マーケティング4.0は松下幸之助の理念に近い?

江端浩人氏(以下、江端):では、パネルディスカッションのテーマについて。自己紹介は今、終わったんですけれど、世界平和というテーマにいきなり入る前に、そもそもマーケティングにはどういう役割があるのかとか。マーケティング4.0、この会の趣旨がありますので、そこに簡単に触れていきたいと思います。

徳力さんは、マーケティング4.0みたいなアンバサダープログラムをやってらっしゃいますけれど、そこの進展というのは最近どんな感じですか?

徳力基彦氏(以下、徳力):そうですね、個人的な印象なんですけれど「マーケティング」という単語をふつうに聞くと、「宣伝」や「広告」と直接イメージが紐付く人が一般的には多いと思うんですよね。なんかこう、ノイズ的な。

どちらかというと、マーケティング4.0とか3.0というのは真逆で、企業の行動で示すみたいなことですよね。今までは、「うちの会社はこうです」というイメージを、「いいでしょ。かっこいいでしょ。きれいでしょ。すごいでしょ」って広告を通じて宣伝していたのが、どちらかというと行動を通じて背中で語るほうになってきている気がするんですよね。

さっきのコカ・コーラの動画もそうですし、ネスカフェアンバサダーをやっている津田(匡保)さんを見ていても、コーヒーのよさ、コーヒーによってコミュニティが作られるんだというのを、自らがコミュニティの中心になって体現していくことによって、周りの人たちが「ああ、自分たちもこういうふうにコミュニティを作ればいいんだ」と学んでいくみたいな。

そういう意味では、いわゆる昔思っていた「マーケティング」という言葉と、4.0のマーケティングはかなり違う気がするんですよね。個人的に思っているのは、実は、日本企業って昔は、みんなこっち側だったんじゃないかなって思っています。

「三方よし」とか、松下幸之助の水道哲学じゃないですけど、「企業自身が行動して社会を変えていくことによって日本をよくしていくんだ」みたいな。

けっこうベーシックなところは、次元としてはマーケティングという言葉で1.0から2.0、3.0と次元が上がっていってるんですけど、実はけっこう人間の根本的なところに戻ってきているんじゃないかなというのが個人的な印象ですね。

去年ワールド・マーケティング・サミットで話を聞いていても、個人的にはそんな印象を受けています。

マーケターはストレスフルな仕事?

江端:徳力さんはBtoCが多いと思うんですけど、BtoBでもマーケティングという言葉が使われだしたのは最近なんですかね? 庭山さんの印象的には。

庭山一郎氏(以下、庭山):日本では本当にたぶん最近だと思うんですけど、アメリカではずっと前からなんですよね。マーケティング1.0、2.0、3.0と来てるんですけど、僕、コトラーさんにはたいへん申し訳ないんですけど、最初そういうソーシャルとか言い始めたタイミングで思ったのは「コトラーさん、ちょっと逃げたな」と、正直思ったんですよ。

江端:ぜひその質問を(本人に)ぶつけてみたい(笑)。

庭山:それは困るんですけど(笑)。

徳力:「コトラーさん、逃げましたね?」って(笑)。

(会場笑)

庭山:なぜかというと、例えばアメリカのCMOって、いま平均在任期間がもう2年切ってるんですね。それで、その理由を聞いてみたら、ROMI(マーケティング投資回収率)を2年連続達成したら、ほぼ例外なくヘッドハントされる。2年続けて落としたら、ほぼ例外なくクビになる、と。

徳力:良くてもも悪くてもいなくなると(笑)。

庭山:だから、本当に今でもそうなんですけど、アメリカに行って話をすると「ところでお前、週に何回ぐらいセラピー行ってるの?」って言われたりするんですね。

「いやいや、行ってないよ」と言うと、「えっ、だってお前マーケティングエージェンシーの社長でもあり、お客様からもマーケティングを請け負って、ROMIで評価されてるんじゃないの?」と言うから「そうだよ」って答えたら、「それでセラピストいないの?」って。

山口有希子氏(以下、山口):ストレスフルなんですね。

庭山:ストレスフルなんですよ。だから本当に申しわけないんだけど、その世界で僕は、世界平和を聞いたことがないんですよ。なので、今日はちょっと重たいなと思っていて。

僕は、コトラーさんと話したことないんで、ぶつけられても困るんですけど、たぶんコトラーさんは自分がまいた種が、アメリカというワイルドな土壌で育ちすぎて、みんなお金もうけ、どう売るかってところに行きすぎて、「参ったなあ」と思ったので、それで反対の方向に種をまいて、でも育ちゃあしないという、そんな感じがものすごく失礼な言い方するとしています。

まだまだチャレンジングなマーケティング4.0

山口:コトラーさんのなかでも「デ・マーケティング」みたいな話もありましたよね。私のなかでマーケティング4.0って、自己実現のマーケティングということなんですけど、そこってなんとなく私のほうではまだぼやっとしているイメージなんですね。

それで、マーケティング3.0、企業のなかでより高次元の目的を持って、企業としての存在意義も考えた上で、世界をよりよくする。私の中でブランドパーパスとかと重なってくるんですけど、そこはすごく(腹に)落ちるんですよ。それで、「Making the world better」をするために、どういう活動をしていくかというのが私のなかでも実践する活動の1つなのかなと思うんですけれど。

かたや、やっぱり日本という国を見てみた時に、マーケティング3.0の、会社としての崇高な目標みたいなものをポジショニングをして、それを実際に、セールスでもマーケティングでも、いろんな部門に落とし込んで、その企業体として運営できているところって、まだまだなかなかチャレンジングじゃないかなという感じがしています。

その、3.0でもまだチャレンジングで、4.0になって、また世界平和となると、またすごくチャレンジングだなと(笑)、思いながら考えておりました。

江端:そうですね。4.0は自己実現なので、自分をどうやって実現するか。会社も自分の持っているミッションをどうやって実現するかということもあると思います。

ですけど、先ほど藤井さんもおっしゃっていただいたように、3.0みたいなほうが実は効くんじゃないかと。4番のテーマにもクロスしちゃいますけど、そのあたりを専門にやってる本田さんは、どんな感じですか。ミスター3.0として。

“ミスター3.0”本田氏の見解

本田哲也氏(以下、本田):いきなりこの壇上でミスター3.0(笑)。でも間違いなく、今パーパスオリエンテッドという話も出ましたが、企業が「売らんかな」という姿勢だけ見せてちゃダメだね、と。徳力さんの話ともかぶりますけれど、そういうのだけじゃ買わない。身も蓋もないですけれど、支持しないということもこの10年ぐらいで広まってきたわけですから。

だから、非営利か営利かということもありますけれど、営利的に考えても、やっぱり売れなきゃしょうがない。振り向いてもらわなきゃしょうがないというところに立ち戻った時に、なにを言えば振り向いてくれるか。そういう時に、社会的な観点だとか、企業の貢献というところで「いいね」ってなる生活者が増えたというのはあると思うんです。

世界の平和も大事なんですけど、もっと家庭の平和とか(笑)、会社のなかの平和のほうが目の前の問題として目がいっちゃいますよね。身近なところでいろいろ紛争起きてますからね(笑)。

まず身辺穏やかにというところで、そういうところに興味がいってしまいますが。平和学は門外漢なんですけど、なんでそれが起きているのかというところを分解していったときに、なぜ平和じゃない状況になっているのかとか、なにが、どういう力学が働いて平和が維持されているのかとか。

やっぱり物事の事象というのは(平和ななかでもいろいろと)こう、あるわけですね。複雑系なので難しいんですけど。

となったときに、それはまさにマーケティングの領域です。とくに最近の難しい消費者を動かしている話からすると、「貢献できるところはあるはずだ」と。でもブレークダウンした時に「これはやはり貢献できない」ということも絶対あるでしょうね。

「売り上げはすべてを癒す」土台としての1.0

江端:でも、3.0のほうが……。

本田:ミスター3.0として言うと(笑)、パーフェクトじゃないですよ。パーフェクトじゃないですけど、あまり言うとポジショントークになっちゃいますけど、売らんかなの広告メッセージよりも戦略PR的な、ちょっと広げて社会的な意義を伝えてあげて消費行動が起こるというのは、やはりこの目で見てきましたけど、あるんですよね。

だから、3.0は実践している身としても非常に腹落ちしているんです。

江端:1.0、2.0、3.0、4.0といろいろありますけど、どれか1つだけやってるわけじゃないですよね。その企業なりマーケティングで。その組み合わせで「4.0なんだけれども3.0」とか、そもそも1.0のところはベースとして押さえておかないと伝わらないみたいなところがあるので。

どうやって組み合わせていくかというのが、ものによって違うのかなと思うんですが、その辺はどうでしょうね。

庭山:これも僕の解釈なんですけど、世の中一般的にみると時代の流れで1.0、2.0、3.0というふうに、(直線上に並べるような)解釈があるのかもわからないんですけど、僕は積層だと思っています。

よくあるんですけど、「売上はすべてを癒やす」ということわざがあるんですね。つまり、どんなに会社がガタガタしていようが、いろんな問題があろうが、結局売上が上がって目標が達成されれば、実はすべての問題が解決しちゃうみたいな。

逆に言うと、やはりメセナとかCSRとか、ドネーションも含めてすごく大事なんですけど、「原資はなによ?」と言ったらやはり売上であり利益であり。じゃあ、1.0を無視してたら3.0ってできないじゃんということもあります。

だから僕はたぶん、積層だと思っていて、僕はその地べたにいるので、はるか高みを見て「3か4か」って思ってるんですけど、BtoBの場合はもちろん、これは完全な分業なんですね。CSRもあれば、山口さんみたいにそういう高いところでやる場合もあるんですけど、僕らみたいなそのための原資を日々稼ぐみたいな。

山口:どっちもやってます。

庭山:という感じで見ています。

江端:(山口氏に)そんなにストレスフルじゃなさそうですよね。

山口:えっ……。ストレスフル、じゃないですよ(笑)。楽しくやってます。

企業理念がないと4.0の実施は不可能

本田:今のポイントで1つだけ。すごく大事なポイントだと思って。

積み上がりですよね。3.0的なというか、戦略PR的立場から言っても、けっこう我々、こう最初にクライアントさんとやるときもアドバイスしたりコンサルしたりするのって、「なんでもいいから社会的なことをやりましょう」とかじゃないわけです。

それは御社のビジネスの根幹とか、あと、この商品がなんでいいんですかというところと、社会課題みたいなのをつなげる話なんですよ。だから「三方よし」じゃないですけど、それでいいイメージも付くかもしれないけど、モノも売れるという。

そんな簡単なことじゃないですけど、そういう理屈を作っていくってことですから。ですから、まさに1、2、3って、リニアにいっているんじゃなくて、積み上がっているってことだと思うんですよね。

山口:その積み上がりのなかに、絶対に企業としてのコアみたいな、本当に重要な考え方とかが一貫して通ってなきゃいけないんですよね。そうしないと、3のつもりでも実は「なんちゃって3」みたいな……。

徳力:だから僕は、積層の積み上がりの順番が逆だと思うんですよ。

江端:逆?

徳力:多分、企業のコアがしっかりしていないと4.0には行けないんですよ。だから、1.0が大事なのは間違いないんですけど、たぶん企業文化として、その3.0とか4.0に行けるような文化を持っていないと表面だけフリをしても無理だと思うんです。

例としていいかどうかはわからないんですけど、今回のPCデポさん(株式会社ピーシーデポコーポレーション)の騒動を見ていると、あれが、企業側のあるべきコアの理念の部分と実際の行動がズレてしまったケースだと思います。

本来は、「PCデポは年配の人たちもパソコンやインターネットを使えるようにすることをサポートする会社である」と考えると、すごく筋の通ったいい理念になるはずで、それを会社全体で体現していればああいうトラブルは起こらないはずなんです。

でも騒動を見てる限り、たぶん会社の雰囲気がノルマのほうに行きすぎちゃった結果、そのあるべき理念のところがズレて、手法や業績達成のほうが先になってしまっている可能性があって。

それによって業績は上がっていたのかもしれないけれど、騒動になったような行為が現場では発生していて、実はマーケティング3.0とか4.0に発展するベースになるような理念のところが会社の中で薄まっちゃっていたんだろうな、という印象があります。