他者への貢献があなたを幸せにする理由
なぜ信頼関係は重要なのか

If You Don't Understand People, You Don't Understand Business #1/2

みなさんは、誰を一番に考えて行動しているでしょうか? 自分が一番大切だと思う人、家族や友人、恋人が一番大切だと思っておる人など、様々な答えがあると思います。Leadership Expertとして活躍するサイモン・シネック氏は、同じ価値観を持った人との信頼関係の中で、他者を第一に考えることが重要であると語ります。当たり前の話ですが、人は1人で生きて行くことはできません。お互いに長所を伸ばし合い協力することによって、生きて行くのです。そのために大切なことが信頼関係を構築することであり、他者のことを思いやることなのです。サイモン・シネック氏が自身が行った実験や、体験したことを踏まえ、人が生きて行く上で本当に大切なことはどのようなことであるかを語ります。

「信頼感」によって人は人類の役に立つことができる

サイモン・シネック氏:この数日間で皆さんはより良いデザインを生み出す方法、より上手くビジネスを遂行する方法、クライアントやエンドユーザーについてどのように捉えるかについてたくさん話を聞くはずです。今日私は皆さんがこの2日間で考えるべきそのリストにいかに人類の役に立つかを加えたいと思います。いかに人類の進歩に貢献するか、です。ジョークを言っている訳ではありません。人は皆これを考えるべきだと信じていますから。

突き詰めて考えれば人間という動物は社会的な生き物です。私たちの生存はコミュニティ形成・文化を形成する能力にかかっています。コミュニティ・文化とは共通の価値観や信念を共有する人々の集まりを指しますね。国家とは共通の価値観や信念を共有する人々の集まりを指しますね。企業とは共通の価値観や信念を共有する人々の集まりを指すべきです。

同じ価値観や信念を共有する人々に囲まれていると素晴らしいことが起こります。信頼が生まれるのです。間違えないで欲しいのは、信頼とは人間特有の感情であるということです。少しおバカでも信頼はしているという友人が誰にも1人はいるはずです。

(会場笑)

信頼とは、やると言ったことをすべてやるかどうかのチェックリストではない。つまり人はすぐに人を信じるということではなく、チェックリストにチェックが入るということはその人が頼りになるというだけのことです。

信頼が必要です。同じ価値観や信念を共有する人に囲まれていると信頼が生まれ、お互いに信頼しあう関係が生まれます。そこではよりリスクを取ろう、まずはやってみようとする姿勢が生まれます。つまり失敗が付きものになる。

まだ誰も成し遂げていないことまでやってみようという探求心が生まれます。そこには失敗しても自分の後ろには自分の仲間たちがいる、信頼し合う仲間がいる、彼らがサポートしてくれるという自信があるのです。失敗したら助けてくれる、傷ついたらその傷を癒してくれる、つまり我々の生存は周囲の仲間にかかっているのです。

同じ価値観を共有してる人たちで長所を伸ばし合う

私たちは何でも自分だけで上手くやることはできません。例えば1人でトラを倒しに行くことになったとして、たった1人で行けばトラの勝ちは間違いないでしょう。失敗するでしょうね。

しかし集団になると、人間は素晴らしい力を発揮します。その理由は、人にはそれぞれ長所と短所があるからです。ゴールは弱点を克服することではありません。ゴールは長所を伸ばし、自分ができないことができる人々を集めることです。

しかしそれはスキルや経験だけではなく自分が何を信じているかに基づきます。単に何か自分が不得意なことが得意な人に囲まれているというだけでは、そこに信頼関係が生まれるとは言えません。信頼の感情とは、同じ価値観や信念を共有することから生まれます。

ニューヨーク出身の人はどのくらいいますか? たくさんいますね。皆さんはニューヨーク出身の人となら誰とでも友達だと言えますか? なぜそうではないのでしょうか? 例えばLAに行ってニューヨーク出身の人と出会うと「私もニューヨーク出身なんですよ!」と、その人と大親友になります。

(会場笑)

例えばパリにいて、アメリカ人と遭遇する。「どこ出身ですか?」「LAです」「私はニューヨークです!」とそこで2人は大親友になる。

(会場笑)

つまり自分と同じ価値観を共有しない人々の中にいたり、いつもとは違うあまり居心地の良くない場所にいる時、人は似たような価値観・信念を持つだろう人々を探し、彼らと急速に絆を深めるのです。彼らは恐らく自分が育ってきた価値観、自分が信じること、自分が生まれた国の文化を理解してくれるからです。

人は直感で相手を仲間をだと判断できる

仕事でも同じです。自分を理解してくれる、自分と同じ価値観で似たような世界観を持つ人と一緒に働きたいと思いませんか?

異なる意見や違いの話ではありません。それは多様性であり良いことです。問題解決の際、多様性は有利に働きます。同じ問題でもお互い異なる角度からその問題を捉え、異なる解決策を見出していく、という具合に。

今私が話をしているのは、一体なぜ私たちはお互いに助け合う必要があるのか、ということです。一体何を成し遂げようとしているのか、という話です。何が価値観や信念を生み出すのか? 何がきっかけでそこに信頼感が生まれるのか?

私たち人間の直感の話です。私たちは自分と似たような価値観や信念を抱く人々を見つけるのが得意です。自分の生存がそれに依存しているからです。生物学的にその能力を持ち合わせているのです。

今ここで皆さんに「自分と似たような価値観を抱く人を外で探して来てください」と言ったとします。皆さんはどうすれば良いか知っていますよ。まずは人に話しかけ、その人について良い感情を抱くか悪い感情を抱くかを感じます。「その人とフィーリングが合うか」を確かめます。合う時もあれば合わない時もある。それは出会ってすぐにわかることもあれば、しばらくしてからわかることもあります。

ポイントは私たちがフィーリングが合うかどうかを確かめることができるということで、それは友人関係、恋愛、ネットワーキングの場で発揮されます。私たちには生まれつきこの能力が備わっています。問題はそれを物理的に測ることができないという点であり、自分にしかその感覚を理解することができないということです。

しかしどんなサインを基準にするか、例えば今私が皆さんに「外に出て赤い帽子をかぶっている人を全員見つけてきてください」と言ったとする。見つけるのは簡単ですよね。パリにいる皆さんがアメリカ英語を耳にする、これもサインです。

アメリカ英語を話す人と個人的に知り合いではないにも関わらず、彼らの言うことを信じてしまうのです。「あのレストランに行くべきだよ!」と勧められれば「オーケー!」と言って彼らの言う通りそのレストランに行くでしょう。普通の生活の中で道を歩いていて、見知らぬ人から「あのレストランに行ったほうがいいよ」と突然勧められても「一体こいつは何を言っているんだ」で終わりでしょう。

(会場笑)

そうでしょう? 無視して終わりのはずです。信頼はこのように作用するのです。皆さんはすべての物事について詳細な知識を持つ必要はありません。

私たちの言動は、私たちがどんな人間であるかのサインになる

例えば新しいテレビを購入したいと思っているとします。どのテレビを買おうか調べつくし、どのテレビを買おうか決めたとします。「よし、LGのテレビを買おう!」と。週末に絶対買うと決めたとします。

金曜日に友人の家に遊びに行き、その彼はガジェットに精通した男で最新ガジェットをいつも持っている。彼に「しっかりと調べた結果最新モデルのLGのテレビを買うことにした」と言います。すると彼は「やめときな。ソニーのほうがいいよ」と言う。

ここで起こることは2つに1つです。「しっかり調べたのに! 本当かな? 彼を信じたほうが良いのだろうか?」と調べなおす。または彼の言うことを素直に信じてソニーを買う。あんなに一生懸命調べたのに、その彼の一言だけでソニーを買うほうに考えを変えてしまう。なぜなら、自分が信じている人、自分のコミュニティにいる人がソニーを買ったほうが良いと言っているからです。

あなたは彼を信じている、彼はあなたよりもこの件について詳しいからです。彼を信じているのだから、あなた自身がテレビについてすべてを知る必要はないということです。

繰り返しになりますが、例えば人と道でぶつかる、「どこに行くんだい?」と聞かれる、「今から店に行ってLGのテレビを買うのさ」と言う、するとその人が「LGではなくソニーのほうが良いよ」と言ったとしても、「こいつは何を言っているんだ」とその人の話を聞き流すことでしょう。

私たちはすべての人を信じるわけではないのです。自分のコミュニティの人々だけを信じます。どんな人を信じるべきかを知らねばなりません。人生で決断することはすべてコミュニケーションのひとつなのです。

個人として、または組織として決定することはすべてコミュニケーションのひとつ、つまり自分がやることすべてによって私たちは世間に自分がどんな人間なのか、何を信じる人間なのかという情報を発信しているのです。これが「信頼性」が重要な理由であり、自分が信じていることを言い、実行する必要があるのです。なぜならあなたの言動はあなたがどんな人間であるかのサインであるからです。

嘘をついて信頼してもらおうとすることは馬鹿げている

私たちはそのサインに基づき、自分と同じ価値観や信念を抱く人を見つけ出すのです。私たちの生存がかかっていますから。本来の自分とは異なるサインを発信すると、それに基づきそれに引き寄せられる人々が周囲に集まってきますが、そうして集まってきた人々と信頼関係を築くことはできません。

タイガー・ウッズは嘘をつきました。彼は人々が自分に言ってほしいと思っているだろうことを推測し、それを言っていたのです。それは素晴らしく魅力的で、「良い人」という概念に酔いしれていました。それが嘘であったことがわかるまで、我々は彼に魅力を感じていました。

「悪い男」でもスポーツ界で活躍するプロとして歴史に名前を残す活躍ができたことでしょうに、彼は嘘をつくことを選びました。彼がもう一度世間の信頼を取り戻すのは難しいでしょう。自分が信じることを発信し、自分が信じるままに行動すれば、それに共感する人々が周囲に集まってきます。

「もっとあなたに私を好きになってもらうにはどんな服装をすればいいかな?」「どんな風な話し方にすればもっと私のことを好きになってもらえるかな?」と友人に聞いたら「一体何を言っているんだ?」と言われるでしょう。

「まあ聞いてくれよ。何を着たらもっと私のことを好きになってくれるかな? どんな風に話したらもっと仲良くしてくれる?」と続ければ、「そのままの自分でいればいいんじゃないか? 君のことが気に入っているんだから、そのままでいいよ」と言われるでしょう。

業界ではどうでしょうか? 市場リサーチをする、お客様に「どんな風な内装にしたらもっと気に入ってもらえますか? もっと好きになってもらうためにどんなものが好きか教えてください」と聞くのは馬鹿げています。

組織や企業は自分たちが実際に信じることを実行すべきで、そうすればそれに共感する人が集まってきます。または世間に嘘をつく。少しでも嘘っぽいなと思われれば、信頼してもらえなくなります。

言動に一貫性がない、これはつまり信念にひたむきであるか、嘘をついているかの二つにひとつだと。人に「どういう私であればいいでしょうか?」と聞くことが「信頼」に繋がるなど馬鹿げています。社会的立ち位置を研究すること、人にどうしたらもっと信頼してもらえるかを聞きまわるというのは本当に馬鹿げている。

自分たちの本音の付き合いがお互い助け合おうとする気持ちを生む

自分の信じる通りの言動で良いのです。世間に発信するサイン、言動、「赤い帽子」は価値観を共有する人に自分を見つけてもらうための方法なのです。デザイナーとして皆さんができることは、そのようなサインを発信することです。

そして人々がそれを使って世間に彼らがどのような人間であるのかサインを発信できるように手助けをすることです。価値観を共有する会社のため、クライアントのため、人々のために仕事をしましょう。そこへ出ていき、自分よりも大きな何かの一部であることを感じてください。

皆さんの仕事は彼らの価値観を言葉やデザイン、シンボル、グラフィックにし、人々がそれを使って世間に彼らがどんな人間であるかを発信できるようにすることです。

ハーレー・ダビッドソンのタトゥーを入れている人は、自分がどのような人間かを世にアピールしているのです。プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)のロゴをタトゥーで身体に刻んでいる人など誰もいません。「ハーレー」にはイメージがあり、そのイメージに意味があるからです。

人がハーレーのロゴのタトゥーを入れるのは、ハーレーに乗っていることを世間に発信したいからではありません。彼ら自身についての「何か」を伝えるためです。

マックのパソコンを使っている人がリンゴのマークの上に何かを貼って見えないようにしているなんて聞いたことがありますか? マックを彼らが使っているのは彼ら自身がどのような人間であるかを世に発信するためだからです。

汚いマックを使っている人なんて見たことがないでしょう? それはマックは自分自身を象徴しているからです。マックを使っていることが世に対する自分のサインだからです。自分たちの価値観を非常に明確し、言動すべてに一貫性があるとそれはその価値観を象徴するサインになります。

そして我々はその企業のサインを用いて、自分がどんな人間であるかのサインを世間に発信するのです。人は自分がどんな人間であるかを世に発信するために特定の人々、ブランドや商品で周囲を固めます。

自分と価値観を共有する人々を見つけると、不思議なことに我々はその人たちに引き寄せられていきます。なぜなら、私たちの生存は彼らに依存するからです。彼らが必要だからです。自分が何を信じているかを明確にし、それに基づいた言動を心がけると不思議なことが起こり始めます。

パリの話と同じです。たったいくつかのシンボルさえあれば、お互いに引き寄せられてすぐに信頼関係が生まれる。

それよりも大切なことはお互い助け合おうとする気持ちが生まれることです。これが今話してきたことのポイントです。毎日仕事に行き、パソコンの前に座り、メールやり取りで問題解決をし、席を立って誰かに相談しに行きます。これは人と人との関わりあいです。素晴らしいことですね。

態度の悪い、隣のおばさん

1週間ほど前に飛行機に乗りました。機内の通路を通り、お隣の席の人はすでにそこに座っていました。彼女は通路側の席で私は窓側の席でした。皆さんもやったことはないですか? 先に席に着き、こちらに向かってくる人々を見ながらあの人が隣だったらいいなと思いながら、他の乗客を眺めたり。素敵な女性を見かけると「あの人が隣だったらいいな!」と思うのですが、そういう人に限って隣の席にはなれないんですよね。

(会場笑)

同じように通路を通る人を見て、「お願いですからこの人と隣の席は勘弁してください」と思ったことはありませんか?

(会場笑)

彼女は私の存在を無視し続けました。きっと誰も彼女の隣に座らないことを祈っていたのでしょう。普通は自分の横に人が立っていたら、「ここの席ですか?」と声をかけたりするものですよね。

しかし彼女は完全に私を無視していました。彼女は本を読んでいて、私は荷物を座席上のキャビンにのせました。その時点でも彼女は私を無視していたので、「すみませんが、その奥の席なんです」と言うと、彼女はあたかも彼女の隣に誰も座ることはないだろうと決め込んでいたかのように大きなため息をつき、立ち上がることなく足を脇のほうへと寄せて私が窓際に入れるようにしました。

その時点で私はこのフライトがどんな旅になるかわかっていました。ヘッドホンをつけたまま、会話を交わすことなく、トイレに行きたいと思う度に声をかけるのが怖くてためらうのだろうなと。

(会場笑)

気圧の関係で、飛行機に乗るとどうもトイレが近くなるんです。乗ってすぐにトイレに行きましたし、ちょっと膀胱が……とこれはまた別の話になってしまうのでやめます。

(会場笑)

最も自己中心的な発言をしたおばさん

飛行機は高度を上げ、CAが機内を周り朝食を配っていました。「シリアルとオムレツ、どちらがいいですか?」とCAに聞かれましたので「シリアルをください」と頼みました。その後私の隣に座っていた女性に同じことを聞き、彼女もシリアルを頼みました。その4分後、CAが私たちのほうに戻ってきて言いました、「申し訳ありません、シリアルがひとつしか残っていません」。

(会場笑)

それを聞いた瞬間、「これは隣の女性に譲ろう」と決めていました。しかし私がそれを彼女に伝えるその前に彼女はCAに向かって「私がシリアルをいただきます」と言ったのです。

(会場笑)

その時点で私は彼女のことが嫌いになりました。

(会場笑)

彼女には寛大さがまったくありません。彼女はどんな風にアプローチをしてもシリアルを食べることができたのです。「すみませんが、シリアルをもらってもいいでしょうか?」と聞かれれば、「どうぞどうぞ」と私は譲りましたし、「ごめんなさい、卵アレルギーなのでシリアルを譲ってもらえないでしょうか?」と聞かれても「どうぞどうぞ」と私は言ったでしょう。

つまり、何を言われても私は彼女にシリアルを譲る準備ができていたわけです。しかし彼女がとった行動はたくさんの選択肢の中で唯一自己中心的なやり方でした。彼女の願望を満たすことだけ考え、周囲の人が何を考えているかなど気にもしない。

更に悪いことに丁寧な物腰でいることも忘れて。私にとってシリアルを食べられるかどうかは関係なく、ただ丁寧な言動を心がけてほしかったのです。

そうして私は彼女のことが嫌いになり、この体験を記事に書きました。機内で、彼女の隣で。

(会場笑)

PCのスクリーンを隠すことなく。

(会場笑)

彼女の目に留まればいい、と密かに思いながら。

(会場笑)

彼女は白髪まじりの髪、メガネっと。

自分が他者への寛大さを見せるから、相手も返してくれる

ここでポイントとなるのは、この時点で私は彼女のために何かをしてあげる気が完全に失せていたということです。着陸した時に、機内で少しでも会話を交わしたり良好な体験を共有した場合には彼女の荷物を座席上から取ってあげたりしたでしょう。

しかしもちろん私はそれをしませんでした。もし仮に彼女の荷物を取ってあげていたとしたら、それはやさしさからではなく「はい、どうぞ! 取ってあげましたよ! 私は良い人ですからね!」と皮肉を込めて、でしょう。

またはこのような女性に対してもまだ良い人でいられる、という自分への励ましの気持ちからでしょう。どのような動機であれ、私が仮に彼女の荷物を降ろしてあげていたらそれは真のやさしい気持ちからではなかったことでしょう。自己中心的または攻撃的な行動と言えたと思います。

他者への寛大さ、やさしさ、これは私たち自身が先にそれを見せると、彼らも同じように返してくれるものなのです。繰り返しになりますが、我々の生存はこれにかかっています。お互い信頼し合う関係、私たちを助けようとしてくれる人々と関係を築くのです。

自己啓発、という概念が嫌いです。「幸せになる方法」「億万長者になる5つのステップ」「欲しいキャリアを手に入れる7つの方法」。自分の得ばかり考えています。「すぐ隣にいる人を助ける」「すぐそばにいる人がダイエットできるように手伝うための5つのステップ」「すぐそばにいる人が理想のキャリアを手に入れるためにできる7つの方法」は?

何か上手くいけば満足感を得ることができます。仕事で成功すれば自分に自信がつくでしょう。しかし真の満足感は他人のために何かをすることができて得ることができるものなのです。その感覚を得るにはそれしか方法はありません。

90パーセントの人が自分の仕事で真の満足感を得ていないという統計が出ている理由は、仕事内容でも給与でも待遇でもありません。我々がお互いに助け合うことを忘れてしまったからです。

自分のデスクに座ってひたすらパソコンと向き合っているからです。人に話しかけるのは、何か助けて欲しい時だけ。誰かを手伝うために自分のデスクを離れたりはしません。真の寛大さ、やさしさとは見返りを求めずに他人のために何かをすることです。「彼を助けてあげたのに、なぜ彼は助けてくれないんだ!」とは言いません。何かをしてあげたから何かをしてもらうという話ではないのです。自分が自分に対して満足するためにこの話をしているのです。

人は他者を助けるように設計されている

自然の摂理は人間が他者を助けるとこのように感じるよう設計されており、これは我々がこの行動を繰り返すよう動機付けする目的があります。共通の価値観や信念を持つ人々に囲まれていると、信頼が生まれ、我々の生存率と進展率が上昇するからです。

セックスは気持ちがいいので皆がします。自然の摂理はセックスを気持ちのよいものにし、人が多くセックスをして種を反映することができるように設計されています。たまたまセックスが気持ちのいいものであるわけではないのです。

同じように、真の満足感は我々がその行動を繰り返すように自然によって設計されているのです。種を繁栄させるだけではなく、お互いの絆と文化を強めるためです。

「あげる」という概念を調査するために手伝ってくれるというホームレスと実験をしてみました。道で物乞いをしている人に遭遇する、少しでも小銭をホームレスに渡せば気分は良いです。これは良い気分をお金で買ったことになります。つまり商業的な取引です。

何かと何かを交換する、つまりここではあなたはお金をホームレスに渡し、それと引き換えに良い気分を味わうことができる、その気分を得るためにお金を払う、ということです。そこでお金を渡さない場合、何も感じないか少し罪悪感を感じるかのいずれかでしょう。お金をあげなければ良い気分にはならないのです。

そこでの疑問は、「そのホームレスは人々がお金を恵んでくれるようにしているのか?」です。ホームレスは企業と同じようなものだというジョークがあります。彼らは自分のことをアピールします。「私はこうでこうでこうでこうなんです、助けてください」と。

道でボードを掲げている人たちは例えば「ホームレスです」「お腹が空いています」「12人子どもがいます」「退役軍人です」という風に書いています。政治もそうです宗教的概念をアピールしたり、退役軍人票や子どもに寄り添うアピールをしたり。これらは人々から何かを得るための行動です。

奪おうとする行動で、与えようとはしていませんよね。すべて自分のことばかり。企業はどうでしょうか? 「スピードを上げました」「私たちが業界トップ」「創業1969年です」「他社よりも優れている」「他社よりも速い」「効率がいい」という具合に自社のアピールばかりです。彼らの商品を買っても特に良い気分にはなりません。

相手の第一に思えば、結果として自分も得をする

私が行なった実験とはニューヨークにいるあるホームレスの女性が手伝ってくれたものです。彼女の掲げる紙にもありきたりな、「私はホームレスで……」ということが書いてありました。彼女の収入は1日20ドルから30ドル、30ドル稼げれば良い、という感じです。

私は彼女に新しいメッセージボードをつくって渡しました。すると2時間で40ドル稼ぐことができました。すると彼女はどこかへ行ってしまいました。

(会場笑)

彼女がホームレスで居続けるのは20から30ドル毎日収入があれば生きていけると決めつけてしまっているからです。そのままそのメッセージボードを掲げて1日そこにいれば150ドル稼げていたでしょうに。

とにかく彼女は2時間で40ドルを得ました。私は紙になんと書いて彼女に渡したと思いますか? 「ホームレスに恵むのは1か月に1度なのであれば、私は今度でかまいません」人からもらおうもらおうとするのではなく、私は後で良いですからの精神です。すべてのホームレスを助けることはできないし、彼らが本当に困っているのかわからないじゃないかというのが普通の人の考え方です。

そこで、「恵まれない人に何かをあげる機会が1か月に1度なのであれば、あなたが次に困っている人を助けようとする機会にも私は本当に困っているので次にあなたがここを通ってもまだ同じ場所にいるでしょう」というメッセージにすると2時間で40ドルが集まりました。

自分を助けて欲しいという気持ちを全面に出さずに、与えてくれる人のことを考える。実際お客様、クライアント、従業員は人間です。商品がどうだとか、マーケティング、デザインは関係ありません。人間を理解しなければビジネスを理解することはできません。私たちは社会的な生き物で、人間です。そして我々の生存は他者と信頼関係を築くことができるかにかかっています。

共通の価値観や信念を持った人と絆を深める

今日このコンファレンスをオンラインでやることだってできました。まったく同じ話をパソコンのカメラの前でして、まったく同じ情報を皆さんにお伝えすることもできました。それが今日この場にいるのと同じ体験になったかといえばノーです。

私が言うことを気に入ってもらえるかもしれませんが、信頼関係を築くことはできません。コンファレンスで数日間、本当に退屈なスピーチを聞かされ続けたことが誰にでもあるはずです。でもそんな時でも「スピーカーの話はつまらなかったけど、たくさんの素晴らしい人々に出会えたから行ってよかったと思うよ」と言うのではないでしょうか?

今日皆さんがここに集まっているのは業界に携わっているからではなく、共通の価値観や信念を持っているからです。数えきれない数のデザインコンファレンスが行われています。時間とお金を費やさねばコンファレンスに来ることはできません。これは犠牲、支払い、リスクとも言えます。

しかしそれでも今日皆さんがここにいるのはお互い共通することがあるからです。ここではないどこか、自分が属していないエリアで偶然今日のコンファレンスで配られたバッジを持っている見知らぬ人を見かけたら、声をかけるのではないでしょうか? その人は他人であるにも関わらず、その人は自分と同じ価値観を共有する人であることをこのバッジが示すのです。

ここにいる誰よりもその人が自分と最も近しい価値観を持っている人であり、絆を深めることができるのだと。これが人間というものです。

すぐそばにいる人を助けるために、何かしていることはありますか?

ディスカバリーチャンネルの「deadliest catch」を見たことがありますか? ある晩テレビをつけたらその番組がやっていました。その回、船が物凄い大荒れの海に出ていました。

この番組を知らない人のために、この番組はカニを取る船が荒れ狂うベーリング海に出ていく様子を撮影したものです。カニを取る漁師は世界で最も危険な仕事トップ5に入ります。具体的な人数は把握していませんが、1年に何人もの漁師が命を落としているそうです。

この番組では5、6隻の船にカメラを搭載しています。他にももっともっと多くの船が海に出ているのですが。しかし船同士が船で出会うことはありません。海は広いですからね。そこで競合相手の各船はお互いに誤った情報を流し合ったり妨害しあったりしています。競争の激しいビジネスですからね。

あるエピソードで、海が非常に荒れ狂っていたので必要な機材をすべて船に積み入れて海が収まるのを待つというシーンがありました。その中でカメラを搭載して撮影が行われていた船が、撮影カメラのない船に出会うのです。

すべての機材の安全確保後に他の船の撮影を始めました。すると向こうの船で男性が船のヘリに張り付いて、カニ確保用のゲージを海から引き揚げようとしている様子が確認できました。そこへ突然大波が彼を襲い、次の瞬間その男性の姿はもう無かったのです。

カメラ撮影側の船の船員たちが叫び始めます「男が落ちたぞ!」そして船を男性が落ちてしまったであろうエリアに走らせます。彼らは海に落ちた男性とは面識もなく、向こう側の船についてもまったく情報がありません。しかし彼らはすぐに救出に向かいました。そして彼らはこの男性を発見します。

この海の危険さは、まず水は非常に冷たく、30分もその海の中にいれば高熱症にかかって死んでしまうという海です。落ちた男性は叫んでいました。「助けてくれ!」彼らはこの男性を船に引き上げ、彼の衣類をすべて脱がせブランケットに彼の身体を包みました。そしてこの男性は助かりました。

キャプテンがやってきて助かった男性を抱きしめました。2人はお互いを全く知りません。キャプテンはこの男性を自分の息子であるかのように抱きしめました。テレビを見ながら泣きました。皆が泣いていました。

人間同士の関わりです。彼ら自身の命も危険にさらしながら海に落ちた男性を救ったのです。彼らは普段は競争相手で妨害しあって自分たちの利益を出そうとしているのにです。しかし競争相手である前に、カニ漁業に携わる仲間です。

彼らはお互いがどれだけ危険な仕事をしていて、どれだけリスクを取っているのかを理解しあっているからです。とにかく命が危ない、助けなければ、と他に何の考えもなく素早く救出に向かい、そしてそれは成功しました。

あの日あの船に乗っていたすべての人は自分に満足をして帰宅したに違いありません。そして彼らは最も売り上げを得た日のそれ以上に、自分と自分の仕事に満足したに違いありません。

私から皆さんにお聞きしたいのは「すぐそばにいる人を助けるために何かしていることはありますか?」です。他の人のために役にたつために起きて仕事に行きたいと思いませんか? 他の人からそのような気持ちで接して欲しいと思いませんか? ありがとうございました。

<続きは近日公開>

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