アイデアを生むために、どこからインスピレーションを得るか

山崎亮氏(以下、山崎):さきほど環境、民主主義、人権、お金などのゲームを紹介していただきました。その他にもコミュニティ開発、障がい者への理解などがありました。ラッティゴーンさんは一体何種類のゲームを持っているんですか?

ラッティゴーン・ウティゴーン氏(以下、ラッティゴーン):楽しんでいるだけなので、数えたことがないですね。

山崎:新しいゲームをつくるきっかけはなんですか? 要するに、同じようなオーダーがあれば、ひとつのゲームを使い回すことができると思うんですね。でもなにかのきっかけで開発しないといけなくなる。そのきっかけはどういったものなのでしょうか?

ラッティゴーン:私と永田さんは現実の話とデータ、という同じ原則に沿って動いていると思います。調査をおこない、たくさんの本を読み、文献にもあたり、実際の人々の話に耳を傾けることからすべてがはじまり、そこに自分自身の情熱が加わっている。そうした活動の中からインスピレーションを得て、アイデアが生まれます。

いくつかアイデアのストックはありますが、そのなかには日の目を見ていないものもいくつかあるので、いつか良い相手が現れたら出していきたいと思っています。

山崎:そうすると一度つくったものに改良を加えることもあるし、つくったことのないゲームを頼まれた場合はリサーチをしてオリジナルでゲームをつくると。そしてストックもある。そんな感じですか?

ラッティゴーン:その通りです。あとでお見せしましょうか?

山崎:どんなものがあるのか気になりますね。僕自身の仕事は最初にお話した通りなのですが、地域の人たち自身が学んで新しいことを知って動き出さないと。

専門家が外からきて「こういうことをやったらうまくいくよ!」と言って、「わかった。じゃあその通りにやってみよう」というだけでは、つまずいたときに「あの専門家に言ったのにうまくいかなかった」といって別の専門家にいくということを繰り返してしまうんですね。

ですので、なにかつまずいたり、うまくいかなくなったときにも、自ら工夫して試行錯誤するという癖をつけていかなければならないし、そのときに仲間とどういうふうに語彙形成をおこなっていくか。

そして、新しい情報をどのように調べるのかという技術が土の人たちにないと、地域の再設計を彼ら自身がやっていくというのはすごく難しいことになると思います。

それを手助けする方法として、オリジナルのゲームをひとつずつ丁寧につくって、水の人も、できれば土の人も一緒に成長してもらうことが大事なプロセスじゃないかと思いました。

優秀な人材の情報を得るために出版部をつくる

永田宏和氏(以下、永田):ふと思い出したのが、僕は神戸のデザインセンターでも仕事をしているんですけど、そこでやろうとしているプロジェクトで、デザインセンターのなかに出版部をつくろうとしているんです。

なぜかというと、SNSやネットでみんながいろんな情報を得られるようになっても、意外と地域の情報を得ることができない。これから高齢化社会でどんどん人材が地域に溢れてくるのに、どこに才能のあるおじいちゃんがいるとかいうのがわからない。

あと、出版社を辞めてフリーで編集をやっている人がたくさんいますよね。そういう人とチームをつくって取材にいって、ニュースレターのようなかたちで発信していくんですけど、その人を講師にしたワークショップや教室をうちのデザインセンターのなかでやっていくとか。

そういった接続ができないかと考えています。そんな機能はどの地域でも必要じゃないかと思ってます。

山崎:そうですね。いま永田さんがやられているのは「KIITO」というクリエイティブな人たちが集まるセンターのなかでのお話でしたけれど、1960、70年代でいえば、アメリカには「Community Design Center」が200くらいの地域にできたんですね。

その後の不景気を経て80くらいに減っちゃったんですけど、そういった人材が地域に集える場所があるというのは大きな武器だと思います。

ヨーロッパでは「Civic Pride Center」や「Urban Design Center」と呼ばれるセンターが街中にあります。日本での超高齢化社会においては、人材をそのままにしておくともったいないという人がどんどん地域に戻ってくることになりますから。

こういう人たちが常に集って新しい刺激や他の人の成長に寄与するきっかけをつくることができれば、未来の明るい部分が見えてくるのかなという気がしますね。ありがとうございます。

もうひとつラッティゴーンに聞いてみたいのが、ご紹介されたゲームをデジタル化する可能性もあるとおっしゃっていましたよね。デジタル化っていうのはいろんな方法があると思います。デジタルデバイスを用いても、人と人は対面したほうがいいのでしょうか?

それとも、会わなくても効果を発揮できるのでしょうか。端的にいうと、将来ラッティゴーンさんがやっている活動はオンラインでも可能なのか、そうしないほうがいいのか、どうでしょうか?

意思決定できるようになるためのゲーム

ラッティゴーン:私はゲームをつくるんですけど、ゲーマーじゃないんです。それとデジタルゲームはつい最近やりはじめたばかりで、今年設計をはじめたばかりなんです。それで、私は同じテーブルに座って話しながらデジタルゲームをやるほうがいいと思っています。

ただ、一緒でなくても経験をシェアできるような環境が生まれてきているような気もしますね。そうすると、デジタルゲームが物理的なゲームにとって代えられるかもしれません。

でも私たちがやろうとしているのは、単にゲームを使って知識を理解してもらうだけではなく、ゲームを使うことで人々の行動を変えたいんです。

何回もゲームや行動を繰り返してもらうことによって、習慣が変わりますよね。まだ実験段階なのですが、最近、意思決定に関するゲームを考えました。たとえば意思決定をする前、人々は「どうしよう? 本当かな?」と考えますよね。

たとえば「これを買っていいのかな、私に必要なのかな」とか。そうした意思決定をするときに、頭の中にゲームの画面がパッと出てきてほしいです。

山崎:パッと浮かんでくるということは大事だと思います。やはりゲームをやっていなかったり情報を知らなかった場合、そこに意思決定がまったく入ってこない場合がありますよね。

地域にお店があって「この服いいな、買おう」というのではなく、「自分が払ったお金がどこに流れていくのか。誰のためになるのか。これは地域のためになるのか」ということがわかりはじめると、本当に買うべきか、それとも別のお店で買うべきか、ということの判断ができるようになってきます。

その判断を説教臭く教えるんじゃなくて、ゲームのなかで学んでいくと、日常のなかで「これ、いけるかな?」とポップアップして判断するというようなことが増えてくるのではないかという気がします。

ここで永田さんに教えてほしいんですけど、永田さんは忙しくなりすぎで、呼ばれても行けない、人を育てないといけない段階になったと先ほどお話されていました。

じつはわれわれもコミュニティデザインをやりはじめて、うちのスタッフだけではすべてをできなくなってきて、人を育てなければいけないと、3年くらい前から感じるようになってきました。

それで2年前、東北芸術工科大学の中にコミュニティデザイン学科という日本ではじめての学科をつくることができました。その学科では、4年間をかけて人を育てなければならないのですが、1学年は30人、もし7期生までが育てば210人くらいになりますので、人数的にも永田さんのケースと近いですよね。

あれほど各国からグローバルに人が集まっているわけではないのですが、東北を中心に各地の人たちが大学にきてくれて、4年間コミュニティデザインを学び、われわれの代わりに地域でいろいろな活動をしてくれたらいいなと思います。

「将来どんな仕事に就けるんですか?」というのはよくされる質問なのですが、僕としては行政のなかにそうしたデザインがわかる人が入ってもいいし、NPO法人に入ってもいいし、独立して、われわれと同じように株式会社としてコミュニティデザインの会社を始めてもいいと説明しています。

もうひとつは社会教育ですね。公民館に入っていくような人になってもいい。そして先ほど永田さんも言及されましたが、社会福祉の観点から、高齢化社会のなかで活躍するクリエイティブな人材がほしいと思っているような分野にいってほしいという話をしています。

永田さんのケースですと、各国の人たちは防災のことを学び、永田さんの代わりに活躍できたとして、彼らはそれを仕事にしていくことになりそうでしょうか? それとも、本業は別にあるが地域のリーダーとして教えていくのか。そのあたりは将来どうなっていきそうですか?

実践できる人材をどうやって育むのか

永田:「大学4年間で水の人を本当に育てられるのか?」と、逆に聞こうと思っていた質問ですね(笑)。じつは「KIITO」でも同じようなスクール事業をやろうとしていて、いまからカリキュラムをつくります。

先にお答えをしますと「HANDs!Project」を通して、様々な国での防災教育の担い手をつくっているわけですから、各国によって違うと思います。

一番良いのはNGOを立ち上げてもらうということですが、すでにNGOの人がきていたりするので、そのスキルを持ち帰って活躍してもらうというのが理想です。

日本でもそうですけど、行政のなかにセンスのある人がいないと僕たちもスムーズに仕事ができないので、そういった場所に入ってもらうのがいいと思います。

あとは学校の先生もきているので、先生として戻ってそのスキルを使ってもらうというのも良いかと思います。

一方、すごく綺麗事かもしれないですが、防災教育のリサーチをして、人の声に耳を傾けて、クリエイティブな力によってプログラムをつくって人に届けていくというノウハウは、防災に限らず、どの社会的な分野でも使えるスキルだと思っています。

ですので、僕の感覚では25人全員が防災の分野でのトッププレイヤーになるというのは難しいんじゃないかと思っているんです。こういうことを言うとアジアセンターの人に怒られるかもしれないんですけど(笑)。

プレイヤーを5割くらいつくることができたら上出来。でも、そういう人たちをどれだけつくれるのかということがすごく重要で、そのためには現場をつくらなあかんとちゃうかなというのは強く思いますね。

最終的にはみなさん自分でフィールドを獲得できると思いますけど、研修の後に活躍するフィールドをつくらないといけない。

なので、僕らは海外に行くプログラムに研修生をどんどん呼んでいます。今度のネパールのプログラムは、現地の研修生をチームに入れようと思ってるんですよ。

それでさっきの質問に戻ると、大学を出て本当にコミュニティデザイナーが育つのか。そういうことじゃないような気もするんですね。行ってその場で対応しないといけないことばかりじゃないですか。

人もバラバラでいろんなおじいちゃんがいたりして、そういうのは現場でしか鍛えられないことだと思うので、その現場体験を「KIITO」のスクール事業でもどうつくれるのかということをいま一生懸命考えています。そこが鍵になるような気がしますね。

大学でも、OJTを段階的に分けて実施する

山崎:OJTとよく言われますけど、本当に現場で、えも言われぬ感覚やタイミングを活かすしかないという部分はありますよね。それはわれわれの大学でも頻繁に議論している部分です。

2年前に立ち上げて、いまは1年生、2年生しかいない状況でこれからが重要になってくるんですけど、幸い永田さんが1年間のうち何日かでアクションプログラムをつくって実際にやっていくというよりは長い時間をかけられますので、3年生以上になったら、授業を徹底的に現場にしていくというスタイルに移行します。

1年生のときは学科内でワークショップをしたりゲームをつくる。2年生になったらそれを他の学科や大学の学生と他流試合をやってみる。

しかし3年生になったらもう大学生同士ではなく、実際に地域に入って、本当に困っている人たちにどういうふうにゲームを伝えるのか、どうやって育ってもらうのか。これを4年生まで継続していくということを考えています。

ただ、大学が気をつけないといけないことは、大学はいつも地域を使って学ばせてもらうだけで卒業したらいかないみたいなことになって、嫌われるんですね。

「こっちが少し期待したらお前らはすぐいなくなるだろう!」なんて地域から言われてしまうので、そうならないように常に新しい学生が地域に入っていく。

しかし水のやりすぎにならないよう、地域の方々が「俺らだけでできる」と言ったら、僕たちはあらかじめ別のフィールドを用意しておいて、次の年からは学生をそちらにいかせるようにしたいですね。

おっしゃるとおり、現場を用意するというのはとても重要なので、それはひょっとするとアジアセンターの方々も考えていらっしゃるかもしれない。「次はこういう活躍の場を」というのを用意しつつ、その人たちが自分たちで現場を見つけられるようになったら、今度はあまり現場を用意しすぎない、という良い塩梅がそれぞれ必要になってくる気がします。

ラッティゴーンさんはどうでしょう? あんなに優れたゲームを生み出す後継者をどうやって育てるんでしょうか?