「人類vsバクテリア」の歴史

ハンク・グリーン氏:抗生剤は人類が成し遂げた偉大なる発見です。スコットランド人であるアレクサンダー・フレミングは1928年にペトリ皿で何かおかしなカビが育っているのを見つけました。

それは、抗生剤がバクテリアをやっつけている様子でした。なんてことのないカビが作り出していたのはペニシリンでした。人類の寿命を10年も延ばし、薬に対する考え方を根本的に覆した抗生剤は、一役スーパースターとなったのです。

抗菌薬や抗生剤には体に害をなすとされるバクテリアの生成を消滅させる働きがあります。また、あなた自身の体が持つ免疫系がバクテリアの暴走を押さえられるように生成を制御する働きもあります。言わば、選ばれた毒というわけです。

それらの薬の働きには目を見張るものがありました。バクテリアの増殖を妨げる機能にピンポイントに働きかけ、体内のホスト細胞を傷つけることはなかったのですから。ちょっと前までは。

ここしばらく、抗生剤の科学技術はバクテリアの進化との戦いを続けてきました。

SciShowでは、どんなにあなたが頑なに抗生剤を信望していたとしても、いやな感じに変わっていくバクテリアの急激な進化の前では抗生剤はなす術がなくなるとお伝えしてきました。

米国疾病管理予防センターが2012年立てた見通しによると、2,000,000人のアメリカ人が薬に耐性を持ったバクテリアの被害にあい、その結果、23,000人もの人たちが命を落とすとされています。

瀬戸際でなんとか食い止めないと、それらバクテリアを媒介する虫は瞬く間に世界規模で深刻な健康被害を引き起こすでしょう。

問題は、既に私たちにペニシリンを含むカビや合成分子などからできる抗生剤の力が及ばなくなってきているということなのです。

幸い、私たち人類には何かを生み出すことにかけてはとてつもない力を発揮することのできる素晴らしい頭脳が備わっています。

ですので、危険なバクテリアを消滅させる方法を見つけ出したり、私たちよりもバクテリアを消滅させることに長けている何かを見つけ、それに学び、バクテリアを私たちから遠ざけることができるようになるでしょう。

世界が滅亡してもゴキブリは生き残る?

世界が滅亡の危機に直面したとしてもゴキブリだけは生き残る、というジョークを聞いたことのない人はいないでしょう。ここ最近、ゴキブリの特性としてよく知られている腹立たしいほどの粘り強さについて解明される部分が出てきました。ノッティンガム大学の研究結果によると、バッタやゴキブリのような昆虫は強力化した抗生剤のような物質で脳を満たすことができるのだとか。

研究者たちは9つの異なる抗生剤の分子がゴキブリの神経系の中に押し入って致命的なバクテリアから身を守っていることを突き止めました。

それはペプチド類として知られる分子です。鎖状のアミノ酸で、原始的なプロテインです。ペプチドは虫たちの脳に素早く働きかけることができる分子です。それにしても、ゴキブリの脳細胞がお互いに伝達し合っているというのは化学的なことですね。

ゴキブリがうろついているのを見かけたときは、私の言ったことを考えてみて下さい。ペプチドがどのような働きをもたらしているのかは私にはわかりませんが。

研究室の実験では、ペプチドは私たちにも馴染みがあり胃腸感染症を引き起こす最も危険なバクテリアである大腸菌を除去することに大いに役立っているという結果が出されています。

とくに院内感染に歯止めが効かないとされるブドウ球菌、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌にさえ、効力を発揮するというのです。研究室の実験では、ゴキブリが放出する分子はホスト細胞を傷つけることなく、何と、90パーセント以上もの耐性黄色ブドウ球菌を退治したのですよ。何を考えているかわかりますよ。「黙れ! 金持ってこい!」でしょ?

まあ、ちょっと待って下さい。薬としてのゴキブリの脳について考えないといけませんね。まだまだゴキブリについて解明すべきことはたくさんありますよ。分子が作用する方法だとかね。

はたして、ほかにはゴキブリのような生物はいないのでしょうか?

アリゲーターが感染症にかからない理由

アリゲーターは地球上で最も恐れられている猛獣で、バクテリアや真菌、その他もろもろの病原菌がうようよしている汚水の中で住み続けています。

アリゲーターと言えば、けんかっ早いことの方が良く知られているでしょうか。

ちょっとした領土争いで20,800ポンド(約9,500キロ)もの重さのは虫類が取っ組み合いをすれば、出血するほどのかみ傷や手足を損傷するほどのケガを負う大惨事になることは容易に想像がつくでしょうが、それでも、アリゲーターがなんらかの感染症にかかることはまずありません。このことは科学者たちの興味を大いにそそりました。

ルイジアナ大学の生化学者マーク・マーチャント博士は、10年もの歳月を費やした研究で何がそんなにアリゲーターをバクテリアや疫病に強い体にしているのかを調査しました。

その秘密は、アリゲーターの血液にありました。アリゲーターの免疫システムの大部分は先天的に備わっているものだったのです。つまり、自らが働きかけなくても体が勝手に有害な微生物をやっつけるのです。アリゲーターというのは体のことは何も考えずに自分たちの卵を投げ合うようなけんかがいつでもできるのですね。

私たち人間にも先天的な免疫が備わっています。白血球に守られている皮膚のように。

私たちの免疫の大部分には適応力があり、常に特定の病疫に対応出来るように変化しています。既に、特定の病疫が流行った後にしか変化しませんが。

この決して効率的とは言えない免疫の適応の過程をアリゲーターはすっ飛ばしているのです。研究者達はアメリカン・アリゲーターから血液サンプルを採取し、病原菌感染と白血球が戦うようにしむけ、その後、血液細胞の中から活発な働きを見せるたんぱく質を抜き取りました。

それらの細胞にはさまざまなバクテリアを弱め、死滅させることができる特別なペプチドも含まれていたのです。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌のような薬の効かないバクテリアが軒をつらねても、ペプチドは効力を発揮するのです。

とくにエイズに深刻な影響を与えるとされていたカンジダ・アルビカンスにもペプチドは有効で、患者の弱っている免疫システムに投与することで、カンジダが引き起こす症例を減少させることができるのです。

クロコダイルやコモドドラゴン、カエルやヒキガエルの皮膚にも同じことがいえます。研究所の実験から、アリゲーターの血液は23種類もの異なったバクテリアを死滅させることができることが判明しています。

その中にはサルモネラ菌や大腸菌、ブドウ球菌や連鎖球菌、科学者達が治療薬を開発するために、その化学構造を研究中の、HIVウイルスさえも含みます。どの病原菌に狙いを定めれば良いのかがわかれば、治療薬の開発もそう遠くはないでしょう。

海底深くの10億年前の泥にヒントが?

ただ、1つ問題があります。研究から、アリゲーターの血清は強すぎて、人間の細胞には猛毒に成り得ることがわかったのです。

そういったことから、洞窟の土や深海沈殿物に潜む生き物に着目し、また違う側面から次世代の抗生剤の可能性を探ろうとしている生物学者もいます。

研究者たちは最近、太平洋の海底深くの10億年前の泥の中から新たな真菌が存在するという証拠を発見しました。そこは真菌のような生命体が生きるには過酷な環境だと誰もが思っていたところでした。

10年前、そのような深い地層に存在できる生物として知られているのは単細胞バクテリアや古細菌だけでした。過酷な環境でも生き残るとされる微生物たちです。

その調査は深海127mの所から沈殿物を海底に引き上げて行われたのですが、科学者達は8種類もの違ったタイプの真菌を見付け、その中の4種類の培養を成功させたのです。

その中には進化したペニシリンになるかもしれない期待が持てる青カビもふくまれているのです。それらの真菌が果たして何年にわたって生き延びて来たのかはわかりませんが、とても長い間生き残ってきたことには違いありませんし、もしかしたら、とてつもないことですが、永遠に生き延びる存在なのかもしれません。

もしそうなのだとしたら、あのペトリ皿からペニシリンが突如として表れ、斬新で屈強な抗生物質を生み出すきっかけとなったように、バクテリアに対する何かしら特別で普通ではない何かが、バクテリアの防御力を発達させたのでしょう。

洞窟で発見された特殊なバクテリア

科学者たちはこっそりと医療に関する情報あつめを行い、バクテリアに対するとどめの一撃は何か探り当てることに余念がありません。しかし、世界中のあらゆる場所で新たな生物が爆発的に誕生していて、生物学者たちは開発した薬でバクテリアをやっつけようとしていますが、いたちごっこに過ぎないのが現実なのです。

開発した薬が効かないバクテリアを見つけたとしたら、新たに薬を開発し、その繰り返しなのですから。

希望のある話をしましょう。たどり着くのが最も困難だとされる場所、1980年に発見されるまで人類未開の地だったニューメキシコ州にあるレチュギヤ洞窟で科学者たちは洞窟に住むバクテリアを発見しました。なんとそれは、どんな薬を持ってしても消滅させることのできないバクテリアだったのです。私たち自身や既存の薬に影響は及ぼしてはいませんが、よく知られている代表的な抗生物質やその他もろもろの12種類以上もの抗菌剤をもってしても、死滅させることはできないバクテリアでした。

このことは科学者たちにバクテリアの進化について考えさせるきっかけとなりました。バクテリア達が生きていたのは、もともと抗菌環境にある中だったのです。かつて病原菌が私たちが住む地上に表れていたことがあったとしても、抗菌環境ではない私たちの住む世界では、それらは害をもたらすものではなかったに違いありません。

万能化合物は何か解明していきましょう。嘘は言いませんよ。整理しないといけないことがいっぱいありますから。

私たちは万能薬を見つけるための方法を、海で、洞窟で、ゴキブリの脳で考えてきました。それは単にペトリ皿で生まれたものをきれいさっぱり忘れ、新しい抗生物質を患者に投与するという行為とは随分かけ離れているものでした。

大胆な発見であるこれらの発見は将来的に有望な結果をもたらすかもしれません。今のところは薬として生産され、市場に出回っているわけではありませんが、フレミング博士のやんちゃな真菌から始まった、一風変わったところから得られた抗生剤の長いリストがあるのですから。

さまざまな所を探索し、あらゆるところに存在する他の生き物たちが私たちが直面しているような問題にどう対処しているのかを研究し続ければ、第二のペニシリンを見つけることができるに違いありません。とんでもない昆虫に狙われる前に。