自分が育った時代の価値観を押し付けない

田中和子氏(以下、田中和):次に、これは某男子小学校の教頭先生が入学式の時にお母さんたちに言うことばとして教えていただきました。

「男の子のお母さんは自立してください。価値観を押しつけないで育てることが、ジェントルマンシップを作るのです。働いているお母さんは、そのまま辞めないで働き続けてください」とおっしゃったとか。

田中俊之氏(以下、田中俊):これは一昔前だったら「教育ママ」という問題で、今だったら「お母さんが重い」という本がいっぱい出ているじゃないですか。当然そうだと思うんですよね。

つまり、子供は子供で自立した存在だから、自分の思うようにならないのは当たり前だけど、自分の思うようにしたいという人が一定数いると。

そういう人は、自分がどうしたいかということがもうないから、矛先が子供に向かって、子供を思い通りにしたいという順番なんでしょうけれども。

だから今後、男性でも同じことが起きてしまったら、イクメンみたいなものは非常に無意味だなと思ってしまって。つまり、教育熱心であることが非常にほめられすぎると、同じことがお父さんでも起こってしまうわけです。

これは、とてもいいことばだと思いますね。別に性別を区切る必要はないかなと思っていて、「女の子でも男の子でも、親は自立してください」というメッセージだろうなと思いますよね。 「ジェントルマンシップ」というのは、ジェンダー的にはどうなのかなと思いますけど。

「価値観を親が押し付けない」というのはとても大事なことで、僕は最近父親のインタビューをしているんですけれども、やっぱり自分が知っていることの限界を、親は自分でしっかり認識するべきだなと思って。

例えば、僕らが受験した時と今の受験ってもうぜんぜん違うじゃないですか。例えば、中学校受験を半分の子がすると。30年前には考えられなかったことが起きているわけです。古い経験しかないのに子供に何かアドバイスしようとしても無理なところがあるんですよね。

だから、自分の限界をしっかり認めて育児をしていかないと、「自分の頃はそうだったからお前もそうしろ」というのは通じない。ただ、つらいとも思うんですよ。やっぱり自分は若い時の価値観で育っているから、そうじゃないものを見た時に、なんかイラッとしてしまうというか、許せないと思っちゃうんでしょうけれども。

やっぱり、人間、何歳になっても価値観を固定してしまわないほうが、結局自分も幸せだし、子供のためにもなるしということだと思うんですよね。

田中和:難しいですよね、価値観を固定しないってね。

田中俊:難しいですよ。

子供を3人東大に入れた母親は偉い?

田中和:子育てについていうと、核家族が標準になっていることや、地域の交流が少なくなっていることなども関係しているのでしょうけど、子供に関わる事件などがあると、メディアで「その時お母さんはどうしていたんだ?」「あの子がこうなっちゃったのはなぜなんだ?」と母親を追求するように思えるんです。

先ほどのお話にあったように、男性は仕事をすることで評価されるのに対して、お母さんたちは子供をきちんと育てることが自分の評価だというふうに背負い込んでいるところもないのかなぁ……。

田中俊:これはあると思いますよ。僕はあんまりおもしろくないと思って、その記事を熱心に読んでないんですけど、「(子供を)東大に3人入れたお母さん」っているじゃないですか。最近話題の。

どうしてあの人にあんなに発言権があるのかが、僕にはさっぱりわからないんですよね。(注:『受験は母親が9割 灘→東大理IIIに3兄弟が合格!』(朝日新聞出版)を書いた佐藤亮子氏のこと)

(会場笑)

田中俊:自分の勝手な価値観を押し付けて、子供3人東大に入れて、どういう権利で、何をしゃべっているのかが、僕にはよくわからないんですよ。つまり、教育について何か語るということは大変難しいことであるはずで、どうして彼女に一定程度の発言権が与えられているのかということを考えると、根深いと思いますよね。

それは学歴に対する一元的な価値という問題もありますし、今、田中さんがおっしゃっていた「そういうことをしたお母さんは偉い」という評価とか。あの話って、あの人自体は何をしている人なのかがわからないじゃないですか。

「東大に3人入れました」という話で、彼女がそもそも何なのかがわからないし、何をしたいのかもわからないし、僕はすごく違和感があるんですけどね。ただ一定数評価される人がいるから、ご著書も出されるのかもしれないですけれども。すごく不思議だなと思いますね。

まずは子供の応答する能力を認めること

田中和:これも、私の幼少時代の経験と対比しちゃうんですけれども、アメリカの小学生だった時は、自由も与えられましたけど、子供たちも責任についてけっこう言われたんですよね。

先生からの怒られ方も、日本だと「コラ!」で済まされちゃうんですけど、子供が懇々と説明を求められるんですよ。「あなたはなんでそれをしたの?」「どういう思いだったの?」「それをしたらみんながどう感じる思う?」って。「あなたのレスポンシビリティはどこにあったの?」という。

逆にほめられたりする時は、大人と対等に扱われたりして、子供も個人として見ているのかなと。「お母さんも自立してください」ということの裏には、「子供は自立していない」ということ。親も子供とセットで自立なんだなと思います。

田中俊:レスポンシビリティということばが出たのが大変いいと思っていて、イタリアの社会学者であるアルベルト・メルッチという人が、「レスポンス(応答)するアビリティ(能力)なんだから」ということを言っているんですね。

「お前には自由があるけど、責任もあるんだ」って言われたらなんだか嫌だなと思うんですけど、「応答する能力が彼らにはあると認めることだ」と言っているんですね。子供にも当然、レスポンスするアビリティがあると思うんですよね。

「親が言うんだから」とか「大人が言うんだからこうだ」ということではなくて、彼らのレスポンスするアビリティを認めてあげるということは、とてもいいことなのかなと。「責任」というと、大人が押し付けて彼らが従わないといけないという認識かもしれないけど、そうではないんじゃないかなという気がしますね。

田中和:確かに。「レスポンシビリティ」と言われた時には、逆に聞いてくれていますからね。私が悪いことして怒られているんだけど、「あなたは何の理由があってそれをやったの?」というふうに私の理由を聞いてくれているんです。

田中俊:まさにそうですね。メルッチの言うところのレスポンシビリティが求められたわけです。日本語で「責任」って言っちゃうと、押し付けられてそうしなければいけないものになっちゃいますからね。

田中和:文字面でも「責め」られてますものね。

田中俊:観念させられがちですけれども、今の一連の田中さんの経験からしてもそういうことなわけですから。それを子供に認めてあげるというのはいいですね。「イヤイヤ期」というのも、否定的にとらえられがちですけれども、彼らが意思を持ち始めたということですからね。

田中和:その通りです。

田中俊:アビリティが身についたということですから、あんまり悲観的にとらえる必要もないんじゃないかなと思いますよね。

田中和:この「レスポンスアビリティ」は、今後ママたちにもぜひ伝えさせていただきます。

田中俊:メルッチという社会学者が言ったんですけど、「田中が言ってた」ということにしてください(笑)。

田中和:ははは(笑)。「『メルッチという先生が言っていた』と田中先生が言っていました」って伝えますね(笑)。

田中俊:そうですか、残念です(笑)。それでもいいです(笑)。

自分が豊かになるために働く

田中和:「最後は自分。自分が豊かになるために働いています」。これは、管理職のママたちを集めたランチケーションをしたことがあって、その時に「どうして仕事を続けたんですか?」と聞いたら、「最後は自分が豊かになるために働いているんですよ」とおっしゃられたんですね。

先ほど、お金のために働くということもありつつ、正社員のお母さんのパートナー(夫)は正社員であることが多いので、ある意味相当恵まれている人たちではあるんですよ。

働かなくてもいいという選択肢がある中で、あえて仕事を続けたのは、「自分が働いていることで、いろんな意味で豊かになるからなんです」と言っていただきました。

田中俊:そう思えるのであれば、大変ありがたいことですよね。40年というスパンが、僕にはピンとこないんですよね。働くということに関して。

田中和:定年までの年数ですね。

田中俊:そういうことが見つけられた場合には、大変豊かなものになるでしょうし、それはとてもいいと思いますね。

定年後の父親が感じる虚無感の正体

田中和:でも、この管理職ママたちは、いろいろな葛藤の中で、何度も「辞めようかしら」と悩みながら働き続けたんです。

自分の子供の成長とともに、思春期とか反抗期とかの新たな問題を抱えながら仕事をどうにか続けたけれども、やっぱり自分のために良かったと思ったと。清々しささえ感じられました。

でも、「そういう葛藤がなくずっと突っ走れた男性は、どういう思いで定年を迎えるのかな?」って、これを聞いた時にちょっと思いました。

田中俊:いやいや、それはひどいもんですよ。僕は定年退職者にインタビューしているんですけども、結局「喪失感」と「虚無感」ですよね。つまり、仕事の先の人生があるということについて、うまく理解してなかったんですよね。

例えば、今働いているお父さま、現役の方で、友達がいないとか趣味がないという人ってけっこう多いと思うんですよね。「必要ない」と言うわけですよ、多くの人は。「なんでないんですか?」と聞くと、友達なんかいたって遊びに行く暇はないし、趣味なんかやる時間ないじゃないですかと。

でも、そういう人たちが困るのはやっぱり定年後で、友達もいなければ趣味もないとなると、やることがないんですよ。

だから、「仕事で自分が豊かになる」と言った時に、勘違いしちゃいけないのは、仕事は生活の一部ですから、「仕事で全部埋まっているから私は充実している」と言うのであれば、それはトータルで見ればやっぱり錯覚だったと言わざるを得ないんじゃないかなと思うんですよね。バランスが悪すぎるというか。

生活があって仕事があるのに、仕事がメインの生活になっちゃっていて、それで充実しているというのは勘違いだと思います。「ワークライフバランス」という言葉がこれだけ浸透している社会の中では、ちょっとまずいことだろうと思いますね。

やることがないお父さんたちって、本当に悲惨なんですよ。この話はよくしているんですけれども、彼らがよく行くところのベスト2が「図書館」と「デパートの無料のベンチ」。

田中和:いるいる!

田中俊:なぜかと考えれば非常に簡単で、「冷暖房完備」「雨風しのげる」「無料」という3つの条件がそこで揃っているからなんですよ。悲惨じゃないですか?