脳の不思議な現象

ハンク・グリーン氏:フランス語には、脳が持つ不思議な力を表す優れた言葉が多く存在します。フランスの人はもっとこのことに注目すべきでしょう。

例えば「ジャメヴュ(jamais vous)」とは「見たことがない」を意味し、「未視感」つまり日常見慣れたものが突如、初めて見る新奇なものに感じられることを言います。例えば、「手」という語を見たとしましょう。「手」という語が、書いてみると突如、奇妙なものに感じられてしまうのです。

また「プレスクヴュ(presque vous)」とは「ほぼすべてのものに対する既視感」の意で、「舌先現象」つまりのど元まで出かかっているのに思い出せないことを指します。

また、最も有名な脳の現象のフランス語は「デジャヴュ(Deja Vu)」つまり「既に見た」を意味する「既視感」でしょう。これは初めて起こったことであるにもかかわらず、今まさに起こっていることが前にもあったような感覚を指し、不気味で謎めいたものです。

「デジャヴュ」を経験する人の脳でなにが起こっているかは具体的には科学ではまだ解明されてはいませんが、30ほど仕組みの検証があり、記憶の仕組みに基づいた優れた推論がなされています。

脳の記憶には2つの仕組みが働きます。第1に、記憶の処理を行う側頭葉中央部は、耳のそばにありますが、まずここで物事を見たことがある、と認識します。

第2に、短長期の記憶を主に司る海馬は、側頭葉内部に位置しますが、以前にあったことを思い出す役割を果たし、記憶を呼び覚まします。

通常はこの2つの処理、つまり見たことがあるという認識作業と、思い出す作業とがうまく連動して働きます。脳が「見たことがある」という認識を記憶するのは、見たことがある理由を思い出す前ですが、たまにそれらが同時に出てきてしまうのです。

科学者が考える理由はさまざまです。ある学者は、デジャヴュがもたらすのは、それを見たことがあるという視覚情報であることから、片方の目から脳に送られる映像が、マイクロ秒単位でもう片方から送られる情報より遅れて脳に届くためだと唱えています。「2度目に見た」という感覚は、これで説明がつくかもしれません。

また別の説は、見たことがあるという認識作業と、思い出す作業との間に、なんらかの不具合があって、間違ったタイミングで誤動作するというものです。

録音と再生ができるテープレコーダーに例えるとわかりやすいでしょう。脳も同様の働きをします。通常は、まず録音し再生はその後で行います。しかし、たまに録音している最中に再生するという誤動作を起こします。もし脳が、録音中に再生を行えば、現在のことをあたかも記憶のように錯覚するでしょう。

研究者たちは、子供は通常、8、9歳になるまではデジャヴュを経験しないことに気が付きました。10代、20代になるとみんなが経験するようになり、25歳くらいで次第に減少します。こういった情報は知識としては興味深いですが、あまり原因究明には役立ちませんね。

幸い、現代は脳科学の黄金期で、脳に関する新たな発見が次々なされています。さまざまな事象の原因が解明されるのは大いに喜ばしいことですが、率直に言って、僕としては最初のエピソードからの誤りを直したいです。なんて言いましたっけ? そう、「プレスクヴュ」ですよね。「舌先現象」です。