鳥越氏「左耳はほとんど聞こえません」

司会者:本日は補聴器奨学生募集のアンバサダーに鳥越さんが就任されるという、シバントス株式会社1周年記念事業の発表の場でございます。鳥越さんとシーメンス補聴器との出会いについて、お話をおうかがいしたいのですが。

鳥越俊太郎氏(以下、鳥越):シーメンスとの出会いの前に、私の聴覚障がいの出会いについてまず喋らせてください。それがないとシーメンスとの出会いはないものですから。

私は、2000年に耳鳴り・難聴・めまいという3つの障がいが始まったんですね。最初はなんなのかよくわからなくて。なんとなく耳の中でセミが100匹くらい鳴いてるな、とか。「あれ、ちょっと聞こえが悪いな」という程度だったんですが、病院に通っていろいろと検査をしてもらってるうちに「メニエール病」だということがわかりました。

メニエール病は皆さんご存知のように、治りません。若い時だと治るものもあるかもしれませんが、私はもう60歳になっていましたので、そのあとはどんどん悪化していく一方で、耳鳴りはひどくなり、24時間耳の中でセミが鳴いていると。それから、聞こえが段々悪くなって、とくに左の耳は、もう今はほとんど聞こえません。

したがって、テレビでインタビューする時は必ず上手(かみて)に自分が座って、つまり向かって右側ですね。それで、インタビューをしてもらう人にはこちら側に座ってもらって。右の耳でしか会話ができないという状況になっていました。あとは目眩が時々起きる。そういうことがずっと続いていました。

外見に現れないがゆえに起きた苦労も

この聴覚障がい、それからメニエール病を中心とする、なかでも「聞こえが悪い」という障がいは、ほかの障がい、つまり目が見えない・口がきけない・手足が不自由であるというようなさまざまな障がいが人間にはあるわけですけれど、ほかの障がいは外見的に見えるんです。「この方は障がい者だな」ということを、みんなが理解できる。

ところが、この聴覚障がいだけは誰もわからないんです。耳の中で起きていることだから、ぜんぜん障がい者であるという認定を周りがしてくれない。したがって、耳が聞こえないためにコミュニケーションが取れなくて、とんちんかんな会話になってしまったりする。コミュニケーションの質が極端に落ちてくる。

私はずっとテレビに出ておりましたけれど、誰も私がそういう聴覚障がいを持っているということには気付いてはもらえない。だから、ちゃんと普通だと思っていらっしゃる。だけど、私は聞こえていなかったわけで。非常に苦労をしまして。周りの人は私の耳が聞こえないことはわかっていて、私の右の耳のところで、大きい声でこうやって話をしてくれるんですけども、それ以外の方はわからない。初対面の方はもちろんわからない。

ということがずっと続いてまして、いくつか補聴器を、耳鼻咽喉科の先生の勧めもあって試したんです。だけど、いまひとつうまくいかなかったり、操作が面倒だったり、つけるのがいろいろと大変だったり。試しては机の引き出しの中に置くという。今でもすでにいくつか溜まってますけれど。

補聴器のおかげで夫婦関係も良好に

そういうことを繰り返しているなかで、ある時、これは私からではないんですけれど、シーメンスの会社の方が、私が聴覚障がい者であるということをどこかでお知りになって、接触されて「うちの補聴器を試してみませんか?」という申し出があったんですね。それで初めてシーメンスと出会います。それはおそらく3年ぐらい前だと思います。

その時感じたのが、もちろん私の聴覚の程度に応じてちゃんとパソコンを持ってきて、ぜんぶ調整されてたのを目の前に見たのと。それから人間の耳の穴というのは一人ひとりぜんぶ違うんですね。ところが、これまでの補聴器というのはみんな耳の穴は同じだということで、同じ形のものを耳の中にいれるしかなかったんです。

ところが、シーメンスだけはシリコンを私の耳の穴の中に入れて形を取って。つまり私の耳の穴にフィットするような、これを作ってくれました。非常に使い勝手が良い、聞こえも良いということで、それ以来シーメンスをずっとなにかある時はつけてます。つまりほとんどつけてます。

うちの女房とテレビを一緒に見てると、とくにドラマはほとんど聞こえないんです、ぼつぼつ喋りますからね。ニュース番組などは、はっきり明確に喋るのでまだいいんですけど、ドラマになるとほとんど聞き取りにくい。

ところがうちの奥さんはちゃんと聞こえてる。私はしょうがないから音量を上げる。補聴器を付ける前はよく、喧嘩までいきませんけれども、女房にとってみれば私が聞き取れる音量が「うるさい」と。別に険悪なムードになるほどではないんですけれども、言い合いになったりはしてました。

それで、シーメンスと出会ってこれを付けるようになって、今は女房にちょうどいいボリュームでも私は聞き取ることができると。もし聞き取れない時はちょっとボリュームを上げればいいと。その辺は適宜やってますけれども、そういう経緯でシーメンスと出会えて非常に僕はハッピーだったなと思ってます。

会話が成り立たないことを、ごまかし乗り越えていた過去

司会者:ありがとうございます。難聴の不便さを実際に経験されて、そこからシーメンスの補聴器と出会って、日常生活を快適に過ごしていただけるようになったという使用感についても十分ご理解いただいてる鳥越さんなんですが。

鳥越さん、ジャーナリストの立場として、やはり人とコミュニケーションを取らなくてはいけない場面というのは大変重要になってくると思うんですが、この聴覚の重要性というのを、鳥越さんからどう感じていらっしゃいますか。

鳥越:どんな仕事だって他人とコミュニケーションを取らないと仕事が成り立たないのは当然ですけれど、とくに私たちのようにメディアで仕事をしていますと、人から話しを聞くこと、それからこちらから話しかける、つまり会話ですね。コミュニケーションというものは、これは仕事のなかのいちばん大事な部分なんですね。その大事な部分で欠陥が生じているということは、非常に不便というか、仕事がやりづらくなってくる。

例えば、講演に行きますよね。イベントがあって、パネルディスカッションがあったりするんですね。何人か並んで会場から質問を受けて答えるみたいな。そういう場になると、耳が悪くなると、とくにスピーカーの音はかなり歪んだ音になっていますので割れた音になって、とくに高音が聞き取りにくいとか、低音が聞き取りにくいとか。

耳の障がい・難聴というのはとくに、これは高齢者の場合ですけれども、高音域がまず落ちてきて、そして低音域も落ちてくる。中音域は比較的残っているというパターンが多いんですけど。高温域が落ちてくると子音が聞き取れない。母音は聞き取れるんだけど子音が聞き取れない。これ実は、みなさんあまり経験したことはないと思いますけど、子音が聞き取れないと、ほとんどなにを言ってるか意味がまったく取れないんですね。

なにか言っている、音は聞こえてくるんだけど、なにを言ってるのか意味がわからない。ということになると、まったく会話が成り立たないんで質問されても質問がまず聞き取れなくて、もちろん答えも返せないというような非常につらい立場に追い込まれることがしばしばあったわけです。そういうことを私はなんとかごまかしごまかし、聞き直したりとか、いろんなごまかす手を使いながら乗り越えてきたんですけれども。

シーメンスの補聴器ができてからは、そういうことはあんまりなくなったので非常にありがたいと思っているんです。我々のような仕事、メディアで働いてる人間にとって聴覚障がいはかなり致命的である。したがって、補聴器というのは暮らしにすごく大事なものである、というのが私の経験です。

補聴器が普及していない日本の現状

司会者:貴重なお話、ありがとうございます。さて、この度、このシーメンス補聴器を手がけておりますシバントス株式会社の1周年、この1。そしてシーメンス株式会社としての138年。この138という、その歴史にちなみまして、合計139名の学生の皆様に弊社補聴器を無償で提供するという制度が発表されました。そのアンバサダーを鳥越さんが務められることに決定したわけなんですが。鳥越さん、このプロジェクトのお話をまず最初に聞かれた時のご感想を教えていただけますか?

鳥越:驚きましたね(笑)。いや、シーメンスというのは、僕らの世代のイメージでいうとドイツの戦車とか大砲、飛行機を作ってた「軍事会社」というイメージがあるんですよ。そのシーメンスが補聴器を作っているということにまず最初驚いていたんですが。そのシーメンスが太っ腹にも139人に無償で。

実は補聴器というのは、ご経験ないと思いますが、けっこうな値段するんですよ。安くはないんです。数万円では買えません。もう1つ桁が上がります。そういう補聴器を百数十個無償で提供して、難聴で苦しんでいる若い人たちに提供すると。本当にシーメンスは太っ腹な会社だなというのが最初の驚きでした。

司会者:ありがとうございます。本当にできるだけ早く難聴の学生の皆さんに日常の学習の妨げにならないようにしてさしあげたいなという思いで、始まったプロジェクトでございます。それでは、その補聴器奨学生募集のアンバサダーということで、鳥越さんが今回選ばれましたが、アンバサダーに就任されたと聞いた時のご感想はいかがでしたか?

鳥越:「アンバサダーってなんや」と、最初は「なにするの?」というような感じ。追々、話をしながら、要するに補聴器というのは本当に一部の人しか、難聴のなかでもさらに一部の人。難聴になってる人でも補聴器をつけられない人がいっぱいいますから。

まして言わんや、一般社会からいうと、自分の子供はちょっと耳の聞こえが悪いと思っていても、お母さんやお父さんが補聴器のことまで考えるということはなかなかない、というのが実情なんですね。

そういう意味では、例えば目が悪いということになると眼鏡をかけるのは当たり前じゃないですか。近眼の人は近眼鏡をかけるし、老眼の人は老眼鏡をかける。これはごくごく普通に当たり前で、誰もなにも不思議に思わずに、自然につけている。にも関わらず、耳が悪い・耳の聞こえが悪いというのはなぜか、補聴器をつけることが今の日本の社会であまり普及していないことを僕は知っています。