「無印良品」は消費社会へのアンチテーゼ

矢野直子氏(以下、矢野):はじめまして。良品計画の矢野と申します。このような、みなさんの前でお話をさせていただく機会をいただきましてありがとうございます。今日来ていらっしゃるみなさんに、私がお話することがどれだけヒットしてくれるのかはわからないんですけれど。

私は良品計画、無印良品の生活雑貨部の企画デザイン室長を3年前からやっております。

プロダクトデザインを多摩美で勉強いたしまして、その後(良品計画に)入社して、夫の仕事でスウェーデンに行って、ヨーロッパのMUJIの仕事をやったり。途中、三越伊勢丹研究所というところに入って、リビングのディレクションをやっていました。

私は、もの・暮らしということに携わって20ウン年やってきていますので、頭をやわらかくする感じで聞いていただければと思います。

本当に小さいものから大きいものまで作っている部署なので、いくつか「Gマーク」をいただくことが毎年できているんですけれど、今回は「Gマークをいただくときの、無印良品のデザインのポイントをぜひ」とお話いただいたので、簡単にかいつまんでお話をさせていただこうかと思っています。

無印良品なんですけれど、感じよい暮らしをどうやって体現するかということを、日々のもの作りとサービスで提供しているブランドです。基本的には私たちは製造小売業なので、自分たちで作って、自分たちのお店で売って、自分たちで在庫をはききるという、そういったすごく地味な商売をやっております。

無印良品が生まれたのはちょうど36年前、1980年です。「同世代かな」という方も会場にちらほらいらっしゃるので、うれしいんですけれど(笑)。ちょうど高度成長期のピーク、バブルが弾ける前に始まったブランドです。「大量生産して、消費して」ということが、本当に楽しく楽しくてしょうがないというときに、その消費社会へのアンチテーゼというところから始まっています。

西友のプライベートブランドから始まって最初は40品目だけ、ほとんどが食品で始まりました。このときから言っているのが素材の選択、工程の見直し、それから包装の簡略化。とにかく訳あって安いものを提供していこうということでした。

今、無印良品は、ナチュラルとか言われるんですけど、これをやっていくことで結果、すごくシンプルになってしまったということを、私はよくお話します。

40品目だったものが、今7,000アイテムにふくらんでおります。このときに語らなくてはいけないのは、グラフィックデザイナーの田中一光さんの存在です。西友の堤清二さんという会長と、グラフィックデザイナーの田中一光さんが、最良の生活者としての視点をもとに無印良品のコンセプトを作ってくださいました。

よく、「無印良品のコンセプトはどうして36年変わらないで、少しずつ大きくなっているんですか?」と言われるんですけれど、とにかく特徴は、先ほどもお話に出ていた社長の存在。社長がどう存在しているかということはすごく大事だと思うんですけど、あと無印良品の場合は、アドバイザリーボードの存在がすごく大きいです。株式会社なので株主総会、取締役というものがありますけれど、その横にクリエイターだけでできているアドバイザリーボードというものがあります。これは創業当時からです。

「簡素なものでいかにクリエイティブなことをするか」

先ほど製造小売業と言いましたけれど、よい商品、よい情報、よい環境、「商・販・宣」と私たちは言っていますけれど、そのなかのご意見番のクリエイターがこのようにいて、田中一光さんが真ん中でアートディレクターとして存在してくれたということが大きいです。一光さんは2002年に他界されてしまったんですけれど、これが今も変わっていません。

アドバイザリーボードとのミーティングは月に1回、朝8時からコーヒーを飲みながら「無印商品は、これからこんなことをやっていきたいんだ」ということを私たちから提案して、「それはやるな」とか「それはいいね」とか、そういった話を本当に最後の最後の関所として存在してくれていて、無印良品がキープされていると、私たちもみんな思っています。

そのアドバイザリーボードの方にタグや、大事なコピー、ポスター。それから商品、店内の環境なども、今も引き続きデザインしてもらっています。

無印良品、日本から発信されましたけど、今年は初めてインドにオープンして、今、2店舗あります。来年は国内に440店舗、それから海外に440店舗できる予定になっていまして、まさに日本だけじゃないブランドに少しずつ成長しています。

これは最近できた海外のパリのお店です。成都のお店。「なんだと思いますか?」と、よく聞くんですけど、これは今、私たちのなかですごく流行っている大きなお店に、必ずつけるシャンデリアなんですけど、これがなにでできているか、ご存じの方いらっしゃいますか?

(会場挙手)

参加者:グラスですか?

矢野:これはグラスじゃなくて、日比谷のお店のカフェがグラスなんですけど、実はそこから進化しています。無印のペットボトルのボトルと湯たんぽとアクリルと……MUJIのものの中に電飾を入れて、シャンデリアにしています。「簡素なものでいかにクリエイティブなことをするか」というのが私たちの極意、旨みみたいなものかなと思っています。

「これがいい」より「これでいい」を目指す

これは、行かれたことがあったらうれしいんですけれど、有楽町のお店です。最近、本も扱っています。「くらしのさしすせそ」ということで、暮らしにまつわる選書を2万冊させてもらって、すごくお客さまの滞留時間が伸びました。本を置いたぶんだけ面積が狭くなってるんですけれども、売上が今すごく伸びています。

これは上海にできた、有楽町と同じ規模のお店です。店舗をデザインしてくださっている杉本貴志さんが、「中国の(店舗)入り口には中国で漂流した、捨てられている廃船を置く」とアドバイザリーボードミーティングでおっしゃって、私たちはポカーンという感じだったんですけど(笑)。入り口に入ると、ドーンと廃船が置いてあります。

このお店の通りはもうブランド通りでして、CartierとかFURLAとか、たくさんのブランドが本当にキラキラとしているすてきな通りなんですけれど。もしかすると1980年の私たちのバブル時期にすごく近しい状況になっていて、それに対するアンチテーゼとして廃船と直感的に思ったのかなと、私は思っています。

無印良品のもの作りをするときに私たちが必ず言っているのは、「『これがいい』じゃなくて『これでいい』を目指す」ということです。「これでいい」と言うと、どうもすごくネガティブなワードに思えちゃうんですけれど、海外の方にインタビューを受けるときには「足るを知る」とか。

例えばPoltrona Frauとか……、みなさんだとどこでしょうか。例えばB&B(ITALIA)とか。そうしたブランドのすばらしいフカフカの美しい赤いソファを買いたいと思ったとき、それに対してお金を貯めて、手に入れて、お金がお財布のなかになくなっちゃったときに、「もう、あとは無印でいいや」と言ってもらいたい。今の会長が、私の20代の頃にふと言った言葉なんですけれど、きっとそれが始まりだったんじゃないかなと思います。

真っ赤なソファは無印にはないけれど、それを買ったときに、それを美しく見せるために、あとはMUJIのPPのボックスを押入れの中に詰め込んで、いらないものはそこに整頓していただければ、赤いソファは美しく赤いままでいるという。そういうことが、「これがいい」ではなくて「これでいい」だったんじゃないかなと思います。

なので、決してネガティブなことではなくて、明晰で自信に満ちた「これでいい」の手法を今から5つお話します。

日用品を新しいプロダクトに置き換える「Found MUJI」

1つ目は、「ワールドデザイナーの存在」。プロダクトデザイナーの方なのでお話すると、ロンドンのサム・ヘクト、ジャスパー・モリソン、それから深澤直人さん、ドイツのコンスタンティン・グルチッチさん、他界してしまったんですけれども、ジェームス・アーヴァイン。

このような世界で活躍しているみなさんに、すごくMUJIに共感していただいて、私のメンバーのインハウスとやりとりしながらもの作りをしています。深澤直人さんのCDプレイヤー。それから、ジェームス・アーヴァインとTHONETでやった椅子。

それから、コンスタンティン・グルチッチの印がつけられる傘。これは、コンスタンティンが東京に来たときに雨が降っていたんですけど、ファミリーマートの前に行ったら、すっごく大きな傘立てにビニ傘が何十本と刺さっていて。「日本人はすごい。これを識別する才能があるんだね」と言ってくれて(笑)。「いやいや、できないかも」と話していたら、「じゃあ、印つけようか」ということで生まれました。

深澤さんは、日本の木材の素材にこだわった家具なども作ってくれています。それから、ジャスパー・モリソンの作ってくれた、定番のカトラリー。深澤さんがデザインした手に馴染む家電は、手に優しい丸みを帯びたデザイン。壁にしまわれるものはスクエアなデザインということにこだわって、家電をデザインしてくれています。

これは今、特別に……。実は私たちは店頭で「designed by Naoto Fukasawa」とか「Jasper Morrison」とは言わないので、あまりことさらに発信しないんですけれど、今日は特別にお話しました(笑)。

それから、「グローバル、ローカル、ユニバーサル」。私たち日本だけじゃなくて、海外のいろんな伝統文化、それから風土、それからそこに根づいている食文化から生まれる日用品というものを探して見つけて、それを新しいプロダクトに置き換えています。

ご存じでしょうか? それをやっているのが、「Found MUJI」という活動です。今、青山に1号店目があるんですけど、それが「Found MUJI」のお店になっています。

私のチームに「Found Team」というものがありまして、もうかれこれ30ヶ国ぐらいを旅をして、その文化に触れて、ガンガン日用品を探しまくって、そのまま売るときもあるし、それをリデザインすることもあります。深澤さんもたまに行ってくれる旅です。

ここで一番私が好きなのは、インドのこのカレーポッドなんですけれど、普通に食べられるバーモントカレーじゃないインドのカレーは、十何種類のスパイスを使って作られているんですが、やはり素焼きの器とかだとスパイスのにおいが移っちゃうんですよね。だから、ステンレス。そして、このアールは、私はもうまさに用の美だと思ってるんですけれど、ナンでグイッと(入れて)すくうとルーが全部ぬぐえると。

誰がデザインしたのかわからないけれど、美しいですよね。こういうところから新しいプロダクトを生んでおります。このあたりは、merciとのいろんなコラボレーションです。あとは、業務用の箱を世界中で探してきては……、やはり業務用のものは理にかなってることがたくさんあって、そこから学ぶことはたくさんあります。

それから、3つ目は「素材の探求と生産者への配慮」です。私たちは、あまりことさらにCSRということを言っていかないんですけれど、それぞれの担当でそれぞれできることを積極的にやっています。東日本大震災のときから始まっている、東北のおばあちゃんたちとの刺し子のプロジェクトです。

それから、カンボジアではこういうことをしています。私たちは、家具いっぱい作ってはハズレが出るんですよね。切った端材とか、真ん中はココナッツの皮。それから、これはアロマディフューザーとかで使うバラのオイルを抽出した時に出ちゃう枝なんですけれど、こういうもので色を出すと意外と美しいタオルが染められるということをひたすら研究しております。

やはり無印は基準が厳しいので、まだなかなかクリアできないんですけど、こういう無駄になったものから見出して、天然染めするということをずっと研究して商品化につなげています。

あとは、キルギスというすごく内陸の遊牧の国なんですけれど、女性の方の仕事がほとんどないという国で、その女性の方とJICAとの取組みでこういったことをしています。遊牧民なので、ウールがたくさんあります。女性の方にフェルトでクリスマスのギフトをもう6年作ってもらって、ビジネスが続いています。

親しい人の家に行き、無意識の行為を観察

そして4つ目。「生活者との交流から」ということなんですけれど、「くらしの良品研究所」というものをWeb上に持っていまして、このなかで私たちの研究員が、日々感じている生活の潜在的にあるニーズや、そういったものをコラムで発信したり。それから、お客さまとのやりとりでもの作りを発信しているIDEA PARKというものがあります。

SNSで「人をダメにするソファ」とうたってくださった、いまだにロングセラーの体にフィットするソファは、ここのWeb上で生まれたベストセラー商品です。それから、持ち運べる明かりもここから生まれています。

IDEA PARKだとどうしても、お客さまから「こういうものを再販してほしい」「改良してほしい」という要望がほとんどなんですね。「ちょっともったいないな」ということで、実は先月からリニューアルをしました。

私たちは、本当アナログな人間の集団なんですけど、私たちデザイナーが250ぐらいのアイテムを持ち寄って、そこから20に絞ってプロトタイプを作って、ここに上げてお客さまに投票していただいて商品化するという、そういうことを新しく始めています。

どちらかというと、私たちのウィルを思いきりぶつけてみるという新しい試みをこれからも続けてまいりたいと思っています。これは「MUJI to GO」という旅にまつわるプロダクトを、私たちがプロトタイプを作って投票してもらっています。

そして最後です。「オブサベイション/観察」です。2003年から続けています。「ザ・お宅訪問」「ザ・お宅突撃」です。

深澤直人さんからいろいろ伝授してもらってやってるんですけれど、「決して知らない人のところには行くな」と言われています。「親しい人のところに行ってください」。家族か、仲のよい人、と。例えば私が「明日、お部屋見せてください」と言ったら、みなさん夜帰ってどうされますか? (会場の反応を見て)ですよね、部屋を片付けられては困ると。

だから、そのままを見せてもらうということをこの場でやって、ひたすら全部引き出しを開けさせていただいて、写真を撮らせてもらって、その場でスケッチします。これは、無作為の作為、無意識にしてしまう行為、アフォーダンスですよね。そういうことで、ひっかけるところがあったらひっかけてしまうじゃないですか。

置けるところがあれば置いてしまうということを常に発見して、課題・問題だなと思って、こういった商品化につなげていく。こういうものを見て、こういうものにする。「お父さんのシャンプーは、娘が使いたくない!」みたいな、こういった状況を見て、ボトルを作る。識別ができるようにするということを、ひたすらやっています。

それぞれが感じる「無印っぽい」は違う

これは、2003年からやっているんですけど、固定概念で「日本・東京=ウサギ小屋」という勝手な思い込みで、こんなに海外にお店があるのに、「そういえば、私たち海外でオブサベイションしたことないな」と一昨年に思いつきまして。「じゃあ、日本に負けないぐらい狭そうな香港に行ってみよう」と、香港にオブサベイションに行ってみました。私も行ったんですけど、1週間で20軒、ひたすらお宅訪問をしました。

普通の中流家庭、38平米に大人3人当たり前。そういったペンシルビルで普通に過ごしています。かけられる壁があったら、フックを買ってきてなんでもかけてしまう。置けるところがあったら置いてしまう。ここで「やっぱりいろんな国の世界も、都会はコンパクトライフなんだな」ということに気がついて、Compact Lifeをテーマにいろんなところでいろんな活動をやっています。

これは20軒の中で一番カオスだった部屋です。私も行ったんですけれど、娘の部屋が左です。隣はお母さんなんですけど、お母さんももう諦め気味です。このお母さんに言われたのは、「香港人は買いものが好き。捨てるのが嫌い。掃除はもっと嫌い」。もう三大苦だなと(笑)、そういう状況で、じゃあ、このナンバー1のカオスの家を「リノベーションしてみようか?」と。

うちに今800人いるIAとデザイナーが、「これいりますか?」「捨てませんか?」ということをやって、こういうふうにリノベーションしました。ここの娘さんは、ちょっとしたショッピングホリックで、数えたら250足の靴を持っていて(笑)。ここで断捨離して100足にしました。「100足の靴棚は作るよ。それはリスペクトするよ」と言って、100足の靴棚を作ったり。

あとは、この6畳ぐらいのリビングダイニングが家族のなかでとても大事だと言われて、「なぜ?」と聞いたら、「日々もそこで家族で会話してるんだけど、旧正月のときに24人家族が来るんだ」と言うんですよ。

(会場笑)

「24人!?」「どうやって、ここでなにをしてるの?」という感じなんですけど、月餅を食べたりお茶を飲んだりするらしいんですよね。なので、できるだけギュウギュウと座れるうちのソファと、テーブルもどかせるようにして。「じゃあ、ここで気持ちよく次の旧正月を楽しんでください」ということをやりました。

私たちは今、家具だけじゃなくて、リノベーションの事業も国内外、海外、アジアで進めています。ずっとプロダクトをコツコツ作ってきたんですけれど、暮らしのプロダクトから本当の暮らしということに今、少しずつ広がりつつある無印良品でございます。

無印は、それぞれメンバーでもよく話すんですけれど、「これ、MUJIっぽいね」とか「これはMUJIじゃないね」とか、意外とそれぞれのMUJIが違っていて。

たぶん、みなさんのなかの無印というのも違うと思うんですけれど、そんななか、アメーバ的にいろんなことやりながら、ちょっとやりすぎちゃったときには原点のすごく強いコンセプトがあるので、そこ戻ればいいという安心感と、それに対してのチャレンジが、無印良品のこれからも続いていく方向なんじゃないかなと思っています。

ありがとうございました。

(会場拍手)