自分にとって「今後ありえる像」を描く

浜田敬子氏(以下、浜田):先ほども話に出た「格差の問題」について、リンダさんにおうかがいしたいのですけれど。

ヨーロッパでも格差が非常に問題になっていて、若い人たちと上の世代との格差もありますし、移民の問題もあると思います。そのなかで、寿命が伸びることのポジティブな世界観、未来観はありますが、リスクはないんでしょうか?

むしろ格差も含め、今起きている現実の課題は、寿命が伸びて『LIFE SHIFT』のような世界観が実現すれば、少し解消されるんでしょうか? そのあたり、いかがでしょうか。

リンダ・グラットン氏(以下、リンダ):昭恵夫人がおっしゃられた、大変すばらしいゲストハウスに関して、少しコメントしておきたいんですが。

自分が今、どういった人物なのかを実際に考えていくとき、アイデンティティの問題になります。1つの道だけではなく、今後、自分にとってありえる像を考えていかなくてはいけないんだと思います。この100年時代におけるチャンスなんですが、ありとあらゆるかたちの、自分のなりえる姿を考えていくことが重要だと思います。

先ほどのゲストハウスの話は、すばらしいと思いました。こういったストーリーが語られると、みなさん1人ひとり、私もそうですけれど、「もしかすると、私もゲストハウスを作ったほうがいいかもしれない」と、インスピレーションをもらえると思います。こういったストーリーは、本当に大切ですよね。

こういったお話をうかがうと、「こういう生き方もあるのかもしれない」と、ほかの方々も違った「今後、自分にとってありえる姿」を描くことができると思うんです。それが1点目です。

それから、2点目にすばらしいと思ったのが、クラウドファンディングをしているところです。例えば、クラウドソーシングもそうなんですが、こういったものが非常に重要な役割を果たし、活用している人が新しいアイデアをどんどん作り出していくと思います。

「ロボット以上の人間とはなにか」がヒントになる

それから最後に、このゲストハウスに関して、もう1つコメントしておきます。私どもは今、非常に重要な変化、その岐路に差し掛かっていると思います。つまり、働き方を変える、見直す必要が出てきていると思うんです。

池見さん、安田先生もおっしゃいましたけれど、日本も産業革命を経験しました。イギリスも経験しましたけれど、産業革命によって人がガラッと変わりました。

人々の働き方は、まるで人間がロボットのようになっているんです。ただ、今、本当にロボットができているわけですよね。「ロボット以上の人間とはいったいなんなのか」を考えていかなくてはいけません。そうすると、私たちの生き方も、根本的に見直す必要があると思います。

では、どう見直せばいいのか。どういう人生であるべきなのか。答えはまだ、私にはわかりません。

例えば「地方をもっと元気にしていく」「再生していく」など、これはすごく重要なことだと思います。私はインドにもずいぶん行っているんですけれど、そこでも同じような議論が起こっています。世界での大きなトレンドは、おそらく1980年くらいからでしょうか。都市化がどんどんと進んできています。

そういった意味では、農村部の過疎化が始まっている。どんどんと人が都市に流れ込むのは、そこでお金を稼ぐことができるからです。そういった人々の移動を踏まえ、もう1度、地方に焦点を当ててくことは非常に重要だと思います。

先ほど安田先生が話していたスイッチング・コスト、これも自分の今後ありえる姿をいかに見るのかだと思います。安田先生は東京にずっといて、そして大阪に移られた。これは、「自分もこういう生き方ができるかもしれないな」と思ったからこそだと思います。

イギリスでは、どこの大学でも自分が好きなところに好きなように行くことかできます。ですから、場所に関係なく、自分の好きなところに行きます。そういった意味では、制度はまったく違うと思います。

私の子供たちを見ても、例えば、医学の勉強をしたいと、医学校で有名なところに行きました。それから、歴史を勉強したい別の息子は、今度は国の反対側でありましたが「歴史学が非常に有名だから」と、そちらに行きました。それは、イギリスでは非常にやりやすいことなんですね。これからまたさらに変化が起こるかもしれないと思いました。

個人と社会で変化しなければ、必ず「格差」は生まれる

それから、最後に格差についてです。今世界で起こっている、例えば技術的なもの、長寿化なものなど、社会的ないろいろなトレンドがありますが、結果、やはり格差が生まれます。

ここで、2つの例を申し上げたいと思います。技術的なトレンドを見ていくと、今、世界中で起こっていること、これは『ワーク・シフト』でも語っていますが、この中間層、あるいはスキルが空洞化していて、そういったものがAIやロボットに移ってきている。

今の世界は、私やみなさんのような豊かな人たちは、必要とされているスキルを持っている。だから、より豊かな生活を送ることができる。一方で、貧しい人はもっと貧困が進んでしまう。これが1つ目です。

2つ目は、長寿化です。イギリスでは、豊かな人に比べて、貧しい人たちの寿命は平均で12年も短いんです。日本ではそうではないと思うんですけれど。

申し上げたいのは、社会全体として、私たちとして、変化をしなくてはいけません。つまり、この格差を生み出す制度を変えていかなくてはいけないのです。今、世界で起こっていることを見ていくと、明らかにこれは格差を生じさせる結果をもたらします。

イギリスは、この格差によって非常に大きな影響が実際に起っています。ブレグジットです。私のような多くのイギリスの人たちは、非常に残念に、不満に思っています。

これは、一部には格差の問題があったと思います。どのイギリスの企業でも、最初に言うのは「格差が問題である」です。というのも、やはり格差を生むこのシステム、そしてまたEU離脱に関する国民投票がありました。その結果として、私も含め、多くのイギリス人は、これからイギリスが非常に難しい将来に直面せざるをえない状況になっています。

では、どのようにして、この格差の問題に対応すればいいのか。セーフティーネットについて、日本でもよく議論されていると思います。これはアメリカでも今、議論されています。

私は、政治家ではありません。そしてまた、エコノミスト、経済学者でもありませんので、そういった意味では本当にセーフティーネットが解決案になるのか、私から申し上げることはできません。

ただ、重要なのは、私たちは有形資産ではなくて、もっと無形資産のことを考えるべきだと思います。

例えば、私どもの地域の1人ひとりが自分たちの生産性やスキルをもっと磨いて、活力を高めて、そして変身ができるようにすることが重要だと認識しなくてはいけない。政府であっても、企業であっても、それを促していくことは極めて重要だと思います。

浜田:ありがとうございます。

子供たちの65パーセントが「まだ存在していない仕事」に就く

会場の方々にも質問があると思いますので、最後にうかがっていきたいと思います。

せっかくなので、『LIFE SHIFT』を読んで、ご自身の100年の人生をどう変えていこうかとマインドセットをされた部分があったら、個人的なこれからの生き方や展望をそれぞれみなさんにおうかがいしつつ、質問タイムに移りたいと思います。

池見さん、『ワーク・シフト』のときのように、なにか自分の生き方を変えてみようとかありますか?

池見幸浩氏(以下、池見):仕事寄りになっちゃう話なんですけど。今回この『ワーク・シフト』ならびに『LIFE SHIFT』を読んで、本当にすごい時代がくると実感しました。

僕はやはり人材業界、人材ビジネス業界……。実は、全体で10兆円、世界では100兆円ある、国内でも非常に大きなマーケットなのですが、戦前からビジネスモデルがまったく変わっていないんです。

さまざまなサービスが出始めているものの、まだまだ大きなパラダイムシフトが起こっていないと思っています。この人材業界に、僕がこれから10年、20年かけてすべきことはなんなのか。今日の話も聞いて改めて、仕事を生み出すことこそが人材ビジネスの価値だ思いました。

仕事を生み出すとは、どういうことなのか。将来、小学生の子たちが大人になって働くとき、その65%が今の世のなかではまだ存在していない仕事に就くデータがあります。仕事は消えていくものだと思うんです。いろいろな方々、もしくはロボットに取っていかれる。

ただ、生まれてくるものでもあります。「人材ビジネスの本質は、現時点ではマッチングではなくて生み出していくもの」として、価値を提供していく会社にしたいと本当に強く感じました。

例として、僕らはハイレベルなエンジニア向けのサービスが1つあるんですが、単なるエンジニアと呼ばれている職業から今、本当にいろいろな新しい職種が生まれ始めているんですね。

今までデザイナーという職種があったんですけど、もともとのデザイナーは、自分がPhotoshopかなにかでデザインを作る。それをWebサイトにアップするのは、エンジニアがやるモデルだったんです。最近は「デザインもできて、コードも書けるエンジニア」を、アメリカでは「ユニコーンデザイナー」というんですね。

今、デザイナーはすごく年収が下がってきているんです。でも、コードが書けるようになった瞬間、年収が非常に上がる。とはいえ、今この世に存在するすべての求人サイトに、「コードが書けるデザイナー」という職種を検索する術が一切ないんですね。それを僕らのサービスは年内に実装するなど、新しいサービス定義を作ってどんどん生み出していくんですけど。

地方の農業でもそうですし、先ほどのゲストハウスの仕事もそうなんですけれど、新たな仕事を生み出していくことは、非常に重要です。「今までなかった仕事を生み出していく」「職種を生み出していく」が、やはり人材ビジネスの責務です。

今の会社は、半分は僕の趣味みたいな会社なのです。本当に人材ビジネスが大好きなので、それをかたちにして、これから100年生きても人と仕事がよりよいかたちで出会える社会を作りたいと思いました。

浜田:ありがとうございました。絵が好きな子供がいたら「あなたは美大ね」じゃなくて、プログラミングやロボットも興味を持ってたら「両方やっとくといいよ」という感じですかね。子供もたくさん好きなことがあったほうがいいわけですよね、そういう意味では。

池見:そうですね。子供もそうですけど、大人でもまだまだ可能性はたくさんあるので。

浜田:そうですね。

池見:僕もプライベートで湘南へ行ったら……。今、船の免許を取ろうとしてるんですけど。あと、投網があるじゃないですか。あれのDVDを買ったんですね。

(会場笑)

浜田:漁師にもなれますね。

池見:そうなんですよ。家から歩いて3分のところに海があるので。5歳の子供が朝5時半に起きたら、一緒に海に行って、釣った魚を朝ご飯にしたりしているんですね。リアル・フィッシャーマンになっていくのも問題ないと思うので。

年齢に関わらず、興味あることには1つ、さっきお話があったスイッチング・コスト。これ、本当にすごくいい言葉だと思うんです。まず、抵抗感なくチャレンジしてみる。その積み重ねが非常にいい将来につながると思ったし、そのきっかけを提供する会社、価値を提供できる人間になりたいと思いました。

浜田:ありがとうございます。

ノーベル経済学賞を貰う人も高齢者が多くなる

安田さん、よろしくお願いいたします。

安田洋祐氏(以下、安田):つい数週間前だと思うんですが、ノーベル賞、今年も日本人の受賞者が出て大きなニュースになりましたよね。いくつかノーベル賞があるなかで、じつは「ノーベル経済学賞」もあるんですよ。若干、ほかのノーベル賞と扱いが違う微妙な論点はあるんですけれど。このノーベル経済学賞だけ、まだ日本人が誰も受賞していないんですね。

浜田:ノーベル経済学賞を狙っているのですか?

安田:あっ、「オチを言われちゃった」という感じなんですけど。

(会場笑)

浜田:生き急いじゃっている感じですみません(笑)。

安田:経済学賞は、ほかの自然科学と比べると長いこともらえないんですね。若いころに書いた論文が20〜30年経ってからもらえる。

それはなぜかというと、簡単に実験ができるような話でもないので、時の試練に耐えて、多くの専門家たちが「この考え方はすばらしかった」となるには、20~30年かかるんですよ。

となると、賞をもらう人も高齢の方が多くなってくる。60歳以下でもらうことは、ほとんどないんですよ。この本を読んで「ああ、寿命が100歳だ」と。今までは「経済学賞をもらうためには、80歳まで生きられたとしても、50歳くらいまでには論文を書かないとやばいかな」と思ったけど、「100歳までだったら、論文を60〜70歳までがんばれるかな」が1点(笑)。今のは半分冗談ですけど。

浜田:いやいや、本気で狙ってくださいね、ちゃんと。

安田:はい(笑)。僕は4歳の息子がいるんですね。彼は2012年生まれなので、この本の推計が正しいとすると、100歳以上はほぼ間違いなく生きる。そうなったとき、僕の場合はある程度の実体がある・ないを含めて、もう資産を蓄積しているので、個人的にはそんなに。今までどおりやりたいことをやっていればいいんだろうと思うんですけど、息子に関しては、今後長い人生がある。

世のなかも変わっていくであろうときに、親としてどういうかたちで教育を受けさせる、あるいは「なにをすれば、彼のスイッチング・コストを下げられるかな」は、より深く考えるようになりましたね。

みなさんも具体的にできるスイッチング・コストを下げる方法があります。みなさんのなかには、iPhoneやAndroidのスマートフォンを持っている方が多いと思います。例えば、iPhoneを英語設定に切り替えてSiriを起動すると、英会話ができるんですよ。これから先、英語が重要になる。どうやったら英会話勉強できるのかを悩むと思うんですけど、たったそれだけのステップで、簡単に話し相手ができるんですよ。

浜田:コストゼロですね。

安田:コストゼロですよ。知っている・知らないかで、今すぐできるようなことはたくさんある。YouTubeを立ち上げれば、無料で聴けるTEDのトークなど、いくらでも転がっているわけですよね。やる、やらないは本当に些細なことなんだけど、それが20年後、30年後、自分の子供にまで影響を与えることを、せっかく今日みなさんにお話ししたかったんです。