戦略オプションは商材によって異なる

池田紀行氏(以下、池田):さて、ここから具体的な話に入っていきます。熱狂戦略は、商材によって異なります。

縦軸が関与度の高低です。購入する際にじっくり選んで買う商材は「関与度・高」。瞬間的に購入することが多い商材は「関与度・低」。また、横軸は購入する決め手が、論理的な志向で判断する理性的か、フィーリングやセンスで判断する情緒的かで分けています。この四象限のマトリックスに、僕の独断と偏見で、商材を割り振ってみました。

この4つのカテゴリーで、当然とるべき戦略が違ってきます。これから、このカテゴリーごとにおすすめしたい施策の話をしていきますが、最初にすべてのカテゴリー共通で行うべき施策について話をします。

熱狂顧客のジャーニー分析

1つ目は熱狂顧客のジャーニー分析です。先ほど、カスタマージャーニーの話をしましたが、一般的なジャーニーの流れは、このスライドのような感じですね。

まず認知(Awareness)から始まり、興味(Interest)、比較検討(Comparison)を経て、購入(Purchase)、再購入(Repurchase)や、推奨(Advocate)へと進んでいきます。その商品を心から愛してくれて、周囲へ推奨するレベルに達しているAdvocateが、ジャーニーの最終目的地です。どういう施策を実施すれば、また、施策をどう連動させれば、顧客を旅の始まりから最終目的地まで導くことができるのかを考え、みなさん、ジャーニーを設計していると思います。

カスタマージャーニーマップというのは、通常、マーケッターの人たちがワークショップをやって、各ステージごとに顧客の感情や現在実施している施策内容を付箋に書きながら紙にペタペタ貼って「こういうジャーニーが理想じゃない?」「でも今はこうだよね?」と作っていくことが多いですよね。ですけど、多くの場合、ジャーニーってマーケッターの希望や仮説で作っていますよね。

でも、旅の終着点であるAdvocateまで到達している顧客が、すでにいるじゃないですか。LTVが高くて、熱狂スコアと推奨意向が高い顧客が、手を伸ばせば届くところにいるわけです。

最終目的地に顧客を導くためのジャーニーを作成するのであれば、すでに目的地に着いている人たちに「あなたって、今までどんな旅路でここまで来たんですか?」って聞けばいいんです。いや、もちろん、聞けば簡単に答えが出るような問いじゃないですよ。

これをやるためには、しっかりとしたスクリーニングをして、数百人をオンラインコミュニティに集めて、数ヶ月間ラポールを形成して(信頼関係を作って)、その後、MROCなどでさらに数ヶ月間調査を行い、その後、数名に絞ってオフラインのフォーカスグループインタビューを実施して、さらにデプスインタビューで深掘りし……など、大変な時間と労力を伴います。そして、そこまでやって、うっすらと勝ちパターンとなり得る「ゴールデンツアーコース」が導き出されるケースは1/3くらいの確率です。

また、このツアーは1個ではないんです。ブランドに熱狂している人たちのなかでも、タイプがさまざまだったりするので、「こういうタイプの人たちは、こういうジャーニーで、こういうツアーが成立しそうだ。こっちのタイプの人たちはこんな感じだ」みたいなものを、明らかにしていくことが大切です。

ブランドに熱狂的な顧客のジャーニーを徹底的に分析することで、マーケッターの仮説に頼らない、顧客の声や実体験に基づいたカスタマージャーニーを作成することができます。

「買わない理由」は聞いてもほとんど意味がない

さて、2つ目のとるべき施策は、熱狂顧客との商品開発、商品改善です。高度成熟社会の現代において、まだ充足されていない、未充足ニーズを探し当てる。またはインサイトを探索するために、各社かなりの予算を投じてマーケティングリサーチを行っていると思います。

でも、最近は「リサーチで、目を見張る新しいアイデアや切り口が出てくることはほとんどない」「だいたい想定していた通りの結果だった」という声をよく耳にします。冒頭でもお話した通り、市場は高度に成熟し、未充足ニーズは少なくなりました。技術競争の時代も終わり、差別化することも一苦労。でも新商品を出さないと他社に棚を取られてシェアが落ちる。なんとか新商品を開発して売り出しても1年でほとんどの商品が市場から消えてしまう……。

こんな状態で各社は、新商品の売上を増やさなければならないわけですから、最近はノンユーザーテストに力が入れられています。新規顧客を増やさなければ市場のパイが拡大しないので、気持ちはわかります。「あなた、なんでうちの商品を買ってくれないんですか? 理由を教えてください!」ってことを徹底的に聞くんですね。当然、こんなにダイレクトには聞きませんけれど。

ここで1つ例を出します。ウチの会社にレッドブルが大好きな社員がいます。1日3本は飲んでいます。体が心配です。ちなみに、僕はレッドブルを飲みません。

エナジードリンク市場も、最近では各社が参入して群雄割拠。競合がひしめいています。マーケットリーダーであるレッドブルさんも、きっと「もっと売上を増やすためには、ノンユーザーに飲んでもらわなければ!」と対策を講じていると思います。

そこで、仮に、レッドブルさんが僕のようなノンユーザーにグループインタビューをしたとします。アイスブレイクが終わり、本題に入った頃、モデレーターが「池田さんはなんでレッドブルを飲まないんですか?」って聞いてきたとしたら、僕の頭の中では、例えば「『なんで飲まないの?』って聞かれてもなぁ。でも、まぁけっこうな金額の謝礼ももらうし、コーヒーも飲んだし、チョコもたくさん食っちゃったからなにか話さなきゃヤバイよな……。ほかの参加者に同年代の人たちもいるから、なんか格好いい回答をしなければ……」なんてことが繰り広げられます。

そして、実際の回答では「うーん。一度飲んだけど、あまり味が好きじゃなかったんですよね」とか、「けっこう金額もしますしね……。まぁ、価格はいいんですけど」とか、「なんか元気の前借りっぽくて嫌なんですよね。飲んでるうちはいいけど、飲まなくなった途端に一気に崩れ落ちる気がして」などと適当にしゃべるわけです。

そうすると、メーカーは真面目な方が多いので、「なるほど、元気の前借りか……。そういう考え方はなかったな。よし、じゃあ、その負のイメージを払拭するためのリポジショニング戦略を考えてみよう」なんてことになっちゃう。ですけど、僕みたいな人間の意見なんて聞かないほうがいいんですよ。ノンユーザーはたいてい適当なこと言ってるんですから。

本当の答えは違うんです。真実は「なんでレッドブルを飲まないのか。考えたことがないので、よくわかりません」なんです。

僕たちの身の回りには、数十万を超える商品やサービスがあります。そして、買ったことがある商品やサービスはそのなかのごく一部です。みなさんは、買ったことがない数十万個の商品1つひとつについて、明確に、そして正確な言語で「買わない理由」を論理的に答えられますか? 答えられないですよね。なぜなら、なんで買わないのか、考えたことすらないからです。

「好きの反対は嫌いじゃなく無関心である」とは、かのマザーテレサや、元楽天監督の野村克也さんの言葉です。好きな理由はなんとなく答えられる。嫌いな理由も答えられる。両方とも関与度が高いからです。でも、無関心なものについては、答えられない。関心がないんだから、当たり前です。興味がないんですね。

その興味がない人に「なんで飲まないの?」「なんで来ないの?」「なんで食べないの?」って聞いたって、答えられるわけがないんです。考えたことがないんですから。

リサーチ会社の社長と話すと、「池田、そりゃ言い過ぎだ」と怒られるんですけど、僕はノンユーザーテストは、あまり意味がないと思っている派です。ノンユーザーテストにお金と労力をかけるんだったら、みなさんのブランドのことが好きで好きでたまらない人たちの意見を聞いてあげてほしいんです。

なぜ多くのマーケッターがグループインタビューやデプスインタビューを重ねても、新しい発見がなく、落胆するんでしょう。それは、調査対象に「バイアスをかけてはいけない」「代表性が担保されていなければならない」という厳格なルールに則った調査をしているからです。僕は、新しい仮説を導き出すときに限り、このバイアス排除が、新しい発見を出にくくさせている大きな要因だと思っています。

リードユーザーが持つイノベーションの種

「すべてのイノベーションはユーザーから生まれる」っていうことを研究している、神戸大学大学院の小川進先生という方がいます。『ユーザーイノベーション』という、ものすごくいい著書を書かれているんですが、そのなかで、ある商品を継続的に購入している顧客のなかで、「商品開発担当者やブランドマネージャーが持っている知識と同等、またはそれを凌駕するレベルに達している顧客はどのくらいいるのか?」という調査結果をまとめていらっしゃいます。

ユーザーイノベーション: 消費者から始まるものづくりの未来

ものすごく広い業界を対象に行われてるんですけれど、そういうレベルの顧客(書籍のなかで「リードユーザー」と呼ばれています)は、平均的に全業界平均で1.1パーセント存在するとされています。

大企業であればあるほど、ジョブローテーションがありますので、大体2~3年で担当ブランドが変わることが多いですよね。部署も変わってしまう。一方で、熱狂的な顧客は人事異動なんてありませんから、そのブランドのことを5年や10年ずっと愛して使い続けてくれているわけです。ブランドの使用体験に関する知識も豊富に持っているし、なにより、ブランドに対する愛情が非常に深い。

普通の人たちにグループインタビューをして、「どうですか、なにか不満はありませんか? どんなことがあったらもっとよくなりますか?」って聞いても、当たり前の回答しか返ってこないんです。なぜなら、その人たちは普通の人ですから。普通の人たちからは、普通の回答しか返ってきません。

でも、ブランド担当者をも凌駕するレベルに達している1.1パーセントのリードユーザーは違います。この人たちの回答はエッジが効きまくっているわけです。そのブランドが好きでたまらないので、使用体験のバリエーションも豊富に持っていますし、ラブレターとか書いてもらうと、それはもうめちゃくちゃ示唆に富むものを書いてくれます。

だけど、みなさんは、多分こう思いますよね。「でも、リードユーザーは “いっちゃってる人たち” ですよね。そういう人たちの意見は普通の人たちの意見を反映したものではないから使えないんだよね。私たちがほしいのは、一般的なお客様が喜ぶようなアイデアで、一部の熱狂的な顧客の偏った意見ではありません」と。

その通りです。この1.1パーセントのリードユーザーへの調査は、あくまでイノベーションの種や仮説のヒントを得るためのもので、それがそのまま一般的なお客様にとって適応可能かどうかと言えば、そうではありません。彼ら、彼女らから出るのは、「異常値」や「外れ値」です。だからこそ、そこにイノベーションの種が隠されているんです。でも、何度も言いますが、それは答えではありません。あくまでも仮説やヒントの種です。そこからが、プロのマーケッターの仕事なんです。

売れる商品はマーケッターにしか作れない

花王のデジタルコミュニケーションセンター長の石井龍夫さんは、「消費者参加型の商品開発で1番やってはいけないことは、消費者の人たちの意見の通りに商品を作ること。投票で一番人気のものを商品化するなんてことは愚の骨頂である」とおっしゃっています。本当にその通りだと思います。

価値共創のなかで行うべきリサーチや商品開発というのは、あくまでもお客様から、着想とか仮説とかヒントをいただくこと。そのヒントを、マーケッターが頭の中に入れて、グチャグチャになりながらアイデアを出して、企画化し、それで検証して商品化していく。そういうのがマーケッターの仕事である。その作業はマーケッターしかできないんだと。

高度に成熟化しまくった現代マーケットのなかで、新たな着想を得るためには、熱狂顧客やリードユーザーの声に耳を傾け、ヒントや仮説の種を得て、それをマーケッターの頭の中でアイデアや企画にする。そして、それをバイアスを排除した、代表性が担保されたターゲット消費者にアンケーをして「検証」するという流れが重要なんです。

無印良品の顧客参加型商品開発

熱狂顧客との商品開発の事例でいうと、無印良品の「IDEA PARK」はすばらしい事例です。「くらしの良品研究所」というところを、ぜひ一度みなさんのぞいてみてください。この「IDEA PARK」は、「くらしの良品研究所」のなかで行われている、顧客参加型の商品開発のプロジェクトです。

すばらしいのは、お客様に商品開発に対して協力をしてもらったら、その商品開発のプロセスを含め、開発までの状況をすべて「見える化」していることです。これはものすごく重要なことなんです。顧客からいただいた意見に対して「できました!」とか「今やっている最中です」とか「検討中です」とか「これはできません。なぜならば~」みたいなかたちで、すべてフィードバックしているんです。

世の中的には、逆のパターンが多くて、企業からお願いをしっぱなしがほとんどなんですね。「これをやってくれ~。これに協力してくれ~」ってブランドから顧客にお願いをするんですね。そして、協力してもらうと「協力してくれてありがとう」の一言で、その後は放置なんですよ。顧客からすると、「あれっ。俺が意見を述べたあの企画や意見は、その後、どうなったんだ?」って思いますよね。そういう状態が続くと、協力する気持ちが失せていきます。

顧客の大切な時間を割いて協力してもらったなら、しっかりとその後の状況を「見える化」して、今どういうステータスになっていて、顧客からの意見が、結果、どうなったのかを伝えることが大切です。仮に、意見が反映されなくたっていいんです。「自分の声をしっかり検討してくれたんだ」と思ってもらうことが、とても重要なんです。

「IDEA PARK」は開始してから、もう10年弱経っていて、この場所からたくさんの商品を無印のコアファンの人たちと作っています。以前、「IDEA PARK」の担当者の方にインタビューして聞いたんです。「無印が大好きな人たちと商品開発すると、意見やアイデアが偏って、新規顧客の獲得に弊害が出ませんか?」って。そしたら、「いいんです。無印は、無印を好きな人たちがほしい商品を作り、提供していく方針なので」と明快におっしゃっていたことが印象的でした。