦争中の話というのを淡々と描いている、みんなが普通は嫌うような社会派のテーマにも関わらず、なぜか大爆発っていう映画ですよね。

それで多くの人がだいたい必ず言うのが「神は細部に宿る」っていう話ですよね。要するに丁寧に日常生活を描くことによって、感情移入できるしその世界に没入できるがゆえに、後に起こることに対してリアリティを感じるっていう演出が素晴らしいっていうのが、まずみなさんがおっしゃっていることだよね。

あと、「のんかわいい」(笑)。こればっかりだね。

乙君:たしかにね。すごかったですもん。すごかった!

山田:なんつうかね、方言女子って文化あるじゃん。最高峰出ちゃったんじゃない?

乙君:広島弁と呉弁、両方マスターっていうか勉強して、ちょっとずつ使い分けたとか。

山田:もともと男ってさ、方言女子に弱いよね。

しみちゃん:弱い弱い。

乙君:たしかにね! 博多弁とかやばいっすよね!

山田:好きだよねー! 九州ね!

乙君:なんでしょうね、あれね。あったかいんだよね。

山田:男が喋るときつい言葉が、女の子が喋るのがやわらかくなるっていうのがおもしろくて、その呉の言葉とか、わりとふだん馴染みない分新鮮だったっていうのもすごいあるよなぁっていうのもあって。

作品に込められたユーモア主義

山田:あともう1つ言うの忘れてた。「俺は昔から原作知ってるからそこお前らとちょっと違うぜ」っていう人たち(笑)。お前!(笑)

乙君:はい!

(一同笑)

山田:超めんどくせえ(笑)。

乙君:俺今日はそっち側代表で来てるつもりなんで(笑)。

山田:もうね、そいつらがドヤ顔しすぎなんだよなぁ。うざいんだよ、まぁいいんだけど。

乙君:ひっそり抱きしめていたこうの史代を……。やめてくれってなっちゃう。

山田:「俺の女」的な感じだったろ。

乙君:そういうタイプの作家なんですよ。なんかもう俺たちしか、この人の悲しみはわかる人にしかわからないし、メジャーとかそういうんじゃないんだっていう、本当の大切なものなんだよっていう。それを、「話題になってどんどん拡大してます」とか、ちょっと寂しいなっていうのはあります。

山田:その話、ちょっとお話しましょうか。後半、こうのさん抱きたいでしょ、今。こうのさん抱きたいって話は後半しましょうか。

しみちゃん:(笑)。

乙君:ちょっとさぁ、それは先生!(笑)。3000人見てっから。

山田:違ったっけ?(笑)。

(一同笑)

山田:で、左も右もないっていうすごさだよね。このへんが。こういうものってさ、どっちかに寄ってるんだよ、どっちかサイドが喧嘩売ってるんだけど。どっち側も、「これは俺たちのための映画だ」って思ってるのがめちゃめちゃおもしろくない?

乙君:1番深いところに刺さるんですよね。

山田:その通りなんだよ、普遍にいっちゃったんだよ。あと曲の選択が抜群だったよね。コトリンゴさんね。いや、紅白出なきゃだめだよね、もうね。

乙君:出ないんすか?

山田:いや知らないすけど、このタイミングなんで。でもサプライズで出るかもしんないよね。出たらNHK見直すけどね。NHKってたまにそういうことやるじゃん。

乙君:やりますね、長渕とかも出たしね。

山田:クラウド(ファウンでィング)からスタートして原作、みたいなそういう話もしますよ。

俺から見て圧倒的にあるのが、ユーモア主義なんだよね。ユーモアっていうものの力っていうかさ。ギャグでもないし、お笑いでもなく、「ユーモア」なんだよね。それでオチを入れるんだけど、「トホホ」みたいな「えへへ」とか「ありゃー」みたいな、で終わるっていうさ。

乙君:「てへぺろ」みたいな。

山田:てへぺろとか、『サザエさん』的だから、みんながよく知っている種類の安心するタイプのユーモアっていうものを全面に出しつつ、絶叫0っていうね。ここが見たことないやつが出てきちゃったよなっていう。

乙君:すごいバランス。

山田:ほのぼのエンターテイメントで基本楽しいんだけど、観終わった後に、言葉にできない気持ちになる、なにも言えなくなるっていう。どうにもならない。

なんでこうなっちゃうのっていうには、俺ちょっと強引に、「5つの革命を起こしているんじゃないか」っていうことを。5つって言ってみたものの、ちょっとハードル上げすぎたなと(笑)。でもね、あるんだよたしかに。

革命その1:主人公が流され続ける

山田:まず第1はね。

乙君:第1の革命!

山田:そう。『この世界の片隅に』が起こした1つ目の革命っていうか。あのね、主人公が流されてる。流されっぱなしなの実は。ぼーっとして、逆らわない。

でね、これ実を言うと、普通は凡人がなにかがあって特別になる。もしくは凡人だと思っていた人が、実は特別だったんだっていうのが、基本のパターンなの。ずーっと普通の人っていうのは、基本的にそのままじゃだめなんだってなるんだけど、ならない。

圧倒的にその流れあるんだよ。『モブサイコ』とか『ワンパンマン』とか。でも、あのONE君のやってるのも、実は超特別な人間の話だから。

乙君:まぁ結局ね。

山田:超特別な奴スタートで、「普通がいいんだ」っていう終わり方に流れてる。『ジャンプ』なんかも最近そうなんだけど、とにかく特別じゃない主人公が淡々とがんばって失敗するっていう、1つは「脱特別」っていうね。

乙君:ほう。

山田:もう「スペシャル」っていうものが、日本人に植え込まれて、高度経済成長で、ジャパン・アズ・ナンバーワンで。選ばれし勇者、剣の魔法、王族、みたいなものが、ドラクエ思想。ドラクエがピークだと思うんだよね。

それで、そこから自信失うんだよ、バブル崩壊から。この残像がずっと続いてきたの。いわゆる世界系ってやつ。それにとどめを打ったよね、完全に。これはもう見たことないくらい、はっきりとそれをやってて。

象徴的なのは、綿毛ですよね。

乙君:そうですね、タンポポですね。

山田:たどり着いたところで太い根を張るっていう、それを摘もうとすると周作さんも止めるっていう。広島に生えているもの、呉に生えているものは違う。私、飛んできましたってわかりやすいやつなんだけど、そこで強いこと言わないんだよね。「摘まないでください」しか言わないっていうさ。そのへんのところもすごい。

スペシャルなヒーローかヒロインじゃないのに最後までそれでいっちゃうっていうのがなかなかすげえなっていうのと、あともう1つね。

『ワンピース』型から『サザエさん』型へ

山田:映画って基本的に、失恋から始まるんですよ。失恋もしくは事故、不幸。つまり、なにかしら良くないことが起こって、そこから回帰していくってパターンが映画の大筋のパターン化してる1つなんだけど、まぁとにかく「脱不満」!

この作品は、とにかく主人公が不満を言わない。これも見たことない。なんでかと言うと、基本的に不満があるから映画館に行って、不満のある主人公に感情移入して、それが解決されるって言うカタルシスをもっていくんだけど、この人あんだけ不遇な状況に陥りながらマシなほうだと思ってるんだよね。

これは失った日本のものなんだけど、かつてはそういうふうに生きてたっていうのをわかりやすく出してるんだけど。これもう1個はっきりしているのが、『ワンピース』型から『サザエさん』型へっていう、戻ってってるんだよ。

『ワンピース』型っていうのは、すげぇ奴がいて、バトルして知らない奴と出会って、それで戦う直前に回想が入って、あんな悲しいことがあったんだ、みたいな後付けなんだよ。

乙君:そうですね!

山田:基本的にこのパターンでずっといってたの、今まで。でも『サザエさん』型っていうのは、回想じゃなくて日々の積み重ね。だから毎日毎日いって、「こうなっちゃうの?」っていう。

本来だったら回想で描かれるべき部分をずっとやってるっていう。そこもなかなか最近本当無かったんじゃないかなって。

乙君:『サザエさん』型は年取らないですからね。

山田:てか日常? 『ちびまる子ちゃん』型っていうか。よく「サザエさん家に不幸があったらどうすんの?」っていう話あるじゃない。でもサザエさんに不幸は起こんないんだけど、見事なまでに日本人だったら誰でも、まぁ世界的に誰でも知っている悲劇が起こった日っていうのをみんな知っているがゆえにカウントダウンでそこに向かっていくから、この構成からして大勝利だよね、っていうね。

これが実をいうと冒頭が回想なんだよね。子供時代から入るから。大人から回想で入るんじゃなくて子供時代から入ってるから、後から考えるとぼんやりした子供時代の思い出から入ってるんだけど回想には見えない。実に上手い。

乙君:結局時間軸だったんで。

山田:そうそう、その積み重ねみたいなものを愚痴を言わずに見せていくっていうのと、あとカウントダウンの話で言うと、いわゆる俺たちが知ってる広島っていうのは、資料館的な広島であり、『はだしのゲン』的な広島であり。いわゆる教科書的な。

でもそれは既に歴史の一部、神話化されている。距離感があってリアリティがない。だけどそこだけは知っている。そこだけ知ってるっていうのを利用して、ボンと杭打っておいて、その間を知らなかった日常生活、知らなかったことを説明していくっていうくだりをユーモアで描いていくっていうところが、こんなの見たことないよなっていうね。構成の勝利っていうのかな。