人はなぜ「告白」を恐れるのか?
一歩を踏み出す勇気を持つための3つの原則

Coming out of your closet #1/2

愛の告白や明かしにくい過去の話など、言いづらいことを言わなければならない瞬間は誰にでもあります。その壁を乗り越えた性的マイノリティのアッシュ・ベッカム氏が、自身の経験を元に、カミングアウトがしやすくなる3つの心構えを伝授しました。(TEDxBoulder 2013 より)

勇気を振り絞って告白した「言いづらいこと」

アッシュ・ベッカム:今晩、皆さんに「カミングアウト」についてお話ししたいと思います。いわゆる「ゲイであることを打ち明ける」ことだけがカミングアウトではありません。

誰にでも、心の隠れ家に秘めていることがあります。初めての愛の告白や、「赤ちゃんができたの」と打ち明けたり、ガンであることを告げたりなど、人生の中でさまざまな言いにくい告白をするものです。心の中にしまいこんでいるのは、どれも言いにくい話です。抱えている悩みはさまざまですが、隠れ家から外へ踏み出す経験は誰にでも共通しています。恐ろしいし、気が進まないけれども、しなければならないのです。

数年前、私はサウスサイド・ウォールナット・カフェという地元の食堂で働いていました。

そこで働いていた間、私は"攻撃的なレズビアン"という段階を経験しました。脇毛は剃らず、社会派ミュージシャン、アーニー・ディフランコ(米の女性シンガーソングライター 社会的な題材を多く歌う)の歌詞を信条としていました。ダブダブのカーゴ・パンツを履いて、頭を剃っていたので、よく幼い子どもから聞かれました。「ねえ、男なの? 女なの?」。

その瞬間、テーブルには気まずい沈黙が流れ、私は歯を食いしばり、コーヒーポットを握る手にグッと力を込め、父親は決まり悪そうに新聞をめくり、母親はその子を怖い目つきでにらむのです。私は何も言いませんでしたが、はらわたが煮え繰り返る思いでした。そのうちに、3~10歳の子どもがいるテーブルに行く時には、いつでも闘う準備を整えるようになりました。

(会場笑)

どうしようもない気持ちでした。「今度こそ、何か言おう」と心に誓いました。言いにくい告白をするんだ、と。数週間後、再びその時がやってきました。

「男なの? 女なの?」。いつもの沈黙が流れましたが、今度は私は心を決めていました。ここで女性学入門の講義をぶってやろう、と。著名なフェミニストのベティー・フリードマンやグロリア・スタイネムの言葉で理論武装し、『ヴァギナ・モノローグス』の台詞まで用意していました。

いざ、深呼吸して見下ろすと、私をじっと見つめていたのは、ピンクのワンピース姿の4歳の女の子だったのです。フェミニスト論議で闘いを挑む相手ではなく、ただの子どもが「男? それとも女?」なのか、知りたがっていただけでした。私はもう一度深呼吸して、その子の横にしゃがみこんで言いました。

「そうだね、ちょっとわかりづらいよね。男みたいに短い髪だし、服も男物だし。これでも女だよ。ほら、ピンクのワンピースを着たいときもあれば、ゆったりパジャマを着たいときもあるよね。私はゆったりパジャマ派なの」

その子は驚きもせず、じっと私の目をまともに見て、言ったんです。「私が好きなパジャマは紫でお魚さんがついてるの。ねえ、パンケーキちょうだい」。それだけのことでした。「なんだ、女の人だったんだ。あのパンケーキ食べたいな」。

(会場笑)

こんなに言いやすい「言いにくい告白」は初めてです。どうしてでしょう? このパンケーキ少女と私は、互いに本音で語り合ったからです。

"隠れ家"に自分を追い込まないために

皆さんと同じように、私もこれまで何度も隠れ家に身を潜めてきました。私の隠れ家の扉は虹色(LGBT/性的マイノリティの象徴)でしたが、中は真っ暗闇で、壁の色などわかりません。わかるのは、閉じこもって生きることのつらさだけ。結局、私の隠れ家の体験は皆さんの体験と変わりません。

もちろん、私のほうが皆さんよりもつらいと思う理由はいくらでもありますが、つらさは相対的なものではありません、つらいものはつらいのです。破産したんだ、と告げるほうが、浮気を打ち明けるよりもつらいと言えるでしょうか? ゲイであるとカミングアウトするほうが、5歳の子どもに「離婚することになった」と告げるよりもつらいことでしょうか?

どちらのほうがつらいか、ではなく、ただつらいのです。他人と比較して、気が楽になったり落ち込むのはやめて、「みんなつらいんだ」と共感すればいいんです。

誰もが、人生において隠れ家に身を置くことがあります。そうすれば安全だと思うかもしれません。少なくとも、扉の外の世界よりは安全だと思うでしょう。でも、ここで皆さんに申し上げたいのは、扉が何でできていようが、隠れ家はあなたが居るべき場所ではないのです。

(会場拍手)

どんな原因からくるストレスも、症状は同じ

ありがとう。扉を開けて隠れ家から外に出ること、つまり言いにくい告白をすることが、どうしてそんなにつらいのでしょう。それはストレスが大きいからです。

相手の反応をすごく心配しているからです。それももっともです。怒ったらどうしよう? 悲しむだろうか? がっかりしたら? 友達や、親や、恋人を失ってしまうだろうか? 打ち明けるのはストレスが溜まります。なので、ここでストレスをやっつけてしまいましょう。

ストレスとは、身体に起こる自然の反応です。脅威を知覚したら……キーワードは「知覚したら」です。視床下部が警告を発し、アドレナリンとコルチゾールが一気に血液中に放出されます。

これは「闘争・逃走反応」と呼ばれています。私たちは闘うこともあれば、逃げることもあります。きわめてノーマルな反応で、人間が毛むくじゃらのマンモスに追いかけられた時代からあるものです。

問題なのは、毛むくじゃらのマンモスに追いかけられようが、

パソコンがクラッシュしようが、

義理の両親が突然家にやって来ようが、

今まさに飛行機からダイビングしようとするところでも、

大事な人に脳腫瘍があることを告げようが、私たちの視床下部には、見分けがつかないことです。

違いは、マンモスに追いかけられるのは、たったの10分間ぐらいかもしれませんが、心に悩みを抱えている状態は何年も続き、身体はそれに対処できないことなのです。

絶えずアドレナリンとコルチゾールに晒されていると、身体のあらゆるシステムが乱れて、不安や鬱病、心臓病やその他の症状につながるのです。打ち明けないでいること、本当の自分を隠して生きることは、手の中に手りゅう弾を握っているのと同じです。

姉の結婚式で起こった「世界をひっくり返す」経験

20年前の自分を思い浮かべてみてください。私は髪をポニーテールにし、ストラップレスドレスを着て、ハイヒールを履いていました。カフェにたまたま入って来た4歳児に闘いを挑むような、攻撃的なレズビアンではなかったのです。恐怖に凍り付き、隠れ家の真っ暗な片隅にうずくまり、レズビアンという手りゅう弾を握りしめていたのです。筋肉をほんの少し動かすのも、恐怖心との闘いでした。家族や友人、赤の他人さえも失望させたくない、その一心で私は生きていたのです。

今では私は世界をひっくり返しました。それもわざと。みんなが長い間従ってきた筋書は焼き払いました。だって、手の中の手りゅう榴弾を投げなければ、自分が死んでしまうのです。

手りゅう弾を投げた中で最も印象深い思い出は、姉の結婚式でした。私がレズビアンであることを多くの出席者が知っている、というのは初めてでした。私は、花嫁付き添い人の義務を果たすため、黒いドレスにヒール姿でテーブルを周り、最後に両親の友人たちのテーブルにたどり着きました。私を長年知っている人々です。世間話の後、一人の女性が大声で言いました。

「私、ネイサン・レイン(ゲイの俳優)大好きよ!」

その途端、「ゲイフレンドリー度」競争が始まりました。

「アッシュ、(ゲイタウンで有名な)カストロ通りには行ったことはある?」「ええ、まあ、サンフランシスコに友だちがいるので」「私たちまだ行ってないけど、素晴らしいところらしいわね!」

「アッシュ、私の行きつけの美容師アントニオは知っているかしら? 腕利きよ。カノジョがいるという話は聞いたことないわ」「アッシュ、好きなTVドラマは? うちが好きなのは『ふたりは友達? ウィル&グレイス』よ。好きなキャラクター? もちろんジャックよ、ジャックの大ファンなの」

しまいに、ある女性が何と言っていいか困って、私はあなたの味方、と伝えたくて、こう口走ったのです。「ねえ、うちの主人も時々ピンクのシャツを着てるわ!」。

その時、私には選択肢が2つありました。手りゅう弾を投げようと思う人なら、みんな同じ経験をするはずです。ガールフレンドとゲイ友達のいるテーブルに戻って、両親の友人たちの反応をあざ笑い、「世間知らずだ」「ゲイに対して"政治的に正しい"態度もとれないのか」と非難することもできたでしょう。

一方で、彼らに共感し、おそらく非常に勇気のいる経験だったかもしれない、と理解を示すこともできました。会話の糸口を見つけ、話をしてみることは、彼らにとっても隠れ家から出る体験だったのです。

彼らの至らぬ点を指摘することは簡単なことでしょう。でも、彼らの立場に立って「努力してくれたんだ」と認めることはもっと難しいのです。結局、相手に求められることは努力だけなのですから。

偽らない、率直に言う、悪びれない

本音で語り合いたかったら、自分をさらけ出さなければなりません。今でも打ち明け話は苦手です。私のかつてのデート相手に聞いてみればわかるでしょう。これでも、ちょっとはうまくなりました。私が「パンケーキ少女3原則」と名付けたルールをご紹介します。ゲイの視点で語ってはいますが、心の隠れ家から出てくる経験は誰でも同じはずです。

原則その1は、自分を偽らないこと。鎧を脱ぎ捨てて、ありのままの自分になること。あのカフェの女の子は丸腰だったのに、私は闘う準備をしていました。視床下部の異常です。本音で語り合いたかったら、相手に自分も生身の人間だと知らせるべきです。

原則その2は、率直に言うこと。絆創膏をひと思いにはがすのと同じです。ゲイであるなら、はっきりそう言いましょう。「ゲイかもしれない」と言われると、親は「いつかは変わるかも」という期待を抱いてしまいます。誤った希望を与えてはいけません。

(会場笑)

原則その3、これが一番大事ですが、悪びれないこと。

(会場拍手)

自分の真実を語っているのだから、謝る必要はありません。ここに至るまでに誰かを傷つけたかもしれません。それはそうです。自分のしたことには謝るべきです。でも、自分のあり方を謝る必要はありません。

もちろん、がっかりする人はいるでしょう。でも、それはその人たちの勝手で、あなたのせいではありません。向こうが勝手にあなたに期待していたからで、あなたが期待させたわけではないのです。彼らが描くストーリーであって、あなたのストーリーではありません。大事なのはただ一つ、あなたが描きたいストーリーだけです。

もしもこの先、手りゅう弾を抱えて、真っ暗な隠れ家に身を潜めるようなことがあれば、「誰でも同じ経験をしてきたんだ」と思い出してください。決して一人ぼっちではありません。

確かにつらいでしょうが、あなたの居場所は壁の外側にあるのです。みんな隠れ家の中で、誰か勇気を出して扉を開けないかと、鍵穴からじっと見つめているのです。外の世界へ踏み出すのはあなたです。世に示しましょう。扉の向こうには大きな世界が広がっていることを。隠れ家はあなたが居るべき場所でないのだと。

会場にいらっしゃったボルダーの皆さん、ありがとうございました。楽しい夜を。

<続きは近日公開>

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1 人はなぜ「告白」を恐れるのか? 一歩を踏み出す勇気を持つための3つの原則
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