クラウドによって大幅に変化した情報共有のかたち
青野慶久氏(以下、青野):サイボウズの名前まで出していただいて、大変恐縮しています。ありがとうございます。
私がみなさんを代表しまして、ご質問させていただきたいと思っているんですけれども、池上さんの話が大変わかりやすかったので、実は質問するところを困っていまして。
池上彰氏(以下、池上):(笑)。
青野:お話を伺って、もう説得力もありますし、非常にわかりやすくて、「こうやってメディアは世界を変えてきたんだ」と実感いたしました。
それで質問ではなく、少し感想から今日の話をさせていただきたいんですけれども。メディアがあって、それによって情報が流通して、それが思わぬ形で社会変化を生んでいくということですよね。
私たちも、実は今それをすごく経験していまして。私たちサイボウズという会社は、会社の中の情報共有のソフトを、18年ずっとつくり続けている会社です。ところが、今、このクラウドという波によって、情報共有される場が、会社の中に置かれたパソコンから、インターネットに置かれたクラウドに移ったと。
技術的にそういうものだから、場所が変わっただけだと思ってたんですけれども。ところが、お客さんが何を始めたかといいますと、まず、その仕事の情報が、要は会社の中じゃなくてもアクセスできるようになったわけですよね。
池上:ええ、そうですね。
青野:それによって、どうも働き方が変わってきている。今日も午前中にワーク・ライフバランスの小室社長に登壇いただきましたけれども、彼女たちの会社も定時に帰る、もしくは、子どもが熱を出してすぐ帰っても、仕事の情報がクラウドで共有されてますから、みんなでワークシェアして働けますよね。まずそれが1点。
もう1つは、会社の中の情報共有だけではなくて、クラウドにあるものですから、会社の外の人にIDを渡すと、外の人もアクセスできると。
これは、ある介護会社さんの例ですけれども、自分たちがサポートしている高齢者の情報で、「いつどんなヘルパーさんが行って、どんな処置をしました」みたいな情報を家族と共有する、自治体と共有する、医者と共有する。そうすることによって非常に高品質な、満足度の高いサービスがつくれるようになったと。
私たちからすると、会社の中の情報を共有するソフトをつくっていたのに、会社を超えちゃって。「会社の枠組みって、一体何なんだろう?」と。こんな変化が起きていて。
池上:それはつまり、お客さんが、それを勝手にどんどん使っているということですね。
青野:そうなんです、そうなんです。何も私たちから提案してないんです。それに大変驚いてます。
また、今日午前中ご登壇いただきました、徳島県の神山町、それから島根県の海士町、いわゆる地方創生がうまくいっているところは、今度、私たちの情報共有ソフトを地域で使っている。地域情報共有とか。
会社しか見れなかった私たちからすると、「一体どんな世の中になっていくんだ?」と。 私も想像がつかなくて。それで、とにかくみなさんのご意見を出していただこうということで、今日カンファレンスを開きましたら、まさに池上さんのお話がドンピシャだったので。
池上:なるほど。
青野:はい、びっくりいたしました。
池上:そうやって、お客さんがいろんな使い方を知って、最後、それを使ってまた商売ができるように、こういうことですね。
(会場笑)
スマホで論文を書く学生も登場ー急速なテクノロジーの変化
青野:そうなんですよ。もうこれ、私たちも変化しないと、まさに先ほどお話にありましたように、日産さんの例もありましたけども、「私たちはこういうものをつくってるんだから。社外の情報共有なんて、セキュリティー上問題がある」と言った瞬間に、たぶん私たちはもう時代からとり残されるんじゃないかなと、そんなふうに思いましたね。
池上:その意味でも、これは変化が激しいだけに、厳しい時代でもありますよね。
青野:そうですね。さまざまな人が、さまざまなテクノロジーを出してきて、そのスピードというのは、やはり加速しているというような見方でよろしいんでしょうか。
池上:まさにそうですよね。例えば、ワープロができたとき、最初に東芝がワードプロセッサーをつくったときは100万円の、とてつもない巨大な、オルガンみたいな形だったわけですよね。
それが非常にコンパクトな、それぞれの机に置いてやれるようになりました。私たち記者がワープロで原稿を書く。何て便利なものだろう。とりわけ私は字が下手なもんですから、それまでは、アナウンサーに読んでもらう字は手書きで書いていたんです。
そうすると、時間があるときは、ゆっくり丁寧に、アナウンサーに読めるような字を書くんですが、これが緊急事態になりますと、いわゆる「つっこみ原稿」のようなもの。殴り書きで、アナウンサーにぱっと渡すわけですよね。
そうすると、本当に汚い字を書いてるやつは、それが入ってくると、アナウンサーが絶句して読めなくなるということが、よくありましてね。私もキャスターで、緊急の飛び込みの原稿を読んで。そのときは不思議なもので、火事場の馬鹿力みたいなもので、緊張してると読めちゃうんですよ。
読み終わって、スタジオ行ったら(原稿が)出てきて、(改めて)見ると読めないという事態だったのが、ワープロで綺麗になったことによって直りました。画期的だったわけです。
それが、やがてこれはパソコンのワープロソフト。「面倒くさいな、ワープロなら専用機でいいのに」と言っているうちに、パソコンのワープロソフトだと、またいろんな可能性が広がってきて。パソコンがどんどん性能がよくなったら、最近、そもそもパソコンなんか要らないという形になってきましたよね。
青野:そうですね。
池上:この前、東大生が、パソコンじゃなくて、スマホだけで論文で書いたと。
青野:すごいですね。
池上:「えっ! こんな時代なのか」というのになって、ふと気がつくと、最近夏のボーナスシーズン、冬のボーナスシーズン、パソコンで、「これが新型になりました」と、あまり大々的な宣伝をしませんよね。
青野:はい。
池上:もう、みんな新しいパソコンの時代ではなくなっちゃいましたよね。
青野:そうですね。もう、みんなスマホの最新機種のほうが、はるかに興味がありますね。
池上:ありますし。それから、おっしゃるとおり、情報は全部クラウドでやるわけでしょう。わざわざハードディスクでっていう時代じゃなくなっちゃいましたよね。まさか、こんな時代が来るとは。これからパソコンがどんどん広がっていくと思ったら、あっと言う間にパソコンじゃない時代になるかもしれない。
あるいは、テレビもみんなスマホで観るような時代になり、今、テレビ局が普通の電波で放送するのではなく、全部ネットで流そうということになりつつあるわけですね。「ネットでテレビを観る」という時代に、今大きく変わりつつあって。
年配の人は、やっぱり据え置き型のテレビで。となると、「なるべくいいものがいい。ハイビジョンじゃない、4Kだ、8Kだ」ってなってるんですけど、若い人は、「そんなものはスマホで見ればいいよ」というふうに、明らかに二極分化が起きつつあるわけですね。そうすると、テレビの伝え方もまた変わってくるんではないか。
青野:そうですね。もう、今までは放送と通信が別々だと思われてたのが、ネットでテレビが見えた瞬間に、これは放送なのか、通信なのか、よくわからない。とにかく、新しいものができた。これをまた、誰かが新しい使い方を発明して、世の中を変えていく。そういう……。
池上:そうですね。つまり、私のような旧世代は、とにかく「テレビで何をやるのか」ということばっかり考えてたんですが、これからの若い世代は、これをネットでどう流していくのか。そうすると、ネットの双方向性を生かして、新しい番組がつくれるんではないかというところで、そもそもテレビ番組のつくり方から変わってくる。
青野:双方向性ですね。そうしますと、観ている人とつくっている人が、かなりリアルタイムでつながる。
変化に適応するために、いかに柔軟になれるか
青野:そういえば、今朝の基調講演で、佐藤仙務さんという重度障害をお持ちの方にお越しいただいたんです。彼は親指しか動かないんですけども、起業したんです。
最近、彼がすごく注目を集めていまして。ビジネスがうまくいってるのもあるんですけど。彼は、親指でポンポンポンとFacebookですぐ有名な人に話しかけちゃうんですよね。安倍昭恵夫人とかに普通に話しかけて、サポートしてもらって。「何なんだ、この垣根の低さは?」と。
私みたいな、昭和生まれの人間からしますと、そんな有名な人にいきなり話しかけるって、なかなか勇気が要って。自分の中で、もしかしたら溝をつくっているかもわかりませんけど、「何かやっぱり、若い子は違うな」と。
池上:Twitterの世界だったり、Facebookだったり、ネットの世界ですと、そういう階級といいますか、クラスとか、偉い人とかいう感じがなくなってきますね。イメージとフラットですよね。
青野:はい、フラットですね。
池上:だって、ツイートすればすぐ返ってくるよということになると、そういうことがなくなる。いわゆる社会的な垣根というのが、ますますなくなってきますよね。
青野:そうですね。そのあたりを、やっぱり意識改革していかないといけないですかね。
池上:意識改革というか、どれだけ柔軟になれるかということだと思いますよね。私たちのイメージしているものと、思いもよらない形でいろんな発想が出てくる。それを最初から拒否するんじゃなくて、一見ばかばかしい提案のように思えるものを、どう柔軟に受け入れて、「待てよ、これはどうなるんだろうか?」と考える。そういう柔らかさというのが必要になってくるのかな。
そして、そういう柔らかさというのは、やっぱりゆとりがあってこそ生まれますよね。そのゆとりがある働き方というのがあってこそ、初めてそういう柔軟な発想というのが生まれてくるんじゃないかなと思うんですけどね。
青野:そうしますと、これからの私たちは、異質なものがあっても排除するのではなくて、1回受けとめてみる、受け入れてみる。柔軟に、「これは、もしかしたら新しいトレンドかもしれないぞ」と。多様性を認めるといいますか、そういう発想が必要だと。
池上:ダーウィンの進化論ってそうでしょう、突然変異した。それで、突然変異した中で、環境が大きく変わったときに、たまたまその環境に合うようなものだけが残ったのですね。
これは結果的に、まるで環境の変化に合わせて進化してきたように見えますけど、そうじゃないんですよね。さまざまな突然変異の中で、たまたま環境変化に適応していたものだけが生き残ったわけでしょう。
ということは、将来は予測できない。何が起きるかわからないときに、突然変異ができるような組織があってこそ、変化に対応できていくんじゃないのか、そういうことがこれから求められるんじゃないかと思うんですけれどもね。
青野:なるほど。これはちょっと、最後に自信を持ちました。私たちの変さは、普通の会社以上だと思っていますので。このいろんな外界の変化に合うようなものが、もしかしたらあるかもしれない。これを受けとめながら、次の新しいバリューを目指していくと。そんなことを教えていただきました。どうもありがとうございます。時間になってしまいましたので……。
池上:あれ、もっと何か質問をすると言ったんで、何か来たら、「いい質問ですね」って言おうとして準備してたんですけど。
(会場笑)
青野:あー!(笑)。それをお聞きして、そうですよね。
池上:言えないまんまですね。
青野:すみません、またの機会に。そのときはよろしくお願いします。
司会者:それでは、こちらで終わらせていただきます。池上さん、本日はお越しいただきまして、どうもありがとうございました。
(会場拍手)