反権力を描いた作家・村上龍の変化

村上龍氏(以下、村上):質問することと、されるということは、僕は「カンブリア宮殿」をやって、質問するほうがずっと大変だということがわかったのですね。よほど質問されるほうが楽で、どんな質問をされても、適当というと変ですが、ちゃんと答えられるのです。

質問を考えるときは、小学生などは質問する方が簡単かもしれないですが、まず資料等を調べなければいけない。今夜は特別編なので1個ぐらい、僕たちからではなく、お二人から何か質問を受けたりするのもいいのではないかなと思ったのですが、川上さん、何かありますか。

川上量生氏(以下、川上):そうですね。これは前回も質問したような気がするのですが、龍さんがデビューされたときは、『限りなく透明に近いブルー』で、反権力、反体制みたいな話で、世の中を憎んだような作品だったと思うのですが。

村上:ドラッグと暴力とファックみたいな話とか言われてました。

川上:そうですね。それで、その龍さんが成功した経営者らと対談しているのは、その間にどのような心境の変化があったのか。それとも一貫した流れがあるのか、そのあたりはどうなのかな。

村上:いい質問だな。宮坂さんも、すごく私の本を読んでいただいているみたいですけれども、そういった違和感はありますか。

宮坂学氏(以下、宮坂):違和感というか、僕もほぼ川上さんと同世代で、大学のときに、村上さんの本をすごく読んでいたんですね。影響も受けていて、かっこいいじゃないですか。パワーの信者みたいな主人公が出てきて、「世の中変えていく」みたいなね。すごく影響を受けたんです。

でも最近、村上さんは、家族とかそういうものをすごく大事にされる本を書かれるじゃないですか。でも、その本もすごく好きなんです。だから、昔はもう、社会を変えるとか、社会に対してすごく一言ある主人公が社会に対して、ガンガン言われながらも何か変えていくみたいなものが多かったのに、最近は家族という最小単位の中の話が多いですよね。

「カンブリア宮殿」で成功企業の経営者を紹介する意義

村上:この質問は、よく聞かれるんですよ。「何でカンブリア宮殿みたいな経済番組をやっているんだ」。「おまえは昔、パンクみたいなものだったじゃないか」と言われるのですが、番組を始める前にスタッフと色々話したのですが、要するに成功企業というのが、今、少数派なんですよね。ほとんどバブル以降、衰退していく企業のほうが多い。

高度成長みたいに日本のほとんどの企業が右肩上がりになっている時は、その企業の姿勢とかポリシーとかを批判することは、すごくメディアとして大事だと思うのです。

だけど、今本当に、ぶっちゃけ、スタッフがゲスト企業を探すのが大変なほど、成功企業が中小企業から大企業まで、少ないんですね。そうした場合、少ない中から本当にすぐれたポリシーとか戦略を持っている企業をお呼びする。そこから、その企業独自の成功要因等が、ある程度普遍的で、他の企業も参考になる成功要因を厳密に分けてやるといいんじゃないかと思って、始めたんです。

今でも覚えているのですが、最初のトヨタの時に、構成作家と色々話していたのです。「龍さん、これだったら、トヨタのいいところだけを紹介する番組になっちゃいますけれども、いいですか」と言われたんです。僕も5秒くらい考えたのですが、「いいです」と言ったんです。

それはトヨタに対していろいろ批判することがあるかもしれません。けれども、今、日本の経済というか、企業と経営に関して言うと、その成功している企業に批判的なところを見つけて、メディアに乗せるような余裕が、果たしてあるだろうかと思うんですよね。だから非常に成功している企業が少ない。

成功している企業の成功要因を、一般的なものと独自のものに分けて紹介するのは結構意義がある。小説というのは、元々ですが、マイノリティーの人達というか、少数派の人たちの言葉にならない声を翻訳して物語にするのが小説だと思っているので。もちろんトヨタは全くマイノリティーと関係ないですが。

要するに、トヨタの存在そのものが、日本の企業全体を見渡したときに少数派なんですよね。衰退しているところは、もう見渡すと大体みんなそんな感じだし、地方へ行くとさらに都市部よりもその傾向が目立つし、だから成功した企業を紹介するのは意義あると。こんな答えでいいですかね。

革命的な経営者ジェームズ・ダイソン

川上:龍さんの小説、「革命する」みたいなのが多いじゃないですか。『愛と幻想のファシズム』。そのような革命しそうな感じの日本の経営者はいましたか。

村上:ああ、何かそうやって……、川上さんがそうじゃないですか。

川上:いや、僕は全然、僕はもう逃げる方なので。

村上:川上さんは、色々パラダイム・経営の文脈みたいのを持ってると思うんです。宮坂さんの場合には、ヤフーは初代の社長が名物のすばらしい人で、孫さんもいて、新しいパラダイムというよりも、今までのヤフーを本当にずっと変えていくという感じだと思うんですよ。

でも川上さんは、パラダイムが全然、最初から何か違いますものね。自分の会社の年商も知らないし(笑)。

川上:すごく良くないんですよね。株主総会が近かったら覚えているんですよね。すみません。

村上:革命的というと、結構、外国人の経営者も来ていただいたんですけれども、ジェフ・ベゾスとかジェームズ・ダイソンとかはすごいなと思いますものね。

川上:僕もそう思いますね。

村上:何か優しそうだったですよね。

小池栄子氏(以下、小池):ダイソンさんの根気強さといいますか、粘り強さみたいなものは、お話を聞いていて、口あんぐりしちゃいました。

村上:結構小柄で、お話はソフトです。けれども、時々光る目が獲物を狙う猛禽類みたいなところがあって。

ジェームズ・ダイソンは、サイクロン式の掃除機を開発してから、その開発したものをライセンス販売で売りに行くんですね。営業しに行くんですけれども、全くダメなんですよ。その間、色々なところで真似られて、訴訟を抱えながら営業していくのです。それが当たり前だと言っていたものね。だから、ああいう人が革命的だなと思いました。

川上:ベゾスさんとか孫さんとか、僕は、好き勝手言うので。可能性として、下手するとこの10年後、20年後、「世界を滅ぼしたのは彼らだ」と言われるような気がするんですよ。その可能性があるということですよ。

いいことがあるかもしれないけれども、革命というのはどう転ぶかわからないという、そういう領域でやっていますよね。それぐらい大きなことをやっていますよね。それはすごいと思いますね。

家族をテーマにした作品を書く社会的な背景

村上:質問で、宮坂さんに何かお聞きするのを忘れていたんですが、何か質問は。

小池:ありますか。

宮坂:先ほどの続きですが、村上龍さんは、家族をテーマにした作品をすごく書かれているような気がしているのですよね。特に90年代の終わりぐらいからですかね。主人公と対社会みたいな話と、家族の中の色々な問題とか、家族の中で再生していくような話とか、僕は両方とも大好きですが。それはどういう、なぜそういう家族のことを書いたのかとすごく興味があるのですが。

村上:色々な「カンブリア」のゲストのときに思うんですけれども、例えば医療系のゲストも多いのです。

医療系の人の時に、例えば、看取りだったり、医療事故とか医療過誤とかの問題の時に、いつも僕が思うのは、日本はそれでいいところもあると思うのですが、宗教があまりこの国では機能していない感じがするんですね。

宗教が機能していると、医療とかで、人が亡くなるという場合に、社会保障とかも必要ですけれども、キリスト教でもイスラム教でも集まる場所があったりして、それがポジティブに働く場合があったりもする。

もう一方、宗教が果たす役割というのは、身寄りがない人だったり、それから全く希望のない若者だったり、今だったらイスラム教が、イスラム国がある意味で評判を落としましたけれども。ただ、モスクとかキリスト教の教会はコミュニティーになるのですよ。

日本の場合、そういうコミュニティーがなかなかないので、居場所がない若者とか、それからお年の方とか。そういう人たちにとって居場所がないということは、機能する宗教などがないので、家族、あるいは家族に準ずる共同体が、本当はすごく大事になってくるのだろうなと。一番小さい共同体ですね。だから言ってみると、アナーキーな小説を書いているときって、本当は日本に元気があるんですよ。

宮坂:そうですね。今から思うと無駄な元気があるくらい過激なことやってました。

村上:バブルのころが、一番何かめちゃくちゃな小説を書いていたんです。だから、今家族のことを書き始めたということが、ネガティブな意味もあるかなと思います。