『ドラゴン桜』も『インベスターZ』も取材ありき

三木一馬氏(以下、三木):僕はいわゆる「取材漫画」がすごい好きで、受験漫画の『ドラゴン桜』(モーニング KC)や投資漫画の『インベスターZ』(モーニングKC)などを手掛けた佐渡島さんのことは編集者としてとても尊敬しています。

取材漫画は、僕個人的には一種の「芸術」とまで思っていて、「自分の人生では絶対に触れられない世界を疑似体験させてくれる」ことの集大成だと思うんです。もちろんファンタジーやSFでもその要素は大切なのですが、取材漫画はそれ以上に調べないと描けない専門性と、フィクションだけどリアルな説得力を加えないといけないため、僕は「取材漫画は一種の芸術」といえるのでは、と思っています。

佐渡島:ありがとうございます。そこまで自分では特別なことをしている感覚はなかったです。

モーニング編集部には、『沈黙の艦隊』『ナニワ金融道』『夏子の酒』と丁寧な取材の上になりたっている名作がたくさんあって、編集者が調べものをたくさんして、作家をサポートするのは、日常のことって、雰囲気があったので、当たり前のことをしている感覚でした。

三木:ところで、週刊漫画誌の編集者さんは、仮に取材漫画をやろうとした場合、どれくらい取材にウエイトを置かれているんですか? 例えば1週間に1回かならず取材に行くとか……?

佐渡島庸平氏(以下、佐渡島):『ドラゴン桜』とかだと完全にそういうレベルですね。

ドラゴン桜(1) (モーニングコミックス)

初期がとにかく大変です。人脈もなにもないので。だから、初期はすごい数、いろいろなところに取材へ行きます。連載が進むと、こちらの知識も、誰に聞くと答えがすぐにもらえるかもわかるので、取材回数は減っていきますが。かわりに、作家が取材されることが増えて、その立ち会いが多くなりますね(笑)。

今の『インベスターZ』は僕じゃなくて柿内(コルクの編集者)が取材をしています。『インベスターZ』の不動産編には、「実在の地名のここの物件を買え!」っていう話があるんですけど、実際に柿内がそこの駅前の不動産屋に行って「ちょっと5,000万円くらいの物件買いたいんですけど」って聞いてみたり(笑)。

三木:(笑)。

インベスターZ(1)

起業を決意した大きなきっかけ

佐渡島:僕が起業を決意した大きなきっかけがあるんですよ。

転職漫画の『エンゼルバンク』(モーニングKC)を始める前に、転職代理人の人たちがどれくらいこっちの心を落ち着けてくれるのか知りたいと思って、実際に転職活動をしてみたんです。いくつかの企業を本当に受けて、SPIとかも受けて、最終面接まで行ったんですよ。

エンゼルバンク ドラゴン桜外伝(1) (モーニングコミックス)

「『ドラゴン桜』っていう作品を大ヒットさせたんですけど、ちょっともう出版社っていうものに疲れちゃったんです……」っていうふうに言いながら。それで最終の前に「やっぱりちょっと……」っていう感じで辞退しました。面接過程で、もしも本気で転職したくなれば、それでもいいかなとなかば本気で(笑)。

そのときに、自分の市場価値を思い知らされました。27歳とかだと、世間に出ると自分はどのくらいの給与をもらえるのか。市場価値よりも自己評価のほうが、高いんです。講談社の給料っていうのは、講談社の先輩たちがやった実績によって、僕に払われているだけで、僕の実力じゃないんだなと思い知りました。

自分はもっと実力をつけないといけない。自分の市場価値ってなんだろうっていうことを『エンゼルバンク』以来、ずーっと本気で考えていて、その延長に独立があるんですよ。

三木:へー。取材のたまものなんですね。

僕が「エージェント」を名乗る理由

三木:漠然と考えていたけれど、言葉で表現できていなかったことが僕にはあって、それが『ぼくらの仮説が世界をつくる』で表現されていたんです。

ぼくらの仮説が世界をつくる

作中で「今は、モノを売るときに『共感』がキーワードになっている。背景にあるストーリーに共感するからそのモノを欲しいという時代になってきた」。これは、すごくおっしゃるとおりだと思います。

おこがましいのですが、僕も同じようなことを考えていました。僕は本をつくったあと、その宣伝に「ドラマ」をくっつけることを意識します。

以前、映像メーカー・アニプレックスの宣伝マンである高橋祐馬氏が「宣伝をコンテンツにしたい」とASCII.jpのインタビューで語っていたのですが、今はとにかく、ただ情報を表示させるだけではダメで、作品にいたるまでの流れや、創作にいたった経緯などのドラマをフックにして宣伝をしていかないといけないと思っています。このあたりに知恵を絞れるかどうかが、今後の編集者の腕の見せどころになるのではないでしょうか。

佐渡島:まったくそのとおりだと思います。

広告で枠を買うくらいなら、いいコンテンツにするほうが、効果は大きいです。ただ、コンテンツの場合、再現性を維持することが、枠を買うことに比べると難しいですよね。

三木:そうそう、もう1つ。佐渡島さんの本には「プロデューサー」っていう言葉がたくさん出てきますが、その言葉は確かに編集者の仕事をよく表しているなあと。でも今はまだ「プロデューサー」って言うとどっちかっていうと……

佐渡島:うさんくさい感じ(笑)。

三木:セーターをこう着て、なんか銀座でチャンネーとシースーで、みたいな(笑)。あの言葉を払拭するなにか新しいキーワードができたらなーという気がしています。

佐渡島:コルクを作ったときに、いろんな人から「コルクの職種って、アメリカで言うとビジネスプロデューサーだよ」と言われたんです。「エージェントっていうと、権利を持っているだけで作品に口出ししないし、責任も持たないし、違うよ」って言われた。だけど、「コルクを作りました。作家のビジネスをプロデュースします!」って言うと、うさんくさい感じがすごすぎて。

で、エージェントっていうのは海外にはあるけれど、日本にはなかったっていう説明の仕方のほうが、うさんくさくないと思ってエージェントって言ってるんですよね(笑)。

「お前いなくていい存在だから」と言われ続けた

三木:いやもう大成功だと思いますね(笑)。

僕も、作家さんはこれから、ソーシャルにつながることで、背景にあるストーリーやドラマを見せることが必要になるだろうと思います。もちろんそうしない旧来のスタイルの方もいらっしゃって構わないのですが、今後はそういうチャンネルもひとつ増えたよ、ということです。

たとえば今までは、「人と会いたくないから作家になる」ということも成立していたんです。しかし、これからはそれができにくい世の中になってきていると思います。でも、だからこそ、編集が「こういうふうに考えようよ」と手ほどきやアドバイス、協力をしてチームとして支えてあげることで、より大きな成果が上げやすくなってくるとも考えています。

佐渡島:今年はかなりエンジニアを入れて、作家が使えるような仕組みを開発しようと思っていて、それがうまくいくと本当にいろんなことが変わるだろうなと思うんですよね。

三木:プロデューサーではない新しい言葉……昔はファッション誌で新しいライフスタイルやキーワードを提供していたじゃないですか。あのノリで、「うさんくさくない編集プロデューサー」の名称があると……。

佐渡島:いいですよね。あと、三木さんの本(『面白ければなんでもあり』)に「有名な担当作を持っていないと『一人前の編集者として認めないよ』と言われている気がする」という話が書いてありましたね。それでいうと、僕は恵まれていて。

面白ければなんでもあり 発行累計6000万部――とある編集の仕事目録

講談社の時は、井上雄彦さんと安野モヨコさんを先輩と一緒に担当させてもらっていたのですが、対外的には、井上さんと安野さん担当してるって言うと、「すごいね!」って言われるじゃないですか。2、3年目とかでも。

でも僕の指導社員は「お前、本当にいてもいなくてもよくて、横に連れていってるだけだから」って。「お前いなくていい存在だから」「本当にいなくてよくて、作業やらせてやってるだけだから」っていうことをずーっと言われてて。

だから、早く「いないとダメな存在」にならないといけない、と思ってました。どうすれば「いないとダメな存在」になるんだろう。なにをやるとそうなるんだろうっていうのはすごい必死で考えていたんですよね。三木さんも同じマインドを入社1、2年目のときに持っていて、努力したから、似た感じになったんだなと思って。

三木:佐渡島:さんにもそう思っていただけるなら、これはきっと正しいはずですよ!

新人賞や持ち込みがなくても、新人は発掘できる

三木:ところで、「モーニング」の、新人漫画賞の審査とかはされているんですか?

佐渡島:してないです。

三木:たとえば、「コルク」が新人とか新作を生み出そうと思ったときに、今までの『モーニング』編集部なら、持ち込みや毎月の漫画新人賞があって、常に募集しているじゃないですか。あれは、『モーニング』という媒体力があってこそできていることだと思うんですけれど、「コルク」はその新人賞に関わっておらず、持ち込みもないとしたら、優秀な「次の新人、次の新作」をどうやって探ろうとされているのかが気になります。

佐渡島:講談社時代に『宇宙兄弟』のムックを作ったことがあるんですけど、ふつう編集部がムックを作るときって、講談社だけかもしれないですけど、複数の部員で協力して作るんですね。でも僕、『宇宙兄弟』のムックは宇宙兄弟担当だけで作ったんですよ。部内のほかの担当作家さんには、ほとんど声をかけませんでした。

We are 宇宙兄弟 Vol.1 (講談社 Mook)

そこでネット上で、原稿書けるかどうかわからないけど面白そうな人に声かけたんです。たとえば山中俊治さんというすごいデザイナーの方に、「未来のロケットデザインについてエッセイを書いてみてください」って頼んでみるとか。Twitterが面白いダ・ヴィンチ恐山に「絶対おもしろいのを書けるから小説書いてみよう」とか。小説家の宮下奈都さんに「短編を書いていただけませんか」ってTwitterで話しかけて。興味あったらDMで直接やりとりして。その方法で、ムックの原稿が集まったんです。

Twitterでその人の発言を24時間365日見ていると、その人がどういうところにアンテナを張っていて、面白いものを書けるか書けないかっていうことは、書いたことなくても想像できるんです。だからこっちのアンテナの貼り方次第で新人って見つけられるなって思うんですよ。

これからは「作家がいい編集者を見つける」ことが大切になる

佐渡島:今後の漫画家とか小説家や新しいクリエイターは、SNSをどう使いこなせるかが重要。さらには自分をプロデュースしてくれて、自分が作品に集中できる環境を作ってくれるのが重要だから、そのために自分で編集者を見つけることも必要になってくると思います。昔は、自分にあった媒体を見つける必要があったわけですが、これからは、自分のためにチームを組成してくれる人が必要になります。

出版社とかメディアの場合は、メディアの空白を埋めないといけないじゃないですか。だから編集者が作家に声をかけなきゃいけなくて、作家は編集者から声がかかるのを待つ。それでいっぱい声がかかるのがいい作家だったと思います。でも、作家のほうから自分にあったいい編集者に声をかけれるかどうかも作家の才能のひとつじゃないかと僕は思っています。

ただ、僕個人は経験があって、新人の見つけ方を知っていますが、コルクという会社の新入社員がどういうふうに新人を見つけるのかを考えるのも僕の仕事です。やはり会社としての仕組みが必要だなと思っていて、noteと一緒に新人賞をやったりしました。新しいメディアと組んで、僕らが審査委員をするのはありえると思っています。

三木:なるほど、今はメディアがたくさんありますから、そのどこかと組めばいいんですね。いい意味でいろんなところと組めますもんね。

佐渡島:逆にいろんなところと組めるから、いろんなタイプとも会えるんですよ。

三木:たしかにそういう意味では、既存の出版社ではなく、新しいプラットフォームとも組むことができるわけですしね。

佐渡島:だから新人はいくらでも見つかりますよね。

あと、今『宇宙兄弟』のサイトでどんどんいろんな連載が始まっているんですよ。宇宙関係のことで、NASAの研究者のエッセイとか、ロボットの研究者のエッセイとか。今後もっと増えていくんですけど、もっとアクセス数が伸びたら『宇宙兄弟』に影響を受けた新人漫画家の連載も始めようと思ってるんです。

そういうふうにしていくと、全部それぞれの作家の下に、その作家に影響を受けた外部の人とか、漫画家とか小説家のものも載るようにしていく。そこでたとえばさらに二次創作まで許容してしまって、それが売れたら、その人にも印税を渡すっていう仕組みとかまで作ることが可能かもしれない。

ビジネスは、全員がハッピーになってこそ継続性がある

結局、作家はみんなほかの作家の影響を受けているわけだけども、それを可視化してあげると、作家にもいい影響があると思っています。小山宙哉の影響を受けている人は小山宙哉のサイトでやったほうが当たりやすいんですよ。

三木:なるほど。たしかにそういったほうが「ドラマ」があるし、同じ趣味や嗜好を持っている方々にも親切で見つけやすい施策ですね。

佐渡島:そこで1回、小山宙哉のファンを自分のファンにもした漫画家が、スピンアウトして、自分のサイトを作って今度またそこでやってくるっていう、料理人の「のれん分け」みたいなシステムでメディアを作って行こうと思っているんですよ。

三木:不良漫画をいろんな漫画家さんが描く某出版社さんのシステムだ(笑)。

佐渡島:そうですね。あれをネットでやっていく感じですね。

三木:なるほどなるほど。自分も、コルクさんのようなお仕事を視野にいれて、新会社を立ち上げていますので、非常に勉強になりました。

佐渡島:よかったです。

三木:佐渡島さんに以前お会いしたとき、「自分たちの仕事は、作家のメリットを追求するだけではなく、出版社のメリットも追求し、作家、出版社、コルク、三者すべてが今までよりも利益が出るモデルを目指している」というようなことをおっしゃっていたんですよね。それがとても、すばらしいなと。

佐渡島:そうですね。ビジネスは、全員がハッピーになってこそ継続性があります。

三木:欧米のエージェントというのは、やはり片方にだけしか利益をもたらさないイメージがありまして、たとえばプロ野球選手のエージェントなら、球団からはどうしても悪役のような印象も受けがちです。

しかし、佐渡島さんは先ほどのように、欧米式エージェントではなく、いわば「日本式エージェント=未来の編集者像」を模索しているところが、大変ずうずうしいのですが、僕の思想とも合致していたんです。

佐渡島:ありがとうございます! 一緒に頑張っていきましょう。

三木:だからこそ佐渡島さんは、今も講談社とお仕事をされているのでしょうし、僕のほうもこれからも電撃文庫でバリバリと仕事をさせていただくつもりです。そして、出版社からは「こいつに仕事を頼むと本がたくさん売れるな、便利なやつだな」と思ってもらいたい。それが理想ですね。