ハーバードは私の思い出の場所

シェリル・サンドバーグ氏:皆さん、おめでとうございます! やり遂げましたね!

(拍手)

学生生活が終わるということについて言っているのではありません。授業に明け暮れる日々が終わったという意味です。

(会場笑)

私の記憶が正しければ、皆さんの多くは昨夜たっぷりお酒を飲んだんだろうと思います。もしくは今日我々と。天気だけはハーバードもコントロールできません。もしかしたら皆さんのクラスメイトの何人かはここより暖かい場所でココアを飲んでいるかもしれませんしね。

皆さんには、今日ここで自分自身を誇りに思う様々な理由があります。そしてご家族の皆さん、おめでとうございます。これまでたくさんのお金を費やしてきましたよね、このボストンの小さな学校で学ばせるために。

(会場笑)

そして2014年のこのめでたい席にお招きいただいたことを本当に嬉しく思いますし、私にとってとても意味のあることです。過去にこの場でスピーチをした人々のリストを見て、私は少し怯みました。エイミー・ポーラーほど面白いことは言えませんが、マザー・テレサよりは良いでしょう。

(会場笑)

25年前、お互いを知りませんでしたが、私の夫となる人であるデイブが、皆さんが座っているその場所に座っており、23年前には私がそこに座っていました。デイブと私はこの週末に息子と娘を連れてこの地に戻ってきました。彼の同窓会に出席し、思い出を共有しました。ハーバードはバスケットが強いんでしたっけ?

(会場笑)

ここに立っていると、思い出がよみがえってきます。1987年の秋、私はマイアミからこの場所にやって来ました。大きな希望と今より大きな髪型で。

(会場笑)

私はハーバードの歴史的な建築物に住めることになりました。Canaday(ハーバードの寮)です。

(会場笑)

当時の私の服装はジーンズやスカートというものではありませんでした。私は白いレッグウォーマーとスニーカーを履いていました。フロリダのネーム入りのものを。なぜなら、当時も今もここにいる両親が私にこう言ったからです。「みんな、フロリダ出身だと言えば素晴らしいと思うに違いない」と。少なくともInstagramは持っていませんでした。

(会場笑)

私にとって、ハーバードは始まりの場所でした。私はここで冬物のコートを初めて買いました。マイアミではコートはいらなかったから。初めての10枚のレポートは高校では出なかったですし、初めて私の試験監督に会った時に彼女は合格できるかどうかは委員会によると言っていました。つまり私は学力の可能性ではなくて、自分の個性でハーバードに入ったと言えますね。

(会場笑)

寄宿舎で初めて会った人物は、当時の私には問題児に見えました。その人は建物に住む生徒の中で名前を知らない人はいませんでした。サラ・ウィグルスワース、フランシス・ストラウス、ジェイムズ・ウェルズ、ジェシカ・サイエンス・センターB。私の初恋、そして私の最初の失恋かもしれません。私が初めて愛を学び、そして初めてラテン語を読める人がほとんどいないということを知ったのも。

(会場笑)

キャリアはジャングルジムのようなもの

私が今皆さんが座っている場所にいた頃、明確な自分の人生計画を持っていました。世界の貧困のために働くため世界銀行に行って、ロースクールに行き、非営利組織や政府で働いて一生を過ごすつもりでした。明日のハーバードの学位授与式で、学部やロースクールやメディカルスクールその他の生徒もそれぞれ同じように立ち上がり、卒業していきます。

しかし私の時代の卒業式では、博士課程の生徒をとても応援していましたが、ビジネススクールはそうはみえませんでした。しかし8ヶ月後に私はビジネススクールに志願していました。

(会場笑)

もし民間企業で働くということが予測できていたとしても、Facebookで働くなんて予想もできなかったでしょう。インターネットもなかったんですから。そして何よりマーク・ザッカーバーグは小学生でしたから。

(会場笑)

自分の行く道を早く決めなかったことによって、私は新しいことや、人生が変わるような分野での機会に恵まれました。皆さんが座っているその席からのまっすぐな道はありません。そんな未来を描かないでください。それは間違った道を行くだけでなく、大きな機会も逃してしまうからです。インターネットのような大きなチャンスをね。

キャリアとははしごのようなものではありません。そういった時代は終わりました。ジャングルジムのようなものです。ただ前と後ろだけを見るのではなく、後ろへ下がったり横に移動したり角に行ってみたり。

皆さんのキャリアや人生は止まったり動き始めたりジグザグです。自分が描いた道の白い部分だけを埋めようとしないでください。なぜなら他の場所に驚きやチャンスが転がっているからです。

今日ここで言える最も大切なことは、自分に正直に、そして互いに真実を語り合うこと、自分と今生きているこの世界に対して正直でいることです。

大人にはごまかしが効かない

子どもを見てみれば、すぐに正直とはどういったものかわかるでしょう。私の友人のベッツィーは妊娠しており、5歳の息子は生まれてくる赤ちゃんが母親のどこにいるのか知りたいのです。

「ママ、赤ちゃんの腕はママの腕の中にあるんだよね」「違うのよサム、赤ちゃんの腕はママのお腹の中にあるの」「ママ、赤ちゃんの足はママの足の中にあるの?」「違うわ。赤ちゃんの体は全部ママのお腹の中にあるの」「じゃあ、ママのおしりの中では何が育っているの?」

(会場笑)

大人にはほとんどごまかしがききませんよね。そしてそれはとても良いことです。私が第一子を妊娠した時、夫のデイビットに私のおしりが大きくなっているか訊ねました。初め彼は嘘をついたので、更に聞いてみると、「うん、まぁ少しね」何年にも渡って、私の義理の姉は夫に対して、あなたがやったこをは一生ついてまわるわよ、と言っていました。その男はハーバードに行ったのよ。

真実を異なる時期に聞くことは私にとっては救いでした。私が卒業した頃はキャリアにおける恋愛についてもっと悩んでいました。私は限られたたった数年で良き相手を見つけなければいけないと思っていたのです。そういった男性はもう既に誰かのものになっていたり、もしくは私が年を取ってしまうと思っていました。

私はワシントンD.Cに行き、良い相手と出会い結婚しました。24歳のことです。夫は良い人でしたが、私自身が自分が何者なのか、そして何になりたかったのかわかっていませんでした。結婚生活は1年もせずに破綻して、私はとても恥ずかしく、心が痛みました。

多くの友人が私のもとに来て「こんなことになるなんて思いもしなかった」もしくは「私も2人は上手くいかないと思ってたのよ」と言いました。誰も私がこの道を選ぶ前にはそんなこと言ってくれませんでした。結婚前に言ってくれればもっと役に立ったかもしれないのに。

向上する唯一の方法は批判を聞くこと

一緒になりたいと思った人との別れによって傷心の日々を何ヶ月か過ごしました。同じ時期に、私のキャリアにおいて忠告してくれる人が現れました。ケネディ・スクールでも教えていて、今ここにもいらっしゃいます。

「君は法科大学院に行くべきではないと思うな。君自身も法科大学院で学びたいとは思ってないんじゃないかな。君のご両親がそうしてほしいと昔から言っていたからそうしたいと思っているだけではないだろうか」

彼は私が何に興味があるのか自分自身に問うたことがないことを見抜いていました。親しい友人間においても正直になることがどれだけ難しいことか私は知っています。

だけど皆さんは親友の長所、短所、立ち向かうであろう障壁をわかっていますよね。だけどそれを彼らに言うことはほとんどない。そして訊ねることも。訊いてみてください。それらはきっと役に立つものだから。その答えが正直なものであれば、きっと本当の友人になれるでしょう。

意見を求めることはとても大切なことです。試験の日程から逃れられるようになっても多くの仕事で消極的になることなく人の意見を聞くことが必要になります。批判を聞くのは楽しいものではありませんが、向上していく唯一の方法でもあるのです。

数年前、マーク・ザッカーバーグは中国語を習うことにしました。その練習のために会議の中で母国語が中国語の社員に中国語で話すようにさせました。ある日彼は中国人の女性社員に「調子はどうだい?」と話しかけると、彼女は長くて複雑な回答をしました。

「もうちょっと簡単な言葉で言ってくれないかな」すると彼女はまた答えました。「もう少し簡単に……」こういったやり取りが何回か行われた後、彼女のフラストレーションが爆発しました。「私の上司はだめだめだわ!」彼はやっと理解できました。

(会場笑)

「女性が20パーセントの議席を獲得」は恥ずべきこと

真実を言うことは対立を避けるために犠牲となるとこがしばしばあります。もしくは、遠回しに言って、本来伝えたいことを見失ってしまったりします。簡潔でわかりやすい言葉で真実を聞くこと、または伝えることができますか。

同じように、他人に正直であることは難しいことですよね。ですが、自分自身に正直であることはもっと難しいのです。私は子どもを持ってから何年か、誰も聞いてもいないのに私はよくこんなことを言っていました。

「働いていることに罪悪感なんて感じていないわ」「シェリル、今日は良い日だったね」「そうね!働くことに罪悪感なんて感じてないわ」「今日はセーターを着ていった方が良いかしら」「そうね! 予想外に寒いもの! それに、私は働くことに罪悪感なんて感じていないわ」といった具合に。

(会場笑)

私はいわゆる親としての問題を抱えていたのです。ある日、社会学に関する記事を読みました。人はまず、他者に嘘をつくのではなく自分自身に嘘をつき始めるというものでした。そして私たちが繰り返しよく言うことややることは嘘であることが多いということでした。

「私が繰り返していることってなんだろう」私の顔は汗をかき始めました。そして、私は気付いたのです。「私は働くことに罪悪感を持っている」これを確かめるためにまる1年、リサーチをしたり、私が考えたり感じたりしていることを本に書いたりしました。そしてとても嬉しいことに世界中のたくさんの女性が共感してくれました。この本とは、もちろん『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』(ベストセラーになった女性向け官能小説)です。

(会場笑)

皆さんも共感してくれてますね(笑)。私たちが今生きるこの世界で正直でいることによって出来ることが私たちにはまだまだあります。私たちは厳しい現実からしばしば目を背けたり、声を上げる勇気を持てなかったりします。

私が学生の頃、クラスメイトとジェンダーの公平性について討論になりました。そう、多くの業界で、リーダーとなる人は男性です。しかし時は流れて私たちは変化を経験しました。女性が店頭に立つことが許されない時代だってありましたが、今ではこうやってここに座っています。私たちにフェミニズムは必要ありません。なぜなら私たちは既に平等だからです。

私たちは間違っていました。私も間違っていました。世界は平等ではなかったし、今も平等ではありません。最近、私たちは困難な現実から隠れようとしているように思います。そして不公平を見て見ぬふりをしているようです。

前回の選挙で20パーセントの上院議席を女性が獲得しました。そして多くの新聞の見出しは「女性が上院議席20パーセントを獲得!」と踊りました。私は思わず叫びそうになりました。ちっと待ってください。50パーセントの人口が20パーセントの議席を獲得した。これを引き継いだとは言いませんよね。これは恥ずべきことです。