世界には126の手話がある

大木洵人氏(以下、大木):みなさんは手話について、何を想像しますか? 手話は、「手で話す」と書いて手話といいますね。手話の話をすると、こんな話を聞きます。

「手話って、ジェスチャーなんでしょ」「世界共通なんだよね」「耳聞こえない人は、みんなできるんでしょ」「日本語にただ手をあててるだけだよね」。そういった話を聞きます。正しいものもあれば、けっこう間違っているものもあるんですね。

そこでみなさんに、知っていただきたい数字があります。「126」。これは、今現在、世界で発見されている手話の数です。正確に言うと、4つすでに絶滅しているので、130発見されていて、現存するのが126です。日本とアメリカでも、手話は当然違います。例えば、日本で「ありがとう」という手話は、こう表します。

これは、力士の方、お相撲さんが勝ったときに懸賞をもらう時に、手刀を切りますね。その形からきてます。一方アメリカの手話では、「Thank you」というのは、

このように表します。これは、投げキッスですね。力士が「ありがとう」と言い、投げキッスで感謝を表す。これは発音や、アクセント、そういったものではなくて、実際に文化というものが言語に与える影響ですね。

当然、手話というものは文化からきているものなので、我々の日本語と同じように、その地域や国の文化に影響を受けます。例えば、関東や関西でも手話は違うんですね。方言があるんです。関東では、「名前」という手話は、

こうやりますね。これは、ハンコを押してるわけです。一方関西では、「名前」という手話は、

こう表します。これは名札です。どちらも、名前から連想される単語だと思います。ハンコも名札もそうですね。しかし、どういったものを取るかというのは、その地域によって違うわけです。「鶏」という手話は、私が知る限り、全国で15個あります。とさかを表したり、

これはくちばし。

あるいは羽。すべて鶏からきてますけども、どの部分の特徴を取るのか、その部分が違うわけですね。このように地域、国によって、手話は方言であったりとか、そもそも言葉が違う。そういうことがあるんですね。

手話人口は4500万人

大木:次の数が、4500万。これは、現在世界で手話を使っている人の数です。みなさん、手話というと本当に一部の人がちょこっと使っているだけだと思われると思うんですけど、4500万という数字は世界で28番目に人口が多い国、コロンビアの人口とほとんど変わらないんですね。アメリカでは、英語、スペイン語、中国語、その次に"アメリカの手話"が使われていると言われています。

それぐらい、手話というのは、世界的に見れば使っている人が多い言語なんですね。

手のジェスチャーだけでなく、"うなずき方"ひとつでも意味が変わる

大木:次に手話について、違ったタイプがあるという話です。日本には「日本手話」というものと、「日本語対応手話」という2個の手話があると言われています。日本語対応手話というのは、なんとなくイメージつきますね。日本語に対応している手話なんだな、と。

逆にいったら日本手話って何だろうと。つまり日本手話というのは、日本語とは対応していない手話なわけですね。文法が違うんです。例えば、「何を食べたいですか」。これは日本語の文法ですよね。

手話も今つけました。これが日本語対応手話です。

一方、日本手話では、「食べたい。何。」 こういう文法になるんですね。「何」といった疑問詞が、最後に来ます。これはもちろん1個の文の1例ですけど、このように文法が違うんですね。この傾向は世界的にありまして、アメリカではアメリカン・サイン・ラングエージと、ピディン・サイン・イングリッシュという形で、英語ベースの手話と、聴覚障がい者自身が使っている手話という風に、カテゴリが分けられます。

こういう風に、日本語の文法にはない手話というのもあるわけですね。これから4つの文章をお見せします。「大学に合格したら、勉強に励む」「大学に合格したから、勉強に励む」「大学に合格しても、勉強に励む」「大学に合格するために、勉強に励む」。

これらの4つの文章は、手話の単語で表すと、すべて「大学に・合格」「勉強に・励む」。この4つの単語で作られるんですね。ではどうしたらこの4つの文章の違い、を表すのか。それは、「合格」と「勉強」の間で、うなずく。うなずき方なんですね。

みなさん手話と言うと、手で話すと書いてあるから、手だけ見てればいいんじゃないかなと思われると思うんですね。実はそうじゃないんです。まゆげの角度、あるいは首のうなずき方、肩の動かし方、これがすべて手話の文法なんですね。ジェスチャーではないんです。ちゃんと文法としてルールがあって、決まりがあって、それで手話というものが成り立っています。

そういう意味では、手話というのは手で話すと書いてありますけれども、このことも少し考えたほうがいいかもしれませんね。アメリカ、英語では、Sign Language 、直訳すれば、記号の言語ですね。と言います。中国語では、ちょっと発音わからないですけれども、手に、言語の語と書いて、手話ということを表します。

遠隔手話通訳サービス

大木:そういう意味では「手話は世界的には言語である。ちゃんと文法もあって、違いもあるんだ」といったことが認められています。では、そういう手話を使う聴覚障がい者の人たちは、どういう生活をしているのか。そういう人たちにとって、我々がどういうことをしているのか。そのことを少し、お話させていただきます。

みなさん、ちょっと想像していただきたいんですけども。目の前で人が倒れていたら、何をしますか。もちろん助けると思うんですけども、たぶん、みなさんは救急車を呼びますね。しかし聴覚障がい者は耳が聞こえないわけです。つまり、緊急電話ができないわけですね。110番、119番ができない。聴覚障がい者は耳が聞こえない、電話ができないためにそういうことができないわけです。

そこで我々は、遠隔で手話の通訳を提供しようということをやっています。

最近ですとパソコン、Skypeですとか、あとタブレットPCを持っていれば、このような形ですぐにコールがかかってきます。これは、神奈川にある私たちのコールセンターに電話をかけたところです。

そうすると、待機している通訳者が、

「オペレーター:私はオペレーターです」

こういう形で出てきます。これはリアルで待機している通訳です。こういった人に対して、例えば「きのうから息子が体調悪いんですけども、今朝になって急に嘔吐と下痢が激しくなって、救急車お願いできますか」こういう形で、手話の通訳をしてくれると。もちろん逆もできます。

手話で表して、それを日本語に変えてもらう。それもできるので、聴覚障がい者が手話で110番、119番もできるわけですね。実際に今現在はこのサービスを、例えばいろいろな窓口、行政さんですとか民間のデパートの窓口、そういったところに置いたりとかしています。

技術を使って、聴覚障がい者に「日常」を届けたい

大木:まあ今、救急電話っていう大事なことも話しましたけれども、みなさん買い物に行って、「最近のトレンドって何ですか」といった、普段何気なく店員さんとする会話。こういうことも聴覚障がい者はできないわけですね。

単純に、行って欲しいと思ったものをその場でお金払って買うというのは、自動販売機と変わらないわけじゃないですか。でも私たちは店員さんと話をして、これのサイズ違いがあるとか、この色がありますか、という会話をしてるわけですね。

そういう、普通に我々がやっていることが彼らはできないので、こういったサービスを使って解決しようということを私たちはしています。今ありました電話、他にもラジオ、あるいはMP3といった音楽、さらに最近ですとsiri。こういったものも聴覚障がい者は使えないわけですね。これを解決していくのに、

ShuRグループという団体を我々はやっています。このShuRという名前は、よくシュワールド、と言われるのですけど、シュアールなんですね。というのも、手話がないから、手話がある場所を作っていこう、ということで、ShuRという名前にしています。

我々のミッションは、「Tech for the Deaf」、技術を聴覚障がい者のために使っていく。今ありましたタブレットPC、あるいはパソコン、Skype、そういった様々な技術を少し工夫して、少し組み合わせて、聴覚障がい者の生活をより良くしていこう、それが我々のミッションです。

問題解決には、自身が起業することが一番の近道だった

大木:じゃあ、なんで私が手話についてこう熱く語ってるのかと。けっこう言われるのは、(聴覚障がい者が)「ご家族にいらっしゃったんですか」とか、あとは「ご友人にいたんでしょう」と言われるんですけども、実はまったくそうじゃないんですね。じゃあ、なんでなのか。

実は私は、中学生2年生から高校3年生まで、戦場カメラマンを目指していました。戦場カメラマンになって、世の中に知られていない事実、たくさん埋もれている事実を写真に残して世界に広めたい。それが私の幼いころの夢でした。そのために、アメリカにも留学もして、

これは私のジャーナリズムのクラスのメンバーですけれども、こういったメンバーと一緒に、新聞を作ったりとかしていました。しかしアメリカ留学から帰ってきて、挫折をしました。ちょっと写真ではやっていけないのではないかと思い、一般の大学に入り、そこで出会ったのが手話サークルです。

自分で立ち上げたので、出会ったというのは変なんですけども、手話をやりたいなという単純な興味。あとは、自分がやりたいという、本当に趣味ですね。趣味として始めました。手話サークルでラッキーだったのが、本当にこれはもう奇跡ですね。手話を始めて5か月で、紅白歌合戦で、一青窈さんの手話で、紅白歌合戦に出るという仕事をいただきました。

そこで私たちは、紅白歌合戦に出るという本当に奇跡的なことをして、次に思いがけないことに気づかされます。それは、手話の娯楽が少ないということです。手話のニュース、もちろん大事です。たまにある手話のドラマ、それもいいと思います。しかし、ニュースは楽しむものではないですし、手話のドラマもどちらかというと我々視聴者が楽しむためのものですよね。聴覚障がい者の人が楽しむものではありません。

我々は、手話で楽しむ娯楽を作りたい。無いんだったら作ってやろうということで、学生団体としてそれを始めました。これは完全にボランティア団体ですね。ボランティアとして、手話の旅番組を撮って、それをオンラインで放送する。そういうボランティア活動を続けていました。実はここで初めて、聴覚障がい者と活動を共にする中で、いろんな問題に気が付きます。

それこそ、先ほど話にあったような110番、119番ができないといった点。または就職活動で、TOEICのスコアがない。いわゆるリスニングができないわけですから、その部分がない。それだけで、雇用されない。会社に入ってもなかなか、みんなと溶け込めない。そういった問題があるという話を聞いて、そんなに深刻な問題があるんだったら、それは解決しなければならない。そういう風に思いました。

しかし当時、私は21歳です。何ができるのか。すぐにわかりませんでした。いろいろ考えました。例えば研究者になって、その論文とかを書けば何か解決できるのではないか。あるいは政治家になって、法律を変えればいいんじゃないか。ビル・ゲイツみたいな億万長者になって、財団つくって寄付すればいいんじゃないか。

あるいは社内起業家。あまり聞きなれない言葉かもしれないですけれども、いわゆる一般企業、一般の団体、今ある既存の団体に入って、内部からその問題を解決する。あるいは起業家、アントレプレナーになってその問題を解決すると。21歳の私にはどうみても、起業家が近道に見えたんですね。他の4つは時間かかりますよね。21歳からなるには、すごい時間がかかると。そこで私は、起業家という道を選びました。

「行動ありき」の人生が大きな動きを生む

大木:もともと「絶対に社長になるぞ」と決めて生活していたのではなくて、どちらかというとこの問題を解決するために一番いい方法として、起業家という道を選びました。そこでやったのが、ShuRグループ。またでてきましたね。ShuRグループです。2008年から、もう4年以上やっています。そこで我々はこの手話という問題を、ビジネスという手法をもって解決する。そういった事業を続けています。

私からのメッセージとして、まず行動すること。これが大事だと思います。私自身、手話を始めた理由は特にありませんでした。「楽しそうだな」。そのぐらいの感覚でした。でもそれで行動を起こしてサークル作って、そういったボランティア活動始めて、ということでまず動いてみることが、始まりになります。

そうすると確実に壁にぶつかります。壁にぶつかったら考える。そこで止まって考えるんじゃなくて、考えながら行動する。とにかく壁にぶつかっても行動しつづけること。そうすると、どんどん仲間が集まってくるんですね。それは自分のチームに入る仲間かもしれないし、チームの外にいる仲間かもしれない。でもそういった仲間が集まってきて、お互いに支えあいながら行動していく。

これによって、一人では全然できなかった大きな問題にアプローチすることができる。そういう風に考えています。ぜひみなさんも、まず行動してみる。小さなことでもいいので行動してみる。こういったものを始めてみる。それで何か大きな、動きになればいいなと思います。どうもありがとうございました。