1995年に生まれた若者たちの成人式
堀潤氏(以下、堀)続いて、かやさん。テーマの発表をお願いします。
北条かや氏(以下、北条):はい、「1995年」。
(テーマ「1995年」について)
脊山麻理子氏(以下、脊山):今日(2016年1月)11日は成人の日。今年の新成人が生まれた1995年、1996年は「安全・安心神話の崩壊」を象徴する出来事が次々と起こった年でした。
堀:昨日成人式に出た時に、地元の楢葉町の当時の教頭先生が、「皆さんが生まれた年は、非常に大変な年でした。阪神淡路大震災がありました。皆さんは、この中学校を卒業する時に東日本大震災に見舞われて別れの涙になりましたが、今回こうやって喜びの涙に変わりました」と言っていて。本当に大変な20年を過ごしてきた成人たちだと思うんです。
そのスタートになった1995年は、阪神淡路大震災。まもなく(震災が起こった)1月17日を再び迎えます。立て続けに、3月20日は地下鉄サリン事件でした。当時は村山(富市)政権でしたね。4月には、ちょっと変わった話で横山ノックさんや青島幸男さんなど、大阪・東京でタレント知事が誕生と。
北条:そうなんです。これもメルクマール的な。
堀:戦後50年談話、いわゆる村山談話です。これも話題になりました。「Windows95」日本語版発売ということで、インターネット時代の幕開けと。さぁ、かやさん。
北条:こうした事件や出来事を通して、新たな現実=リアリティが立ち上がってきたという話をしたいと思います。社会学者の大澤真幸さんによると、1995年以降というのは、かっこ付きの「現実」、「リアリティ」に人々が逃避していくような時代だというのですね。
堀:どういうことでしょうかね。
北条:補足でご説明しますと、図でこんな感じです。
堀:戦後日本の“反現実”のモード。
北条:反現実というのは、現実に対して何を参照するかということなんですけれども。
1945年に敗戦があって、敗戦から1970年くらいまでは、だいたいアメリカに追いつけ追い越せということで、理想を追っていた時代。家族制度も、アメリカ型の核家族を理想としていて、だいたい1970年くらいまでに、いろんなものがアメリカを理想として参照できた時代だったんですよね。憧れ=アメリカの時代でした。
理想の時代は1970年くらいを境に終わります。オイルショックが1972年、1973年と起きて、アメリカ一強の時代じゃなくなっていきつつある中で、理想が崩壊して、理想を追い求めた連合赤軍の若者たちも、結局内ゲバになってしまって。そこからは「虚構の時代」になります。
堀:イデオロギー的なものよりも、経済活動に邁進して実際の富を得ることで、国民一丸となって高度成長、そしてバブルへという時代になりますもんね。
北条:そうです。バブル時代は、まさに虚構の時代。本当になんでもかんでもブランドものが「記号」として消費されていった。東京ディズニーランドが1983年にできて、あれもまさに夢、記号の世界というか、記号消費というようなものですよね。
堀:ホーンテッドマンションが怖かったぁ……。
(スタジオ笑)
北条:ですよね! あれも虚構なんですよね。虚構を楽しむという。
堀:虚構なんだけど、本当にその中にどっぷり浸かりました。
虚構の80年代から現実の90年代へ
北条:80年代は虚構こそを楽しむ時代だったのですが、それが1995年のオウム事件で終わったんですね。オウム事件に関しては宮台真司さんも、時々「あの1995年がメルクマールだった」とおっしゃるんですけれども。
堀:1999年のノストラダムスも来なかったという。
北条:はい、来なかった(笑)。
1995年のオウム事件では、信者たちが新興宗教、言ってしまえば「虚構」の教団を作ってひとつの価値観を信じていたわけですよね。ただ、その虚構の教団が実際に現実のサリンを撒いて、信仰を現実に移してしまった。日本における原理主義を悲惨なかたちで露呈してしまったというのが1995年に起きたわけです。
そこからが現実の時代というか、かっこ付きの現実の時代なんですよ。例えば、この頃から世界各国で原理主義のテロが勃興するようになります。9.11もそうです。あと、インターネットもそうですけれども、インターネットという、一見「虚構」の世界のなかに、新たなリアリティ、現実が立ち上がってくる。
そして、人々がアイデンティティをそこに求めていくというような、そういう新たな時代に入ったのが1995年なんですね。今の新成人たちは、その虚構っぽいけど現実らしいものに没入していく時代が始まった年に、生まれているんですね。
リストカットというのも、「現実」への逃避を表しています。生身の身体への回帰って言うんですかね? 現実を自分の身体でしか感じられない。切実な痛みを、思想ではなく身体で直接表す。新たな若者たちの病理として、そうしたリストカットや、増え続ける摂食障害など、身体に関連したアディクションが増えているとも言われます。
堀:浮かれた世代の残り香をかいで大人になった僕らの世代よりも、なにか社会の役に立つことは自分たちでやろうという、震災も相まって、そういう機運がきちんと根付いている子たちかなと思ったりもするんです。
言うこともすごくしっかりしているし。今の20歳の子たちがこれから大人になっていく過程で、どういう社会を築いていく世代がくるのかなぁと。
北条:社会に対して、直接、現実的な強度を感じたいというような、そういう若者が増えている。もしかしたら、社会的な貢献活動などを通して「リアリティ」に没入するのは、今の時代、生きる強度を得る手段なのかもしれません。
堀:ここ(「現実」の時代)まできたら、もう1回ここ(「理想」の時代)に戻るんじゃないですか?
北条:もしかしたら。
堀:あまりにも過酷な現実を見てきて、やっぱりこういう理想を描いた社会を作らないといけないんじゃないのか。
けっこう社会起業家とかNPO関係者とかは、非常に若い世代(が多い)。昨日もシンポジウムが茨城県つくば市であったんです。安部敏樹さん、コメンテーターで活躍してますが。リディラバが開いたNPOのカンファレンスを見たら、(若い人たちが)いっぱい来ていてびっくりしたんです!
駒崎さんはどう思われます? 現実を知る中で育った世代の、次の25年。
駒崎弘樹氏(以下、駒崎):僕は1995年で高校1年生になるという感じで、その辺りから本当に……。それまでは、進学校で「お前ら東大行けばいい会社に入れて、いい人生なんだ! だから頑張れ!」みたいな感じで。
(でも)実際に高校に入ってみて、「東大生がオウム事件起こしているじゃん」みたいな。どんどん現実がぶっ壊れていったっていう、そういう十数年で青春時代を過ごしているので、ある種はがれ落ちる日本の像みたいなものに対して、いかに貢献していくか、良い日本にしていくかということが、僕のライフテーマでもあったので。
この2015年からの10年間は、それを思い出しながら、僕ら自身がオルタナティヴを作っていくという認識を持たなきゃいけないんじゃないかなと思っています。
堀:そうですね。空想的な理想じゃない理想を描く世代が。
北条:現実に即した理想を描ける若者がどんどん出てくるといいなと。
堀:そうですね。ありがとうございました。本日のオピニオンCROSSは以上とさせていただきます。