eラーニング教材「すらら」のサービス

──まず前回のインタビュー(2013年8月)からの事業内容の変化についてうかがいたいと思います。塾向け、学校向け、最近では在宅での授業を展開するサービスを展開しているようですね。

湯野川孝彦氏(以下、湯野川):在宅での授業は以前からサービスとしてはありましたが、少しずつ力を入れ始めてきています。ですが、事業全般で言うとそんなには変わっていなくて、やはりBtoBtoCの塾向けと私立学校向けというのが主です。

塾は今630校程度、学校が増えまして95校程度、それに加えて、学校に関しまして2015年にNTTドコモと提携しまして、NTTグループ・ドコモベンチャーズと業務資本提携を結んだというのが形になってきています。

NTT西日本と組んで公立学校向けのコンテンツを2月から販売しています。公立学校向けは、私立向けとはルートが違い、直接学校に営業はしていませんでした。

教育委員会などを通す必要があり、今まで手をつけてなかったのですが、官公庁に強い組織と組むことができたので、また少し状況が違ってきたと感じています。学校向けという軸でいうと、ほかに大学や専門学校、とくに大学が少しずつ増えてきています。

──2013年にインタビューしたときは中学生がメインターゲットでしたが、生徒の幅が広がってきたのですね。

湯野川:そうですね、小学校4年生以上をターゲットにしたサービスを昨年の春にリリースしており、現在は小学4年生から中学生、高校生を対象にサービスを扱っています。

大学と言ったのは、大学のリメディアル教育(学習の遅れた生徒に対して行う補修教育。とくに大学教育を受けるにあたって不足している基礎学力を補うために行われる)を目的として、そのまま大学生を対象にサービスをしています。

最近の教育業界でなにが起きているかというと、トップ校は別として中レベル以下の大学は、少子化の中で定員を維持するため従来入学してこなかったレベルの学生を取らざるを得ない状況となっており、低学力の生徒の比率が以前よりも増えています。

大学も存続するために早めに学生に入学内定を出したりしていますが、そのような学生は入学まで受験勉強をせずに入学してきます。

現実に、理系の大学なのに微分・積分を学んでいない生徒が入ってきたりしているんです。そうすると、大学の授業が成り立たなくなります。

しかも、そのままほっておくと、今度は就職のときに就職率が悪くなるという弊害が起きてきます。なので、入学の前後に中学・高校のおさらいをするリメディアルが常態化しつつあります。すごい状況ですね。

従来、リメディアル業者は紙教材を提供していました。紙教材でリメディアルを行うのは大変です。入学前の学生の住所に教材を送って、演習をさせて、回収して、採点する、ということをしていました。大変な手間ですね。

手間を省こうと、問題に解答解説を添付し「自己採点して下さい」とするケースもありますが、そうしたらみんな、解答を見て写してしまいますね。

「すらら」のリメディアルでは、ID・パスワードをメールで送るだけで、自動採点、自動集計です。問題はランダムに出てくるので、誰か優秀な生徒の解答を見て写すということもできません。もう泣く泣くやるしかないので、うちはその層にマッチしていると思います。

海外向けにオリジナルの教材を提供

──教材コンテンツの幅も広がってきているということですね。

湯野川:コンテンツの種類は多少増えただけですが、用途は格段に増えてきました。例えば公立学校向けのコンテンツをリリースしました。塾や私立学校向けとは違うものを作り、それをリリースしています。

変化が大きいのは海外事業です。海外に関しては、前回お話しした際に「これからやります」というタイミングでした。

その後、JICAの事業採択を受けて、BOP(低所得層:Base of the Economic Pyramid層)関連のプロジェクトを進めています。

何をやっているかというと、1つはスリランカの貧困層の子供向けに塾を開いています。地元のマイクロファイナンス組織「Women’s Bank(以後、女性銀行)」と組んでやっております。

スラム街の中に支部があり、ある支部は2階建てなのですが、3階の屋上に小屋を建て、机と椅子とパソコンを置いて、子供たちを集めて毎日学ばせています。授業料は女性銀行が徴収しています。このような塾がすでに5校舎あります。

日本より学力は低くても、学習意欲は高い

──スリランカ向けのコンテンツもすららネットさんで作っているのですか?

湯野川:はい、社内で作っています。向こうの子供たちは数を数えるところから教える必要があり、オリジナルで作っています。

昨年、インドでもトライアルをしてみました。一次方程式の部分を一部英語化したものを中学生にさせてみて、これはこれですごく受けたのですが、難しい面もありました。

eラーニングで教えた「一次方程式」はわかるのですが、分数が入っていると、約分・通分ができないのでそこでみんな引っかかってしまいます。

そこは教えられる人が横でサポートしないといけません。私も英語で約分・通分が教えられるようになりました(笑)。なので、海外展開では算数を1から教えるようにします。

スリランカでいうと現地はシンハラ語を使っているのですが、シンハラ語への翻訳や問題のデータ作成をするために向こうに日本人女性が1人常駐しています。

現地の人も雇用しています。アニメーションの教材を創るときには、現地で声優を探して手配するなどゼロから練り上げています。

スリランカで収録した声優の音声データ、シナリオやその他諸々を含めてインドに送り、インドでできたアニメーションを日本でチェックして、システムに載せてでき上がりです。

日本の学習塾は今、大変な状況で、とにかく生徒を集めるのが大変です。日本の個別指導塾は大手でも1塾あたりの生徒が減少しています。

ところが海外はまったく違います。説明会などイベントを行うと、定員50人に対して、100名から200名集まってきて、その場で60〜80件の申し込みがあります。

ですから、開校初日からウェイティング生徒を抱えてスタートとなります。下がちょうど説明会をしたときの動画なのですが、反応がもう日本とぜんぜん違います。

教育格差の問題解決の糸口

──向こうではオンライン教育どころか、初めてパソコンをさわる方もいると思います。ITリテラシーはどうなのでしょうか?

湯野川:例えばインドネシアはパソコン保有率が高いですが、スリランカの貧困層では低いです。おっしゃるようにほとんどの子供が「Surala Juku」で初めてパソコンにさわります。

「はたしてパソコン等の機器を使えるのか?」という疑問は、スリランカに進出する際にやってみないとわからないと思っていたチャレンジの1つでした。

最初はマウスの握り方やクリック、ダブルクリックもわかりませんからそこから教えます。「クリックしなよ」と言ったら、右クリックしてメニューがビヨンと出てきたり、ということを繰り返していたのですが、1ヶ月、2ヶ月もしたら問題なく普通に使っています。

日本でオンライン教育をやっていると、全部パソコンで学ぶことに抵抗感を抱く保護者や先生方が一部いらっしゃいます。

でも向こうは、「パソコンで学べるならなおいいわね、パソコンの使い方も覚えられるのよ」というように、パソコンで行われる授業を前向きに受け入れてくれますね。

また、すららネットでは日本流のしつけも教えていまして、これは(下の動画参照)、授業が終わったところです。

湯野川:動画に映っている先生方も素人の先生を4日間訓練し、立派にファシリテーターをやってくれています。生徒に対しては、自分でちゃんとファイルは元に戻させる、名札も所定の場所に自分で戻させる、というしつけをしています。

保護者インタビューをしたところ、その多くが「うちの子、家に帰ったら一日中この塾のことを話すのよ」と言ってくれました。

「今日これを学んだ」とか、「これができるようになった」とか、ランキング機能があるので、「ランキングが上がった」というのを、ずっと家で話してくれているみたいです。

向こうは日本のように娯楽がないですから楽しくて仕方がない様子で、事実ちゃんと勉強ができるようになってきていますし、手応えを感じています。

施策でいうと、去年(2015年)の4月に2校同時オープンして、初日から定員オーバーでした。9月にまたもう2校オープンして、今、現地で4校あって300名の生徒がすららネットに通っています。まさに教育格差の問題を根本的に解決するということに邁進しています。

貧困層に向けたサービスの収益化

──大げさじゃなく、すららネットさんは国力を上げる、ということに貢献していますよね。この取り組みがなければ、彼らはどうなっているのか…。

湯野川:スリランカの就学率は高く、90パーセント以上の子供たちが学校に行っています。ですが、先生の意識が日本と違っているように感じます。

向こうの先生の認識では「教えるのは私の仕事。ただし、理解するのは生徒の仕事」なんです。「私は私の仕事をやっているわよ。彼はわからないのであれば、自分の仕事をするべきだわ」といった感じなんです。

日本の先生だと手厚く理解させるところまでやっていますが、最近それは少数派なんじゃないかと思うようになってきました。

向こうではチョークアンドトークと言って、黒板にひたすら書いて説明するだけで、それついてわかったかどうかというフォローは少ないように思えます。そういう状況では、できない子はできないままになりがちです。

すららネットではそういった教育の問題点を変えられます。そういう、今まで見過ごされてきた根本的な問題から解決できるというのは価値があると考えています。

──素晴らしい取り組みだと思います。ですが一方で、ターゲットが貧困層の方々なので、「このビジネスモデルで本当に続けられるの?」という疑問はあります。お金の部分ですが、すららネットさんも当然収益分岐点には持っていかないとだめだと思うのですが、収益性はありそうですか?

湯野川:今も女性銀行で少額の月謝は取っています。今の計算では数年で損益分岐点を超えるはずです。また、すべての人に同じ値段というわけではなく、貧困層はそのくらいでやっておいて、富裕層はもう少し単価を上げていくと思います。

スリランカ、インドネシア、インドで得た手応え

──今はすららネットさんが進出している国はどちらですか?

湯野川:いまやっているのはスリランカ、インドネシア、インドです。

スリランカではお話していたように、すでにプロジェクトを開始しています。インドネシアでもJICAの別のプロジェクトを進めています。

インドネシアは貧困層に対してではなくて、向こうにインドネシア教育大学という大きな国立大学があって、その国立大学の付属小学校2つで、算数プログラムのインドネシア語版を提供します。まず1校で300人から始めています。

インドも話が進みつつあります。RICOHさんと話を進めています。RICOH Indiaとは、昨年、バンガロールで短期間のトライアルを行い、好感触を得ました。

その後、RICOH Indiaの教育部門の責任者が関心を寄せてきて、今年、コロンボの授業を視察にきたんです。今年は、ムンバイで本格的なトライアルを行う予定です。

──インドは格差社会ですので、すららネットの理念とも合致します。教育格差を無くすきっかけになるかもしれませんね。

湯野川:そうですね。インドをよく知らない人は、インド人は数学が得意で暗算で複雑な計算ができると思っていますが、庶民クラスのインド人はそんなことありません。スリランカやインドネシアの子供たちと同じような課題を抱えています。

インドでは、affordable(手頃)なプライベートスクールで広めようとしています。この種の私立学校がインドでは大変な勢いで増えています。競争が激化し、差別化を図る必要がでてきていますので、そこでeラーニングで差別化を、という提案をしていきます。

インドでもデジタルコンテンツはあるのですが、うちのを使ったら「もうぜんぜん違う」と言ってくれます。

日本の教育格差の根絶は難しい?

──「教育格差を根絶する」というすららネットのビジョンは日本より海外の方がフィットするのではないですか?

湯野川:日本国内の教育事業は、いわゆるお受験のサービスがかなりの比率を占めます。残念ながら世帯収入と学力は明確な相関があって、賢い子の親はお金持ちです。

なので、高学歴を目指す人を対象にしたビジネスモデルはお金が取りやすい。それはそれでいいと思っています。またお金になるのだから、お受験のサービスをする企業が多いのも当たり前です。

ただ本当に学力が低い人たちに対しては、適切なサービスが提供されないままでした。この問題にアプローチしている企業は少ないです。

一方「教育」というテーマで世界展開していこうとなったとき、受験制度は国によって違いますから「お受験」対応のスキルは輸出が容易ではないです。

ところが、算数の数の数え方から、計算のやり方は万国共通です。非常にジェネラルな概念ですから、こちらのほうが輸出容易性は高いです。だからうちはそっちをやっています。

──日本の教育は世界でも通用するくらいレベルは高いのでしょうか?

湯野川:いろいろ批判もあるようですが、私はいい線いっていると思っています。教科書の組み立ては本当に良くできています。日本の教育は海外に持っていっても受け入れられます。

競合サービスへの対応

──国内ではEdTech(Education-Technology)という言葉が一般的になり、競合も出始めていますが、御社の競合に対する対応は?

湯野川:そうですね。オンライン教育的なことをやっている業者は昔からあり、それがさらにいろいろ出てきたな、という印象です。

国内に関しては大きく状況が変わったというわけではありません。学習塾業界でも、私立学校でも、最近はいろいろ出てきていますね。

ただし、うちみたいな低学力層というセグメントに関してはまったく競合が出てきてない状況です。

前回インタビューしていただいたときには、教育にICTを活用するか、しないかが議論になっていました。ですが最近は国の方針として、教育の手段にICTが明記されています。

デジタルを入れるか入れないか、という議論ではなく、入れるのは当たり前、デジタルをどう使おうか、というフェーズに変わってきています。

私がよく社員に言っているのは、「とにかく定量的に成果をだし、データをとっていけ」ということです。そういったことをきちんと手を打っていくと、導入校の学力の分布は明らかに変わります。

ICTが本当の意味で当たり前になったときに、「結局成果が出ているのは、すららネットだよね」と言ってもらえるように、今から動いています。

「すらら」の組織の変化と経営課題

──すららネットの組織的な変化についても教えてください。

湯野川:組織は、2013年8月は14名くらいでしたが10名くらい増えています。前はベンチャーリンクから連れてきた人材が中心でしたが、変化の1つとして新卒が入ってきました。

2014年から新卒採用を始めて、2014年は4名、2015年が3名、2016年が2名の現在9名です。新卒が入ってくると活性化しますね。2014年新卒も後輩が入ってきて、すごくしっかりしてもう一人前に働いてくれています。

あとはおかげさまでアマテラスさん経由で経験ある幹部人材が入ってきて良い意味でいろんな多様性が出てきているかと思います。新しいスタイルができてきたと思っています。

外国人採用も必要なタイミングでしていきますが、現在は現地雇用、業務委託契約のような形です。本当に優秀な人は本採用していく、という形に将来なるかもしれません。

──湯野川さんの役割として変わった部分はありますか?

湯野川:権限は委譲しつつあります。CFOを抜擢しましたし、徐々に権限は委譲していますが、そんなには変わっていないです。

一方、昨年で大きかったのは、政府がやっている教育再生実行会議のメンバーになったということです。今年の教育再生実行会議のテーマは、従来とは違って、不登校とか成績が低い子とか、それから学習障害などに目を当てていこうとしています。

ICTを使って解決したいというので、以前からすららネットがまさにそういうことをやっていたので、声がかかったのだと思います。

たとえば、すららネットのサービスは国立病院にも使われています。国立病院の院内学級、児童精神科などに使っていただいています。

湯野川:これは浜松の国立天竜病院で使われてる様子です。メンタルのケアだけでなく、学校に復帰した時を考えて勉強もやっとおくべきと現場の医療関係者は問題意識を持っていました。

──教育格差を根絶する、というすららネットのビジョンはどれだけ達成されていますか?

湯野川:アスイクさんというNPOと連携して「すらら」を使った仙台の貧困層に対しての学習支援活動もしていましたが、海外の経験も経て、世界の教育格差を根絶する、という道筋は以前より見えてきたと思います。スリランカでやっていることをスケールすると相当変わるだろうと思っています。

──今感じられている経営課題を教えてください。

湯野川:さっきも話に出ていたように公立学校分野とか、フィールドが広がりつつあるのでそんなに人を増やさずにマネジメントしていくというのが経営課題ですね。

また、競合が多数でてきています。現時点では、それらの企業とは差別化を図れていますが、さらに多くの技術的な革新や差別化が必要になると思っています。

学力の低い生徒に強いという特徴をさらに先鋭化させていく必要があるので、そこには投資や時間を惜しまずやっていく、ということでしょうね。

──素敵なお話、ありがとうございました。