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IVS DOJO 2016 Fall Kyoto(全4記事)

「無意味な売上目標なんてやめちゃえ!」ウルシステムズ・漆原氏が“数字を追う”をやめた背景

「数字を追い続けていた時代、経営者である僕たちも含めてダークサイドに転落していた」――と話すのは、ウルシステムズ・漆原茂氏。2016年12月7日に行われた「IVS 2016 Fall Kyoto」の「IVS DOJO」のなかで、急成長ばかりを目指しがちなスタートアップに対して「数字ではなく、どこにも負けない中身をまず作るべきでは?」と投げかけました。ウルシステムズが売上目標を切り捨てた末、手に入れたものとは?

エンジニアにとって大事なのは、機能仕様

漆原茂氏(以下、漆原):みなさん、こんにちは。漆原茂と申します。理系の方、お待たせいたしました。私はエンジニアです!

いいですか。私の外部仕様はウルシステムズ株式会社の代表取締役社長だったり、ULSグループの社長だったり、ブレインパッドの取締役をやっていたり、いろいろありますが、エンジニアにとって、これは重要じゃないんです。大事なのは、この機能仕様です。

僕は、中学2年生のころからずっとソフトウェアを書いているんです。根っからのプログラマーです。イノベーションが大好きです。スタンフォードへ行っていたんで、もうシリコンバレーが大好きです。もちろん、IVSも大好きです。数学が大好きです。偏微分方程式……最高ですよね!

eのiπ乗+1=0ですよ。オイラー先生ってすごくないですか。円周率って、すごくないですか。3.1415926535 8979323846 2643383279 5028841971 6939937510。小数点以下50桁まで言えす。まだまだ続きます。

(会場笑)

そんな厨二が起業してしまいました。

そう、今日は「エンジニアがエンジニアによるエンジニアのための会社を作ってみた」という物語をお話させていただければと思います。

2000年に会社を作って、ちょうど16年になります。上が売上高、下が営業利益です。

途中、6年目でIPOさせていただいています。しかし、本日お話ししたいのは、IPOじゃないんです。その手前です。3〜5年目くらいの、僕たちにとって一番苦しくて一番大事だったお話を、共有させていただければと思います。

数字ばかり追っていて、中身が深まっていなかった

まず創業の最初の3年の売上高をご覧ください。もう、猛ダッシュです。いろんな方にお金も支援いただきました。ベンチャーキャピタルの方も株主に入っていただいていました。

この3年間は「スケールこそが命」です。当たり前です。僕たちはエンタープライズITの技術屋ですよ? 8兆円の市場です。大手企業もたくさんいますが、俺たちがやれないわけないじゃないですか。初年度の売上高1.5億円。2年目は7億円。3年目は14.7億円ですよ。ふうっ!

(会場笑)

「スケールこそ命」だったわけです。ところが3年が過ぎた頃、思春期が到来するんです。やばい。ここです。

その当時、ウルシステムズの現場がどうなっていたか、振り返ってみました。「なんだこれは」と思うほど、死屍累々でした。そう、大空襲のあとのよう。「どうしたんだ? 俺たち」「なんでこんな焼け野原なの?」「なにが起きちゃったの?」。

みんなに聞いてみたら、すぐわかりました。もう全社がダークサイドなんですよ。ヤバイ(笑)。経営者である僕たちも含めて、ダークサイドに転落してました。

「技術すげー」と言いながら、「なんか自分たちだけで言ってない?」状態です。「本当に世の中に勝てるの?」「先端技術は、大丈夫?」「私たち、最高品質と言っているのに、『バグがあってもリリースしていいですか』とか言っていませんか?」。これは、ウルシステムズではありえないでしょう?

なのに、いろんな細かいトラブルがあり、それがおさまらないんですね。1つ解決すると、また次が起きて、そしてまた次が起きて。とくに人間同士のトラブルがだんだん増えていきました。

これは本当にきつい。疲れてくるし、疲弊してくるし、「もうなんだっけ、俺たち?」と思い詰めていました。

そこでようやく気づきました。「なんだ、僕たちって成長ではなく膨張してただけなんだ」と。当時1人から一気に80人、3年間で仲間も増えていました。とてもいいメンバーが来てくれたんですよ。でも事業の中身はただの膨張だったんです。まったく成長していない。むしろ薄まっていて、今にも破裂する直前でした。

数字ばかり追っていた結果、中身が深まっていなかったんです。これはまずい。もう少しで、きっと破裂する。そんなギリギリの崖っぷちに追い込まれていました。

仕事の中身がすごくないと、面白くない

さて、私たちどうするの? 社内で議論して案が3つ出ました。それぞれを紹介しましょう。

案1は、「このまま突っ走ろう」「目をつぶって、80人から1,000人までいこう」。お金を追加で調達する。ベンチャーキャピタルの方にも来てもらう、そんなシナリオです。

案2は「縮小してリスタート」です。こんなに薄まってしまってはだめなのでリストラしてでもいいから、もう1回、25人に減らして質をあげよう、という案です。

案3は「仕事の中身を入れ替えよう」です。このメンバーはやはりいい。むしろ俺たちの仕事の中身がずれているのでは? やっている仕事が普通だったら、そりゃすごい仕事にならないの当たり前だよね、ということです。

さて、みなさんならどの案を選択しますか? 

ウルシステムズの場合は満場一致で、案3でした。エンジニアとしておもしろい方を選んだわけです。仕事の中身がすごくないと、おもしろくないんですよ。単に規模が大きいだけの案件……? いや、そういうのがやりたいんじゃないんですよね。

そう。圧倒的に高い品質で、最先端の技術盛りだくさんで、ベストメンバーで。そんなイケてる仕事をしたくて、ウルシステムズという会社を始めたわけです。

みんなに「会社のビジョンって合っているの?」と聞いてみました。「ワクワクする未来社会を、最高の技術でやりましょう」「合ってますよ」と。では、なにが違うの? それは「今やっている仕事だ」と(笑)。

現実とビジョンには、必ずギャップがあります。しかし、あまりにも距離が空くと、ずれてしまうんです。このギャップを埋めないといけないということです。

数字のスケールだけを追うのではなく、ビジョンに合った仕事をしていく、ということです。

エンジニアの現場に寄せた、思い切った施策を開始

いろんな迷走をして、128個くらい施策を打ちました。2の7乗ですね。ちょうどいい数ですね(笑)。その中でも効果が出た施策を、今日はいくつか紹介します。

ただ、会社はまだまだスタートアップフェーズです。思っきりアクセルを踏みながら、思いっきりブレーキを踏むことになります。どうなりますか? そう、会社はスピンします。ええ、危ないです。もう事故るかと思いました。そのくらいの激しさです。何人か、振り落とされています。

では本日は施策を3つ、ご紹介します。エンジニアの現場に寄せた、思い切った施策です。

施策その1、「売上目標をやめよう」。そう、無意味な数字だけの売上目標なんてやめちゃえってことです。「去年100やったから、今年200だ」なんてことはPepperでも言えるわけです(笑)。そんなの、経営者の仕事じゃないんです。根拠がない売上ばかりの目標、倍々とか1.5倍とかの数字目標をやめました。

以来、ウルシステムズは社内的には一切、今日に至るまで売上目標はありません。逆に、価値の目標にしていくことにしたんです。価値の高い、難しい仕事をすることが当社のビジョンなので、その方向に全社を向けたんです。

施策その2、「アサインできなければ提案しない」。優秀なメンバーが多いはずのウルシステムズなのに、なんでトラブルが頻発していたのか?わかっています。僕が営業で現場のリソースも考えず突っ走っていたからです(笑)。

スタートアップフェーズでは、お客さんから言われたらなんでもやりたくなります。当たり前じゃないですか。こんなすばらしいお客さんから言われた仕事を、やらない理由なんてなに1つないんです。

メンバーが足りない? 当たり前じゃないですか。僕たちはスタートアップです、無理してでもやるんですよ。そう、こうして無理し過ぎた結果、トラブルが起き始めるんです。どこかでコケ始めると止まらない。どんどんトラブっていくんですね。

やはりブレーキをかけないといけない。高い品質で勝負するなら健全なブレーキをかける仕組みを作らなきゃいけない。そのため、適切な人員がアサインできなければ提案できないようにルールを作りました。

お客様からのご依頼であっても適切な人材が確保できなければお断りするしかない、残念ながら。無理して仕事を受けて質を下げてがっかりされるくらいなら、受けない方がいい。受けるなら万全の体制でいい仕事をしよう。

そうすると、当然ながら売上はスローダウンします。だけど、中身が改善していきます。当社が受注できたら、必ずいい人材が適切に配置されてます。結果、高い品質が維持でき、プロジェクトの成功確率が格段に高まります。だから、お客さんにもすごく喜んでいただける。そして次のお仕事もいただける。無茶な営業活動がいらなくなり、お客様の満足度も上がるんです。

施策その3、「他部署への貢献を大きく評価」です。 それまでは部門ごとの数字をなによりも優先していました。そうすると自部門が一番大事になり、守るようになってしまいます。

「俺のところはうまくいっているのに、あいつがダメだからじゃない?」となると社内は荒むし、なかなかお互いを助け合う雰囲気になりません。お互いに助け合い、全社の成功こそがみんなのゴールとすることでベクトルを揃えました。自部門の数字以上に他部門への貢献を高く評価するようにしました。

これまでビジョンに合った仕組みを作っていなかったのが僕たちの失敗です。その失敗から学び、自分たちとって大事な仕組みを1つひとつ作っていきました。それでも1年半から2年ほど、時間がかかりました。必死でした。

退路を断った結果、ギリギリのところでV字回復

少しは「なんとかなるかな」と思ったとき、そう、ベンチャーキャピタルさんがやってきました。

(会場笑)

いやー、どうするの? まだ戦えというの? 「14億円いったら、次は30億円でしょ」「いや、あと10億円あげてもいいから、100億円の会社を作ってください」と言われます。僕らの答えは「すいません。勘弁してください」「無理です」でした。

僕たちは今、社内を強くする議論をしているんです。スケールではなく、中身なんです。そこで経営陣と議論をくり返し、大事な結論を出しました。「もうやめた、外部資本には頼らない」と。結果的にマネジメント・バイアウト(MBO)を決断したんですね。僕たちを支えてくださった投資家の方々は本当に素晴らしくて、私たちのマネジメント・バイアウトに合意してくれたんです。

ただ、当時の僕たちには心に余裕がなかった。思いっきり自分たちの力ではしごを破壊したんですね。自ら退路を断ってしまったわけです。「しょうがない。ほかのチョイスはない」と。

ウルシステムズもいよいよこれで終了か!? 本気でそう思いました。ところが、実はこれで1人も辞めた人はいなかったんですね。

「漆原さんよかったですね」「僕たちこれで本当にやりたい仕事ができるようになったんですよ」とみんな言ってくれました。当時のメンバーには、本当に感謝しています。こんな素晴らしい仲間に恵まれていたことに初めて気づいたんです。お客さんにも本当に恵まれ、すごくすてきな仕事をさせていただきました。

当時の財務資料です。売上高がだんだん下がってくるのがわかりますか?

利益もご覧ください。赤字がやばいですよね。マイナス1億8,200万円。あれもう一発やったら会社飛びます。しかし本当に現場が頑張ってくれて、ギリギリのところでV字回復することができたんです。MBOしたのもまさにこのタイミングでした。

引き続き、現場のがんばりのおかげで、このあと1年半で幸いにも上場させていただきました。以後、キャッシュフローがネガティブになることは一度もありませんでした。

スタートアップこそ、どこにも負けない中身を作るべき

そう、またまた厨二病復活です。

「僕たちやりたいことができる」と。申し訳ないけれど倍々ゲームはやってないし、できません。だけど、好きな仕事をいい仲間とやれるなんて、最高じゃない。それを必要として下さるお客さんもいらっしゃる。

ただ浮かれてばかりではいけません。大事なことが1つあります。経営者が暴走すると壊れることを身をもって経験したんです。二度とこういうことはやってはいけない。だから、絶対にやっちゃいけないことを「憲法」として決めました。いわば「ウルシステムズのやってはいけないリスト」です。

「憲法」とは、役員であろうが誰であろうが、会社のDNAとして「これは破ってはいけない」というものです。戦後、日本国憲法ができたのと同じです。やっちゃいけないことを策定するというのは、中身のない数値目標を安易にに立ててしまいがちな会社に中身を考えさせるツールとして非常に重要だと思っています。

そして、結果的にどうなったのか。そう、今でも売上目標はないです。でも、ほら(笑)。ちゃんとメンバーが集まってくれて、お客さんにご評価いただいて、6年間で売上2.6倍、経常利益も4倍以上です。なんといっても、経常利益率が高いモデルを作ることができました。

スケールばかりを追わなくていいんじゃないでしょうか。むしろ、自分たち流でいい。規模はあくまで結果であり、目的ではないはずです。スタートアップであればこそ、どこにも負けない中身をまずは作るべきです。

ビジョンはもちろん大事です。そのビジョンに惹かれて仲間が集まります。大事なのはその次。ビジョンに向かって現実の仕事を作っていくことです。ビジョンと現実のギャップを埋めるのは非常に難しい。ここに全力で取り組むことで、会社が1つになり成長していきます。

最後に、経営者のみな様自身が「走り過ぎちゃったな」と思ったときには、ぜひ「やらないこと」を憲法で決めてください。失敗から学び成長していくプロセスを自らに課すこと。私たちはこれで社内も大きく変わっていくことができました。みなさんもぜひ試して見てください。

どうもご清聴ありがとうございました。

(会場拍手)

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