ミトコンドリアDNAとは

ハンク・グリーン氏:人間の繁殖の背景にある原則は非常に単純です。みなさん聞いたことがあるかもしれませんが、お母さんからの卵細胞とお父さんからの精子細胞がそれぞれ遺伝子素材を半分ずつ提供して、みなさんのゲノムを構成するDNAの23対の染色体を完成させているんですよね。

これがみなさんを特別なものにする遺伝的指令一式です。

ところが、ミトコンドリアDNAと呼ばれる完全に別の遺伝的指令がみなさんの細胞のなかにもう一式存在するのです。

不妊治療の一環として、ミトコンドリアDNAを第三者が提供できる場合もあります。

私たちのゲノムは20,000以上の個々の遺伝子をコード化しています。

それらが組み合わさって、私たちの見た目や病気にどう反応するか、そして体内における個別細胞への動力供給なんかを決定しているんですね。その種のDNAは私たちの細胞核のなかに染色体というかたちで格納されています。

細胞の中にはミトコンドリアと呼ばれる構造があって、それは主に食べ物からのエネルギーを細胞エネルギーに変える役割を請け負っているため、細胞の発電所としても知られています。

しかし、ミトコンドリアはそれ自身のゲノムすべてを持っていて、その37の遺伝子はすべてみなさんの母親からもらったものなのです。受精した直後に、精子細胞のミトコンドリアDNAは使えなくなるんですよ。だからミトコンドリアDNAは母親から受け継がれたものだけなのです。

でも、いいですか? そもそもなぜ私たちはミトコンドリアDNAを持っているのでしょう?

ミトコンドリアDNAの特徴

内部共生説として知られるものによると、ミトコンドリアはもともと環状DNAについていたバクテリアが最初です。

最終的にバクテリアはより複雑な細胞に食べられるのですが、その複雑な細胞というのはいわゆる真核生物を形成していたものです。

この新しいバクテリアDNAは、真核細胞が健康に育つためのよい環境を手に入れるために、そのエネルギーを管理することを助けるという点において役立つことがわかりました。

長年に渡ってミトコンドリアDNAはそれほど大きく変化していないため、科学者たちはミトコンドリアDNAを使って進化の過程から重要な遺伝的情報を得ることができるのです。

科学者たちはミトコンドリアDNAを使って、飼い犬からオオカミの祖先までたどり、またネアンデルタール人と人間の異種交配の証拠さえ見つけました。

しかしミトコンドリアDNAには長年に渡ってあまり変化がないため、特定の遺伝子の突然変異が珍しくも衝撃的な病気を引き起こすこともあるのです。

例えば、LHONは失明を引き起こす病気です。それからピアソン病などもあります。膵臓の障害や貧血を引き起こしたり、糖尿病の原因にもなったりするものです。そしてリー脳症は、運動機能や精神機能の喪失につながる神経障害です。

ミトコンドリアDNAの突然変異は、糖尿病やアルツハイマー病、パーキンソン病のようなもっと有名な病気にも関係しています。もし女性のミトコンドリアDNAに病気を引き起こすような突然変異が起こったら、彼女がそれについてできることはあまりありません。

でもそれらの突然変異が自分の子どもたちに受け継がれないようにする方法はあります。それは「ミトコンドリアDNA提供」で、それを行えば彼女のミトコンドリアDNAをドナーの健康なDNAと交換することができます。もし彼女が不妊問題を引き起こすような突然変異を抱えている場合、ミトコンドリアDNA提供は不妊治療としても有効ですね。

ミトコンドリアDNA提供の安全性

この細胞質移植と呼ばれるものを行うための一番最初の方法は、1997年に開発されました。

それは、細胞核以外のすべての細胞の構成要素である細胞質を健康なドナーの卵子から取り除き、体外受精の前にそれを母親の卵子に挿入するという作業です。2015年には、ミトコンドリアDNA移植にあと2つの技術が開発されました。

1つは紡錘体移植と呼ばれるもので、細胞質移植とはある種逆のものですね。つまり、母親の卵子の核が健康なドナーの卵子に挿入され、それから精子との体外受精が行われるというわけです。

そして前核移植というのもあって、それはすでに受精した卵子の核が健康なドナーの卵子に移植され、それがさらに母親の子宮に移植されるというものです。

ミトコンドリアDNAのドナーを入れると、遺伝子検査で3人の親が確認され得ることになります。だからこの方法で妊娠した赤ちゃんを「3人の親を持つ赤ちゃん」と呼ぶ人もいるんだ。

それ自体はそんなに大したことじゃないと思いますが。

でも人間の肧を含む新しい医療によくあることですが、わかっていないことがたくさんあります。将来的に3人の親の遺伝子から生まれることから来る複雑な事態があるかもしれませんね。

今日では、ミトコンドリアDNAを提供してもらったという人は少しはいますが、でもほんの少しです。総合的な研究を行うには十分ではありません。でもこれをほかの動物でテストすることはできますよね。

あるマウスの研究では、提供されたミトコンドリアDNAが母親のミトコンドリアDNAと合わなかったとき、細胞の老化促進や代謝異常、肥満などを引き起こしています。

その赤ちゃんが若いときには健康に見えたのですが、年をとるにつれてより多くの問題が起こったようです。

そしてミトコンドリアDNAは各世代であまり変わらないため、遺伝的な不一致から来る複雑な事態は最終的にその子の将来の子どもたちにも受け継がれてしまいます。

でもまあ、それらはマウスの実験です。同系交配のマウスだということがそういった実験結果に影響したとも考えられます。似たようなことが人間にも起こるかどうかはわかりません。

でももし起こるとしたら、ピッタリ合うドナーを見つけることが重要になりますね。輸血や臓器移植のときと同じように。だから、私たちはミトコンドリアDNAの提供に関する潜在的なリスクについて、まだたくさん学ばなければならないのです。

でもそれは母親が多くの損害を引き起こす可能性を持つ突然変異を受け継がないために取り得る有効な手段であって、いくつかのケースにおいては、それが生物学上の子どもを持つことができる唯一の方法かもしれません。

そしてこれはすべて数十億年前にある細胞がたまたまいくつかのバクテリアをムシャムシャ食べてしまったせいなのです。そしてそいつらは私たちのなかで永遠に生き続けたのですよ!