メディアの自由をどのように保証するのか

司会:先ほどのこちらの男性の方お願いします。

記者1:○○と申します。こちらの協会の名誉会員です。私たちはもちろん政府にしっかりと仕事をしてもらうために当選させているわけです。

メディアがある意味でそれを監視するような役割を果たしているんですけれども、現在あるリスクというのは政府、選挙、国会からメディアなどが買われることがあるのです。お金等の関係なんですね。

私の質問ですが、メディアの自由をどういうふうに保障するのかについてお聞きしたいと思います。

デビット・ケイ氏(以下、デビット):ご質問ありがとうございます。一番はじめに重要だと申し上げたいのは、メディアの中での変化を起こすのであれば、それはもちろん日本市民がやらなければいけないことだと思います。

私たち、国連人権理事会の方からの役割としては明確なんですが、表現の自由に関する状況、世界中の状況を調査し、人権法とどういったところで問題があるのかを指摘し、そしてそれを今回のような訪問を通して提言などを作っていくことが私の役割です。

そしてその提言はその国の社会、その国の政府が表現、または人権の自由を十分に保障されるような仕組みを作るということです。

私が今回の訪日にやろうとしていることというのは、そういうったようなことを指摘することです。しかしその変化を起こす、または実際に行動をとるのはもちろん日本の問題になってくると思います。

日本の政府、日本の活動家、日本の専門家の皆様が、たとえば日本国憲法の第21条からの権利を保障することが日本の仕事になっていると思います。

私の役割としては、それについてハイライトしていくことなんですね。国際人権法に基づいて日本の市民にそれを提示していくことが私の仕事です。

なぜ一度訪日がキャンセルされたのか

司会:ありがとうございます。

記者2:○○と申します。2つ質問がございます。1つ目です。なぜ去年キャンセルしたのかという理由はわかりましたでしょうか。昨年の訪日調査がキャンセルされた理由は今回わかりましたでしょうか。

2つ目の質問です。先程のお話の中で、メディアとジャーナリストと政府の間に緊張感があることは普通であるとおっしゃっていましたけれども、具体的に、絶対的に何が違うのでしょうか。日本の緊張感と海外の緊張感、具体的に何が異なるのでしょうか。

デビット:まず外務省からのキャンセルについてなんですけれども、日本国政府からのキャンセルは聞いたことからしか私は申し上げることができません。

何を聞いたかといいますと、もちろん最初に招待があったわけです。そしてスケジュールが決まりました。そして国会は予算審議中であったということでありましたね。

国会が予算を変えていましたと。そういったところできちんと対応ができない可能性があると言うふうに聞いております。それが理由であると聞かされております。

そのようなことでキャンセルがありまして、実際にその時のほうの訪日調査をぜひとも叶えたいと言う多くの方々の力があって今回実際に実行することができたわけですけれども、本当の理由を聞くには政府に聞いていただく必要があるかと思います。

12月の訪日をなぜキャンセルしたのかということについては直接聞いていただくしかないと思います。

メディアと権力の健全な緊張感とは

デビッド:2つ目の質問ですけれども、緊張感の種類なんですけれども、まずジャーナリストの役割として私はガードドッグであると、ウォッチドッグであると、見張り役であると言うふうに役割を位置づけることが可能であるというふうに思います。

ですから情報をオンラインに出したり、新聞に出したり、テレビで流したりということをするわけですけれども、政府から聞いた話をそのまま報道すればいいということではなくて、それに対して議論を呈するわけですね。

これでいいのか、こうあるべきなのかと言うことを、その議論を含めて記事にするわけですけれども、日本においてこれは非常に深い伝統があると言うふうに思います。

どういう伝統かというと、そのようなことがここ数年間においてなかなか難しくなってきているということです。つまりその政府に対していろいろ異論を呈す。そして疑問を呈すといったことが最近弱体化していると言うふうに思われます。

先ほどもお話しした通り、政府がプッシュバックをしてジャーナリストが報道した内容に対して「これは違う」とか「これはこうではない」とか政府が記事を読んでそれに対して反対をするということはよくあることであり、それは合理的であるわけです。

ただ、それに対してさらにメディアが、いや違う。そのような議論を行うということが必要であるわけです。法律的な、構造的な問題があって、それがされていないということが最近の問題であります。

政府が記事を見て「これはこうである。違う」と言ったことに対して、メディアが「いや違う」と言うことを力強く言い返す力が弱体化しているというふうに考えるわけです。

これは最終的には日本市民のみなさんにも関係していることであり、いわゆるその政策の選択がありますね。これは直接日本の市民に対して関係のあるところです。

例えば今回の震災が起きた話であります。ロサンゼルスでもよくこのような懸念があるんですけれども、断層の真上に原発があるわけです。

まさにこういった議論が日本の市民をまじえて議論するわけです。私は日本語が読めませんので、日本の記事で実際にそういうふうな議論が起きているのかどうかということを、この目で確認することができませんでしたが、実際、いい健全な緊張感というのは、本当にメディアがまず自体を報道し、それに対して議論をし、日本の将来がどうなるのかということについての意見を述べると言うことが健全な役割であるというふうに思うわけです。

それが起きているのか、あるいはそのような声が弱体化しているのかというところが、私の懸念があるわけです。例えば震災、原発といったところで電力がどうなるのか、上下水水道がどうなるのかということを含めて市民は興味関心があるわけですけれども、それに対する情報を的確に入手しようとしているのか。

そして政治的判断がそれに影響及ぼす場合は、それに対してしっかりと議論をしているのかということを確認する必要があるわけです。

繰り返しますが、私は日本語が読めませんので実際にそういう議論が起きているのかどうかわかりませんけれども、どういったレポートがなされているのかどういった報道があり、それに対して政府が何を言い、さらにメディアがそれに対して何をいい返すのかというところが、これからしっかりと見ていかなければいけないところだと思います。それがジャーナリズムの真髄だと思うからです。

どのようなブログで自由な思想が書けるのか

記者:○○と申します。フリーランスジャーナリストです。先程の話の中では、日本のインターネット上、またオンライン中がトップクラスであると言うふうな発言がありました。日本にはリーダーであるということを申し上げるんですけれども、私の理解では残念ながらそうではないと思います。

なぜかといいますと例えばブロガーのことなんですけれども、例えば政府を批判するようなブログを書いたブログが急にインターネットプロバイダー、サーバからブログが急にキャンセルされると言うような事例があります。

例えばアメーバ―ブログという会社(※サイバーエージェント)があるんですけれども、その社長が安倍総理大臣の仲間であるというようなケースがあるんです。そういったいようなブログなどの問題があるということがあります。

どのようなブログプロバイダーが自由に発言できるのか、どういったサーバーで自由に書けるのか。ですので、私の質問なんですが、ぜひそういったようなネット上にインターネット上の自由などについてもう一度調査お願いします。

これは質問とは聞こえないかもしれませんが、アドバイスみたいなことですね。質問としては、そういったようなことについて何か聞きましたか? ご存知のことはありますか?

デビッド:私はその具体的な事例について初めて聞きました。しかし、もし理解が正しければ、世界中の問題にもなっていると思いますが、とくにインターネットの会社、ソーシャルメディアなどの会社がどういう時にあるブログやメディアなどをキャンセルする必要があるのか判断することは、今世界中でも問題になっています。

各国でも異なることがありますし、各国の政府などによってやり方などはかなり異なってきます。でも、それぞれの会社がたとえばセクシャルハラスメントなどのような決まりなどがありますよね。それはまだ会社によっては曖昧な状態になっているというようなものもあります。ぜひこの状況について、また情報などがあれば提供していただければと思います。

日本におけるインターネット会社、メディアなどのやり方について、またぜひ情報などを提供していただければと思います。

紛争地取材ができないことについて

司会:ありがとうございます。では次、まだ質問をしてない初めての方にお願いしたいと思いますが、奥の方で手を挙げられている男性の方お願いします。○○さんご質問ありますでしょうか。

記者:フリーランスの○○と申します。日本語で失礼します。日本の政府は紛争地取材をするジャーナリストに対して、「マスコミ、フリーランス問わず現地に行くな」というようなことを言ってきまして、ときにはそれ以上のこともすることがあります。

具体的に妨害してきたりとか、そういうことに関して今回いろいろお話を聞かれたと思うんですけれども、そういったご感想、あるいはご意見がありましたらよろしくお願いします。

デビッド:今回の訪日では、今申し上げられているケースについてが聞く機会がありました。これはフォトジャーナリストのケースだったと思うんですけれども、シリアから取材をしようとしていたジャーナリスト、紛争地のジャーナリストだったんですけれども、シリアとイラクに行こうとしたときに政府のほうが「シリアに行ってほしくない」ということで、そういったような事例がありました。

それは日本のジャーナリストが殺されてしまった直後だったと聞いておりますが、これは非常に問題だと、私も認識しています。細かい話について省略していますが、パスポートが取り上げられたと言いうようなことになったと思います。それで新しいパスポートを入手したとき、パスポート中にはシリアとイラク以外の国への渡航ができるというようなことが書かれていたということがありました。

これについて具体的に外務省と話すことがありました。多くの国ではそういったような制限があるかもしれませんが、そういったようなことは決してジャーナリストに適応されるべきではないということは、私の方から指摘しました。

とくに日本のジャーナリストが殺されてしまったあと、日本の市民はシリアについてもっと情報を得ようとしていたというようななかで、ジャーナリストが自分のリスクを背負ってそれで取材をしようとしている。そのようなジャーナリストがいれば、それはできるような環境を作るべきだと思います。それはジャーナリストが果たす役割の1つです。

そういった時の日本の政府の行動が不適切だったと認識しております。それは具体的に外務省にも要求をしました。とくに紛争地で取材をされているジャーナリストが自由に報道できるような環境を作るように、政府に呼びかけました。