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2016年7月1日 講義「ヒトの認知機能と神経伝達物質」(全4記事)

記憶力がいいのは女、妬みが強いのは男--実験で明らかになった男女の違い

脳科学者の中野信子氏が、上智大学で「ヒトの認知機能と神経伝達物質」というテーマの講義を行いました。記憶や嫉妬についての男女の違いを解説します。

男女の記憶力の違い

中野信子氏:3番目いきましょう。「男性のほうが記憶力がいい」。○か×か?

聞いてみましょう。男性のほうが記憶力がいいと思う方?

(会場挙手)

少ないですね。1人かな。少ない。女性のほうが記憶力がいいと思う方?

(会場挙手)

圧倒的ですね。みなさん、実感していらっしゃるのかな? 男性のほうが記憶力がいいというのは×です。女性のほうがいいです。これは、やっぱり実感としてあるんですかね。エピソード記憶の実験をしてみると、女性のほうがよく覚えている。

記憶力には種類があります。短期記憶、中期記憶、長期記憶。その長期記憶も、「陳述記憶」と「非陳述記憶」の2種類に分けられるんです。

言語化できない記憶を「非陳述記憶」といいます。これは「手続き記憶」「プライミング」「条件反射」「慣れ」とありますけれども、なんとなくわかりますかね、体で覚えるというやつですね。

例えば、手続き記憶というのは、自転車の乗り方、泳ぎ方などが代表的です。あとはおもしろいところだと、円周率を覚えていらっしゃる方なんかいらっしゃるかしら。意味を考えながらというよりも、むしろ音と口で覚える。こういうのを非陳述記憶のうちの手続き記憶といいます。

さて、陳述記憶は、言語化できる記憶です。これにも2種類あります。エピソード記憶と意味記憶というのがあります。

意味記憶というのは、年号とか、受験時代にやったような、一夜漬けで覚えて忘れちゃうような、ああいう記憶です。

喧嘩をしないカップルというのは、なかなかないですよね。喧嘩をするときに、「現在」のことで揉めているのに、なぜか3ヵ月前のことの「こういうこと言ったよね」という話を蒸し返してくるとか、なんか昔の嫌な記憶も同時に蘇ってきてしまって、よりムカつく気持ちが高まってしまったり、ということが起こることがあります。

これ、男性にはあんまり起こらないんですね。女性のほうにやや顕著です。これは女性のほうが不安傾向が高いために、その情動が記憶を呼び覚ますので、そんなことが起こりやすい(笑)。

情動と記憶とは結びつきやすく、例えば嫌な気持ちになったりすると、嫌な気持ちに引っ張られて記憶も蘇ってしまうということがあります。

まあ、男性がそういうことをしないというのは、男性の人格が優れているわけではなくて(笑)、単に思い出せないんですね。不安な気持ちになりやすいかどうか、が関係しています。

試験の点数に寄与するのは、陳述記憶なんですね。言語化できる記憶だから、当然かもしれません。

陳述記憶のうち、エピソード記憶に関して、Nybergという人が実験をしています。どんな実験をしたのか知りたい人はリファレンスを引いてみて、論文を読んでみるのもいいかもしれない。この論文に書いてあります。「女性のほうが男性よりもできごとをよく覚えている」。

ただ、ここからは私の意見ですが、試験とかね、これから覚えていく機能が問われる年代のみなさんですから、「記憶力、いいほうがいいに決まっているじゃないか」と思うかもしれませんが、実は人間関係を良好に維持するためには忘れる機能のほうが大事、という場面もたくさんありますよね。

あとは、よりよく学ぶためには忘れる機能のほうが重要であるということを主張している研究者もいます。

「忘れるという機能が高いほうが、実は長い目で見ると学習効率が高まる」という、ちょっとトリッキーな実験をしている人たちです。

妬みは男性のほうが起きやすい

じゃあ次、4番、行きましょう。「妬みによるいじめは女性社会のほうが起きやすい」。どうでしょう? ○だと思う方?

(会場挙手)

これは、これから就職活動を経て、社会に出て行くみなさんに、とても重要な問題かもしれない。「いやいや、実は男性社会のほうが起きやすいんじゃないか」と思う方?

(会場挙手)

ちょっとはいらっしゃいますね。

これ、実は男性社会のほうが起きやすいと考えられるんです。ちょっと予想と違いましたかね。

「妬み」という感情にフォーカスしているというところがポイントです。男性のほうが、妬みを感じやすいと考えられているんです。

これは講演会でときどき話すことがあるんですけれども、だいたいみなさん「女性のほうが感じやすいよね」とお考えになってらっしゃいますが、「え。男でしょう。男のほうが妬みを感じやすいでしょう」とおっしゃった人たちが、2グループだけありました。

よっぽど、この2つのグループは、すごいんでしょうね。足の引っ張り合いが(笑)。

男性のほうが妬みを感じやすく、しかも、相手がダメージが受けたときの快感はより大きく感じます。女性と比べて。

どういう実験をしたか。A・B・C、3つのシナリオを用意して、被験者に提示します。

A、被験者と同性で、進路や人生の目標や趣味が共通である。同じ性別であって自分よりも上のものを持っている人、例えば、収入が高い。

あるいは「俺とあいつ、同期の入学、同期の入社なのに、あいつのほうがきれいな奥さんと結婚した」とか、「あいつのほうがいい車に乗っている」とか、「あいつのほうが成績がいい。なんでだ?」というような感じです。また「あいつのほうが社長と多く飲みに行っている」、そんな些細に見えることでも妬みの感情というのは起きることがあります。

で、Bのシナリオですね。これは同性じゃなくて異性の場合。異性の場合は妬みをより感じにくくなるのかということです。

Cのシナリオは、コントロール条件ですね。被験者と異性であって、進路や人生の目標や趣味もまったく異なるという人。その人に対して、どういう反応をするのか。

これを差し引きすることで、妬みの感情がどこで起こっているのかということを調べるんです。

「メシウマ」の感情はどこから生まれる?

これ、みなさんから見て、右側が前です。左側が後ろです。これは鼻を通る正中断面で切った図です。それを右側から見ている、そういう切断面の画像です。

この黄色で示された部分、緑の丸で囲ってある部分。この部分はACCという領域の一部分です。ACCは前帯状皮質といって、矛盾や葛藤があると活性化するような場所です。人が妬みを感じると、この部分の活動が活発になるということがわかりました。

妬みの強さの度合いというは、質問紙による調査では、Aのシナリオがもっとも高かった。Bのシナリオでは、つまりAとは性別だけが違う場合ですが、中程度。Cのコントロール条件の場合は、妬みの強さは0。とくに妬みは感じない。

そして、妬みの強さは、どうやらこのACCの活動と関係しているようなのです。

さらに、妬みを感じた相手がなにか失敗した、というシナリオを被験者に示します。例えば「『俺よりきれいな奥さんと結婚しやがって。むかつく』と思っていた、その人が離婚しました」というイベントが起きたというシナリオを読ませる。

そうすると、そういう「失敗した」ということが起こった場合、線条体、という領域が活動します。

線条体というのはなにをしているかというと、ごくざっくりいうと、快感を感じる場所です。で、妬んだ相手が失敗した時に快感を感じるというのは、つまり「あいつが痛い目にあって、メシがうまい」、人間の脳にはそういう機能が備わっているということが、画像からわかったということになります。

メシウマ感情というネットスラングがありますね。そういう感情の神経基盤がここです。

学術的には、このメシウマ感情は、シャーデンフロイデ(Schadenfreude)といいます。ドイツ語ですね。恥ずかしい喜びとか、そういう意味です。

この線条体の活動の程度は、Aのシナリオ、つまり自分と同性であって自分よりよいものをもっている人がなんらかの失敗をした、というときに、一番強くなっているということもわかりました。

そして、この部分の活動は男性でより顕著だったんです。

「男の人の嫉妬は怖い」といいますけれども、嫉妬というか妬みですが、男の人の方がより、相手が失敗したときに、喜びの度合いが強いということで、女性よりも根深い、黒いものを感じるなという経験的な知恵は、確かにその通りなのだなと納得もするわけです。

なんだかネガティブな内容ばっかりしゃべっているなという感じもしますが(笑)。ネガティブな感情を人間が持っていることの意味を考えるとき、そこに、生きるということ、生命の本質が現れているように、中野には思えるのです。なので、つい、ネガティブな側面に目が向いてしまう。

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