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トークセッション(全2記事)

2020.01.08

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そして、社員全員の解雇に踏み切ったーー元リクルートの工具問屋3代目が挑んだ、“たった1人”のマーケティング革命

提供:「平成30年度補正予算プッシュ型事業承継支援高度化事業」公益財団法人大阪産業局

2019年12月4日、家業から離れて都心で仕事をしているアトツギ予備軍、通称“潜伏アトツギ”に向けた「アトツギこそイノベーターであれ! -家業を継ぐ?継がない?―」が、BOOK LAB TOKYOで開催されました。イベントには、先輩アトツギとして一文字厨器・3代目専務取締役 田中諒氏、葡萄のかねおく・4代目園主 奥野成樹氏、大都代表取締役社長 山田岳人氏が登壇。東京での仕事を辞めて家業に戻った理由や都会生活の未練、古参社員との軋轢などをテーマに、ぶっちゃけトークを展開しました。この記事では、家業に戻ってきてよかったことや前職の経験が活きる場面について語ります。

人づてに聞く創業時の祖父の姿 家業を継いで初めて知った“家族のもう1つの顔”

山田岳人氏(以下、山田):田中さん、(家業に)戻ってきてよかったと思うこと、どうですか?

田中諒氏(以下、田中):1個は奥野さんが言われていたことと同じと言っちゃ同じなんですけど、自分で決定権を持って何かを取り組めるというのは、すごくいい経験になっているなと思っています。

反対する人はいっぱいいるんですよ。ベテラン社員さんとか父親も、「いや、俺のときはこんなんなかったで」となるんですけど、もう数十年経ったらその人たちはいなくなるわけで。今自分が信じることをやってトライアンドエラーをやらないと今後困るなというのは思っているので。

逆に言うと、責任はあるけど、自分がやりたいことをどんどん取り入れていけるっていうことはすごくおもしろいなと思いますね。

もう1個が、家族とか自分の再発見ができるって話なんですけど。おじいちゃん(との古い記憶)とかも、ぜんぜん物心がついていないころの記憶じゃないですか。「優しいおじいちゃん」「おもちゃ買ってくれたな」みたいな記憶は、みなさんもしかしたらあるかもしれないんですけど、ビジネスマンとか起業家としてのおじいちゃんの顔って、僕はぜんぜん知らなかった。

例えば、毎月包丁工場の工場長が飲みに来るんですけど、1ヶ月に1回来はって。その人もおじいちゃんと十何年飲んでて、うちの親父とも十何年飲んで、僕はその方と3年間毎月飲んでるんです。

その人から聞く「創業者のあのときのあのおじいちゃんの判断は……」という話を聞いたら(おじいちゃんの知らなかった凄さがわかる)……そんなんふつうに生きてたら、絶対わからないことじゃないですか。

色々なお話を聞いたり父親と仕事をしたときに、「自分の年でこういうことをやってたんだったら、自分はまだまだやな」とかも思いますし、「オトンのああいうところ、自分もめっちゃあるわ。嫌やな」と、人のふりみて我がふり直すみたいな学びもあります。

そういうのを通して、家族が多元的に見えるというのはすごくよかったかなと思いますね。

仕事中は母親でも「マドカさん」 仕事とプライベートのメリハリを意識

山田:自分、だいぶいい話考えてきたやろ。

(会場笑)

山田:(会場にいる)お姉ちゃん、今さっき泣いとったで。

(会場笑)

山田:ちっちゃいときから、お父さんは食卓で仕事の話をするの?

田中:ぜんぜんしなかったです。

山田:大人になってからは、飯を食うときに仕事の話とかするの? 

田中:するんですけど、完全に分けるんですよ。仕事が終わったら、お父さんと子どもの関係なんですけど、仕事中は僕、自分の母親のことを「マドカさん」って呼ぶんですよ。

山田:(笑)。あ、お母ちゃんも仕事してるの? 

田中:してます。

山田:経理かなんかしてるの? 

田中:ネットを担当してましたね。なんか最初に立ち上げみたいなのをやって。

山田:お母ちゃんがネット担当してるの? 

田中:なんか「やりたい」って言いだして。

山田:すごいな。お母ちゃんいくつ? 

田中:63かな? 

山田:それで、ネット担当がお母ちゃんなんや。マドカさんなんや。すごいね。若いというか、あれやね。

田中:チャレンジングですね。

山田:それで、(家で仕事の)話はしない。会社ではお父さんのことを「社長」って呼んでるの? 

田中:呼んでます。

山田:家に帰ったら「お父ちゃん」って呼ぶの?

田中:はい。

山田:急にややこしいな。

田中:飯食いに行った瞬間変えます。

山田:お父さんは会社では「専務」って呼ぶの? 

田中:呼びますね。

山田:家に帰ったらなんて呼ぶの? 

田中:「諒」って。名前で。

山田:会社で「諒」ってなったりせえへんの? 

田中:しないですね。

山田:そうなんねや。 

田中:そこは向こうも意識していると思いますね。

山田:俺たちはそれがぜんぜんなかったから不思議だな。会社では敬語、家ではため口とか。

田中:そうですね。もちろん会話の流れで、ふだんの標準語みたくなったりしますけど。基本的には敬語で。

山田:お母ちゃんにも? 

田中:そうですね。最近はけっこうなあなあになってきているかもしれない。

山田:そこはちゃんとメリハリというか、分けてるんですね。

田中:それは1個、僕的にはすごく大事にしていますね。

業界の“当たり前”に1人で立ち向かった1年半

山田:戻ってきてよかったこと、1番目はなんて言ってたっけ?

田中:1個は自分で決定権を持つ。

山田:それはある意味自分で裁量を与えられているということ? 

田中:うちはそうですね。

山田:好きにやっていいと言われているわけ? 

田中:はい。すごく好きにやらせてもらっている。

山田:このお2人(田中氏と奥野氏)は対照的なんですよね。僕はネット通販をやるときに既存の社員にすごく反対されたんですよ。古参社員から「なんやねん、それ」みたいな。問屋なのに小売りをするのはルール違反やと。

当然業界でもそう言われたし、そんな1個ずつ個人の家に送っていって、「そんなもんが採算合うか」って言われて。問屋と言っても、まとめてドンって商品を送るから、古参の社員さんにはずっと言われてた。

でも、結局はそっち側にずいぶん振っていったわけですけれども、僕はずっと信じてやったわけですね。1人でずっとやってたというか、昼間にトラックに乗って、夜にサイトを作ってみたいなことを1年半、1人でやりましたからね。

そういう意味では、すごくあるよね。協力的というか、好きなようにやったらいいんじゃないみたいな。

田中:親はそうです。早く引退したかったんやと思うんですけど。

山田:古参社員でうっとうしい人おれへん? 今日、ここはログミーカットするから。

田中:います! 

(会場笑)

田中:めちゃめちゃいます。

山田:めちゃめちゃいてんねや。どういう話になるわけ? 

田中:ごめんなさい、めちゃめちゃいるというわけではないんですけど、社員さんの中には、新しいことをやりたがらない方がいますね。

山田:ああ、職人さんみたいな人ね。

田中:やっぱりそういう方々からしたら、売るための行動というのは全部NGなんですよ。良いものを作れば売れるという考え方なので、例えばお客さんの目のつきやすいところに置くとか、デザインを良くするみたいなのは、もうとりあえず全部、「俺はそんなんせんと売ってきたで」というところから入るんで。やっぱり毎回話すと衝突しますね。

山田:そういうときはどうしてるの? 

田中:あの、やっちゃいます。

山田:どういうこと? 殺されるってこと? (笑)。

(会場笑)

田中:実行しちゃう、ということです。最近思うのは、相談するということは、「その人の経験談が欲しい」ということになりますが、(その人は)自分の経験ではやってないわけじゃないですか。マーケティングもブランディングも。だから答えはNoになります。だから、僕は相談せずにやるし、やったらそれはもう自分が責任を持つことやし。品質と新しい価値両方とも担保してなんぼのもんやから、あえて相談せずにやっちゃうというのが最近は多いですね。

山田:なるほど。ああ、そうか。でも、お父さんはやっていいよって言ってるわけやから、それで別にどうこうというわけではないですよね。また、あのアホボンが好き勝手やりやがってって言われてるやつやね。

田中:裏で言われているんじゃないですかね。僕にはなにも言ってこないです。

経験則vsロジック “やってきたかどうか”でしか判断しない親父との戦い

山田:どうですか? 今話したそうな感じだったから。

奥野成樹氏(以下、奥野):うらやましいと言おうとしただけなんですけど、やっぱり新しいことはなかなか理解はしてもらえないですよね。それが正しいかどうかではなくて、「これまでやってきたかどうか」でしか判断されない。

田中:「これやりたいんやけどどう?」みたいなことは相談します?

奥野:そうですね。相談というか、最初から説得する感じで入ります。

山田:例えばどういうことでお父さんと話になるわけ? だいたい決まってるんじゃないですか? その、ルーチンワークというか。

奥野:例えばですけど、作るのは最終的にはブドウなんですけど。

山田:それが「パイナップルを作りたい」って言いだしたとか、そういう話? 

奥野:そういうことじゃないです。別にそんなに高いリスクはないんですよ。例えば、「今150グラムのブドウを作っているのを200グラムにして、その分(ブドウの)房数を減らすと、工数がカットできるから、そういう挑戦をさせてくれ」と。

「それでいくと、直売で売ったら立派なブドウやから、単価も上がる。それを全部の畑でやったらあかんから、10分の1の面積でやらせてくれ」と。

「全部やらせろ」と言っても、「いやいや、絶対にやらさん」という感じなんですよ。実験にもなんにもならないんですけど。そういう話ばっかりです。

山田:お父さんもそういう経験があるからかな?

奥野:いや、農家のおっさんの言うことはだいたいあてにならないですね。

(会場笑)

奥野:経験はないけど、腹が立つから、「もうやらせん」ということですよね。

山田:なんか職人さん同士の話し合いみたいなところなんでしょうね。ロジックじゃないという。でも言うじゃないですか。僕も入ったときすでにいた人は、「昔はよかった話」ばっかりするんですよ。

とくに僕らが入った頃の年配の人って、バブルを経験しているので。昔はトラックに積み切られへんぐらい商品が売れたとか、メーカーさんのご招待で年に3回は海外旅行に行ったりとか。

「知らんがな」という。今はぜんぜんそんなことはないし、トラックはスッカラカンで配達に行ってるわけで。

よく言ってたのが、「いつか景気は良くなる」。例えば、来年はオリンピックだから景気は良くなるとか。ならないから。万博だから良くなるとか、そういうのをずっと言ってて。結局ずっとなりませんでしたからね。

そういうのがずっとある中の経験則で語られているところと、若手世代のちゃんとロジックで考えて未来を作っていきたいということは、どうしても衝突します。

でも、お父さんは偉いね。その、「好きにやったらいい」という(精神が)。

田中:ほんまにありがたいですね。コケるんやったら今のうちやなと思うんですよ。親も元気なので。チャレンジです。

カリスマである創業者の後を継ぐ2代目の重責

山田:僕も3代目なんですよ。(田中さんも)3代目でしょ? (我々が)なるとしたら3代目じゃないですか。お父さんは2代目でしょ。

うちも先代が2代目だったんで、その前はおじいさん、創業者ですね。創業者はやっぱりカリスマだったんで、代表(の座)は本当に譲らなかったんですよ。本当に70いくつまでずっと代表をやり続けていて、譲らなかった。

2代目はすごく苦労したんですね。苦労をすごく理解しているから、僕に対して何にも言わなかったんです。うちはもうひどかったというか、社長でも下の名前で呼び捨てでしたから。そういうところで育ってきているから、気をつかってくれた。

(田中さんの)おじいさんが超カリスマだったと思うので、道具屋筋で包丁屋をやるってふつうじゃないですよ。おじいさんが(会社を立ち上げたのは)戦後、戦前かな? 

田中:戦後です。

山田:戦後に始められて、あんなど真ん中でやってきて、相当な腕力でやられてたと思うんですね。だからお父さんはすごく苦労して、その分息子には苦労をさせたくないという思いはあるかもしれないですね。

田中:でも周りを見たら、それ(先代のチャレンジを背負わされていること)で苦労しているところばかりだったんで、父親は僕に苦労をさせないようにけっこう意識していると思いますね。

山田:奥野さんのほうはそうじゃないんですよね。

(会場笑)

奥野:そうですね。

“物があれば売れる時代”を経験した世代に不足する、マーケティングの観点

山田:どんどんいきましょう。「前職で家業に生きていること」。今日は家業から離れてどこかの会社で勤めているか、起業しているかはわかりませんけど、家業はありますと(いう方に集まっていただいています)。

(さっきの質問で)手を挙げなかった人は(実家に)帰るとも帰らないとも決めていない人だと思いますから、迷っているところがあると思います。どうですか? 前職でなにか家業に活きていること。

田中:僕でいいですか? ほとんど全部やなと思っています。一番わかりやすいので言うと、そもそも上の世代って、「マーケティング」という考え方がたぶんないんですよ。さっきおっしゃっていた、“物があれば売れる時代”をみんな経験しているから。

うちのお店にとりあえず置いて、「こんなんない?」って言われたらとりあえず入れて、なくなったら仕入れるみたいな。物がぜんぜん減らないんですよ。

不良在庫ばっかりある中で、僕が来たらお客さんにどう見せるかとか、何回見てもらって、その人はどれくらい購買に至ったみたいな、(前職はマーケティングを)一応勉強しないとそもそも話せないような職場だったので。そういう経験は、すごく今も活かせているかなと思います。

山田:なるほど。どうですか? 

奥野:自分も同じようなことなんですけど、たまたま商品企画、マーケティングに携わらせてもらっていたので、その経験はすごく大きいかなと思いますね。

あとは、プレゼンすることが仕事で日常茶飯事だったので、ピッチに出たりする機会があったときは、多少は経験がいきるのかなと。

山田:それで、スーツを着て来たんだ? 

(会場笑)

奥野:ピッチは作業着で出るんですけど、東京なのでちょっといい服を着て……。

田中:東京やもんね。

山田:渋谷やもんな。

奥野:そうなんですよ。渋谷なんで。

山田:大阪の人にしたら、渋谷はあれですからね。

奥野:都会なんで。

山田:うちの会社は8年前から新卒採用をスタートしたんですけれども。これは選考の時もよく言っていますけど、人間、初めて働いた会社の職業観を一生引きずるんですよね。

僕も初めて入った会社がリクルートという会社で、すごく影響を受けているし、言ったら“三つ子の魂百まで”というか、“初めて見たアヒルをお母さんだと思う”みたいなところがある。

「働くっていうのは、こういうことなんだ」というのを、リクルートの中で刷り込まれています。だから今も会社の社風は、それに非常に近いものになっているし、中途採用してもすごくわかりますよね。

新卒で銀行に入社しましたという人がいて、「ああ、やっぱり元銀行マンだな」というところは、やっぱりいつまでたっても垣間見えるというか。

一番最初に働いた場所がその人の職業観を一生決めるので、入ってすぐ辞めたやつは知りませんけど、最初にそこで刷り込みが起こって、三つ子の魂百までじゃないけれども、そういう感じになっていく。

うちの新卒で選考に来る子にも、「そういう目で見て会社選びをしたらいいんじゃないですか?」みたいな話をしたりしていますね。

元同僚の漁師とのコラボを企画 前職のつながりで生まれる可能性

山田:今日来ている人は、前職で付き合っていた人とみんなコミュニティを持っているかと思いますけれども、それが活きてくるということはありますか? 

田中:仕事上……あるな。前職がネット広告のわりと最先端の業界だったんですけど、そこから漁師になった方がいて。

山田:漁師!? 

田中:北海道の北見でマスを獲っていると。その人が僕の前職の先輩やって、今コラボレーションをやろうかみたいな(ことを話しています)。

今は魚をマーケティングして売ってはいるんですけど、うちでイベントやろうかとか。まだモノにはなっていないんですけれども、そういう話も始まったりしている。

山田:マスを自分のところの包丁でさばくみたいな。

田中:そうですね。さばき方講座とかできたらおもしろいな。やっぱり切れ味で味とかは変わるんで。

辞める3~4年前から家業を継ぎたいというのを、当時の上司が聞いてくれて、もう知ってたんですよ。だから辞めるときもすごく円満退社というか、すごく気持ちよく送り出してもらって。今でもすごく仲良くさせていただいています。

山田:ここはもしかしたら、ポイントかもわからないですね。

ちょっと新しい気づきですけれども、今からみなさん(家業へ)帰るときに(仕事を)辞めないといけないじゃないですか。今の会社にどういう話をして家業に行くと、いい関係が作れるかをおうかがいしたいと思います。

田中:そうですね。けっこう周りをみていると隠している人が多かったけど、上司に飲みに連れて行ってもらったとき、「お前、これからどうすんねん」みたいな話になったときに、そこで僕は言っちゃったんですよ。結果、今でもすごく仲良くしてもらえています。

職場恋愛の末に結婚 世界的企業から夫婦で農家に

山田:会社に家が家業だということを隠しているという人はいます? 顔は映らないので。(手を挙げた参加者に対して)あ、隠してるの?

参加者1:今派遣をやっていて、それをちらちら言ったらちょっと……。

山田:(笑)。「こいつは辞めるんじゃないか」って思われる。どう? 辞めるときってどういう辞め方というか、その経験のシェアをお願いします。

奥野:そこは同じなんですよ。実は辞める1年前に言って……というか引き留められた。「プロジェクトが終わってから辞めてくれ」ということで、1年間一生懸命やったので、円満で退職しました。送別会も2、3回やってもらいましたね。

山田:今でも関係性はあるんですか? 

奥野:いや、場所が離れていますし、業界も畑違いなのでないですけれども。

山田:「畑違い」ってうまいこと言うな。

(会場笑)

奥野:そうなんです。言葉の通り畑違いなので、(関係は)ないんですけれども、SNSで「いいね!」とかよく押してくれたりするぐらいですね。それと嫁さんがその会社の子なので、そのつながりがあります。

山田:職場恋愛なんだ。

奥野:そうなんですよ。セクションは違うんですけれども。だから、まあまあ円満にいけたので、夫婦ともに良かったなというのはありますよね。

山田:それって、俺は経験していないからわからないんだけど、言ったら誰もが知っている世界企業に夫婦で勤めていて、それが大阪の農家になりますよというときに、もう結婚していたの? 

奥野:そのときは入籍前だったんですよ。

山田:付き合ってたんだよね。

奥野:付き合っていて、周りは知っていて。

山田:それは奥さんは反対しなかったの?

奥野:“その当時は”という感じなんですけど、嫁さんが俺にゾッコンやったんですよ。やったんで、反対はされなかったんです。今はまあ「仕事ばっかりやな」とかいろいろ言われますけど、嫁さんはすぐに「ついてく」って。

山田:結婚できるんやったら、なんでもしますみたいな。

奥野:その当時はそういう感じやったんです。

山田:ほんまやな!? 

(会場笑)

奥野:ほんまです。ただ、会社からは辞めると言ったときは反発があって、「お前だけ辞めるならええけど、なんで連れてくねん」というのもあります。「仕事をなんで途中で投げ出すねん」とは言われた。

確かにそれはそうやなと思ったので、「じゃあ1年間しっかりやるので、見ておいてください」と。がんばりました。

山田:なるほどね。奥さんは結婚してから家業に入ったの? 

田中:いや、僕はもう帰ってから付き合った彼女なので。

山田:今の会社にいて、付き合ったの? 

田中:そうですね。

山田:今ご結婚されていて、家業を継ぐという話をしたときに、彼女とか彼氏、奥さんや旦那さんが反対するとか、とくに農家の嫁になるということは、相当な覚悟がいるわけじゃないですか。

さっきの話では正月もないというから、旅行なんかもあんまりままならへんねやろうなという。

奥野:新婚旅行に行くまでに3年かかってしまったんですけど、ちゃんと理由があってそうなんです。嫁さんは結婚する当時はそういうことをちゃんとわかっていなくて、だますつもりはないけれど結婚したという感じです。

山田:ゾッコンやったからね。

(会場笑)

ワイン用より生食用のほうが5倍手間がかかる 世間のブドウに対するイメージを覆したい

山田:じゃあ次にいきましょう。「悔しかったこと、恥ずかしかったこと、情けなかったこと」。全部は言わなくていいですよ。この中の1つで、自分がすごく感じたことを1つ。じゃあ奥野さんからいいですか?

奥野:ブドウを作っているんですけど、「ブドウを作っている」と言うと、お酒好きな人とか好きな方じゃなくてもみんな、「ワインを作ってるの?」ってすぐ言われるんですよ。

でも、我々はワインじゃなくて生食用のブドウ農家でして。「すぐワインと言われるのが悔しい」というのが、農園を経営していて今思うことなんです。

ワイン用のブドウと生食のブドウって、栽培の手間ってどれぐらい違うイメージがあります? どっちのほうが手間がかかると思います? ワイン用って思う方、いらっしゃいます? この感じなんで、手を挙げられないと思うんですけど。

(会場笑)

山田:俺はワイン用だと思ってた。

奥野:思ってましたよね。ワインのほうが高貴な物で、実際単価もロマネコンティとかすごく高い品があるじゃないですか。そういうイメージだと思いますが、生食のほうが5倍ぐらい手間がかかります。作業時間的にもです。

そこら辺のイメージをひっくり返したいなというのが、悔しいというか、自分がやるべきことかなというのは思っていますね。

山田:どっちが儲かるの? 

奥野:それはやり方次第だと思います。

山田:なぜ生食なの? ワインでもいいんじゃないの? 

奥野:それは親父が生食を作ってきたので、俺も生食です。

山田:やっぱりそれはあんねんな。

奥野:やっぱり悔しいです。その手間の話もありますし、やっぱり「めっちゃブランディングしとんな」っていうのが、自分たちブドウ農家からワイナリーを見るとわかるんですよ。

山田:そういうのがうまいなというね。

奥野:良いワインは畑の情景が思い浮かぶとか。でも相対的に言うと(ワインの場合は)畑仕事はほぼほぼやらんでええに等しいんですよね。だから、そんだけ手をかけてるんだから、もっとその価値を伝えたいというのが我々にある。

山田:実際には生食のほうが手間暇かかってるから。

奥野:それはすごくやっていて思うことですよね。

山田:なるほどね。小さいときからずっとお父さんのお手伝いをしてきた、なんかそういうDNAで刷り込まれているものがあるんかな。

奥野:自分が頑固なんですよね。これまで親父が叩き値でブドウを売ってきたというのをひっくり返したいという反骨心みたいなものがあるので、あえてそこからは動かないです。

山田:そういう組織作りというか、僕らアトツギ全員の課題として、基本的にはアトツギなので、起業家と決定的に違うところは、自分の好きなことでビジネスを始めているわけじゃないということですよね。やりたいことで始めるわけじゃない。それはたまたまやりたいことかもしれないですけど。

基本的にはさっき彼が言った「農家みたいに絶対なりたくない」と思っていて、今はやっているわけだけど、やりたいことでやっているわけじゃない。

僕も工具屋なんかまったく興味はなかったし、本当に辞めたくて仕方がなかったけど今は大好きですよ。こんなにやりがいのあるビジネスはないと思っている。

赤字続きでも定時で帰宅する営業マン 1年後、社員全員の解雇に踏み切る

山田:もう1つは組織だと思っているんですよ。起業家は自分で採用していくから、自分の気に入った人を採用していくけど、僕たちなんか入ったときに(社員)がすでにいるからね。

それが先代のブレーンだったり、もう1つ上のブレーンだったり、経験しているレンジも違うし年齢も違う。そこでの確執というのは僕もすごくあったんですね。

これも経験シェアですけど、うちの場合は2007年に会社がけっこう危うい状態になって、当時業績がすごく良くなかったので、当時いた社員さんに「今期赤字だったら会社を廃業します」って(伝えました)。先代にもお願いして、「廃業させてくれ」とお願いをしたんですね。

お願いをしたら、先代が「会社だけは残してほしい」ということで、「もう1年がんばります」と言って、当時いた社員さんに、「もう1年やって赤字だったら廃業しますから、そのつもりでこの1年がんばりましょう」と言って、やったわけですよ。社員15人のところで。(自分の)次に若い人は45歳だからね。

その1年後は見事赤字でした。それで全員に退職金を払って、全員解雇したんですよ。もう本当に組織を変えられなかった。そう言っているのに、毎日営業マンも定時で帰るんですね。「もう次が赤字だったら、廃業するって言ってるんやで」「数字わかるでしょ」と。

俺が入社したときは、うちの社員は会社の売り上げって誰も答えられへんかった。営業に「今月の目標はいくらなんですか?」って聞いたら、「そんなんないよ」って。営業に目標がないって、リクルートだったら考えられへんからね。毎日数字を追いかけているのに。

それぐらいすごくギャップがある中で、組織を変えられなかったんですよね。だから、僕の場合はゼロリセットしたわけですけど。

だから結局、最終的には解雇するという最終手段で、これ以上やったら退職金を払えなくなるという状態だったので、これ以上やると払えなくなりますからと。今やったら払えますということで、全額退職金をお支払いしていったんリセットしたんですけど。

みなさんはやっていく中でどうやって折り合いをつけているの? 

1on1で“思い”をヒアリング 古参社員へのリスペクトが組織をまとめる

山田:なんかめっちゃ気に入らへん社員さんとか、うまい付き合い方を教えてくださいよ。(笑)。

田中:ないんですよ。やっぱりそれでも僕がいるのって、その社員さんたちががんばってきたからというのがやっぱりあるなと思うんで。

山田:偉いな(笑)。

(会場笑)

田中:1ヶ月に1回お給料明細とかも僕が渡すことになっているので、1対1でその人が抱えていることとか、会社に対して感じていることを1回1回聞いて。

逆に今の時代はパワハラとかすぐ言われる時代やから、「今度これをやったら、お給料とか下げざるを得ないですよ」という話をしていくしかないかなと、今は思っています。

山田:毎月そうやって1on1をやっているんだ。全員と? 

田中:やってます。

山田:すばらしい。それはどこで学んだの? 

田中:いや、別に。

山田:思いついたん? 

田中:お互い気まずいからしゃべらなくなっていくんですけれども、しゃべってなかったら被害者がちょっと出てくるようになったから。ちゃんと会社を変えるにも「これをしたらあかん」というのを言わんと、なんと言うか、給料を下げられなくなるじゃないですか。それをしないとあかんと思ったからですね。

山田:今決定的に僕と違うなと思ったのは、その人たちへのリスペクトというか、おそらく小さい頃からその人たちのことを、その人たちも田中さんのことを知っていたと思うんですよね。

僕はすごく言われたのが、さっき言ったうちのスタッフが全員いなくなったというタイミングで、うちの奥さんはめちゃくちゃ怒ったからね。

当時会社の2階が自宅だったんですよ。嫁さんが生まれ育った家。彼女は近所の小学校に通っていたから、ランドセルを背負って「ただいま」って事務所に帰ってきていたんですよね。

みんな「ユカちゃん」と言って呼んでいた人なんで、結婚式にもみんな新婦側で来てくれた。「ユカちゃんは……」って僕に言うわけですよね。すごく思い入れがあったんで。

僕は関係ないからね。そんな時代を過ごしていないから、そういう意味ではずいぶんそこの考え方が違うのかもしれないですね。

例えば、大学に通った授業料とかは、お父ちゃんががんばったから出ていたわけで。そういうのがあるじゃないですか。今まで育ってきたというのは、その家業があったからだったというのを認識していくわけじゃないですか。

だからそこはすごく今日の気づきですね。

田中:あとは幸い、うちはわりとずっと包丁が売れているというのもあります。

山田:儲かってるからね。

田中:はい。

山田:否定しないんですね(笑)。

田中:ぜんぜん、まだまだです。

山田:めちゃくちゃ儲かってますから。

田中:まだまだです。そういう険悪になるまでにはなってないという。

何をするにもまずFAX アトツギたちが直面したギャップだらけの世界

山田:だから前職とのギャップって、いわゆるそういうところでもギャップとかあったかと思うんですけど、今もみなさんそういうところに勤めているじゃないですか。

会社に入ったときにギャップしかないと思うんですけれども、どうですか? 一番のギャップって何でした? 

田中:FAX文化がエグいというのは、アトツギあるあるやと思うんです。1回お取引先と電話をしていて、「あ、なるほど。そういう工程を踏んだらこういう色になるんですね。それ、よかったら写真をメールで送ってください」って言ったんですよ。

ふつうはパッとメールが来るじゃないですか。名刺にもメールアドレスが書いてあるし。言うたら、「FAXでメールアドレスを送ってください」って言われたんですよ。意味わかります? 

「紙に僕のメールアドレスを書いて、FAXで送れ」と言われて。それ、先々週ぐらいですよ。

(会場笑)

田中:用意した(話)じゃなくて。だからFAXでずっとやろうとする気持ちは、いまだに理解できない。

山田:本当にFAXって日本だけの文化ですよね。僕らも海外メーカーともやりとりするときにすごく言われます。「日本ってなんでFAX使うの? すごく不思議」って言われます。

山田:奥野さんが感じた一番のギャップ、どうですか?

奥野:本当にギャップしかないですね。どれが一番とつけられないぐらいのギャップです。今日はスーツですけれども、作業着に着替えていつも作業をしているので、それぐらいしか言えないですけど。

人生ゲームだけじゃないの? 約束手形が未だに使われているという衝撃

山田:ギャップしかないですよね。やっぱりそれも、わからないですよね。家業が何をやっているかによってもぜんぜん違うだろうし。やっぱりそのギャップをどう埋めていくのか、それが逆に活きてくるというか、さっきの前職で学んだことにつながっていくと思うんです。

僕はギャップはあるほうがいいと思っています。ギャップがないほうが、業界の常識は世間の非常識という、業界から業界に行くというのはあんまりよくないと思っているんですね。

僕もリクルートから今の会社に入って、それこそ“そろばんのギャップ”とかもあったけど、約束手形というのを当たり前のように受け取ったり発行しているというのも、すごく危機感を感じた。

「こんなもん、未だに世の中で発行されているんだ」という。人生ゲームだけじゃないんだとすごく驚いた。

しかもそれの裏にはんこを押して、他に回すとか、「何!? このルール」と。銀行に行ったらキャッシュね。キャッシュにするのも難しい。

ホームセンターも180日の手形だったので、それを銀行に持っていて割引してもらうわけですよ。1,000万の手形だったら950万とか買ってもらうわけですよ。そこで50万ロスするじゃないですか。挙げ句の果てに「落ちません」とか言われて。銀行から「迎えに来てくれ」って電話がかかってくるんですね。

いまだに落ちなかった手形の束を持っているんですけれども、異業種を経験して「当たり前じゃない」って感じることはすごく大切ですよね。それはすごくそう思います。

モノからコトへ ブドウを活用した体験型の事業展開を目指す

山田:じゃあお時間もないので、次のテーマ「今の悩みはなんですか」、どうぞ。

奥野:悩みというか、今チャレンジしようとしていることなんですけど、我々はブドウを作ってブドウを売っているだけだと、6月半ばから9月半ばの3ヶ月しか収入が入らない。

山田:そうなんだ!? 

奥野:そうなんですよ。だから正社員が雇いづらいというのがあるんですけど、ただ他の作物を作るにもブドウを作りすぎていて手が出せないので、ブドウを軸として、いかにブドウという“モノ”じゃなくて、“コト”を使った体験を事業にしていけるかというところ。

山田:課題ね。

奥野:課題というか、やろうとしているところですね。

山田:なるほど。どうですか? 

田中:そうですね。例えばみなさんだと、さっき言った会社での働き方というのもあると思うんですよ。

FAXもたぶん使わないと思いますし、ブランディングとかマーケティングとかみたいなのも、ある程度知見があるとは思うんですけれども。今そういう人がやっぱり社内に僕しかいない。

いちいち話すときに、なんでやるかわかっていない状態からスタートしないといけないんです。だからそこに一緒に動ける人は、どうやったら入るかなというのを、ちょっと悩んでいますよね。

山田:やっぱり組織作りですよね。僕なんかもそうだけど、8年前から新卒採用をしだして、新卒が会社をすごく変えると思っているんですよ。だからベンチャー仲間とかもいっぱいいますけど、もうだまされたと思って新卒採用してみろって。

来年というか1年後の4月に入ってくる大学生を受け入れるというのは、すごく準備もするし、あとは先輩のケツにも火がつくので、だまされたと思って新卒1人でもいいから、やったら3年は続けろと。それで僕たちは会社がすごく変わりましたからね。

決算書には目を通そう 「潜伏アトツギ」たちに授けるアドバイス

山田:じゃあ最後、これから挑戦を始める同世代、30歳前後とかの人が多いと思うんですけれども、その人たちに自分の経験をシェアというか、なにかエールを贈るとしたらどんな言葉ですか?

田中:2つあって、1つは決算書を見たほうがいいかなと思います。それと、あとはみなさんの家業の売り上げがあるんですよ。その売り上げというものがすごいなと思っていて。

そのお客さんにとって、あなたの家業が第一選択肢やったから、お金がもらえているということだと思います。

それが何なのかっていうのをセットで考えていただいたら、やるべきこととか何がしたいかとかも、すごく見えてくるのかなと思います。これだけは経験のシェアというか、やったらいいんじゃないかなと思います。

山田:それを実感したわけですね。売り上げがあるのは、その商品を買ってくれる人がいて、その人たちは田中さんのお店を選んでくれたんだと。

田中:そうですね。

山田:なるほどね。

奥野:家族としっかり話をしてから入るということに尽きるは思いますね。

やっぱり自分は強引にいったんで、父親ともちゃんと話をできていなかったですし、もしちゃんと話をしてから入っていれば、自分の思いもそのときに伝えられた。言い方が悪いですけど、交渉材料になったんじゃないかなと。

「これはやるけどこうさせてくれ」と、やる前にちゃんと話をしておくだけで、だいぶ違ったんじゃないかなというのは思いますね。

山田:そのときはお父ちゃんもうれしいから「なんでもお前の好きなようにやってええぞ」って言ってたかもわからへんね。

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