ターニングポイントは『みゆき』

おっくん氏(以下、おっくん):今日のゲストは東村アキコ先生です〜!

東村アキコ氏(以下、東村):今日は何の話なの?

山田玲司氏(以下、山田):今回は、漫画のことと女の沼の話をアッコに聞きたいなと。「良い漫画とは何か問題」をアッコが来たらやろうと思っていて。前回『ファイト・クラブ』の話をしたときに、「あれって覚醒コンテンツだよな。一発ガンと殴られる良い映画だったよな」と。ああいう映画を見たくて俺は映画を見ている。

だけど、「麻酔コンテンツ」。ご都合主義的な、癒されたい時に見たい映画もあるじゃない、漫画もあるじゃないっていう話で。一発目にね、俺は世代的に『マカロニほうれん荘』とか知ってるし、少年チャンピオン黄金時代もチラっと知ってるし、『ドカベン』『ブラック・ジャック』『マカロニほうれん荘』とか割と良識的な漫画を見て育ってきたの。だけど高校時代にね、こんな漫画( 『みゆき』)が登場するんすよ。

みゆき 1 (少年ビッグコミックス)

東村:あー。

山田:これご存知の。

東村:『アオイホノオ』でも言われてたよね。

山田:アッコは俺の一回り下だからあんまりご存知ないかもしれないけど。

東村:私、小学校低学年の頃に読んでましたよ。アニメ入りだけどね。でも原作も当時読みましたよ。イトコと。

山田:そっか。でもこれの背後にあった、文化的な何かしらの流れってわかんないじゃん。

東村:うん、全然わかんない。

『みゆき』はどんな漫画だったのか

山田:要するにこれ、「渚のハイカラ人魚」だったわけですよ。「ずっきん どっきん」だったんですよ。

みゆき 10 (少年ビッグコミックス)

東村:ロングヘアが黒ビキニで、ショートヘアがちょっとポップな(キャラ)みたいなのも。劇中でも黒ビキニだったよね。

おっくん:俺全然読んだことないんだけど、どっちが「みゆき」なの?

東村:え!? 読んだことないの!

山田:お前そっからか!

東村:わざとやろー! 流石に両方みゆきはわかってたんじゃないの?

おっくん:いやいや、本当に知らないんで。両方みゆきなの?

山田:2人のみゆきに囲まれるっていうパラダイス漫画なんだよ。

東村:この髪短い子か長い子かで揺れるっていう。

山田:これ(黒ビキニ)は彼女なの、主人公(若松真人)の。顔は想像してもらえばわかるんだけど(『タッチ』の)和也ね、そのまんま。達也ですよ、主人公はそんな感じですよ、いつものやつですよ。

義理の妹なの、この子(ポップな方)は。両親が亡くなって、一緒に住むことになるんだけど血が繋がってない、これは禁断の関係ですわ。当時、80年代に流行った。若松くんっていう2人の間に入っているなんの取り柄もない男の子が、なんか知らないけど良い思いばかりをしまくるっていう漫画が登場するんだよ。

おっくん:あー、はいはい。

東村:これがやっぱ初っていうか。先生はずーっと読んでるからこういういのが出たときって衝撃だったわけでしょ。私は漫画読み始めた頃からこういう時代だったっていうのもあるけど。

熱血漫画の終わりと時代背景

山田:俺の前の時代って、70年代熱血が本気で残ってる。

東村:うんうん。

山田:何ていうかさ、「勝ち取った愛」「努力の果てに」みたいなさ。

東村:受動的じゃないってことですね。

山田:これ、最初から何もないやつがモテているっていうのが現れちゃったのよ。

東村:なるほどねー。

山田:この同時期、ちょい前に柳沢(きみお)先生が『女だらけ』ってハーレムものをジャンプ連載してるんだけどさ。ボチボチそういうのも現れてたんだけど、実はこれが決定打ね。

この前に、あだち先生って『ナイン』とか『日当たり良好』とか描いてて。ここまで欲望剥き出しではなかったんだよね。で、「わー、すごい漫画が現れたぞ」ってみんな大騒ぎしてたんだけど、俺これ見る時だけ初めて「あれ、悪いお菓子を食べてる気がする」って感じて。

東村:あー。なるほどねー。

山田:「これだけ食べてたら、俺は何かしらダメになるんじゃないか」って。なんでかっていうと、「これ都合良すぎんじゃね?」って。同時代に、このちょい前なんだけど、『うる星やつら』が現れる。

東村:劇画を終わらせたという。

山田:そうそうそう。「ダーリン好きだっちゃ!」って、ダーリンの何が好きだっちゃ!? って。

おっくん:あー! 深い! ダーリンの何が好きだっちゃ。

山田:ダーリンの何が好きだっちゃ。

東村:だから私、社会学の本を漫画で読んだんですけど。カラスヤサトシさんが出した社会学のススメみたいな漫画のやつがあって、そこにすごいすっきりすることが書いてあって。

要するに、価値観て時代時代でもんのすごい変わるから、変わっちゃったらしょうがないんだって。それは前にはもう戻せないっていうか。だからダーリンとか「みゆき」のこういう人(若松)がモテるのが、わりとアリな空気感になってた時代だったのかなって思ったんだけど。

アツいのが流行りすぎて、嫌になっちゃって。女の人たちも疲れちゃって、それに頑張ってるのにも。なんていうの、ニュートラルな男の子に惹かれる、みたいな時代が来たと思うんだけど、それが先生的には「お菓子ばっか食べてご飯入んない」みたいな感じだってことよね。

山田:そうそうそう。梶原(一騎)イズムの死がその前にあるわけ。70年代にそれがあって、そのあとに江口寿史ってのがそれをコテンパンに茶化すのよ。で、パロディの時代になって、島本(和彦)先生なんかはそれの洗礼を受けてるから「ヤりたい!」みたいな感じで、一気にチャラくなる。

なんでかっていうと、学生運動やったって世の中変わんなかったじゃん。「バカだよねー、あいつら、アツいこと言ってて。そういうのウザいよね」で好景気っていうんでこの(みゆきの)流れ。『うる星やつら』で『Dr.スランプ』。Dr.スランプは、無垢な少女が誰よりも強い、みたいな。特訓とか完全に無いわけよ。

80年代は日本全体がディズニーランド化した時代

山田:そんでね、80年代ってどんな時代だったかなーっていうと、俺にとっては「ランドの時代」だったなーと思って。

ランドとは何か問題なんだけど、いわゆるさ、憲法9条に守られたランド。日本があって、それちょっとまずいんじゃないのって。

東村:あの、よくユートピア漫画みたいなジャンルがあるじゃないですか。そいういう意味みたいな?

山田:それもある。日本全体がユートピア化してるのに、まだそういう学生運動とか熱いこととか左翼的なこと言うのダサいよね、みたいな。左翼も右翼もなくなって、「恋をしようよ」みたいな感じになるっていうね。

日本全体がディズニーランド化するんだけど。これ見てて「あ、良いな」って思っても現実は変わんないよっていう。これ見てもモテるようにはならないよって。

東村:そうですね。

山田:でも『ブラック・ジャック』を読むと、何かをもらったような感じがあったわけ。

東村:そうですね。

おっくん:はいはい。

山田:なんか「生きなきゃ」と思ったわけよ。

おっくん:突きつけられるジャンルが違いますもんね、これ。

世の中には「麻酔コンテンツ」と「覚醒コンテンツ」の2種類がある

山田:その前は『愛と誠』とかあったからね、「君のためなら死ねる!」みたいなやつやってたからね。だから、何コレ? みたいなわけだよ。でもこのぶり返しで『タッチ』書くんだけどね、この人。

それで俺はこの騒動で自分なりに考えて。若気の至り二元論っていうのがあって、「世の中には麻酔コンテンツと覚醒コンテンツの2種類あるんだぜ」みたいなことを言い出すわけだ俺は。若い時ってすぐ二元論に走るんで(笑)。

東村:あー、でも本当そうですわ、これは。いま、すごい納得いった。いまの流れで。

山田:麻酔つーのは癒し、逃避、現実の肯定、都合が良かったりみたいなで、ラノベだったりラブコメだったり、絶対負けないバトル漫画とかもそうだよね。で、俺はこれを否定しないのよ。これがあるから明日会社に行けんのよ、みたいな人もいるし。全否定はしない。

だけど、その一方で気づかせてくれる。挑発されたり、「お前このままで良いのか」って否定されたり。俺は『ゼブラーマン』でこれやってるんだけど。要するに、都合の悪いこと言ってる。で、これが現実の人生を変える要素を持ってるかもねーみたいな。要素が入ってますよーみたいなことが。

東村:ほんっと、日々これは考えてます。この言葉では思いつかなかったけども、要するにどっちをやるのかっていうのはすっごい考えている。全てにおいて。例えば音楽の人とか見てても、あ、こっちなんだ、こっちなんだとか。

『吼えよペン』とか読んでると、「こっちの覚醒コンテンツの人は、麻酔コンテンツは余裕でできるんだけど、あえてやんないの」みたいに言ってるシーンがあって。「こっち(麻酔コンテンツ)は簡単なのよ」みたいに言ってて。

でも麻酔コンテンツの人は覚醒コンテンツの方が簡単だと思っていると。でもそうじゃない、「こっちの方が上だ」って女の作家さんが言ってるシーンがあるんですよ。それ見た時に本当そうだな、と思ったんだけど。