2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
提供:株式会社リクルートキャリア
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坂本亜紀子氏(以下、坂本):最初にお一人ずつ自己紹介をいただければと思いますので、まず西村さんお願いします。
西村創一朗氏(以下、西村):皆さん、こんばんは。
参加者:こんばんは。
西村:リクルートキャリアの西村と申します。今日はこのようなすてきな機会をいただきまして、ありがとうございます。ぜひ皆さんと楽しい場にしていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
簡単に自己紹介ということでお時間をいただいているので、「西村創一朗とは何ぞや」ということをお伝えしたいと思います。
僕は1988年生まれの27歳で、社会人5年目になります。2011年に首都大学東京を卒業しているんですが、大学1年生のときに、当時つき合っていた彼女との間に子供ができまして、学生パパになっています。7歳の長男と3歳半の次男がいて、さらに今、お腹の中に3人目がいます。
(会場拍手)
西村:ありがとうございます(笑)。まさに今、妻が妊婦という状況なんですが。次こそ女の子が欲しいなと思いながら、20代にして2児の父という慌ただしい生活を送っています。
仕事でいうと、新卒で当時のリクルートエージェントに入社いたしました。以来3年間は人材紹介営業として、インターネット企業の中途採用をお手伝いさせていただきました。
その他、スタートアップ企業の採用のお手伝いをさせていただいていて、企業の成長を人材面で支えるということをずっとやってまいりました。
その中で、インターネット企業では、同世代の人たちがどんどん新しい事業を立ち上げていました。0から1をつくることで世の中を変えようとしてるのを見ていて……。
それを人材面で支えるのもおもしろいんだけど、僕はやっぱり「人の側面で世の中を変えたい」と思ってリクルートに入社をしているので、0から1をつくることを自らやりたいということで志願しました。
去年4月から新規事業の舞台に異動して、1年以上やっております。今、新規事業をやりながら、今月8月1日からはリクルートキャリアの人事採用として、兼務しながらやってるという状況です。
プライベートでいうと、先ほどお伝えしたとおり、7歳と3歳半の男の子たちのパパでございます。学生時代からずっとNPOをやっていて、ファザーリング・ジャパンというNPOがあるんですが、そこの学生組織を立ち上げました。
イクメン家庭に学生を派遣して、「親になることを想像しよう」という子育て体験事業を卒業してからもずっとやっていました。去年の10月からは理事としてやらせていただいています。「名ばかり理事です」とよく言ってるんですけど(笑)。
6月30日に誕生日を迎えて、その日に自分の会社も立ち上げました。自分の会社と言っても、個人事業主に毛が生えたくらいのものなんですが……。会社とNPO、経営者と三足のわらじを履きながら、息子の小学校のPTAの役員もやったりして、四兎を追う日々を送っています。
西村:その他、仕事をやりながらブログをやっています。月間30万PVぐらいですが、日々自分が思ったことを発信しています。
とにかく思ったことは、発信することで自分のインプットが深まるという価値観を持っているので、NewsPicksが出てきたときは、本当に「これは自分のためのアプリだ!」と思ったんです。
息を吸って吐くように毎日ピックをしまくっていたら、気づけばホリエモンを超えたこともあって、今3万人ぐらいフォロワーがいるような状況です。
西村:僕の根幹に何があるかというと、「誰もが二兎を追って二兎を得られる社会を創りたいな」ということを強く思っています。
例えば女性だと、子供を産んだら仕事を諦めなきゃいけないとか、逆に本気でキャリアアップをしていきたいと思ったら家庭を諦めなきゃいけないとか。男性でも、本当は家庭を大事にしたいのに仕事が忙しくて難しいとか。
あるいは本当にやりたいことができたときに、会社を辞めるか(会社に)残るかという2択を迫られたりという非常に自由が少ない社会が問題だと思っています。
「誰もが二兎を追って二兎を得られる社会」を実現するべく、自分自身が仕事と家庭の二兎を追って、ワークライフバランスではなくワークライフミックス、ワークライフシナジーを生み出せるような生き方をしたいと思って、こういった働き方をしています。今日はどうぞよろしくお願いします。
(会場拍手)
坂本:西村さん、ありがとうございます。では続いて今村さんお願いします。
今村亮氏(以下、今村):皆さん、こんばんは。
参加者:こんばんは。
今村:今村亮、1982年生まれです。今日はよろしくお願いします。私は時系列に沿ってお話しします。今日この場で皆さんにお話しするにあたって、自分の今までの道のりを振り返ってみました。
私は1982年に熊本で生まれまして、何となく東京に出たいと思いながら、東京の大学に進学して今に至ります。
探したら学生時代の写真が出てきまして。せっかくなんでご紹介したいんですけど、これが私の学生時代の写真です。
今、私は「カタリバ」というNPOで働いているんですが、これは大学4年生の頃だったと思います。この頃はまさか自分がNPOで働いて、教育の仕事をするなんて毛ほども思っていなかったことを強く覚えています。
いろいろと電撃的な体験や、全身を震わせるような出会いがありまして、僕にはライフワークが見つかりました。それが、今働いてる「カタリバ」という仕事です。
今村:私たちが解決したいのはこういう課題です。今、日本の高校生の3人に2人は「自分はダメな人間だ」「自分が参加しても社会は変わらない」そんなふうに思いながら過ごしています。
僕も高校時代はそんなふうに思いながら過ごしていたような気がします。これをなんとか、外側から学校と地域を支えながら変えていくことはできないかと考えています。
私自身、そんな課題に出会うこともなかった学生時代には、リクナビで大手の大企業に就職したいという典型的な就活をしていました。
西村さんみたいに、学生時代にいろんなことをやってということも特になく、毎日漫画を読んで映画を観て、「ぷよぷよ」と「マリカー」を死ぬほどやって……みたいな。
(会場笑)
今村:そういう学生だったので、格好いい企業への就活なんかうまくいかず、第1志望に落ち、第2志望に落ちていく中で、拾ってくれた会社に入社しました。それは凸版印刷という会社です。ここで2005年から5年半営業をしました。
僕は出版社の担当だったので、出版社の営業をしたり、新規開拓などをしながら過ごしていました。
三足のわらじとまではいかないんですけど、私は凸版印刷に入社したあとも、夜中や週末の時間を使いながら「カタリバ」の運営をお手伝いして、5年半ジリジリと自分のパワーを貯めるように暮らしていました。
今村:思い切って「カタリバ」に戻ることを決めたのは、2009年のタイミングでした。ご存知の方もいらっしゃるかもしれないんですけど、なぜか世の中のビジネス誌が“社会起業家”を持ち上げ始めた時期です。
週刊ダイヤモンドが『「社会起業家」全仕事』と題し、「ビジネスの手法で社会の課題を解決する人たちがメチャ格好いい!」という特集をしてくれて、そこに「カタリバ」を載せていただいたことがあったんです。なんとその噂が太平洋を越えたアメリカにまで伝わり、代表が『TIME』の表紙になったりして。
しかも時は政権交代。激動の首相官邸に学生時代の仲間たちがどんどん呼ばれて、「これからの日本をつくるのは君たち社会起業家だ!」みたいなことを言われて、新聞やメディアが踊るわけなんですよね。
それを指をくわえて見てた凸版印刷の営業の僕は、ジリジリと「今しかない!」みたいな気持ちになって、「辞めます」と上司に言ったのが2009年のことでした。
詳しくは『「カタリバ」という授業』、絶賛発売中でございますのでAmazonにてお買い求めいただければと思います(笑)。
それで「カタリバ」に戻ったのが2010年の7月です。この数字にはすごく大きな意味があります。おわかりの方、もういらっしゃると思います。7月……つまり6月のボーナスをもらってから辞めるということです!
(会場笑)
今村:6月のボーナスをしっかりもらってから、私は万全を期して「カタリバ」に戻って、「よし!僕は学生時代の仲間たちと、この組織を社会を変える組織にするために走るぞ!」と思ったその矢先に起こったのが、東日本大震災でした。
これは僕たち「カタリバ」にとってターニングポイントになる出来事でした。
「高校生のキャリア教育を」と思っていた私たちなんですけど、テレビや新聞、メディアが伝える震災の圧倒的な衝撃に、いても立ってもいられなくなり、代表は中心メンバーを連れて東北に行ってしまったまま2年半帰ってきませんでした。
今でも東日本大震災被災地で、津波ですべて流された街の悲しみを、強さや未来に変えていくための放課後学校の運営を続けています。
残された私は「カタリバ」本部の留守番役で、まだ社員が10人もいなかった時期でしたが、その組織を何とか食える組織に、社会に少しでも役に立つ組織にと思いながら、チャレンジしては失敗して、またチャレンジしては失敗してというような日々を送りました。
今村:ようやくそのかたちが実ったのは、つい最近です。これがちょうど1年ぐらい前の写真です。東京の文京区、東京大学の裏側に新しい建物をつくると。どんな建物かというと、それは中高生のためのサードプレイスです。
今日、皆さんがお仕事の帰りに寄ってくださっているみたいに、学校でもなく塾でもなく部活でもない、新しいチャレンジをしながら自分の未来を探していくような対話の場をつくるという計画が文京区にあると。大企業と戦う熾烈なコンペを切り抜け、この創設を担うことができました。
そして今、私はカタリバが文京区から運営受託している中高生のための秘密基地、「b-lab」の館長をしております。
だいたい週の半分ぐらいここにいながら、残り半分は北から南まで「カタリバ」の営業マンとして走り回る日々を送っております。今日はどうぞよろしくお願いします。
(会場拍手)
坂本:ありがとうございます。次に島根さん、お願いします。
島根宏幸氏(以下、島根):島根と申します。皆さん、こんばんは。
参加者:こんばんは。
島根:私は今、グロービスというところで働いています。この中に受講された方がいらっしゃるかもしれませんが、グロービス東京校の学生募集企画の責任者をしています。
人前で話すのは慣れているつもりなんですけど、毎回自分が心がけているのは、「一期一会の気持ち」です。
実は私だけ70年代というのは皆さんご存知かもしれませんけども(笑)。どういう人選のミスかわかりませんが、せっかくこの場に座らせていただいていますので、私の話が少しでも何かのきっかけになればうれしく思います。
今の仕事場であるグロービス、全国で5拠点。東京校に勤めております。また、昨年「オンラインMBA」というのがスタートしまして、そこの学生募集の責任者というかたちでいろんな方とコミュニケーションしています。あとはクリティカル・シンキングやプレゼンテーションの講師も務めています。
私の年表でいきますと、3歳から大学卒業までずっと水泳をやってきました。小学6年生から大学卒業までは毎日1万メートル泳いで、休みは日曜日しかない。そんな生活をずっと続けてきて、いわゆるスポーツだけでした。
最初の就職は「重工業メーカー」とありますけど、三井造船という会社でした。このきっかけはたまたまで、私はオリンピックを目指していて、4月にあるオリンピック選考会に出るために(就職活動はしませんでした)。
私の年代でいくと2000年が卒業ですが、そのまま卒業してから水泳を続けていると、「新卒でなくなってしまう」「就職に不利」だと言われたので、卒業を延期して。(不足)単位はゼロでしたよ。卒業を延期して(大学に)残って(選考会が)4月に終わって、結局ダメでした。
そこからボーッとして、6月ぐらいから就職活動をしました。いろんなきっかけで、たまたま縁があった会社に入ったというかたち。その後、2005年にグロービスに転職しました。ここでのきっかけも、たまたまだったんです。
皆のように格好いいことはなくて、単純に自分の「成長したい」という思いでたまたまグロービスに出会って、面接してくれた人がすばらしくて、「ここで働いたら頑張れそうだ」と思ったのがきっかけでした。ちょうど10年目になります。
島根:ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんけども、グロービスは「ヒト」「カネ」「チエ」それぞれのインフラをつくって社会の創造と変革を担ってくということを行っていて、私は今「ヒト」という中の経営大学院で、MBAを学ぶ場を皆さんに提供しています。
私自身の仕事のやりがいは、「自分が信じているものを心から提供できる」ということ。私もグロービスの受講生ですけど、本当に心から信じることができるんです。
私は一度も、「グロービスのサービスを売ろう」と思ったことはないんです。「自分が心から信じているから、本当に正確に伝えたい」こんな思いで皆さんにコミュニケーションをしている。
前向きで気持ちいい仲間がたくさんいて、その仲間と人の成長をダイレクトに感じられる、これが自分のやりがいです。もうひとつは、人の変化を目の前で感じて、新しい可能性が生まれていくこと。
グロービスは、年に1回全国のMBA生が集まる「あすか会議」というカンファレンスがあります。下の写真は今年仙台で行ったもので、800名ぐらいが写真に写っています。そこで様々な人、様々な意見に出会うことで、ヒトの可能性がどんどん広がっていく。こういう場をつくっている一端にいるということは、本当に喜びになっています。
島根:「NPO法人GRA」というのをご存知ですか? 宮城県の(亘理郡)山元町出身の岩佐(大輝)くんという、私の同期が立ち上げた団体です。私はそこの教育事業で、中学生のキャリア教育をしています。
イチゴが一番有名なんですけど、1粒1000円のイチゴをつくっているんです。1粒1000円、すごいですよね。これは私が中学生を教えている写真です。下(の写真)は水泳。
ずっとライフワークとして水泳を続けておりまして。会社のメンバーや大学院生と一緒に(試合に)出たり。右下(の写真は)なぜか大学時代の(写真です)懐かしい。こんな体のときもあったんだよというのを出してもらって。
今も競泳ジャパンマスターズという試合に出ています。毎年優勝、今年は2位だったのですが。そんな活動もしています。
最後に問いかけですが、皆さんだったら目の前に立ちはだかる壁をどう乗り越えるか。そんなきっかけを、終わった後に皆さんなりの言葉でお聞かせいただければ、うれしく思います。今日はよろしくお願いします。
(会場拍手)
坂本:ありがとうございます。改めましてこのお三方の位置づけといいますか、本日お招きした意図をお伝えします。ハチマルというコミュニティで集まっているんですが、人や組織を変えて、社会に何か少しでもいいことをしていきたいという皆さんだと思います。
そのアクションの方法を探ってらっしゃる方が多いのかなということで、お三方が積極的にアクションを起こしてらっしゃるという位置づけで、お招きをしております。島根さんは70年代ですけど、そこは気にせずにいきたいなと思います(笑)。
さっそく皆さま、それぞれのアプローチ方法があると思います。その根底には、先ほど今村さんが語っていただいたような「課題意識」というのがあったかと思うのですが、具体的にどのような課題意識を持ってらっしゃって、今のアプローチにつながったのかということをお尋ねしたいと思います。
では、島根さんからお願いしてもよろしいですか。
島根:ありがとうございます。どんな課題意識を持って、今の仕事に携わっているかということですね。
先ほどお伝えしたように、グロービス(の理念)というのは、教育を通じて人を変えていくというところですが、(私は)人を変えたいからグロービスに入ったという気持ちはないんです。
ましてや社会を変えたいからグロービスに入ったという気持ちも全くない。ただあったのは(自身の)成長意欲だけだったんです。
最初に入社した会社で自分なりに頑張っていましたが、「先行きが不安な中、本当に自分は成長できるのか」「もっともっと成長したい」そんな思いでエージェントに会って、たまたまグロービスが出てきた。
だから「なぜそれを選んだのか」というより、「なぜ続けているのか」ということをお話しさせていただくと、一番は「貢献実感」です。社会を変えるって大それたことですけど、そのベースは人を変えるということだと思っています。
自分が接した人がグロービスで受講して、そこで変わって、その「変わった」という声を生で聞けて、その人がどんどん変わって、また活躍を聞くことができる。
私がいるオフィスの下が教室なんですけど、こんな場がいたるところにあるんです。そこで自分自身のやりがいを強く感じることができ、また講師としても貢献できる。この貢献実感があるからずっと続けられると思っています。
司会:ありがとうございます。西村さんはいかがでしょうか。
西村:そうですね。貢献実感というお話をされていたかと思うんですけど。
僕自身がどんな課題を持っていたかというと、学生時代は、当時から子供がいたこともあって、20年後に自分の子供が今の自分と同じ年齢になって、就職活動で社会に出ていくときに、今よりも良い社会をプレゼントしてあげたいとか、そういう社会をデザインしたいという、ある種大それたことを言っていて。
じゃあ、社会が変わったことを実感できるタイミングがあるのかというと、究極、オバマ(大統領)だって安倍首相だってないと思っています。
社会って本当に見えないスピードで変わっていくものなので、自分はどうやって社会を変えていくのかということを考えたときに、社会は結局、一人ひとりの人や家族、あるいは会社とか、地域とか、コミュニティの集まりでできているなと思います。
そう考えたときに、僕はやっぱり人や組織がインパクトとしてすごい大きいと考えました。学生時代からNPOをやっているということもあるのですが、やっぱりソーシャルビジネスみたいな、企業の力ってすごく大きいと思っていて。まさに、僕が就職活動を迎えるタイミングだったんです。
そういうときに僕は、ビジネスの世界に出ていって、ビジネスの領域で世の中をよくしようとしている会社があるんじゃないかということで、あえてNPOの道に進まず、NPOをやりながら就職をするという選択をしました。
僕は当時のリクルートエージェントに入って、人材面で社会を変えられないかという課題意識を持って飛び込んでいきました。
司会:ありがとうございます。今、あえてビジネスからというお話をいただきましたが、ビジネスを経験してNPOに戻られた今村さんはどうですか?
今村:さすがにこの中で「NPOがお仕事」って方って、きっといらっしゃらないですよね。社会に対して影響を与えるということを目指したとき、それが集団を形成して法人として活動することにおいて、NPO法人であろうが株式会社であろうが何の問題でもない。それが僕の大前提です。
だから別に「ビジネスの世界からNPOの世界に移った」とはあまり思っていないです。ただ社会への価値をドライブさせる手法として、どの法人格を使うのかというときに、「カタリバ」の場合はNPO法人だったということだと思っています。
坂本:ありがとうございます。おもしろいですね。それではアプローチということで、今「どの立場でやるかはあまり関係ないかもしれない」というお話がありましたが、誰に働きかけるのか? というところは違うのかなと思います。
例えば西村さんですと、社会人の転職というフィールドで活躍されていると思うのですが、あえてそこが一番効きそうだなと思った理由というのはいかがでしょうか? 話が重複する部分もあるかと思いますが。
西村:やっているビジネスのドメイン自体は社会人、転職という領域ですけど、自分自身が社会人の転職に絞って仕事をしているという感覚はあまりなくて、リクルートキャリアのいち人間として、5年後、10年後、オリンピック後の世界を見据えて雇用がどう変わっていくのかということを描きながら、あるべき姿とか企業に向き合う。
そうであれば、どんな人を採用して、育てていくべきかということを考え抜いて提案することをやり続けているというところなので、転職に絞っている実感はさほどないです。
ただ、やっぱり大学生が就職活動しているときに見えている視野感と、実際に就職をしてみて酸いも甘いも経験して初めて見えてくる自分の思いは、社会に向ける問題意識であると思っています。
そういうときにふつふつと沸いてきた、「自分はもっとこうしたい」「もっと成長したい」という自分視点のものでも、僕は全然いいと思います。
「世の中をもっとこう変えたい」というものがあったときに、就職よりも現実を知っているがゆえに、選択肢として「この環境だったら、その思いがかなえられるよ」ということをマッチングできたほうが、よりリアリティをもった意志決定ができるんじゃないか?
適材適所じゃないけど、そこの選択を応援できたら、思いと思いがマッチングして世界がもっと変わっていくということが起こせるんじゃないか? ということは思っています。
司会:ありがとうございます。「実際にはもう何足かわらじがあるのでは?」と思うのですけど、そのお話はまた後ほどお聞きしたいと思います。
「社会に出る前の中高生からのアプローチ」を選ばれた今村さんにお聞きしたいんですが、あえてそこのターゲットといいますか。(なぜ選んだのか?)。
今村:恥ずかしいですけど、僕の場合はたまたまです。社会をよくするときに、どこのボタンを押したら最も劇的に社会が変わるのか、たぶん誰もが考えると思うんですよね。
本来だったら、どこにどれだけの経営リソースを割いたら社会が変わるかという、社会に対する費用対効果みたいなものを考えながら、ターゲットを選択していくというのが正しい手法かもしれないですけど、僕の場合はたまたまでした。
大企業に就活したいと思って何とか内定が終わった後に、暇だった1年間で「その1年間をどこに使おうかな」と思っていたとき、「ベンチャーでインターンかな?」とか「居酒屋でバイトかな?」とかいろいろ考えていたときに出会った組織が、たまたま「高校生だ」と言っていた。10年前のたまたまの出会いで今まできているというだけです。
坂本:今、たまたまと謙遜していただきましたけど、きっとその出会いを引き寄せているのは今村さん自身なのかなという……。
今村:どうなんですかね……。でもどうですか? たまたま感ってないですか? 何において社会を変えるのかって。
島根:キャリアの8割は偶然だって、「プランド・ハップンスタンス・セオリー」というのがあります。ただやっぱり、機会が目の前に来たときにつかめるような準備をしておくという前提がありますよね。
つまり、全員が今村さんみたくなれるとは限らないと思いますし。やっぱり「中高生」とか「可能性を信じる」というところにアンテナがあったんではないかなとは思いますね。
今村:私の場合は「中高生に」というよりも、当時の組織やリーダーがすごく魅力的に見えて、「この人が見ている世界ならば信用しようかな」とか「この人が見ている世界をかたちにしてみたいな」という組織に対する思いがすごく強かったような気がします。
坂本:ありがとうございます。組織というお話が出ましたけれども、エージェントから紹介されてグロービスにたどり着かれた島根さんは、ビジネスパーソンから世の中を変えるという、たまたまというお話でも構いません。いかがでしょうか?
島根:そうですね。私もそうなんですけども、何で続けられるかというと、やっぱり好きだからですよね。
だからもし、そこが合わないと思ったらやめているだろうし。だから今、自分がグロービスで続けられるということに関しては、やっぱりそこが好きだからで、その可能性を信じられるからだと思うんです。
まさに意味づけの問題で、本当に人が変わって、可能性が広がっているというのが目の前ですごく実感できるんです。
特に社会を変えるという意味づけをすると、やっぱり社会に一番影響を与えているビジネスパーソンが変われば、社会はダイレクトに変わるという実感は当然持てます。
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