2024.11.26
セキュリティ担当者への「現状把握」と「積極的諦め」のススメ “サイバーリスク=経営リスク”の時代の処方箋
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——ここまで、「考える野蛮人」がロールモデルだという灘中・灘高の教育のお話、あまりに瑣末な知識を問う難問・奇問を入試に出す大学の問題などについて、いろいろとお話をおうかがいしてきました。
そこから抜け出すために、個人レベルで、また、教育の現場レベルでは、どのような取り組みが必要でしょうか?
鈴木寛氏(以下、鈴木):「考える」より「学ぶ・覚える」が中心になった元凶は、1979年に導入されたマークシート方式だと考えています。人間から思考力を奪いたければマークシートが一番ですね。それがだんだん普及していって、1990年にセンター試験になって、私大も参画して……今日に至るというわけですね。
津田久資氏(以下、津田):「文章を書けない人」でも大学に入れるようになった、と。
鈴木:ええ、その頃から日本人は考えなくなったんじゃないかと私は思っています。やはり記述式の試験というのは、相当な知的エネルギーを要します。「ものを書く」というのはすごく重要なことなんです。
だから私たちが注力している入試改革のカギは、「どれだけマルチプルチョイス(多肢選択法)の比率を下げて、記述式を増やせるか」なんですよ。
津田:その代わり、採点する側も大変になりますね……。
鈴木:おっしゃるとおり。いまは教員のほうもマークシートとか選択式の環境の中で育ってきていますので、なかなか難しい部分はあります。ただ、これまでこの悪循環を35年続けてきて、「考えない日本人」を量産し続けてきたわけですから、これを改めるのはそう簡単なことではないと思っています。
津田:そのためにはまず「書く」習慣ですよね。いや、ホントに社会人に文章を書かせるとひどいですよ。逆接の接続詞だとか接続助詞が入っているのに、まったく逆接になっていなかったりとか。
鈴木:そう、まずは書くことですよ。文章を書くと、自分の考えのあやふやなところに気づけるし、まさに書き分けられるようになりますから。
高校生にはひたすら文章を書く練習をしてほしいですね。そのためには、もっと学術書をしっかり分量読まなければダメです。クイズ番組みたいな難問・奇問に答えるために勉強するなんてつまらない。
かつての旧制高校の生徒たちのように「デカンショ(デカルト、カント、ショーペンハウアー)」みたいな難解な哲学書をわからなくても読んで友人と議論したり、自分なりの考えを書き留めるといった経験が、15歳から18歳くらいには必要なんですよ。
津田:そうですよね。昔はみんな寮生活でしたから、理系も文系も関係なく同級生や先輩後輩と話をしていた。
鈴木:そう、みんなで議論をしたと思うんですよ。そこでも、やはり基本になるのは「言葉と幾何」です。
津田:そうですね。研修なんかでも「考えるとは書くことだ」と何度も伝えているんですが、一方で「そもそも自分で正しい文章が書けているのか自体が判断できないんです……」という人もいます。なぜそんなことになってしまうかというと、そもそも頭のなかに「正しい文章」が入ってないから。
鈴木:読書してないからでしょうね。
津田:だから僕は、日本人というのはどこかで「外国語を学ぶように日本語を学ぶ機会」が必要なんじゃないかなと思っているくらいです。
鈴木:そうですね、論理日本語を学ぶ機会というのは必要かもしれません。
津田:まず「単語の意味」を徹底的につかむ必要があるし、さらには暗唱してしまうくらい「ちゃんとした文章」を読まないといけない。
鈴木:読んだだけでは頭に入らないという人もいるでしょうから、何度も何度も精読することです。1人でやっていては大変なら読書会をやるのもいいでしょうね。
鈴木:原理原則をしっかりつかむ方法として、もう1つ考えられるのは、教えることです。ラーニングピラミッド(学習ピラミッド)によれば、知識を定着させるうえでは「人に教える」のが一番なんです。
津田:本当にわかってないと誰かに教えられませんし、わかりやすく教えるには「言葉」の力が求められますからね。
鈴木:たとえば私は、東大と慶應でも教鞭をとっているんですが、ゼミの学生たちが「教え合う」ように仕向けています。思えば「精力善用、自他共栄」の精神が行き届いた灘高にも「教える」文化がありましたよね。
受験のときも個人技というよりは団体戦を戦っているようなイメージ。受験生同士が得意科目を教え合っていました。
津田:成績上位の人はもう「受かる」ってわかっているから、余裕があるんだと思いますが(笑)。
鈴木:あと、教えられる側にとっても、仲間から教わったほうが、わかりやすかったりするんです。
先生たちはもう何十年も前に理解したことを教えているわけだから、そもそも自分がどうやって理解したのかという「プロセス」を忘却してしまっているんですよ。
一方、同級生というのは、つい1ヵ月前くらいに理解したばかりだったりするから、理解までのプロセスをビビッドに覚えている。「このルートをたどり、この瞬間に自分はわかった」という体験が頭の中に残っているから、先生よりもうまく教えられることがある。
津田:なるほど、それはとても説得力がありますね。それにしても、「先生が教えない教育」というのは、ある意味では究極ですよね。
鈴木:「先生が教えずに生徒たちに考えさせる、教え合わせる」というのはハーバードなんかも一緒だと思います。灘高に追いつこうと頑張っている学校がなかなかうまくいかないのは、先生たちが一生懸命「教えよう、教えよう」と努力してしまっているからかもしれませんね。
私もゼミを設計するときには、「縦の学び」「横の学び」「斜めの学び」のバランスを気にするようにしています。同級生間の横の学び、先輩後輩の斜めの学びをうまくかみ合わせれば、本来、縦の学び(先生・学生の学び)はゆるいほうが、学生は伸びるんですよ。
津田:なるほど。
鈴木:灘はやっぱり横の学び、斜めの学びがよかった。先生が教えない教育。そうすると自主的に考えますから。でもこれには、どうしても教員のほうに我慢がいるんです。
津田:普通の先生は教えたくなっちゃうでしょうね。
鈴木:私はときどき学校の先生たちと一緒に、高校生を対象とした「熟議ワーク」をやっています。熟議というのは「熟考したうえでの議論」のことなのですが、生徒たちをいくつかのグループに分けて、付箋や模造紙なども使いながらディスカッションさせるんですよね。
そのとき、先生たちは各テーブルを回りながら、生徒がやっていることを徹底して見て、聴く。とにかく先生は手を出さない。「見られている」というだけで、生徒たちには十分な緊張感が生まれます。
でも、高校の先生はすぐに「助け舟」を出そうとするんですよ。ワーク終了後の振り返りのときに、「鈴木さんって、本当に『待て』ますよね」って感心されるんですが(笑)。
津田:助け舟を出さない教育って、僕もとても大事だと思っています。やはり自分で考えて、自分でわかったことは忘れないないですから。
鈴木:そうそう、忘れない。でも、高校の先生たちもかわいそうなんです。結局、学習指導要領で決められている範囲までは授業をやらなきゃいけないので、とにかく学期中に授業をこなすというスタイルになってしまいがち。生徒が理解していようがいまいが、とにかく形だけの授業をやるという「発信主義」になるんです。
それよりも大事なことは、「自分で学べる子」を育てることです。灘の授業のいいところは、「導入の部分」にものすごく時間をかけること。そこで原理原則が頭に叩き込まれているので、そのあとの授業がスピーディにさーっと進められる。
津田:僕も企業研修や社会人セミナーでは参加者を指すんですが、答えが出るまでなるべく待つようにしていますね。一度、あまりにも待ちすぎて、授業が終わったら23時45分だったこともあるくらい(笑)。指された人はつらいですけど、こうでもしないとみんな考えないんですよ。
その意味でいうと、単なるグループディスカッションというのは「考えさせる」のに向いていない。みんな考える前に「間」を埋めようとして「しゃべって」しまいますからね。
鈴木:ええ、よくわかります。熟議ワークでも、最初は参加者には発言させません。まずは個人で、脳のなかに入っているアイデアを全部、ポストイットに書かせる。
「このテーマに関して頭のなかにあることをすべて書き出しましょう」と言うと、日ごろからものを考えている人は、10枚でも20枚でも書ける一方、ぜんぜん書けない人も出てくる。わざわざ「あなた、普段から考えていませんよね?」なんて言わなくても、もう目の前のポストイットを見れば、考えているかどうかは一目瞭然です。
津田:質も大切なんですけど、量は質に展開しますからね。やっぱりたくさん出せることが必要条件だと思います。
鈴木:そう、そのあとにポストイットをグルーピングさせて、グループにラベリング(名前をつける作業)させます。ここでは「言葉の力」の差が歴然と出ます。いい名前の候補をどんどん出せる人と、なにも言えない人——その人のもつボキャブラリーの豊かさが露呈するわけです。
津田:ボキャブラリーの豊富な人材と言うと、僕はいつも芸人を思い浮かべるんです。
鈴木:私も前から芸人さんについては「この人たち、めちゃくちゃ頭の回転がいいな~」と思っていますよ。彼らはずっとネタを考えていますから、相当、地頭も鍛えられている。ああいう頭のよさが、これからの日本には本当に必要なんですよ。
津田:石井てる美さんっていう、東大を出てからマッキンゼーに行って、TOEIC990点満点なのに今は芸人をやっているというおもしろい人物とも対談しました。彼女も周りの芸人を見てまったく同じことを感じていましたね。
鈴木:へえ、おもしろい人が出てきていますね! なにを隠そう、私、東大時代には駒場小劇場で芝居もやっていたんです。
津田:それは知りませんでした!
鈴木:芝居とか漫才の脚本というのは、間、言葉の選び方、論理性と感性、量から質への展開、要素の重みづけ(プライオリティ)といった、まさに「思考に関わる総合力」が問われますよね。
それこそ津田さんのビジネス研修なんかでも、生徒さんにはお笑いの脚本を書いてもらったらいいんじゃないですか? ビジネスマンが思考力を磨くには、最高の方法かもしれません(笑)。
津田:藤原和博さんとの対談したときに、藤原さんも「ロールプレイング(役割を演じること)の力が重要だ」という話をされていました。ロールプレイングの考え方はいろんなところに使えますよね。
鈴木:まさにお笑い芸人もそうだし、経営もそうですから。
津田:商売というかマーケティングそのものが「顧客の立場で考えること」なわけですから、まさにロールプレイングは大事ですね。
鈴木:結局、「東大を出て出世している人間」と「そうでない人間」の違いがあるとすれば、それは「ロールプレイングができるかできないか」「シナリオが書けるか書けないか」の違いに尽きるでしょうね。
こういう非認知スキルって、学力とか学歴とはまったく関係がない。東大卒の方でも、非認知スキルがない人って割と多いようですから……。
津田:わかります。まさに IQとEQの違いというか。
鈴木:これからは「思考力」とひと口に言っても、そういった方面に思考力を使える人が求められるようになっていくと思いますね。
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