2024.12.19
システムの穴を運用でカバーしようとしてミス多発… バグが大量発生、決算が合わない状態から業務効率化を実現するまで
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青野慶久氏(以下、青野):みなさま、改めましてこんにちは。今日最後のセッションになります。最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございます。ゲストとして、今日のテーマである「楽しいは正義」に、おそらく日本で最もふさわしいお方をお呼びしました。幸福学の第一人者である、慶応大学の前野隆司先生です。大きな拍手でお迎えください。ただ思うんですけど、幸福学は学問なんですか?
前野隆司氏(以下、前野):そうですね。幸せと言うと、よく「宗教とか哲学ですか?」と言われるんですけど(笑)。私はもともとエンジニアで、キヤノンから慶応に移って、機械工学・ロボット工学をやったんですね。そこからエンジニアリングとしてというか、役に立つ学問としての幸せを、ものづくりやサービスづくりや組織づくりに活かそうと思い、そんな広い分野として幸福学をやっています。
青野:そうするとロボットという、まさに一番無機質なところから、人間の心という一番難しいところまで。幅がすごいですね。
前野:よくそう言われるんですけど、ロボットと言っても、ヒューマノイドをつくっていたのではなくて、ヒューマンマシンインターフェースをやっていました。例えば、人やロボットがツルツルとサラサラとスベスベをどう感じ分けるかとか。
あるいはロボットが笑ったのを見て人がどう思うかとか。そういう、人間とロボットの関係の研究をしていたんですよ。心理学を使って、アンケートで「これはツルツルですか、サラサラですか」と問うような研究をしていました。
青野:ロボットに(感覚を)教えないと、ということですね。
前野:そうですね。まず人間の研究をして、それをロボットに入れて、ロボットも「これはツルツルですね」と返すとか。そういうものをつくっていたんです。
青野:ロボットと人間のあいだぐらいのインターフェースのところをやっていたんですね。
前野:はい。幸せとロボットの研究をしていたんですよ。幸せと人間の研究もしていたんですけど、それを全体としてロボットと言っていたんです。ちょっと方向を変えて、ロボットをつくる代わりに幸せな組織をつくるとか。例えば、積水ハウスさんと「住めば住むほど幸せになる家」の研究をしています。そういうふうに、ちょっとずれただけなのです。「ロボットから幸せ」と言うと、すごく振れ幅があるみたいですけど、全然変わっていないんです。
青野:なるほど。いま幸福学が盛り上がっている感じがあるんですけれども、これはやっぱり時代の流れというか、時代の要請というふうに認識していいんですか?
前野:やっぱり昔の高度成長期は、「利益を上げれば幸せなんじゃないか」と思われていたかもしれません。実際、金や地位やものによる幸せは長続きしないんですよ。高度成長期だと、1つ得た後にまた不幸せになっても、次のものをどんどん得られれば、幸せを維持できるじゃないですか。
青野:なるほど。
前野:ところが、地球環境が限界になって、これ以上みんなが発展するというわけにもいかなくなった。新大陸に移民するわけにもいかないし、日本も高齢化社会で人口が減り始めて、これから何十年かしたら、世界中で減り始めるんですよね。そういう、単に成長だけを目指すのではない時代に必要な問いが、「持続的な幸せ」とはなにか。
幸福学とは言わなくても、例えば開発学や政治学や社会学など、あらゆる分野が物の豊かさから心の豊かさという方向へ大きく転換している。そのなかの1つが幸福学だと思うんですよ。
青野:このまま右肩上がりではないことに、ようやく人類が気づき始めたという。
前野:そうですね。人類史上初だと思いますよ。いままでは、農耕革命の頃も、産業革命のときも、人が増えた。しかし、先陣を切って日本で人が減り始めた。人類史上初めて、世界中の人口が減り始めるわけですよ。
実はそれが人類にとってものすごく大きな転換期になって、幸福学だけではなく、「そもそも人間はなんのために生きてたんだろう」という哲学や心理学、脳科学を一緒に考える時代が来たということだろうと思います。
青野:私の親の世代だったら、冷蔵庫があったのがうれしかった。最初は白黒だったテレビが、そのうちカラーになったのがうれしかった。でも、いまの若い人で、さすがにカラーテレビを買って喜ぶ人はいないですからね。
前野:むしろ、もう(テレビを)見なくなってしまっている。
青野:確かに。さすがに「この先に幸せがない」ということに気づき始めて、「幸福ってなに?」というような。「ものの豊かさから心の豊かさ」と言う人って、以前からたくさんいらっしゃったような気もするんですけど、それを学問にするというのが幸福学なんでしょうか?
前野:そうですね。ですから、ニーズとして心の豊かさが大事だというのは、何十年も前からみんな気づいていたんですけど、幸福学が流行っている理由の1つは、やっぱり心理学、脳神経科学、認知科学といった学問が進んできたので、どういう人が幸せかということが、もう宗教ではなくて、学問として分析できるようになったからなんです。
青野:なるほど。なんとなく適当に「こういう人が幸せだ」と言っていたのが、もうちょっと学問的に語れるようになってきたと。
前野:そうですね。
青野:そうすると、まずお聞きしたいんですけど、幸せってなんだと思えばいいですか?
前野:まず、「長続きする幸せ」と「長続きしない幸せ」が基本なんですよ。長続きしないものが、さっきの金とモノと地位という地位財。
青野:言ったらいけないけど、そちらは幸福度がすぐ落ちてきてしまうもの。
前野:そうです。それが地位財なんですね。(青野さんは)経営者でいらっしゃるので、会社を伸ばさなきゃいけないと思われるかもしれません。もちろん伸ばすべきなんでしょうけど、それによる幸せは長続きしないことを知った上でやっていく。
長続きするのは、安心。たとえば、戦争をしていない国に住んでいることの幸せ。あるいは環境問題がない、汚染がないといった環境の良さ。それから健康であること。体が良い状態。それから、心が良い状態。つまり、環境と体と心が良好な状態にあることが長続きする幸せのための重要なんです。僕はそのうち心による幸せに着目し、心の幸せを因子分析という方法で分析したら、なんと4つの条件が得られました。僕はそれを幸せの4つの因子と呼んでいます。
青野:なるほど。そうすると、その心の4つの因子を押さえておけば、私も幸せになれると。
前野:そうですね。
青野:ぜひお聞きしたいですね。もしよければ、ホワイトボードを用意してくれているので、どういう4つの因子かを教えていただければ。
前野:正式な名称と、覚えやすい名称があるのですが、せっかくなので覚えやすい名称で。(ホワイトボードを指して)見えますかね? 1、2、3、4。幸せの心理的条件を、日本人1,500人に対してアンケートしたんですよ。
多くの研究者による研究の結果、幸せに影響するさまざまな要因がわかっています。例えば、「親切な人は幸せ」「自己肯定感が高い人は幸せ」「夢や目標がない人よりも、夢や目標がある人のほうが幸せ」など。
そういうことを全部アンケートして、因子分析という手法で、コンピューターを使って分析した結果、たまたま4つの因子が得られました。ちょうど四つ葉のクローバーみたいに。
青野:確かに。幸せのクローバーと同じ、4つということですね。
前野:(1つ目が)「やってみよう」。幸せの条件というよりも、積極さのように感じられるかもしれませんが、なにかやりがいを持ってやっている人は幸せということです。
仕事で言うと、やらされ感があったり、やりたくないなという人は幸福度が低いです。そうじゃなくて、やっぱりなにか夢や目標を持っていて……仕事でもそうですし、私生活でも趣味やボランティアなど、やりたいことがあって、わくわく生き生きしている人は幸せです。
今日のテーマは「楽しいは正義」ですが、まさに「楽しいな」と思いながらいろいろなことをやっていることが、幸せの1つ目の条件です。もうちょっと正確に言うと、自己実現と成長の因子。
青野:自分の夢に向かって主体的にやると、そこに近づいていくと。
前野:そうですね。成長が大事なんです。なにかを学んで、どんどん成長していく人が幸せなんですよ。「自分は勉強が好きではないから、いまのままでいいよ」という人を調査してみると、やっぱり幸福度が低い傾向があるんですよ。
青野:なるほど。「来年はここまでいきたいな」というように、がんばってやっている状態が幸せだと。
前野:そう。そう思っている人が幸せ。
青野:確かにそうかもしれないですね。
前野:何歳になってもそうです。「成長は小学生のような子どものもので、大人になったら関係ない」という人がいますけど、本当は高齢者になっても、何歳になっても、新しいことを始めたり、自分でなにかを作ったり……趣味の陶芸でもいいし。なにか成長したり、新しいことをして充実感を得る。そういうものがある人のほうが幸せ。それはそうですよね。
青野:「年をとったから、俺はもう成長しなくていいや」と思った瞬間に、不幸が始まっちゃうわけですね。
前野:そうですね。本当にそうです。やっぱりなにかにチャレンジすること。1つ目は「自分でやってみよう」という、ちょっと力強い感じの幸せです。2つ目は「ありがとう」。
青野:感謝の気持ち。
前野:さっきも言いましたけど、感謝する人は幸せです。あるいは、つながり(がある人)。人とのつながりが充実している人は幸せなんです。友達と家族が多いことも幸せなんですが、友達が多いことよりも、友達が多様なことのほうが、幸せに影響します。いろいろな人とつながっている人のほうが、同じ友達とばかり付き合っているよりも、幸福度が高いんです。
青野:なるほど。自分の人脈も、ある意味ポートフォリオというか、いろいろな人とつながりを持っている。
前野:そうですね。嫌いな人とのつながりを切るという人がいますけど、切るよりも、弱い紐帯といって、弱いつながりが張り巡らされていて、年に1回だけ会うとか、ちょっと嫌いだけどたまには会うとか、そういうつながりを維持している人のほうが実は幸せです。
青野:なるほど。
前野:幸せですし、レジリエンスも高い。つまり、災害などのいざという事態の時に、弱いつながりがあったらみんなが助けられるんですよ。苦手なものを切っていたら、誰も助けてはくれません。だから、やっぱり弱くつながっているということが重要なんです。つながりと感謝。
青野:感謝されると幸せ、ということですか? 感謝する幸せですか?
前野:いい質問ですね。よく若い人から、「感謝されると幸せなんじゃないですか」と言われるんですけど、確かに(感謝)されると幸せな気分になれますが、実は、感謝する人のほうが幸福度が高いんです。
青野:感謝する。「ありがとうございます」と言っている人が幸せ。
前野:そうなんですよ。「これ、俺がやったんだぜ」と威張っている人よりも、「これができたのはみんなのおかげですよ」と言っている人のほうが幸せです。
青野:「みんなのおかげです」と言う人が一番幸せですね。
前野:そうですね。みなさんにもやってみていただきたいんですけれども、感謝するとセロトニンやオキシトシンが出るんですよね。「お母さんのおかげで、いまの自分はいるな」「家族のみんな、ありがとう」というように、家族や友達みんなに「ありがとう」と思っていると、優しい気持ちになるじゃないですか。
青野:なります、なります。
前野:これがオキシトシン、セロトニンの出る幸せです。
青野:なるほど。感謝する幸せなんですね。
前野:そうですね。あと、ここに利他性も入ります。人のためになにかをする人は利他的な人。自分のためにやる人よりも、幸せになるという研究がたくさんあるんですよ。
青野:そうなんですか。自分のためにやるより、人のためにやったほうが幸せなんですね。お金も、自分に使うよりも人に使ったほうが幸せですか?
前野:そういう研究もあります。
青野:そうなんですか。困りましたね。
前野:ははは。困る必要はありませんよ。
青野:みなさまのために使ったほうが幸せになれる。
前野:そう。そういう研究がたくさんありますね。お金も、「みなさんに20ドルを差し上げるので、半分の人は自分のために使ってください。残りの半分の人は他人のために使ってください」という実験をしたところ、やっぱり他人のために使った人のほうが幸せだったんですよ。
これはどういうことかと言うと、無理やりでも利他的になると幸せになるということなんですよ。心が清いから幸せなんじゃなくて、無理やり実験で利他的にしてもいいんです。
青野:そうですね。「ほかの人のために使え」と言われて、嫌々使った人もいるかもしれませんけど、結果的に幸せになったんですね。
前野:そうなんですよ。嫌々でも利他的なことをすると、たぶん感謝されたりして、結局いい人間になったり、弱い紐帯が広がったりするからだと思います。
青野:それはすごいですね。みなさま、今日はいい話を聞きましたね。明日から私のために……(笑)。利他がやっぱり幸せですよね。
前野:「消費税が上がるのが嫌だ」という人がいますけれど、「上がったらみんなのためにお金が使えて良かった」と思っていると、人は幸せになれるんです。
青野:なるほど。みんなのためと思った瞬間に幸せになると。
前野:そうですね。「役人のやつが無駄遣いしやがって」と思うと幸せになれないですけど、税金は、お役人さんが汗水垂らして福祉などいろいろなことのために使ってくださっていると思うべきなんです。。北欧は幸福度が高いですけど、あそこはものすごく税金が高いですね。税金をたくさん払う代わりに、みんなの医療費や教育費を無料にしている。みんなで寄り添って、より良い社会をつくっているので、幸福度が高くなっているんです。
青野:出口(治明)さんもおっしゃっていましたよね。消費税を払って助けられる人が、困った人を助ける社会にすれば、幸せになれる。ヨーロッパのほうはまさに(そうですよね)。
前野:北欧の幸せは、助け合う仕組みが非常によくできています。驚くべきことに、その結果として、北欧は金持ち比率も高いというデータもあります。アメリカのほうが自由にアメリカンサクセスを目指すので、すごい金持ちが出現すると思われていますが、ある北欧の学者がTEDでも話していたように、実は北欧のほうが金持ちの出現率が高いんだそうです。
なぜ成功した経営者が出やすいかと言うと、教育が平等なので、全員に学ぶチャンスがあるからなのだそうです。アメリカなどでは金持ちだけが学べるので、その金持ちの中から、アメリカの成功者が出てくるんですけど、(北欧のように)全員を教育していると、全員の才能が伸びます。その中から本当に有能な者が出てくる。結局、つながり、平等重視、社会資本主義にしておいたほうが、自己実現も促進されます。
青野:なるほど。母数が増えるわけですね。利他にしておいたほうが、母数が増えてみんなが幸せになる。おもしろいですね。これが2番目の「ありがとう」。
前野:そうです。3つ目が「なんとかなる」。
青野:なんとかなる。若干投げやりな感じがしますけれども。
前野:投げやりじゃなくて、前向きで、いい意味での楽観性と言うか……前向きな人。「楽観」と聞くと、「適当にしておけばいいや」というような、「いい加減」という意味だと取る人がいるんですが、楽観は英語ではoptimisticです。optimisticは「最適な」「最も優れた」という(意味の)Optimumと語源が一緒 です。英語の「optimistic(楽観)」は、「やるべきことはすべてやったからあとは大丈夫だ」という、かなり前向きなものなんですよ。
ここで言う「楽観」は、その欧米研究からも来ている「楽観」で、日本語のニュアンスにある、「適当に作っておいたけどまあいいか」というような、「いい加減に仕事しましょう」というものではないです。
青野:投げやりではなくて、自分のできる範囲のことはやって、これ以上は悩んでもしょうがないな、という感じですね。
前野:この「なんとかなる」も、「努力していないけど、まあなんとかなるかもしれないね」というものではないんです。東洋には運という言葉があって、西洋人は、幸福と幸運が似た概念なのが不思議だといいます。確かに、東洋には、運があればなんとかなるでしょうというような、運任せみたいな「なんとかなる」がありますが、ここでのなんとかなるは、そういう意味ではないんです。
最近の若いオリンピック選手が、「やるべきことはやったから、最後は楽しみます」というようなことを言うじゃないですか。一方で、僕らが子どもの頃のオリンピック選手は、「日本のために勝ってきます」とか言って、カチンカチンになっていて結局負けていた。
青野:悲壮感が漂う感じでね。
前野:ああいうのはやっぱり良くなくて、いい意味での「楽観」というんですかね。「もう最後は楽しむだけだ」という考えでやると、オリンピックでも(良い)パフォーマンスが出て、メダルを取ったりするんですよ。仕事もそうだと思うんです。悲壮感にあふれて「いつまでにやらなきゃいけない」ではなくて、「自分はできる。できるに違いない。みんなで力を合わせて、やりがいを持ってやればできる」と思っていると、(良い)パフォーマンスが出るんですよ。
青野:そして、幸福度も高いと。
前野:そうですね。まさに今日のテーマ、「楽しいは正義」です。
青野:そうですね。日本人は、そういう意味ではちょっと不向きなところも(ありますよね)。神経質なところがありますもんね。
前野:実は日本人は、世界で最も神経質だという研究結果があります。セロトニントランスポーターSS型といって、セロトニンが一番出にくい遺伝子を持っている人の割合が多いので、「遺伝的に不幸になりやすい」という、ショッキングな研究結果があるんですよね。
(会場笑)
青野:それはどうにかなるものではなくて、遺伝子的にそうなっている。
前野:そうですね。でも、幸福学やポジティブサイコロジーの研究で明らかにされているのは、遺伝的に決まっているのは、大雑把に言って、半分だということです。半分は残念ながら諦めざるを得ないですけど、残りの半分は後天的なもので、努力によって性格や前向きさは変えられるんですよ。
日本人が悲観的で細かいところまで気になるのは、逆に言うと素晴らしい製品を作ったり、自動車や寿司、ソフトウェアといったものをきちんと作るという能力でもあるんです。
だから、きちんとやらないと、細かいところまで気になるという性格はうまく活かせばいいんです。ただし、細かいところが気になりすぎると不幸になってしまう。オリンピック選手がやっているように、もうちょっと「最後は開き直っていきましょう」という気持ちがあるといいんです。
日本人は、まさに「楽しい」ということを目指して、「楽しいことが正しい」「楽しいことは正義なんだ」という感じをもうちょっと取り入れると、さらに幸せ度は上がります。
青野:幸せ度が上がるんですね。おもしろいですね。最後の4つ目を教えていただいてもよろしいでしょうか?
前野:最後(4つ目)は、昔は「あなたらしく」因子と呼んでいたんですけど、いまは「ありのままに」因子と呼んでいます。名前が2つあって恐縮なんですけど、昔は「独立とマイペース」の因子と言っていたんですよ。いまは、「独立と自分らしさ」の因子。自分らしく独立していて、人がなんと言おうとマイペースに、人の目を気にしすぎずにやることが幸せなんです。
「マイペース」と言うと、日本だと「のんびり屋さん」「変人」というような意味があるじゃないですか。「楽観」のネガティブなイメージと一緒で、「マイペース」は誤解されやすい。だから最近は「独立と自分らしさ」と言っていますね。それに応じて、「あなたらしく因子」は「ありのままに因子」に変えました。「Let It Go」とか、映画にありましたけど。
青野:『アナ雪』の「ありのままに」。これも日本人は少し苦手ですよね。個性というよりは、規律を大事にしてきたところがありますから。
前野:そうですね。
青野:マイペースにやっていると、「あなたはほかの人に合わせなさい」というところがあるかもしれませんね。
前野:そうですね。楽観・悲観のところでも話題になりましたよね。「楽観的にやっていないで、ちゃんと真面目にやりなさい」。自分らしくマイペースにやるよりも、人の目を気にしてきちんとやれば、素晴らしい製品を作ることにつながっていたように、やっぱり「おもてなしの心」「人前でちゃんとしましょう」というようなところは、日本人の美徳だと思うんですよ。
だから、その美徳は残したままに、本当にやりたいことがあったら自分らしくやる。今は国際化の時代じゃないですか。「出る杭は打たれる」とか言ってないで、日本人はすごくクリエイティビティが高いという研究もあるので、それをぜひ活かして、みんなで多様なことをやっていくと幸せになっていく。
青野:なるほど。自分を不幸にするくらいだったら、ほかの人と比べないで、あなたらしくやっていくという感じなんですね。
前野:そうですね。人と比べるのは、さっきの地位財。長続きしない幸せは「金・物・地位」による幸せです。昔「勝ち組・負け組」という言い方が流行ったじゃないですか。「金・物・地位」を得た人が「勝ち組」だと言っていたんですけど、それらを手に入れても幸せは長続きしないんですよ。
負け組はもちろん悔しいから、幸せではないですよね。だから、勝ち組・負け組はどっちも幸せじゃない。そうではなくて「自分らしく」。人と勝ち負けを比べないで「勝った人は素晴らしい。でも、私は違う道で自分らしくやるんだよ」となると幸せなんですね。
青野:なるほど。人と比べて手に入るものは長続きしない。自分が欲しい、自分がありたい姿に向き合っていくと。これは、日本人はなかなかトレーニングされていないかもしれませんね。
前野:確かに。例えば、子育てをしているお母さんが、子どもを比べてしまうんですよね。比べないほうがいいんです。子どもの成長は個人差がすごいのに、「あの子はあれができたのに、うちの子はできていない」と比べて一喜一憂しちゃう。そういうのは、あまりしないほうがいいですね。
青野:私もそうでしたね。子どもが1年経たずに10ヶ月ぐらいで立ったんですけど、「これはすごい、うちの子は天才なんじゃないか」とかね。2ヶ月なんて、どうでもいいですよね。それでも人と比較しちゃいますよね。
前野:日本人は比較しすぎる面はありますね。それによって、人との距離感をうまく測れるメリットがある。要するに「集団主義」で、人と仲良くするのがうまいとも言えるんですが、比べすぎて辛くなるようならやめたほうがいいです。自分に自信がある上で比べて「相手も素晴らしい」と言っている分にはいい。しかし、自信がなくなっているのに比べていると非常に辛くなるので、比べないほうがいいですね。
青野:なるほど。不幸になるぐらいだったら比べないで、「あなたはそのままでいいですよ」と言っているほうが幸せだと。ありがとうございます。頭ではなんとなく、4つの因子を理解したつもりなんですけれども、働く私たちを会社で見たらどうですかね。みなさまは、この4つの因子を満たしていますか?
上司に言われたままでやらされ感が出ると、1(やってみよう)は満たされないですよね。2(ありがとう)なども、仕事では関係してくるのでしょうか?
前野:そうですね。2が良くない職場は、やっぱり仲の悪い職場だったり、先輩・上司が怖いとか。「部下がアホだ」とか言っていると駄目ですよね。
青野:断絶しまくっていたり、組織の壁が閉じてしまっていると、感謝は出てこないですよね。
前野:やっぱりコミュニケーションですよね。いま、タイトルに「働き方改革」と出ています。働き方改革で無駄を排除するのはいいんですが、よくある間違いは、雑談のように、一見無駄に見えて、実はつながりをつくるために本当は大切な会話。雑談をしているなかで、「本当は、この仕事について、ちょっと悩んでいるんですよ」「本当はちょっと早く帰りたいんですよ」とか、そういうことがあるじゃないですか。
それをじっくりわかり合って話していると解決できますが、働き方改革だから効率的に仕事をして「早く帰れ」となっていると、つながりが薄れてしまうんですよね。そうすると、余計やらされ感が出てきます。無理やり短い時間でやろうというのは、本当は幸せじゃないので。幸せじゃないと、実は生産性も下がるんですよ。
青野:幸せと生産性は結びついてくるんですか?
前野:これは非常に重要なところで、いろいろな研究があります。幸せな社員は不幸せな社員よりも生産性が1.3倍高いという、アメリカの研究があります。
青野:30パーセントも違うんですか。すごいですね。
前野:働き方改革で「残業を3割減らせ」と強要するより、幸せになって3割短くするほうがいい。
青野:それは、生産性とどういうところがつながってきているんですか。
前野:生産性の低い職場をイメージしてみてください。「あの仕事、あの案件をどうしていいかわからないな。モヤモヤしているけど、聞きに行くと怒られるし」とか、モヤーっとしていると、判断に時間がかかるじゃないですか。
でも、もしちゃんとコミュニケーションがとれていて、「あれは社長に言おう」「これは部長に聞こう」「ここは分かれて一緒にやろう」というように、みんなのつながりができていると、仕事も楽しいし、やってみようと思うし、実際になんとかなる。自分らしくみんなが助け合っていたら、スイスイ進むんですよ。
青野:スムーズになるんですね。おもしろいですね。サイボウズは、この「ありのまま」という部分をけっこう大事にしています。今日も朝少しお話ししましたけれど、「わがままな働き方をしていいよ」と言うと、「岡山で働きたい」という方が出てきて、そうしたら岡山の案件がいっぱい取れるようになったとか。
「これはいいぞ、みんな東京から出ていけ」という。そういうことも起きますからね。そういう意味では、多様性とつながりを持つことを押さえておくと、ぐるっと回って生産性も上がると。
前野:はい。
青野:この「なんとかなる」というのも、職場ではよくありますよね。上司が(目標を)達成しなかったらすぐ怒って。黙って「この結果ならしょうがないか」と言ってもらえたら、「次、がんばろうかな」と思えますけどね。「なにかあったらお前らのせいだ」とか言われて、「下半期はその数字を全部載せるからな」なんて言われると、「辞めようかな」と思っちゃいますよね。
前野:そうですね。「なんとかなる」は、イノベーションともつながっているんですよ。新規事業や新しいことをやってみる時は、リスクテイクじゃないですか。「ハイリスクだけれども、やってみよう」「なんとかなる」「自分らしく」というのは、実はそういう新しい仕事をするマインドとも近いんですよ。
青野:失敗を恐れずにチャレンジしないといけないですもんね。
前野:そうです。
青野:新しい事業と言っても、全部が当たるわけではないですから。失敗する可能性も含めてチャレンジする人が出てこないと。
前野:そうですね。そのために、この4つが高いと幸せなんですよ。アメリカ人のような個人主義的な人は、「1人でなんとかなる、ありのままに1人で走って獲物をとってこい!」ということで走れるかもしれないんですけど、日本人は心配性の民族なので、やっぱり2(ありがとう)だと思うんですよね。
みんなで支え合って、「大丈夫、責任は上司が取るから」「みんなで手伝うから」と言うと、「なんとかなる、ありのままに」と走っていけるじゃないですか。
個人主義の人は、1(やってみよう)、3(なんとかなる)、4(ありのままに)を1人でもできちゃうかもしれませんけど、日本のような社会は2(ありがとう)のつながりと感謝を強化することが大切。
(幸せの因子は)4つあるんですけど、1、3、4は個人の強さで、2はみんなと協力する強さ。いまの日本では、このバランスが「もっと欧米みたいになろう。1、3、4をがんばれ」と言いすぎている傾向がある。働き方改革で、2のつながりのための雑談などをやめろと言って、無理やり2を下げて、1、3、4を高めているような会社が多いです。
青野:ある意味、日本人にとっては、2が強みなわけですね。強みをなくすのはもったいないですよね。
前野:和の国ですからね。協和・平和はものすごく得意な国なのに、「もっと早く、雑談してないで早くやれ」となっている。
青野:「余計な会議はするな!」というようなね。
前野:それが良くないですよね。やっぱり、よく考えて働き方改革をしないと、逆行しているようにも見えますね。
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