12年間大学で学んだ後、日立コンサルティングで数理最適化の世界に飛び込んだ平井伸幸氏。ANAの運航計画では業務時間を70%短縮、最適化技術で数々の成果を上げてきました。そんな平井氏が提唱するのが「意思決定デザイン」という概念です。「ペペロンチーノを作るための買い物も最適化問題」と語る平井氏が、日常に潜む意思決定の構造化や、初学者でも理解できる最適化の教え方について話しました。
12年間大学にいた私が、最適化の世界に飛び込んだ理由
平井伸幸氏:では、始めていきたいと思います。
まずは自己紹介ということで、あらためまして、日立コンサルティングの平井と申します。
私の経歴ですが、実は大学を2周してまして、12年間大学に行っていまして、機械工学とプロダクトデザインを専攻していました。2周目が終わった後に日立コンサルティングに入社しました。数理最適化については入社後に知ることになりまして、現在は主に最適化技術のビジネス適用プロジェクトを中心にやっています。

今回お話しする「最適化の技術から着想を得て、意思決定というものをうまくできる」「アナロジーを使ってデザインできるんじゃないか?」ということを考えて「意思決定デザイン」という名前を付け、日立のホームページなどにコラムを掲載しています。
あとは母校の筑波大で非常勤講師をやっていまして、そこでデザイン系の学生相手にデータサイエンスの基礎的な部分を教えたり、あとはアカデミア専門のデザイン会社を友だちがやっていて、そこにも所属しています。
2025年度はIPA(情報処理推進機構)の未踏ターゲット事業に採択をされまして、量子アニーリングマシンをゲームAIとして使う方法について研究しています。
今日お話しすることは、最初に日立の最適化事例を紹介したいと思います。その後私が「意思決定デザイン」と言っているものが何なのかをお話しした後で、それを使った、コミュニケーションだとか教育。
私自身、初学者がどのように最適化を学んでいったのか、ふだんどんなことを気にしているのかをお話しできればな、と思っています。
最後に、現在最適化はどうしても生成AIとの絡みで語られますけれども、自分の考えていることについてお話をしていきたいと思います。
ANA、サントリーなど、業務時間を最大で70%短縮した実績
日立の最適化テクノロジー事例ということで、最初にANAさまのお話をさせてください。
航空機の運航についてですが、飛行機は基本毎日、どれか1機は故障したり、時には天候の変化で空港がダウンすることも多くなっているんですね。
それをどうしているかというと、今は人海戦術で解くしかないんです。そこに最適化を使えないかということでご提案して、PoCを2018年から始めまして。
そこからコロナ禍による中断を経て、2025年の7月に無事リリースされました。リリースによって得られた成果として、再計画にかかる工数最大70パーセントを削減しました。
あとは、そうやって工数を削減したことで、オペレーション担当者の心理的負担が軽減されているといったものがあります。羽田空港がダウンした時にもちゃんと動いてくれたみたいで、内部では好評をいただいているところです。

次は、サントリー食品インターナショナルさまの生産計画の事例についてお話をしたいと思います。
こちらは一般的にソフトドリンクの生産計画に最適化を適用した事例になります。複数の熟練者が40時間毎週かけていた計画を約1時間で作成できるようになったところがポイントかなと思います。

次はアルティウスリンクさまの事例になりますが、こちらは電話対応オペレーターさんのシフト計画最適化事例になります。
本事例ではシフトの作成時間を5割超短縮できたというところが大きい成果でした。あとは9割以上のスタッフさんが勤務シフトの自動作成に対して、自分の要求が満たされているというところで、肯定的に捉えていただいているところが成果となっています。

最後は、ニチレイフーズさまの生産計画です。従来の10分の1の時間で計画を自動立案できるようになったことが大きな成果になります。

これまでお話ししてきたものは、計画そのものの精度もさることながら、計画にかかる時間や工数を大幅に削減できたことによる最適化技術のウェルビーイングへの貢献であるとか、何回でも同じ時間の中で再計画ができるようになることで、ビジネスのアジリティ(敏捷性)、レジリエンシー(回復性)、そういったビジネスの足元を強くするといった効果も期待できると考えています。
「意思決定デザイン」とは何か?
事例を説明したところで、「では、意思決定デザインというものは何でしょう?」というお話に入っていきたいと思います。「意思決定とは何でしょう?」というか「どこにあるんでしょう?」と。

みなさんは今日どんな意思決定をしましたか? 誰か話したい人、いますか? ……と言うと、たぶん誰も手を挙げないから言うんですけど、僕は今朝、約1年ぶりにエナジードリンクを買ったんです。
なぜかというと、今日は大事な日なので朝からカフェインで自分の気分をブーストしたいということと、単純に喉が渇いていたから、コンビニに新しいフレーバーのドリンクが入荷されていたのでそれに興味があって、最終的にそれを優先しました。こうした何気ないことも、実は意思決定なんですね。
そうした意思決定を実は1日に1人あたり3万5,000回していると言われています。現在の世界の総人口が約80億人なので、3万5,000回×80億人分の意思決定が、ディシジョンインテリジェンス市場の持つ最大の大きさなのかなとかって思っていまして。
それだけ最適化のユースケースやビジネスチャンスにあふれているということを実感できるかなと思います。そう思うと、実は世の中ってメチャクチャ意思決定にあふれていて、ただ、世の中が複雑になることで多くの人は意思決定に疲れているんじゃないのかと僕は考えています。

そんな人たち。左側(スティーブ・ジョブズ氏)は故人になっちゃいましたけれども、もう着る服を選ぶということに対して、それが認知負荷だって思っていて、着る服を全部統一して意思決定自体をなくしちゃったみたいな人。こういう極端なことをする人もいますよね。
だから「認知負荷に耐えられない人は多いんじゃないの?」とは思っています。

いろいろ話してきましたけれども、「じゃあ意思決定って何なの?」ということについて最適化を学んだ自身の解釈をお話しすると、与えられた「ルール」や「前提条件」、「リファレンス」つまり「参照情報」の下で「価値」を最大化する「アクション」を選択することなんじゃないかなと考えています。
ただ、意思決定はあくまでもアクションになるまでは脳内の認知空間の中での営みでそれって目に見えないですよね。そこで最適化のアナロジーで、その目に見えない意思決定の形をどうデザインできるのかという思いに基づいて、自身の手法に「意思決定デザイン」という名前を付けています。
では意思決定の形がデザインによって可視化できるとどんなことがいいのかというと、それは「Gurobi(Optimizer)」に限らず最適化のパワーによって権限委譲、つまり誰かに任せたり自分で全部考えなくてもいい状態を作ることがビジネスにおける意思決定デザインの一番いいところなのかなと考えています。