引きこもっていた6年は無駄

田中俊之氏(以下、田中):もう1個次の話として、男爵、引きこもられていたときがあったという話なんですけど。新聞記者の方とかにインタビューされたときに、こういう言葉を言うとすごく嫌がられたと。

山田ルイ53世氏(以下、ルイ53世):そう。これもなんか反発があるみたいで。「6年間引きこもってましたわ」っていう話をさしていただくと、やっぱり記者の方って多少自分の思うてる結論っていうのがあるんです。インタビュアーの人って、大概ね。それはやっぱり、この世の中っていうのは、基本的には美談に仕上げたいんですね。

だから「あの6年があるから今の自分があるんです」みたいなことにしたいんですけど、僕はほんまにはっきりと、引きこもってた6年間は完全に無駄やと思うてます。

(会場笑)

ルイ53世:完全に人生をドブに捨ててると。普通に考えて、いっつも言わしてもろうてるんですけど、その間、友達ときゃっきゃ言って遊んだほうが絶対楽しいし、朝学校行って勉強したりとか、そういうことのほうが絶対充実してると思うんです。

だから無駄やと思うんですけど、「無駄です」って言うと、「そんなことを言うな」みたいなね。僕は別に自分のことを言うてるだけやから。

田中:変な話で、インタビューしに来て、本人がそう言っているのに「そんなこと言うな」って、謎ですよね。

(会場笑)

ルイ53世:僕もエゴサーチが過ぎるという悪いところもあるんですけど、そういうこと無駄やって言うと、生真面目に「じゃあ、すべての引きこもりが無駄なのか。そんなことはない」みたいなことを書いてる人がいるんです。

そんなに敏感に反応するってことは、自分が一番無駄やと思ってるんちゃうかなとか思ったりもね。大概よう知りもせえへん芸能人のことを「性格悪そう、こいつ」って書く人のほうが、性格悪そうでしょ?

(会場笑)

ルイ53世:大概ね(笑)。だから、そうやって敏感に反応することあるんですけど、別にそれは、無駄でもいいじゃないかってことなんです。

田中:そうですよね。対談のときにもそのキーワードが出てきて、なるほどなと思ったのは、リセットが悪いというふうに思われているという。確かにここでリセットと思っちゃったほうが次に進めるのに、この経験を生かさなきゃとか、今まで積んできたものとかもそうですけど。

「東大に行ける」と言われた中1の三者面談

ルイ53世:それを裏返したら、主人公のことじゃないですけど、やっぱり正当化される自分じゃないと、正しい自分じゃないとあかんっていう圧が強すぎるんじゃないですか?

そこを無駄やって言ってドブに捨てましたわって言うたら、美談というかサクセス・ストーリーというか、がんばりましたっていう物語から外れる。それがやっぱり受け入れられない人が多いんじゃないですか?

田中:だから、今の話を聞いていると、本人にとってためになるかどうかよりも、聞いているほうが納得したいということが上回っちゃっている。そういう意味で言うと、逆に引きこもっている人とかに対してプレッシャーになる。つまり、今、現に引きこもっている人が「これを活かさなきゃ」とか「これがなにかにつながるんだ」って思っちゃったら、余計に辛いんです。

ルイ53世:いや、そうなんですよ。引きこもってる状態がなにかにつながることなんて、多分ほとんどないです。経験上ですけど。

田中:素直に無駄だよって言ってもらったほうが、「無駄か」と思って、リセットできる気はすごくするんですけどね。

ルイ53世:そう思いますよね。どこでもリセットしたらええのにと思いますけどね。

田中:男爵が行っていた中学校って、六甲学院っていう名門で。

ルイ53世:当時ね。今はそないやないって聞きますけどね。僕が通ってた当時はギリギリ、関西ではちょっと賢い学校みたいなニュアンスでは言われてました。

田中:中1のときは、三者面談で「山田くんは東大に行けます」って。

ルイ53世:言われてましたね、正直(笑)。

田中:つまり、それで芸人さんになってもいいわけですもんね。

ルイ53世:まあまあ。

田中:男爵のストーリー的に、六甲学院を出られて、東大に行かれて、芸人になるというコースだってあったわけで。

ルイ53世:今、いますからね。けっこうね。

田中:そうすると、クイズ番組とかに出られたり。

ルイ53世:(笑)。芸人なるときに、「クイズ番組出よう!」って漫才始めるやつって、あんまりいない。

田中:それもあれですか、さっき言っていた、「なった自分でやっていく」みたいなことですかね。

ルイ53世:そうですね。それは言うてもしょうがないです、運とか才能とか、努力する根気があるかないかとか、全部の結果ですから。それはしょうがないですよね。

1つのことに執着するとそれが足枷に

田中:いずれにしても、そういう経験を無駄とか言うとひどい、みたいなことがあるほうが、逆に生きづらさとか、社会の正しいストーリーしか許さないみたいなことだと、とくにはみ出ちゃった人からすると、きつい部分があるんじゃないかなと思いましたね。

そういうことから言うと、さっきのテレンス・リアルの話を言い換えて、『男が働かない、いいじゃないか!』という本のなかでも書いたんですけど、男性は立ち止まって、肩の力を抜いて、自分の心のなかを直視するべきだと。すぐ弱音吐いて、困難があれば簡単に諦めて、そんなこと恥ずかしくないと思うような。

人生長いんだから、いつも適当じゃ困るんですけど、そういう適当さも持ち合わせるってことが必要なんじゃないかなということを提言させていただいています。

男が働かない、いいじゃないか! (講談社+α新書)

それで男爵と対談したとき、「リセットをしてもいいんだ」という話を聞いたときに、やっぱりそうだろうなっていうか。1つのことに執着するっていいことだと思われがちですけれども、それが逆に足枷になってしまって、新しい展開ができないということって、仕事でも人生でも、友人関係でも夫婦関係でも、あると思うんですね。

ルイ53世:そうですね。そのことばっかり、終わってしまったことばっかり気にかかって、新しいことに着手できないとかね。そういうことあるでしょうから。ぜんぜん、ゼロにしたらいいと思いますよ、僕は。死ぬくらいならね。

田中:まさに、本当にそうですよね。男爵の今があるのも、そういうときもあったけど、生き延びてきたということで。

ルイ53世:なんとかかんとかね、細々と生き延びてきました。本当に。

田中:それはすごく大事なことなのかなと、僕も思います。とはいえ、僕と男爵の共通点というわけではないんですけど……。

ルイ53世:同い年っていうのはありますけど。

田中:同い年っていうのありますね、ジャンプとかすごく読んで育ってきた世代ですよね。

ルイ53世:僕らは『電影少女』の時代ですから。「ビデオガール」というね。

田中:『電影少女』っていうと知らない方のために言うととんでもない漫画で、モテない男の子がエッチなビデオ見ていると、女の子が画面から飛び出してきて。その子と暮らすという話ですね。

ルイ53世:そもそも、そのビデオ屋が、心がピュアなやつにしか見えないという(笑)。

田中:わけがわからないですよね(笑)。

(会場笑)

田中:「どういうことだ」と思いますよね。

2人の共通点は「尖る」

共通点は年齢もそうだし、「尖る」というか、僕の場合も、実際、男性学というのは前より注目されていて、なんで男性学やってるんですかっていうと。

インタビュー的な答えっていうのは、やっぱり普通の男性の生き方が1個しかないのがおかしくて。みんなが就職活動するときに、バンドやっていたやつとか、演劇やっていたやつとか、真面目なやつとかいたけど、みんなが同じ髪型同じ髪の色、同じスーツ着て就職するってみんながみんな言い出したときに、不思議だったと。それを、みんながどうしてそんなふうに思うのかを研究したいと思いました、という、インタビュー用の答えがあるんですけど。

ルイ53世:(笑)。喉ごしのええやつ。

田中:だから、「引きこもりの時代は無駄じゃない」みたいな話ですよ。実際に僕が男性学を始めたのは、大学院に進学したときに、大学の先生の数も、なりたい人の数となれる人の数が、けっこう違う業界なんですね。大学院に行っても、ほとんどの人が大学の先生になれないので。お前今のまんまじゃ絶対に埋もれるから、男性学やれよって。

バレーでも、当時ですけど、ビーチバレーみたいなのがあって、浅尾さんって人売れてんじゃんって。お前もジェンダーのなかでも男性学っていうのやったら、目立つから。

ルイ53世:あんま競争ないぞと。

田中:そうそう(笑)。だから、それやっとけよって言われて。

ルイ53世:その時を同じくして、僕もシルクハットかぶったんです。

田中:そうなんです。

(会場笑)

ルイ53世:(笑)。シンクロしてた!

田中:そうなんです、僕にとっての男性学はこれなんです。

ルイ53世:これなんですね。いや、満を持して出さなくていいです(笑)。これがドーンって出たからって、「あ、そうか!」ってなにもならないでしょ(笑)。

田中:この写真を出すときは、男爵普通の格好をしているという予定があったんです(笑)。

ルイ53世:そういうことやったんですね、すいません。

田中:いえいえ(笑)。

人と同じことをやらないのは怖かった

これって、後から思えばということなんですけど、ちょっとポジティブな話もしていくと、うまくいった部分があるわけですよね。

ルイ53世:そうですよね。結果こうなってるっていう。

田中:エッジをきかせるっていうことが。

だから、人と同じことをやらないのって、僕も怖かったですよ。男性学とかやって、最初は学会とかで発表すると、今から15年くらい前だと、「これからはそういう分野が大切ですよね」と、みんなが言ってるから、そうなんだと思ってたら、5年10年経ったときに、社交辞令だったって気付いたんです。

(会場笑)

田中:すごい期待されているって思って、みんなが「ほかの人はやらないけど、田中さんがそんなことやっていてすばらしい」って言っていて。

ルイ53世:言うてて、影で「あいつ男性学とかやってるで」とか思われてた(笑)。

田中:ちょっと心がピュアなほうなんで、気付かない(笑)。

ルイ53世:「あんなマイナーなやつやって」言うて(笑)。

田中:そうなんです。「負けだろう」って思われていたんですね。

ルイ53世:そういう人もいたでしょうね。

田中:でも、今結果的に見ると、ほかの仕事に就いてる友達とかもすごくいますから。男性学というのをやったということは、人と同じことをやらないっていうのは、怖いし、誰からも支持を得られないですけど、さっき言ったインタビュー用の理由は、やっていくなかで本当になっていったんですね。

確かに入り口は、先生が「それやれば目立つよ」ということだったんですけど、考えてみたら不思議で、男だからという理由で、みんなが就職していくんです。あまり疑問ももたずに。でも、就職すると言いますけど、昔は農業やっていたわけですけら、就職というシステムないわけじゃないですか。

具体的に言うと1950年代後半くらいだと、4割くらいの人しか雇われて働いてないんですよ。今は8割くらい。だから60年くらいかけて、働くというと会社で働くと思うじゃないですか、みんな。

ルイ53世:サラリーマンになるという。

田中:その常識って、ごく短期間に当たり前になっていったわけで、それをほかの人は興味持って研究してないけど、言われてみたら不思議で。掘りがいがあるし。たまたま今の社会状況ともフィットしたんですよね。

いくら大企業でも未来のことはわからない

それは男の人の給料が下がっていたり、製造業とかだって。シャープとかがあんなことになるなんてことは、ちょっとね。「目の付けどころがシャープだ」って言ってた10年くらい前までは絶好調で。

ルイ53世:目ぇ付けられてね。

(会場笑)

田中:すいません、笑っちゃいました(笑)。おもしろくて。

ルイ53世:いやまあ、それくらいのことは言いますよ。なんぼシルクハットかぶってても、それくらいのことは言います(笑)。

(会場笑)

田中:面と向かって聞いているとまた(笑)。

ルイ53世:なんやねん(笑)。なんの感動なんですか、それ。もう。

田中:あんなことになると思わなかったのが、製造業なんて軒並み大変じゃないですか。男爵が使われているVAIOだって、もうSONYから切り離されているんで。

ルイ53世:よう知っとんな。

(会場笑)

田中:そうですよね、ノートパソコン。

ルイ53世:そうですね、あれもう作んないでしょ?

田中:SONYから切り離されている。別会社でVAIOを作ってるわけですから。だから、いくら大企業でも未来のことはわからないですよね。

負けたときに出てくる道がある

さっきの結婚とかの話とリンクして言うと、男性だけが稼ぎ手でそれだけでやっていくというのは、非常に難しい。でも、男性が稼ぎ手で家族を養っていくというのが普通だよねっていう常識があって。つまり現実と常識がすごくミスマッチな状況で、僕からしたら、やっていてアホだと思われていた男性学は……。

ルイ53世:「あの男性学」って言われてね。

田中:そうそう(笑)。みんなが社交辞令で「これからは」って言ってくれた男性学が、社会のなかで通用してきたんですよね、急に。

ルイ53世:まさに今なんて、時代というか社会の現状とマッチしてることですよね。要するに、問題が出てきたということでしょうけど。

田中:いまは立て続けに、イースト・プレスさんとか講談社さんとか、祥伝社さんとか有名な出版社からお声がけいただいているわけですから(本を出して)。祥伝社さんについては小島慶子さんと対談させていただいているわけですから。

不自由な男たち その生きづらさは、どこから来るのか(祥伝社新書)

そういう本を出させていただく、僕からしたら5年10年前だったら、そういう有名どころの出版社から本を出せるというのは、ちょっと考えられなかったことなんです。

ルイ53世:僕の人生には起こらない。

田中:そう、新書が出せるとか思っていなかったので。だから、男性学の専門家になるという決断を自分がしたということ自体は、勇気のいることだし、誰からの支持も、本当にはされてなかったわけですけど、それを自分なりの関心を持って続けたことには意味があったのかなとは思うんですよね。

ルイ53世:やっぱりね、ちょっと負けたときに出てくる道っていうのはありますからね。僕もやっぱり普通に漫才をやってて、みなさんも多少若手お笑い芸人のネタとか見たこともちろんあると思うんですけど、やっぱり最初って、それこそこれ(シルクハット)になる前は、ライブシーンとか例えば『爆笑オンエアバトル』とかが全盛の時期やったんですけど。

だいたいね、とくに関西系の漫才師の方とかは、「どうもー」って出てきて、「いやー、ちっちゃいときいろんな遊びしましたけどね」みたいなやつとか、プロポーズの練習したりとかね。それこそ「娘さんください」とか言いにいったりとか。いわゆる定番のネタがあって、そういうのを精度高くするのがかっこええというか。

逆に言うたらそこの数ものすごいおんのに、そこから抜けだされへんみたいな状況やったんですよ。だからそんときにね、「貴族なろか」って言うたわけではないですけど。

(会場笑)

ルイ53世:徐々にシルクハットをかぶり髭をはやし、みたいなことをしてるとき、世間のみなさんは、「だんだんちょっと汚れた、本道ではないね。汚れたコスプレキャラ芸人になっていってるわ」というふうに見られてたかもしれませんけど。当時の気持ちを振り返ると、若干誇らしい気持ちもありましたよ、そこに。みんながせえへんことやんねんやっていうね、ここのルールから出れた感みたいなのありましたもん。

田中:それで完成して。

ルイ53世:結果、こうなりましたけど(笑)。

(会場笑)

「ワイングラスありきで計算しとんねん!」

田中:でも確かに、前にワイングラス持ってなかったら、髭男爵はつまんないんだみたいなことを言われて……。

ルイ53世:ネットかなにかで、それもエゴサーチをし過ぎた自分が悪いんですけど。

(会場笑)

ルイ53世:つい何ヵ月か前かな。「髭男爵のネタって」って、たぶん学祭か会社の集まりみたいなのでそういうのやろうみたいな話なったのかな。僕らの過去ネタをYouTubeかなんかで見たんでしょうね。練習かなんかしてたのかわかんないんですけど、「髭男爵のネタって、ワイングラスなしやったら、ぜんぜんおもしろくないね」みたいなこと、つぶやいてたんです。誰かが。

「こいつアホか!」と。「ワイングラスありきで計算しとんねん!」っていう気持ちがやっぱり、あるんですよ。ぜんぜん違うんです。こんなこと必死で言うの、めっちゃかっこ悪いんですけど(笑)。

(会場笑)

ルイ53世:「なんとかかーい」って言うあのテンポ感に合うように、文字数からなにから。言ったら、走り幅跳びとかの域なんですよ。ラリーの言葉のテンポ感、歩数ですよね。全部計算されたのがあれやのに、それは「ボールなしで野球やったらおもんない」って言うてるのと一緒やと。ワイングラスなかったらぜんぜんおもんないって、それは当たり前やねんと。ないんやったら、それ用の作るねんっていう。

これはそういう憤りがあったっていうだけの話ですけどね。

田中:そうやって、人と違うということを作っていかれたわけですよね、ひぐちさんと一緒に。衣装を着るとか、ワイングラス持つとか。「ルネッサーンス!」っていうフレーズとか。

ルイ53世:言ってみるとかね。それは、改めてなぞられると、ちょっと恥ずかしいですけど(笑)。

(会場笑)

田中:でも、その結果ですもんね。その結果、2008年。

ルイ53世:一度売れることができたということですよね。結果ね。