25歳で株式会社ユーグレナを創業

小林雅氏(以下、小林):ありがとうございます。ミドリムシ、ユーグレナについてご説明いただいたんですけども、これからベンチャー創業に関わるお話を伺いたいと思います。

きっかけは大学時代にあったと思うんですけど、実際に創業したのはちなみに何歳のときなんですか? 今は35歳?

出雲充氏(以下、出雲):はい。今35歳で、会社をつくったのは25歳のとき、2005年です。ミドリムシビジネスをやろうって決めたのは大学3年生のときなので、20歳ですね。

これは何の理由も根拠もないんですけど……私は20歳のときにすごくおもしろいなと思って、「将来ミドリムシやりたい」と。

でもそのときは技術もお金もまったくないので、35歳まで勉強して、貯金をして、研究をして、2015年で35歳になったら株式会社ユーグレナをつくろうと思ってたんです。

そう思ってたんですけど(笑)。予定よりは10年早く会社をつくって今に至ります。だから、昔につくった計画というのは本当にすぐ変わりますね。

ベンチャーの資金調達の工夫

小林:ちなみに創業したときは何人でしたか? あと創業のときの苦労というか、よくインタビューとかにも出てるんですけど、「営業してみたけどまったくダメだった」みたいな話があったと思うんですけど、それはどうですか。

出雲:会社は3人で立ち上げまして、鈴木(鈴木健吾氏、取締役・研究開発担当)と福本(福本拓元氏、取締役・マーケティング担当)という仲間とやったんですね。実は、会社を立ち上げるときと立ち上げてからで、ひとつずつ申し上げたいことがあります。

会社をつくるときに、我々のような開発型の会社はすごくお金がかかるというイメージを持たれるんですよね。研究開発にすごくお金がかかると。

だから「どうやって最初のお金を調達したのか」というのはすごくよく聞かれるんです。

まず、ユーグレナは1000万円でスタートした会社なんです。自動車ベンチャーだろうと、ミドリムシベンチャーだろうと、ITベンチャーだろうと、私はスタートのときのお金は全部自己資金にして、自己資金以外の外部資金は少なければ少ないほどいいと思ってるんですね。ITだけじゃなくて、自動車にもバイオにも同じことがいえるんです。

最初にお金がかからないように一生懸命工夫すると、まったくお金がかからないんですよ。

そもそも大学のいろんなラボの設備っていうのは、24時間365日動いているわけではないですよね。夜に行くと動いてない装置が置いてあるわけですよ。

だから何百万何千万円もする機械がなくたって、バイオベンチャーは大学のアセットを使えばお金をたいしてかけなくてもスタートすることができるんですね。

例えば最初からお金が1億円集まってしまうと……まあ私の場合は集められなかったんですが(笑)。

もし1億調達できたら、たぶんすごい大型のLC/TOFMS(質量分析計の名称)とかPCRの装置とかをドーンと導入してました。連続で質量分析する装置があるんですけど、そういうものだったら1000万円くらいするんですよ。

超高速のPCRのシーケンサー、たぶん第5世代のAgilentとかIlluminaのものですと2500万円くらいで、みなさんのフルゲノムを1日で……フルゲノムですよ? SNPs(一塩基多型)で「この人はこういう病気になりやすい」とか部分的な遺伝子多型を検査するのではなくて、フルゲノムを読み込むのに、昔はすごく高額の機械で1年かかったんですけど。

今は2500万円の機械が1台あると1日でヒト1人の遺伝子を全部読み込むことができるんですね。

そういう時代なので……私は買っちゃうんですけど、そういうのを買わなくたって大学とか、例えば日立のような大企業の中にあるんですよ。

なので使ってない時間に使わせてもらうってことにだけ特化すれば、「アイデアはあるけどお金がないので、薬をつくるベンチャーを立ち上げられません」とか「自動車会社は初期投資がかかるのでできません」とか聞くと「本当にできないのかな」と疑問に思いますね。……本当にできないのかもしれないんですけど(笑)。

500社に営業して買ってくれた会社はゼロ

小林:(笑)。先ほど言ったように、(一般の人は)そもそも「ミドリムシについてほとんど知らない」みたいな感じになると思うんですけど、そこから今に至るまでどのようなステップやマイルストーンがあったんですか?

出雲:2005年12月に屋外大量培養ができるようになって、2006年1月からミドリムシの販売を開始して、私も会社を立ち上げるときに事業計画書をつくったんです。

私がつくった事業計画書では「ミドリムシは一般のみなさま方になじみがないので、100社に説明に行くと1社買ってくれる」と、そういうビジネスプランだったんですよ。それはよく覚えてます。

100社に行けば、99社には断られて1社買ってくれるってビジネスプランをつくってスタートしたんですね。

2006年1月から2007年12月までのちょうど2年間で、私は500社にミドリムシの営業に行ったんですね。飛び込み営業も含めて。

そうすると500社中5社は買ってくれるかなと思ってスタートした会社なんですけど、2007年12月の段階で500社に行ったのにゼロだったんですよ。

高いハードルを乗り越える2つの方法

出雲:結構ビックリしてですね。「500社に行ってゼロ!?」って。やっぱり他がやってないものって、すごくハードルが高いんですよ。これを乗り越えるためには2つの方法がある。

1つは「500社行ってダメだったら501社行く」。もう1つは、今になってすごくコミュニケーション能力が高い人に教えてもらった方法なんですけど、「学生時代にちゃんと自分で合コンをやってないからダメなんだ」って言われたんです。

そう言われて「なんのことだろう」って思ったんですけど……あ、合コンに行くんじゃなくて主催してないからダメってことですね。

なんでダメかっていうと、女性はいい男性が来るか心配じゃないですか。女性には、確定してなくても「超イケてる男性が来る」って言い張って来てもらわないといけないわけです。

それで、男性には「素敵な女性が来てくれるかわからない」って不安を打ち消すために「素敵な女性が来ることに決まってますから」と言って誘う。それで合コンの男女が揃うわけですね。

だから、決まってなくても「いや大丈夫です、決まってます」と言い切らないといけない。

ベンチャーキャピタルにファイナンスするときってそうですよね? だいたい「リードインベスターを連れてこい」って話になって、「リードインベスターが決まってないんだったらダメです」って言われるじゃないですか。そこは「小林さんが出すことになってます」と、なってなくても言うんですよね?(問いかける)

(会場笑)

小林:……それは、たまに僕もやります(笑)。

出雲:そうですよね。

小林:正確に言うと「決まるかもしれない」くらいの(ニュアンスで)。

出雲:そんな正直に言います? 「決まるかもしれない」って。

小林:「決まります!(小声で)ただ○○で……」ってちょっと聞こえないような感じで。ちょっと入れとかないと。

出雲:なるほど。

小林:「将来不確定なので変わりうるかもしれない」っていう、よくある……。

出雲:まあ、スタートアップはそんなのいらないですよ。そんなのわかってますからね。明日どうなるかわからないなんて。

手をさしのべてくれた501社目の会社

小林:結局、500社行ったあとにどうなったんですか?

出雲:500社行って、私は「他で決まってますから安心してください」って言えなかったんですよ。だから501社目に行ったんですね。

それで、501社目が手をさしのべてくれたんです。宣伝になっちゃいますけど、501社目がこの会社なんですよ。

小林:おー。

出雲:めちゃくちゃおもしろいんですけど……2008年5月から伊藤忠商事が「ミドリムシをやる」ということになって。

伊藤忠商事が販売するミドリムシと私が販売するミドリムシって、中身は同じですよね。

だって私が両方とも石垣島でつくってるんですから。何も違わない同じミドリムシですよ? でも、私が売るとほとんど売れないのが、伊藤忠商事が売るとめちゃくちゃ売れるんですよね。

(会場笑)

出雲:伊藤忠商事が「59種類の栄養素が入ってます」と言うと「伊藤忠さん、それはすごいですよ! 59種類も入ってるんですか」。「他に培養できる人はいませんよ」と言うと「独占技術ですか! すごいですね」。と。すぐに品切れになるわけですよね。

すぐ品切れになるんですけど、そのあとは「まあ伊藤忠がやってるんだったら大丈夫だろう」ということで、多くの会社が出資してくれて。しっかり研究を進めて、広めていきましょうとなりました。