テレ朝を辞めたのはなぜ?
人気女子アナから転身、前田有紀の第2の人生

セカンドキャリアに幸あれ!! 前田有紀

サッカー解説者の玉乃淳氏と有志の大学生が「Football×Career」をテーマにサッカー関係者、経営者にアプローチする「たまじゅん部」。今回は、元テレビ朝日アナウンサーで、現在フラワーアーティストとして活動する前田有紀さんのインタビューを紹介します。※このログはTAMAJUN Journalの記事を転載したものに、ログミー編集部で見出し等を追加して作成しています。

元テレ朝アナウンサー・前田有紀のセカンドキャリア

クロル舞氏(以下、クロル):大学では、どのようなことを学んでいたのですか?

前田有紀氏(以下、前田):まず私はスポーツがすごく好きで、大学ではラクロス部に入っていたんです。なのでその練習が大学生活中心でしたね。SFCでの思い出というとインドネシア語でしょうか。今もインドネシア語の授業ってありますか?

舛田桃香氏(以下、舛田):はい、あります!

前田:あーよかった(笑)。周りのみんなが英語とか中国語とか、ビジネスに使える言語を専攻するなかで、始めはインドネシア語というのがすこしマイナーなものに感じていたんです。でも一度先生にお会いしてみたら、インドネシア語の音の響きがすごく好きになってしまって、それでずっと専攻していましたね。

舛田:いま、(インドネシア語で)自己紹介はできたりしますか?(笑)。

前田:いや、今は忘れちゃったんですけれど(笑)、当時はインドネシア語を勉強したくて、アルバイトもインドネシア料理屋さんでしていました。従業員の方がインドネシアの方で、一緒に話す中で勉強しながら働いていたりなんかして。だから食べ物の名前はすごくよく覚えているんです、ナシゴレンとか、アヤムゴレンとか。

インドネシア語って覚えるのがすごく簡単なようにできているんですね。というのもインドネシアはほんとにたくさんの島からなっていて、いろんな言語を使う人たちがいるから、その共通語のインドネシア語はわかりやすくしようというのがテーマだったみたいです。日本人の私にもすごく覚えやすくて、食べ物の話とかしながらどんどん覚えていきましたね。

クロル:ラクロス部に入ったのは、もともとラクロスには興味があったからですか?

前田:もともと新しいことをするのがすごく好きで、スポーツ全般も好きだったので、大学も新しい学校に行きたかったし、ラクロスも大学から始める人がたくさんいるんです。そういった点で新しいチャレンジっていう感じがすごくしたのでラクロス部に入りました。

『やべっちFC』とともに成長した10年間

舛田:『やべっちFC』に10年間出演されていましたが、もともとサッカーに興味があったわけではないのですか?

前田:そうなんです、実はサッカーのことはぜんぜんわからなくて(笑)。スポーツは好きだったんですけれど、始めはJリーグのチームに何があるかもまったく知らない状態で。そんな状態でいきなりサッカー番組を担当することになって、猛勉強でしたね。

舛田:どのように勉強されたのでしょうか?

前田:選手名鑑をいつも手にして、通勤のときとかずーっと読んでいましたね。スポーツ新聞を何種類も買って毎日読んだりとか、生活がもうサッカー漬けになりました。

舛田:でももともとスポーツが好きだと、知識も入ってきやすかったのではないですか?

前田:そうですね、確かに覚えるのは早かったかもしれません。でも勉強も大事なんですけど、現場に行くことがすごくすごく大事なんです。なるべくいろんなチームの試合をたくさん見に行ったりとか、あと練習を見に行ったり、なんでもやっていましたね。

クロル:10年間サッカーに関わったことで、変わったことはありますか?

前田:すごくたくさんあるんですけど、1つあげるとしたら、うーんなんだろ。でも自分のアナウンサー時代の大きな柱がサッカーのお仕事だったんです。チームがわからない、ルールもわからないというところからスタートして、サッカーの試合を見たり、選手の方やサポーターの方など、いろんな人に会ったりすることで、自分自身も成長していった気がします。なのでサッカーを通じて社会人になったという感じですね。

テレビ朝日を辞めた理由

舛田:なぜテレビ朝日を辞めようと思われたのですか?

前田:すごいよく聞かれるんですけど、テレビ朝日での10年はすごく楽しい10年間だったんです。でも取材を通して夢に向かって頑張ってらっしゃる選手とかを見ていて、心のどこかで「自分が本当にやりたいことって何なんだろう」と考えるようになったんですね。仕事はすごく楽しくて、会社のみなさんもいい人ばかりで、とても恵まれていたんですけど、「自分に本当に向いていることとか、本当にやりたいことは今の仕事なのかな?」って思うようになったんですね。

そう思い出したらもう考えが止まらなくなってしまったんです。すごく今恵まれているけれど、もしかしたらもっともっと探したら自分がこれ以上に大好きなことに出会えるんじゃないかな、と思って。

そうやって考えているうちに植物の仕事をしてみたいなって思ったんです、子どもの頃から草花がすごく好きで、植物を家で育てるのも好きでやっていたので。どうなるかわからなかったけれど、本当に大好きなことを見つけるために、ちょっと踏み出してみようかなと思ったのがきっかけですね。

フラワーアーティストとしての現在

クロル:フラワーアーティストとして心がけていることはありますか?

前田:私、お花の生産者さんを周るのがすごく好きで、休みの日には農家さんに直接会いに行ってお話したりするんです。例えばバラがどのように育てられているのか、お花とどう接しているのかとかさまざまなんですけど。そこで知れた生産者さんの思いをお客様に伝えられるようなお仕事がしたいなと思っています。

ちょうど今年はアフリカのお花をお客さんに紹介することが多くて、アパレルブランドにノベルティとしてケニアのバラを持って行ったりしています。あとは熊本で地震があった後に、熊本のお花を買ってきてそのお花を売って得た収益を募金するっていう活動もしていました。実は熊本には良い生産者さんが多くいて、東京にもたくさん熊本のお花が入ってきているんです。でもそれって一般的には広まってないじゃないですか。

今回の震災支援の活動では、ふだんお花を買わないような方が、熊本のお花を買いに来てくれたんですね。だから遠い地域のことを身近に感じてもらうひとつのきっかけがお花なのかなって。

そういったお花を通してできることって本当にいっぱいあるなと私自身がすごく魅力を感じているんです。お花をただ売るということだけじゃなくて、お花が持っている可能性をこれからいろいろ考えて追及していきたいと思っています。

「夢中になれることにヒントがある」

クロル:これからやりたいことはありますか?

前田:お花のお仕事を始めてもうすぐ3年になるんですけれども、いま毎日がすごく楽しいんですね。お花屋さんで働き始めてからいろんなことがわかって、自分が知らなかったことも市場の人が教えてくれたりとか。お花屋さんの友達もいっぱいできて、その人たちからすごく刺激を受けることが多いんです。

なのでこれからは一人前として仕事をしていきたいというのが1つと、あとは今までアナウンサーをやっていて「伝える」仕事を中心にしていたので、お花の世界をもっと「伝えられる人」になりたいなと思っています。

舛田:最後に学生の私たちになにかアドバイスをいただけますか?

前田:まだ何か成し遂げているわけではないので、偉そうには言えないんですれけど(笑)、でもやっぱり好きなことっていうのは本当に大事だなと、自分の人生を振り返ると思うんですね。好きなことだとなんでも頑張れるし、どんどんやりたくなるし、やっていてすごく楽しいんです。

だから将来のことについて悩んだときは、自分が大好きなこととか夢中になれることにヒントがあると思うので、自分自身の好きなことを大事にして将来の道を決めてほしいなって思います。

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TAMAJUN Journal

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