「自分がやらないと死ぬ」DeNA南場氏のムチャぶりを乗り越えた、韓国事業のウラ話

新卒でベンチャーに就職し、経営に関わる方法 #3/5

Start Venture Festival 2016 Spring
に開催

2016年5月14日、社会人&大学生のためのベンチャーの祭典「Start Venture Festival 2016 Spring」が開催されました。パネルディスカッション「新卒でベンチャーに就職し、経営に関わる方法」では、モデレーターを務めるLITALICO・中俣博之氏、DeNA・赤川隼一氏、じげん・海野慧氏、クラウドワークス・成田修造氏が登壇。本パートでは、新卒が成長するために必要な「意思表明」について、登壇者4名が自ら名乗りをあげて手にした成長機会と結果を出すことができた要因を振り返りました。

呑み屋でDeNAの社長に給与交渉

赤川隼一氏(以下、赤川):今思い出したのは、1年目で売上があがり始めたときに、呑み屋で今の社長の守安(功)に、「守安さん、給料上げてくださいよ」って絡んだことがあって。

僕がチームで一番売ってたんですけど、当時DeNAがまだ上場したてで、初任給320万円です。「僕、売ってるのでもっと給料もらったほうがよくないですか?」みたいな話を酔ってして。結果的に彼はそのエピソードを僕の結婚式で暴露したんですけど(笑)。

成田修造氏(以下、成田):でも大事ですよね。コミットメントはやっぱり大事。

赤川:まあ、コミットメントだったのかは今思うと謎ですけど(笑)。

でも当時、守安さんに言われたのは、「えっ、お前そんなに仕事できるの? じゃあ明日俺を同行して一緒に営業行こう」みたいなイジりを食らいつつ、「じゃあとりあえず、とことんやれよ」という感じでした。

結果的に、成果を出すにつれて給料もフェアに上がっていったし。それで、今はDeNAの初任給ってけっこう高いんですけど。

1年目かどうかとか、あんまり関係なくて、とにかく成果を出すということにフォーカスしていたというのがありますね。

でもやっぱり、コミットメントを高めるためにも、すべき要求はしてもいいのかなと。今にして思うと、そう思えなくもないんですけど。はたから見るとただのクソガキでしたね(笑)。

成田:自分は一歩を踏み出せるかというのがけっこう分岐だと思っています。今年、新卒31名に入社してもらったんです。

100人の会社に31名入って、今4分の1ぐらいが新卒という状態なんですが、一歩を踏み出そうとする人というのはやっぱり表明をします。

「自分なりにこうなっていきたい、こうしたい」ということを、具体的に強いメッセージで発信する。それはだいたい覚えてるものじゃないですか? 上のメンバーというのは。

そのなかで、たまたま機会が与えられて、そこで結果を出せるかどうかはその人次第なんですけど、それで結果を残せればすぐ上に行ける。そういう話なんじゃないかと思います。

新卒が自分で意思表明することのメリット

赤川:いや、なんか「ゴリゴリアピールしろ」って話だけでもないと思っていて。エンジニアであればプロダクトとか、仕事の仕方でけっこう見えるし、人によって明らかに違うんですよね。

やっぱり新卒だろうとなんだろうと、すごい輝いてるやつはオーラが出てきて。DeNAの場合は、そういうやつには「もっとでかい仕事を任せたい」と思うし。

ベンチャーの会社は余裕ないので、そうやって引っ張り上げていかないと回らないんですよね。

中俣:そうですね。意思表明をすることのメリットは、表明したことや人は社会から応援してもらえますよね。

「あいつは『部長やりたい』って言ってるから、じゃあ、あいつの案件増やしてやろう」とか。「まずあいつのことを考えてやろう」とか。

言わないよりも、意思表明を言ってもらったほうが、周りがすごい応援してくれるみたいな。そこはすごい重要なポイント。

成田:もちろん能力がないと、それを言ってると、イライラしてしまうんですが(笑)。

ただそれも、表明することで自分なりに「どうすればそこに近づけるか」ということを考えるきっかけにもなるし。

中俣:そう。リスク・リターンのバランスでいうと、リターンのほうがぜんぜん。

成田:大きい気はしますね。

背伸びをし続けると、能力がついてくる

海野:でも、能力も初めはみんなないじゃないですか。ないからこそ言ったほうがいいみたいなこともありますよね。

やっぱり今おっしゃっていただいたように、ないからこそ、「ここをやります」と言って。実際に「さあ、どうやろうか?」って考えるみたいな(笑)。

赤川:そうですね。言ってしまえば、僕の10年のキャリアは背伸びの連続で。自分ができないことをまるっと振られて。とはいえ、できないとカッコ悪いから、頑張ってこっそり勉強するわけですよ。

初めて経営会議に出たときに、知らない会計の呼び方とかもあるし、正直よくわからない話でも、「あぁ~、はいはいはい」みたいな感じで。

(会場笑)

それを知ってるふうに振る舞いつつ、あとで必死に復習してました(笑)。

海野:そうなんですよ。

成田:オーラって大事ですよね。そこは大事ですよね。「あいつ、なんかすごそうだな」みたいな、そういうの大事だと思ってます。意外に。

赤川:常に背伸びをし続けて、ストレッチをしてたら、結果的にそれに体が付いてくるというか。やっぱり環境が人を変えるので。

成田:ベンチャーのいいところは、そういう環境があるところでもありますよね。

根性で越えられない壁は、チームで乗り越える

中俣:ちょっとだいぶ海野くんの話から逸れてきましたね……話戻そうか(笑)。愛情友情平尾丈さんに一蹴されましたと。

海野:そこに戻るの?(笑)。

中俣:でも、(現在)こうなってるというのは、なにか出来事とか突破した壁とか。

海野:うちの会社は、わかりやすく成果ですよね。やっぱり最終的に「こんだけ成果出したら……」みたいな話になって。当時なんとかそこを出せたというところで、最後「まあ、いけたしな」という感じではありましたね。

中俣:出せたというのは、ひと言でいうと根性ですか?

海野:いや〜。

中俣:根性で越えられない壁ってあるじゃないですか? 絶対時間を投じても越えられない。根性だけじゃ越えられない、ビジネスマンの壁みたいのがあると思うんですけど。

海野:でも、常にぶつかり続けてる気がしますけどね。僕、さっき(この中で)IQ一番低いって言ったんですけど、この中でいうと、一番肉体系キャラだと思うんですね。

中俣:ゴリラキャラ?(笑)。

海野:そう。いつもエネゴリとかって言われてる。ぜんぜんゴリラっぽくないのに。笑うところですよ(笑)。

(会場笑)

すいません。今日2回目ですね。

でも、僕は正直申し上げると、自分の力というよりもチームの力で勝ち取れた。まあ、自分の成果ではなく、チームの力で結果的に勝ち取れたからこそ、今があるというのはすごく思っています。

1人でできることってマジで限界があるんですよ。こんなん僕が言うのもおこがましいですけど、そこはきっと、みなさんすごく思っていらっしゃると思っていて。

結局、そのチームが10人いたら、10人の総和の力を10じゃなくて20にするとかになったときにに、結果的に自分もその成果のおこぼれをもらうみたいな感じじゃないですけど、やっぱりそういうものだと思っていて。それが最終的に出せたというのが、結果につながったのかなと思います。

南場智子氏のムチャぶりから始まった「DeNA Seoul」の設立

中俣:赤川さん、どうですか? さっきのチームの営業の話じゃないですけど、そのあとにもいろいろあって。

DeNAの執行役員になるなんてすっごい大変なんですよ。何千人もいるなかで。しかも新卒からしたら、赤川さんというのは憧れの……。

赤川:ちょっと、やめてもらっていいですか(笑)。

中俣:本当にすごい。

海野:もう社外から見てても憧れですよ。

赤川:やめてください。ただのペットボトルです。

成田:憧れですよ。

海野:もう1回言いましょう。憧れです(笑)。

赤川:ただのペットボトルに似たヒョロヒョロの人間なので。

中俣:まあ、ヒョロヒョロではあるんですけれども(笑)。その執行役員に任せてもいいなって会社から思ってもらったタイミングの出来事、プロジェクト。

赤川:執行役員になったときは、海外展開を本気でやり始めていた時期です。

僕はもともと留学経験があったわけじゃないんですけど。韓国のオフィスを立ち上げたときは、「じゃあ赤川責任者で、韓国どうするか考えて」って言われた翌日に、創業者の南場智子から電話がかかってきて。

「ちょっと赤川、11階にお客さん来てるから来てよ」って言われて行ったら、「He is in charge of Korea!」って言われて。

成田:いきなり!?

赤川:「Bye!」って言って、部屋を出て行ったんです(笑)。

(会場笑)

成田:それはすごい(笑)。

赤川:韓国のけっこう偉い人が来てて。それで、こっちも一応責任者になっちゃってるから、下手な英語でなんとかコミュニケーションをとって仲良くなって。韓国に行ったときにいろんな人を紹介してもらって。

それで、市場も伸びてるし、これはオフィスを作るべきだという意思決定をして、DeNA Seoulという会社ができたんですけど。

まだまだ日本のITベンチャーで、海外で成果を出すということには不慣れだったなかで、そういう、今のは1エピソードですけど、やっぱり僕はDeNAをグローバルで勝たせたいという思いもあったし。韓国の経験で、僕は海外の連中と曲がりなりにもコミュニケーションが取れたんですね。

DeNAが「ngmoco」というサンフランシスコの会社を買収したり、中国展開をやっていくなかで、海外の展開を横軸でバーって誰かに任せようというときに、たまたま名前が出たのかなという感じですかね。

ジョブズの名言「コネクティングドット」を実感したとき

中俣:僕の記憶だと、韓国のやつがけっこう大きめの提携だったじゃないですか。それが、韓国に飛んで1週間で契約書に捺印完了して帰ってきたという。あれ、会社のなかのすさまじいエピソードで。すごいですよね、あれ。

赤川:あれ、仕事としてもむちゃくちゃおもしろかったんですね。Daumという会社と「Daum Mobage」というサービスを作ったんですけど。

ちょっとドヤった感じで話してますけど、結果的にその事業は失敗したので。そんな感じで僕は仕事でたくさん失敗していて、最終的に失敗した事業の、一時的に成功したエピソードでしかないんですけど。

そのDaumという会社と契約を結ぶときに、自分が行って。Yahoo!モバゲーを過去にやっていたので、考えるべきことが似てたんですよね。Daumというのは向こうのヤフーみたいなもので。

ポータルサイトはどういうふうに考えるかとか、どういうことにイシューが出るかということがだいたいわかっていたので。バーっとイシューを洗い出して、ババっとまとめて、ビビるぐらいいい契約を1週間で結べて帰ってきたんです。

結果的にはDeNAにとっていい契約すぎた部分もあって、協業としてはいい結果が出なかったというオチがつくんですけど。

とはいえ、ものすごくスピード感のある交渉ができたのは、Yahoo!モバゲーのときに、自分が全身全霊を絞って契約書の細かいところまで全部やってたので、勘所が全部わかってたというか、そういうのがあるので。やっぱり重要なのは最前線でやり続けること。その経験が全部結果的に血肉になって返ってくるというか。

Yahoo!モバゲーをやってるときに、数年後韓国で同じことやるかもとか絶対考えてないですよ。結果的に瞬間瞬間、全力で振り絞ってると、どこかで跳ね返ってくると。スティーブ・ジョブズの「コネクティングドット」を僕はけっこう本気で信じていて。

海野:あ、それ取られちゃった(笑)。

(会場笑)

赤川:やっぱり瞬間瞬間でやり切る。やり切ってると、どこかでいいことがあるという連続ですね。

「自分がやるか、自分が死ぬか」DeNAの成長環境

中俣:あのときって、赤川さんそんなに英語しゃべれなかったですよね? ほぼ0ですよね。

赤川:いや、さすがに0じゃないです。

海野:ちょっと先輩バカにしすぎじゃない?(笑)。

中俣:すごいのは、ほぼしゃべれないのに……普通だったらちょっと「レアジョブ」やってからとか、「フィリピン行ってからでいいですか?」って言うけど、「来週行け」みたいな。

赤川:それは「来週行け」の前に、「He is in charge of Korea.」があって(笑)。「自分が部屋に1人になったら、それは話すでしょう?」みたいな(笑)。そういう環境が大事ですよね。DeNAはそういう社風ですし、ベンチャーがいいのはそういうところ。

自分がやらないと死ぬんですよ。僕は「自分do or 自分die 環境」ってよく言ってるんですけど。自分がやるか、自分が死ぬかみたいな場に置かれれば置かれるほど、人間成長するんですよね。

やっぱり大企業かどうかというよりも、自分がそういう環境と思える場所に行けるかというのが、やっぱり就職では大事かなと思います。

クラウドワークスの上場を支えた成功体験

中俣:成田さんは最初4人からで、そこから社員100人とかの成長のなかで、当然ご自身の役割自体にヘビーなものがどんどん来ると思うんですけど、自分のなかですごい目線の上がった出来事とか。

成田:最初は、「クラウドワークス」というオンラインのジョブマッチングのプラットフォームを作って会社がスタートしたのですが、そこのマーケティング担当責任者みたいな位置づけだったんです。集客とか、サービス改善とか。

それが1年半ぐらいして、セールス部隊を立ち上げるという話になり。そのセールスの責任者になって、セールス部門の立ち上げをやりました。結果それがすごい伸びたんですよね。

そこが会社の売上のほとんどを占めてました。プラットフォームのサービスと、そのセールス部隊が生み出す売上というのが、会社の売上のほぼ100パーセントになりましたから。

そこのすべてを統括するという役割がやっぱり大きい……というか情報の集まり度が変わってきますよね。社内のメンバー、各部門、あるいは経営関与度がどんどん変わっていって、目線が上がっていくのが、まず1発目の変化です。そこが執行役員から取締役に上がったときのタイミングです。

そのあと上場して、一気に人が増えたんです。1年間で30名から100名になりました。そのときに、やっぱり組織が混乱しました。ミドルマネージメント層がいないし、制度が未熟でしたので。

要は、そのタイミングで誰がどういうふうに組織をマネジメントするか、がすごい重要なテーマになり、そのときに自分がすごくうまく立ち回ることができたんですね。

今まではいわゆる攻めの部分しかできなくて、要はセールスとかマーケティングはできても、裏側の守り、例えば経理とか、あるいは人事、組織マネジメントとかっていう部分もカバレッジできないと、本当の経営というのはできないですし。

30人から100人と規模が大きくなって、そこの領域も考えざるを得なくなった。そこでまた、私自身の影響力が高まっていった感覚がありました。

影響力の範囲が、いわゆるマーケティングという領域からセールスまで増えて、全社売上になって、管理部門とかバックエンド全部トータルで見れるようになったので、副社長に上がったというのが、二番目のステップでした。要は影響力のカバレッジが広がっていったということなんです。

中俣:そのときに、社長の吉田(浩一郎)さんが「これは成田じゃなくて、あいつに任せたほうがいいな」って思ったら、その経験ができなかったですよね。

成田:できなかったですね。

中俣:そう思わせることもなく、信頼を勝ち得ていったわけじゃないですか。そこのポイントとか心がけたこととか、結果そうなったんだと思いますけど、いま振り返ると(なにかありますか)?

成田:でも、期待はすごいかけてもらいました。そこの期待値を感じられるかとか、期待値を得られるかというのが重要かなと思っています。

入社した執行役員のタイミングで、これはあくまでネタというかあれですけど、メタファーで言ってたかもしれないですけど、「東証一部まで上場したらお前が社長をやれ」って言われたんですよ。入社1年目のタイミングで。

もともと、うちは会社というのはサステナブルじゃないといけないと思ってて、経営陣が変わっても100年、300年成長し続けるという会社というのが重要だ、というポリシーやっているんです。

そういう意味でいうと、彼1人に依存しちゃダメなんだと。吉田という代表だけに依存しちゃ絶対ダメだという創業当初からありました

じゃあ、それを誰に引き継ぐかというタイミングのなかで、「今はお前が第一候補だ」というのはやっぱり最初に言ってくれてたので。そこの期待値があったので、自分も目線を上げながらやれたというのは大きかったかもしれないです。

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